あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
春休みに入る直前のことだった。
優莉の自宅スタジオで、いつものようにバンド練習をこなしていた最中、休憩時間にジュースを飲みながら由愛が唐突に切り出した。
「あのさ。うちらもそろそろ、ライブ、やってみない?」
「……どういうこと?」
玲奈がタオルで汗を拭きながら聞き返す。優莉たちも不思議そうに由愛の顔を見つめた。
「実はさ、あーしの学外の音楽友達で、本気でプロを目指してる子がいるんだけど。その子がやってるバンドが企画したライブで、対バンの一組が出られなくなっちゃったらしくて、すごく困ってるみたいなの」
由愛はスマホのメッセージ画面を見せながら身を乗り出した。
「急遽のヘルプだから、チケットノルマは完全に免除してくれるんだって! あーし、人前で歌うのすっごく好きだし、この最強のスタジオで半年近く練習してきたんだから、そろそろ腕試ししてみたいなぁって!」
目をキラキラさせる由愛に対し、琴音と玲奈は顔を見合わせて自信なさげに肩をすくめた。
「うーん……でも、プロ目指してる人たちのライブに出るなんて、私達じゃ足引っ張っちゃわないかな……」
「そうよ。優莉や雫はともかく、私と琴音なんてまだまだだし」
二人の弱気な言葉に、由愛は「そんなことないって!」と頬を膨らませた。
「二人とも、去年よりずっと上手くなってるよ! ベースもドラムも、めちゃくちゃ安定してきてるじゃん!」
それでも疑わしそうな顔をする二人だったが、アンプの横でギターのチューニングをしていた雫が、ぽつりと口を開いた。
「……ほんとに、上手くなった。リズム隊がしっかりしてるから、私、すごく弾きやすい」
普段お世辞など絶対に言わない雫からのストレートな評価に、琴音と玲奈は「雫がそこまで言ってくれるなら……」と、少しだけ信じる気になったようだった。
「とりあえず、その企画してるバンドの前のライブ音源もらってるから、一回聴いてみよ?」
由愛がスマホをスタジオのBluetoothスピーカーに繋ぎ、音源を再生する。フロアに、疾走感のあるギターロックが響き渡った。
「おお、ノリが良くていいね。全体的にまとまってる」
優莉が感心したように頷き、琴音も「キーボードのメロディがすごく綺麗」と感想をこぼす。
しかし、一曲聴き終えたところで、玲奈が少し首を傾げた。
「……ねえ。なんか、うちらとそんなにレベル変わんないかも?というか、うちらのが上手い?」
「うん。ドラムのキックの安定感とか、むしろ琴音の方が上手だよね。ベースも玲奈の方がずっと深い音が出てるし」
優莉も同意している。
「でしょ!? 優莉の歌と雫のギターの分を足したら、あーしたちの方がずっと良い線いってると思うんだよね!」
由愛の言葉に、スタジオの空気が一気に「ライブ、出てもいいかも」という前向きなものに変わっていった。
「ねえ、この前完成したオリジナル曲あるじゃない。由愛ちゃんが作詞で、雫ちゃんが作曲したやつ。せっかくだからあれやろうよ!」
琴音の提案に、全員が「賛成!」と盛り上がる。
「そう言えば、そのライブっていつなの?」
玲奈が冷静に尋ねると、由愛は悪びれずに答えた。
「四月三日!」
「……結構すぐじゃん!!」
春休み中とはいえ、二週間も先の話ではない。慌てる四人をよそに、由愛は「とりあえず出れるって連絡しとくねー!」と、軽いノリで出演を決定してしまったのだった。
そして、あっという間にライブ当日がやってきた。
会場となるのは、渋谷の地下にある老舗のライブハウスだ。重い防音扉を開けて中に入ると、独特のタバコと機材の匂いが混ざったような空気が漂っていた。
「うぅ……なんか思ったより本格的だね。私、普通の服で来ちゃったけど大丈夫かな……」
パーカーにロングスカートという大人しめの服装の琴音が、周囲のバンドマンたちのパンキッシュな服装を見て不安げに身を縮める。
「気にしない気にしない! 普段通りが一番だよ、いいから行こー!」
