あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第三十五話 騎馬戦と、リレーの衝撃

「良かったぁーっ、あーしと同じクラスだよ!」

 

 二年生になって最初の登校日。真新しいクラス発表の掲示板の前で、由愛が歓声を上げて優莉の首元に抱きついてきた。

 

 私立渋谷学林中学高等学校、通称『渋学』では、毎年春にクラス替えが行われる。新しい一年間を共にするメンバーが発表された結果、優莉と由愛は同じ二年C組に、そして玲奈、琴音、雫の三人は隣の二年D組に配置されることになった。

 

「三人とは離れちゃったけど、隣のクラスならすぐ遊びに行けるね」

 

 優莉が由愛の背中をポンポンと軽く叩きながら微笑む。

 

 二年生になれば、文系・理系などの選択科目が増えるため、クラスが違っても合同の授業などで顔を合わせる機会は多い。何より、お昼休みや放課後のスタジオ練習はこれまで通り一緒なのだ。

 

(ライブを経て『プロのボーカルになる』という熱く夢中になれる夢を手に入れたとはいえ、学校での日常が急に劇的に変わるわけじゃないからな)

 

 一月の誕生日を越え、十六歳になった優莉は、春の暖かな日差しが差し込む廊下を歩きながら、女子高生としての平穏なルーティンが今年も続くことに、ほんの少しの安堵を覚えていた。

 

 お昼休みになると、いつもの五人は示し合わせたようにC組に集まり、机をくっつけて一緒にお弁当を広げた。

 

「クラス分かれちゃったね。でも、選択の日本史は優莉と一緒だったわ」

 

 玲奈が綺麗に作られたサンドイッチを口に運びながら言う。

 

「うん、よろしくね。琴音と雫はどう?」

 

「私は由愛ちゃんと家庭科が一緒だったよ」

 

「……新しい曲、できた。今度の練習でスコア渡す」

 

 それぞれが新しいクラスの印象や、バンド活動の進捗について他愛のない話を咲かせている中、優莉はふと気になっていたことを口にした。

 

「そういえばさ。私はこないだのライブで『プロのボーカルになる』って夢ができたけど、みんなは将来の進路とか、どう考えてるの?」

 

 二年生ともなれば、そろそろ大学受験を意識した進路選択が本格化する時期である、気になるのも当然だ。

 

 優莉の問いに、由愛が真っ先に卵焼きを箸で突き上げながら答えた。

 

「あーしもプロの歌手! これは昔からずっと決めてるもん!」

 

「それは全員知ってるわよ」

 

 玲奈が即座にツッコミを入れ、小さく咳払いをしてから自身の目標を語った。

 

「私は、一ツ橋か恵応の法学部を狙ってるわ。いずれは司法試験に受かって、お母さんの弁護士事務所を継ぐのが目標だから」

 

「おー、さすが玲奈。かっこいい」

 

 優莉が感心して頷くと、琴音もふんわりとした笑顔で続いた。

 

「私はね、早田の教育学部か恵応の文学部かな。昔から、子供に教える学校の先生になるのが夢だったの」

 

「琴音なら絶対に優しくて良い先生になれるよ。……雫は?」

 

 全員の視線が、無口な天才ギタリストへと集まる。雫は、いつも通り淡々とした口調で、しかし確かな熱を帯びた瞳で答えた。

 

「東都科学大学か、恵応の理工学部。研究者になって、サージョトレーディングに入社する。……そして、未知のエネルギーであるマナ・パーティクルの基礎理論の研究がしたい」

 

「ブフォッ!?」

 

 優莉は飲んでいたお茶を危うく吹き出しそうになり、慌てて口元をハンカチで押さえた。

 

(さ、サージョトレーディングだと!? あそこは、俺を女体化させたあの例の魔導具を作成し、事あるごとに俺の身体のデータを隅々まで調査・診断しては、様々な服を着せてくるあの変態研究員たちの巣窟だぞ!? あそこに雫の理数系ギフテッドな才能が加わったら、一体どんな恐ろしい化学反応が起きてしまうんだ……!)