由愛が琴音の背中を押し、ずんずんとフロアの奥へと進んでいく。そして、持ち前のコミュ力おばけぶりを発揮し、ライブハウスのスタッフや、すれ違う他のバンドメンバーたちに「おはようございまーす! 今日はお世話になります!」と次々に元気な挨拶を振り撒いていった。
やがて『逆リハ』と呼ばれるリハーサルが始まった。本番で最後に出演するバンドから順番にリハーサルを行い、セッティングをスムーズにするためのシステムである。
優莉たちは全五組中三組目の出演順となっていた。他のバンドのリハを見学しながら、フロアの隅で順番を待つことになる。
「次、渋ガさんお願いしまーす!」
PA(音響)スタッフからの声がかかる。
急遽出演が決まったため、バンド名はとりあえず『渋学のガールズバンド』を略した『渋ガ』という、由愛発案の身も蓋もない名前で登録されていた。
初めて立つライブハウスのステージに上がり、アンプにシールドを繋ぐ。緊張しつつも、スタジオで散々機材の扱いには慣れていたため、それなりにスムーズに音出しをこなしていく。
中でも雫は、PAスタッフに対して「……ギターの返し、もう少し中音域(ミッド)削って。あとボーカルのモニター上げて」と、やけに玄人じみたこだわりを見せていた。
全バンドのリハーサルが終わると、スタッフと演者全員がフロアに集まり、顔合わせが行われた。ライブハウスの店長から、イベントの流れや注意事項が説明される。
(ふむ、タイムテーブルの遵守、機材の扱い、精算のタイミングか。ビジネスの基本だな)
元・総務部長である優莉は、腕を組んで真剣に聞き入っていた。「物販の紹介」についてもきちんと話を聞いてはいたが、(まあ、うちは売るようなグッズはないから関係ないな)と内心で納得していた。
「じゃあ、みなさん、今日はよろしくお願いします!」
「「「お願いしまーす!」」」
全員で挨拶を交わし、優莉たちは割り当てられた狭い控室へと戻った。
開場時刻を過ぎ、フロアに客が入り始めると、控室の空気がにわかに張り詰めてきた。
「ど、どうしよう……手が震えてきた……」
琴音がスティックを握る手を胸に当てて深呼吸を繰り返し、玲奈も無言でベースの弦を何度も触って確認している。由愛でさえ、いつもの余裕が消え、貧乏ゆすりをしていた。
しかし、そんな中で優莉一人だけが、極めて冷静であった。
(何百人という社員や役員を相手にプレゼンしてきた経験に比べれば、このぐらいはプレッシャーのうちに入らないな。それに、大学時代の声楽コンサートのソロパートよりはバンドのステージは仲間がいる分ずっと気が楽だ)
優莉は立ち上がり、パンパン!と手を叩いて四人の注目を集めた。
「みんな、大丈夫だよ。私たちはただのヘルプなんだし、私たち目的のお客さんなんて一人もいないんだから、失敗しても気にしなくていいの。スタジオでやってきたことを、ただそのままここでやるだけ。何より、楽しまなきゃ損だよ!」
優莉の落ち着き払った、しかしどこか不思議な説得力を持つ堂々たる励ましに、張り詰めていた空気がふっと和らぐ。
「……そっか。そうだよね。うちらの音、絶対かっこいいもんね!」
由愛が顔を上げ、いつもの底抜けに明るい笑顔を取り戻した。
やがて、前のバンドの演奏が終わり、転換のBGMが流れる。
「渋ガさん、出番でーす」
スタッフの声に促され、五人はステージへと向かった。アンプのスイッチを入れ、楽器を構える。優莉はマイクスタンドの前に立ち、ふと客席の奥へと視線を巡らせた。
さすがはプロを目指すバンドが企画したライブである。前の組の熱演のおかげもあり、フロアはそれなりに温まっている。およそ八十人ほどの観客がステージに注目していた。
国宝級の優莉を筆頭に、洗練された玲奈に清楚な琴音など、バンドメンバー全員のビジュアルレベルが異常に高いためか、まだ演奏前だというのに、客席から好奇と期待の入り混じった熱視線を向けられている気がした。
――その時、フロアの最後方。ドリンクカウンターの近くで腕を組んで立っている、一人の中年男性の姿が優莉の目に留まった。
(ん……? あの男、どこかで見た覚えがあるような……どこだっただろうか?)
気のせいか、彼から鋭い観察の視線を向けられているような気がした。しかし、考えている暇はない。由愛がマイクを握り、元気いっぱいのMCを始めたからだ。
「はじめましてー! 渋ガでーす! こういうとこでライブするの初めてなので、すっごく緊張してます! ほんとは別のバンドが出るはずだったので、そっちが聴きたかったって人はごめんなさい! ……でも!」
由愛はニヤリと笑い、客席の奥まで真っ直ぐに見据えた。
「あーしたちの曲で、絶対に後悔はさせません。聴いてください。最初の曲――『0.05秒の特異点』!」
琴音の鋭いハイハットのカウントダウンが響き、五人の音が爆発した。
演奏が始まったのは、雫が作曲したオリジナル曲の中でも最も難易度が高い、変拍子が多用されたスリリングなマスロック(オルタナティブ・ロック)だった。
イントロから、雫の超絶技巧であるタッピングと高速アルペジオが炸裂する。高校生の初ライブのオリジナル曲とは思えない、圧倒的に玄人ウケする複雑で攻撃的なリフ。
それを支えるのは、玲奈の極めて冷静でタイトなベースラインと、琴音の力強く安定したドラムのビートだ。二人のリズム隊が完璧な土台を作っているからこそ、雫のギターがどこまでも自由に暴れ回ることができる。
そして、Aメロに入り、二人のボーカルに焦点が当たる。由愛の性格をそのまま表したような、太陽のように明るく溌溂とした真っ直ぐな歌声。
そこに絡みつくのは、優莉の透き通るような、しかし芯のある繊細で表現力豊かな歌声。
声質もバックボーンも全く違う二人の声が、複雑な変拍子のメロディの上で、なぜか奇跡的なほどのマッチングを見せ、美しいハーモニーを生み出していた。
雫の流れるようなギターソロから、一気に視界が開けるようなサビへと突入する。
その瞬間、フロアの空気が明確に変わった。
腕を組んで様子見をしていた観客たちが、圧倒的な音の圧力とツインボーカルの迫力に引き込まれ、自然と体を揺らし、ステージに向けて拳を突き上げ始めたのだ。
(……なんだ、これ)
マイクを握りしめ、由愛と視線を交わしながら歌い上げる優莉の胸の奥で、かつて経験したことのない感情が爆発していた。
大勢の社員に向けたプレゼンでの達成感とも、大学のホールでのコンサートの静寂な拍手とも違う。
音と、光と、熱気。そして、自分たちの放つ音楽に対して、目の前の見ず知らずの人間たちがダイレクトに感情をぶつけてくる、この圧倒的な熱量。
(凄い……! 会場全体が、今、完全に一つになってる……!)
優莉の心臓が高鳴る。全身の血が沸騰するような、心地よい痺れ。
(もっと……ずっと、こうしていたい。このまま、みんなと一つになれそうだ……!)
四十八年間の人生で一度も味わったことのない、純度百パーセントの高揚感が、優莉の全身を支配していた。
一曲目が終わり、最後のジャン!という音と同時に、客席から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「ありがとうーっ! そのまま二曲目、いくよっ!」
由愛が汗を輝かせながら叫ぶ。
「次の曲、『コントラスト・ブルー』です!」
光のような由愛と、大人の過去という影を背負う優莉の対比を最大限に活かした、ライブ特化型のツインボーカル曲が、熱狂の渦へと投下されていった。
◇
ライブ終了後の、帰宅途中。夜の街を歩く五人の足取りは、羽が生えたように軽かった。
「はーっ、すっごく盛り上がったね! あーしの友達も『初めてのライブであんなに盛り上がることないよ!』ってみんな言ってたよ!」
由愛が興奮冷めやらぬ様子で跳ね回る。
「そうだね。あれなら、由愛ちゃん、本当にすぐプロになれるかも」
琴音がライブハウスの余韻を楽しみながら微笑む。
「さすがにプロはわかんないけど……確かに、他のバンドの人たちからもかなり高評価っぽかったわよね。雫のギター、みんなヤバいって言ってたし」
玲奈が少し誇らしげに言うと、雫は短く答えた。
「私たちが一番盛り上がってた」
「あはは、確かに! あーし、途中から何歌ってるか分かんないくらいテンション上がっちゃったもん!」
笑い合う四人。しかし、その中で優莉だけが、先ほどから一言も発さずに黙り込んでいた。
「優莉、どした? 疲れた?」
由愛が顔を覗き込む。
優莉は立ち止まり、まだライブの高揚感で微かに震えている自分の両手を、胸の前でギュッと強く握りしめた。
「……凄かった」
優莉の口から、熱を帯びた声が漏れる。
「あのみんなと一つになるような一体感。客席から返ってくる熱。……この時がずっと続けばいいって感覚……私、初めてだった」
それは、中身が四十八歳の男である優莉が、性転換してからの二度目の青春の中で、ずっと探し求めていたものだった。
会社員時代のような「責任と義務」ではなく、ただひたすらに、心の底から夢中になれる『何か』。それが、今夜のステージの上で、明確な形となって優莉の前に現れたのだ。
優莉は顔を上げ、由愛の目を真っ直ぐに見つめた。
「由愛。……私も、プロになる」
「えっ?」
「歌であんなに高揚したの、本当に初めてだよ。バンドって……音楽って、すごいね!」
優莉の瞳は、これまでにないほど強い光を宿して輝いていた。十五歳の美少女の顔に浮かんだ、純粋な野心と熱意。
「ホントに!? スグも、あーしと一緒にプロ目指してくれるの!?」
由愛は驚きで目を丸くした後、満面の笑みを浮かべて優莉の手に自分の手を重ねた。
「やったぁーっ!! スグと一緒なら百人力だよ! 絶対になれるって!」
「優莉がその気なら、周りのみんなも絶対に放っておかないと思うよ。二人なら、すぐプロになれちゃうかもね!」
琴音と玲奈も、優莉の思いがけない宣言を心から祝福し、励ましの言葉をかけた。雫も無言で力強く頷いている。
春の夜風が心地よく吹き抜ける中。四十八歳の元・おっさんは、ついにこの二度目の人生を懸けるに足る、最高の『夢』を見つけることに成功したのだった。
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