 

 内心で冷や汗を流す優莉をよそに、由愛たちは「へー、なんかよく分かんないけど難しそう!」「雫らしいね」と呑気に感心している。

 

(……しかし、みんなちゃんと自分の将来を見据えてて偉いなあ)

 

 優莉は落ち着きを取り戻し、四人の顔を見渡した。

 

(俺がこの子たちと同じ高校二年生だった頃なんて、将来やりたいことなんか何もなくて、ただ『行ける中で一番偏差値の高い大学に行く』ことしか考えていなかった。立派なもんだよ、本当に)

 

 四十八歳の元・大人の魂が、親目線でしみじみと感動していると、由愛が「はぁ……」と大げさなため息をついた。

 

「大学かー……。あーし、プロの歌手になるにしても、とりあえずどこかの大学に行かないと、うちの親に絶対反対されるんだよね。どこなら許されるかなぁ……」

 

 過干渉気味な両親を持つ由愛ならではの、切実な悩みであった。

 

「由愛ちゃんは、まずは目の前の小テストを頑張らないとね」と琴音が苦笑し、ふと優莉の方へ首を傾げた。

 

「優莉ちゃんは? プロになる夢はできたけど、大学はどうするの?」

 

「私? うーん、まだ全然決めてないかな」

 

 優莉は顎に手を当てて、極めてフラットなトーンで答えた。

 

「プロの道を目指すにしても、学歴という保険(セーフティネット)はリスクヘッジとして持っておきたいし。まあ、今の成績なら国内の大学ならどこでも行けそうだから、三年生になってギリギリまで悩んでから決めようかなって」

 

 東大・京大オールA判定という、圧倒的な学力を持つがゆえの余裕の解答。

 

「……出た。天才の発言」

 

「本当に言うことが違うわね、あんたは……」

 

 雫と玲奈からジト目でからかわれ、優莉は「いや、事実を言っただけで嫌味じゃないから!」と慌てて弁解するのだった。

 

 新学期の落ち着きも束の間、五月に入ると、渋学では一大イベントである『体育祭』が開催される。そしてこの体育祭において、優莉の内に秘められた身体能力と、『元・総務部長の軍師としてのマネジメント能力』が完全に融合し、火を噴くこととなった。

 

 体育祭の目玉競技の一つ、クラス対抗の騎馬戦。優莉は二年C組の女子チームの『軍師』として、本番一週間前から徹底的なデータ分析に着手していた。

 

「いいかい、みんな。騎馬戦はただの力押しじゃない。適材適所の『人的リソース配置』がすべてを決める」

 

 優莉はノートパソコンを開き、クラスメイトの体重、身長、春の体力テストのデータ、さらには性格(攻撃的か、守備的か、協調性があるか)に至るまでのあらゆる情報を入力し、独自のアルゴリズムで可視化していた。

 

「前衛には大柄でパワーのある人材を配置し、敵の機動力を削ぐ。遊撃部隊には小柄で足の速い人材を馬にし、上に乗る騎手はリーチの長さを優先する。さらに、各騎馬の連携を密にするためのサインを決める」

 

 教室のモニターに映し出された緻密すぎるフォーメーション図面と戦術マニュアルを前に、二年C組の女子たちは「さ、佐藤さん……なんか参謀みたいでかっこいい……!」と目を輝かせて従った。

 

 結果は、火を見るよりも明らかだった。

 

 本番の騎馬戦において、優莉の指揮する二年C組は、まるで統率の取れた古代ローマのファランクス(重装歩兵陣形)のように無駄のない動きを見せた。敵クラスの突撃を冷静にいなし、分断し、次々と帽子を奪っていく。

 

 総務部長時代に培った「限られたリソースで最大の結果を出す」というビジネスの鉄則が、グラウンドの上で完璧に機能していた。

 

 そして、体育祭の最終種目であり、最も盛り上がるのが『クラス対抗リレー』である。

 

 優莉は二年C組のアンカーとして、トラックの最終ラインに立っていた。

 

 各クラスの男女混合リレーであり、アンカーには足に自信のあるエース級が揃っている。優莉の隣のレーンには、陸上部で短距離を専門としている男子生徒が、鋭い目つきで前を見据えていた。

 

「頼む、佐藤さんっ!」

 

 第三走者の男子生徒が、顔を歪めながらバトンを差し出してくる。

 

 ほぼ同じタイミングで、隣のレーンの陸上部男子にもバトンが渡った。現状、二年C組とその陸上部男子のクラスが完全にトップを争う形だ。

 

(……よし。行くぞ)

 

 優莉がバトンをしっかりと握りしめた瞬間。

 

 脳と肉体が、完全に一つに繋がる感覚があった。今年初めに四十八歳の男の精神と、魔導具によって作り変えられた肉体が最適化された結果である。身体が本来持っている未知のポテンシャルが、今ここで十全に引き出されようとしていた。

 

 踏み出した一歩目から、爆発的な推進力が生まれた。

 

 優莉の視界の中では、周りの景色が驚くほどクリアに見えていた。風の抵抗を極限まで減らす前傾姿勢、一切の無駄がない腕の振り、そして大地を力強く蹴り上げる圧倒的な脚力。

 

「なっ……!?」

 

 並走していた陸上部男子が、真横にぴったりと張り付いてくる優莉の姿に気づいて目を見開いた。

 

 トラックの最終コーナーを抜けたストレート。国宝級の美貌を持つ長い亜麻色髪の少女が、高校生男子のトップアスリートと完全に肩を並べ、激しいデッドヒートを繰り広げている。

 

 男子生徒が歯を食いしばり、必死にラストスパートをかける。しかし、優莉のフォームは一切崩れない。涼しい顔のまま、限界まで研ぎ澄まされた身体能力が、男子のスピードに一歩も引かずに食らいついていく。

 

 グラウンドを囲む観客席から、悲鳴にも似た地鳴りのような歓声が沸き起こった。

 

「嘘でしょ、佐藤さん速すぎない!?」

 

「えっ、あれ男子の陸上部エースだよ!? なんで女子が互角に走ってんの!?」

 

 そして、ゴールラインの数メートル手前。

 

 優莉は最後の一歩を大きく踏み込み、ほんの僅か、体半分の差で陸上部男子を振り切り、トップでゴールテープを勢いよく切ったのだ。

 

「おい嘘だろ、いまの佐藤さんのタイム……!」

 

「マジかよ、男子の陸上部エースとほぼ同着じゃねえか!」

 

 生徒たちだけでなく、タイムを計測していた体育教師たちまでが目を剥いて立ち上がる中、走り終えた優莉は肩で息をして、手の甲で汗を拭っていた。

 

「やったぁぁぁっ! スグ、すごぉぉいっ!!」

 

 大興奮した由愛が飛びついてきて、優莉は笑顔でそれを受け止めた。

 

 文化祭のミスコンで見せた伝説のIR(投資家向け広報)スピーチでの知性。そして今回、体育祭で見せつけた、徹底した知略と他を寄せ付けない圧倒的な運動能力。

 

 この日を境に、渋学において「佐藤優莉」という存在は、単なる美少女の枠を遥かに超え、『完全無欠のカリスマ』としての地位を不動のものにしたのだった。

 

(……いくら身体が完全に馴染んだとはいえ、少しムキになって本気で走りすぎたか。これじゃ目立ちすぎて、また面倒なことにならないか心配だな)

 

 クラスメイトたちから胴上げされそうになるのを丁重に断りながら、優莉は元・おっさんらしく密かにため息をつく。

 

 だが、プロのボーカルとして何万もの観客を魅了するという新たな夢に向かうためには、この程度のカリスマ性はむしろ必要な武器になるのかもしれない。五月の青空を見上げながら、優莉はこれからのバンド活動と高校生活に、かつてないほどの熱い期待を膨らませていた。




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