あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

41 / 70
第四十話 偶然が引き寄せた「パイプ」

「あっ、ライブの時の人」

 

 八月頭のある日。夏休みの太陽が容赦なくアスファルトを焦がす猛暑日であったが、優莉の住む超高級タワーマンション内に附設された居住者専用フィットネスジムは、完璧に温度管理された快適な空調が保たれていた。

 

 優莉はいつものように、機能性とデザイン性を兼ね備えたハイブランドのトレーニングウェアに身を包み、日課のワークアウトに汗を流していた。

 

「おはようございます」

 

 先にランニングマシーンで汗を流していた、テレビでよく見る有名女優に軽く会釈をして挨拶を交わす。このタワーマンションには、そういった富裕層や芸能人が当たり前のように住んでいるのだ。

 

 優莉はいつものようにフリーウェイトエリアに向かい、ベンチプレス、スクワット、デッドリフトを淡々とこなしていく。最適化が完了し、男子高校生トップ級に跳ね上がった身体能力を維持・管理するためには、日々のメンテナンスが欠かせないのだ。

 

 とはいえ、女子高生の細腕でエグい重量を上げるのは目立ちすぎるため、あくまで「引き締まったプロポーションを維持するための適度な負荷」に合わせてトレーニングを行っていた。

 

 一通りのメニューを終え、タオルで汗を拭いながらベンチに腰掛けてミネラルウォーターを飲んでいた、その時だった。

 

ジムのガラス扉が開き、一人の男性が入ってくるのが目に入った。年齢は五十代手前くらいだろうか。質の良いスポーツウェアを着こなしているが、どこか業界人特有の洗練された、しかし少し疲労の滲む鋭い雰囲気を漂わせている。

 

(ん……? あの人)

 

 優莉はウォーターボトルのキャップを閉める手を止めた。

 

「あっ、ライブの時の人」

 

 見覚えがある。間違いない、春休みに由愛のツテで出演した、あの地下のライブハウス。そのフロアの最後方、ドリンクカウンターの近くで腕を組み、鋭い視線で自分たちのステージを見ていたあの中年男性だ。

 

(なぜあのライブハウスにいた客が、このマンションのジムに……いや、待てよ)

 

 優莉は記憶の糸を必死にたぐり寄せた。この超高級タワマンの住人として、ロビーやエレベーターですれ違ったから見覚えがあったのだろうか?

 

 いや、何か違う気がする。自分が『佐藤優莉』という十六歳の少女としてではなく、四十八歳の小太りな総務部長『佐藤卓』だった頃の記憶に、あの顔が引っかかっている。

 

 優莉は「うーん」と唸りながら、前世のビジネス記憶のアーカイブを高速で検索し始めた。

 

(――そうだ、思い出した! あの時の!)

 

 数年前。サージョトレーディングの企業ブランドイメージを向上させるための、大規模なテレビCM撮影があった時のことだ。

 

 主導していたのは広報部だったが、本社ビルのエントランスやオフィスフロアを撮影に使用するため、施設管理の責任者として総務部が立ち会うことになった。その現場で、広報部長から直々に紹介され、名刺交換をした相手だ。

 

(確か、広告代理店業界の二大巨頭の一つ『博王堂』の……ECD(エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター)だ!)

 

 優莉の脳内で、点と点がカチリと繋がった。

 

 ECDといえば、広告代理店の制作部門における事実上のトップである。何十億という予算を動かし、CMのコンセプトからキャスティング、そして使用する楽曲のタイアップまで、あらゆるクリエイティブの最終決定権を持つ絶対的な存在だ。

 

 音楽業界や芸能界にも巨大なコネクションを持つ、まさに業界の超大物といえる。普段は現場になど出向かないような役職だが、世界最大のエネルギー企業であるサージョトレーディングの大型案件ということで、特別に顔を出していたのだった。

 

(しかしなぜ、あんな大物が、無名の高校生が出ているような地下の小さなライブハウスに……?)

 

 優莉が驚きのあまり、無意識のうちにジッと男性の顔を凝視してしまっていたせいだろう。ストレッチエリアに向かおうとしていたECDの男性が、優莉の視線に気づき、ふと足を止めた。そして、少し驚いたように目を丸くした後、こちらへ向かって歩いてくる。

 

(しまった! (この体では)見ず知らずの大人の顔をジロジロ見るなんて、ビジネス的にも日常のマナーとしても失礼すぎるだろう!)

 

 優莉は内心で冷や汗を流し、慌てて視線を逸らそうとしたが、すでに遅かった。

 

「……君。以前、近くのライブハウスで歌ってた子だね?」

 

 男性が、穏やかだがよく通る声で話しかけてきた。

 

「えっ? あ、ええ。そうですけど……」

 

 優莉は「突然話しかけられて戸惑う、少し警戒した女子高生」という完璧な演技のフィルターを通しつつ、小さく頷いた。

 

「驚かせてすまない。私は博王堂でCMを作っている、相楽(さがら)と言うんだ」

 

 相楽はそう言って、人懐っこい、しかし目の奥は笑っていない業界人特有の笑みを浮かべた。

 

「あの時の君たちのバンドのステージ、とても印象に残っていてね。少し興味があって、ライブハウスの店長にも聞いてみたんだが、『急遽出演した高校生で、SNSもやっていないから詳しい情報は分からない』と言われてしまってね。全然情報がないから困っていたんだが……まさか、こんなところで会うとは。君、ここに住んでいるのかい?」

 

 名前も連絡先も分からない『渋ガ』を探していた、という事実。

 

「ええ……そうですけど」

 

 優莉はあえて警戒心を解かず、一歩引いたような態度で答えた。

 

「そうか、じゃあご近所だったんだね。私はここの八階に住んでいるんだ」

 

(八階か。私は高層階のプレミアムフロアだが……それでも、低層階だって数億は下らないはずだ。さすがは日本トップの代理店のECD、ものすごい高給取りなんだな)

 

 優莉が内心で相楽の資産価値を弾き出していると、相楽は少し残念そうに言葉を続ける。

 

「君たちは、春のあの一回きりで、あれからライブに出ていないようだが……もう、バンドはやらないのかい?」

 

「いえ、そんなことはありません」

 

 優莉は首を横に振り、真っ直ぐに相楽の目を見返した。

 

「今月の半ば、お盆明けに、あのライブハウスの十五周年イベントにゲストとして出させてもらう予定なんです」

 

「おお、そうだったか」

 

 相楽は少し考え込むように顎に手を当てた後、満足げに頷いた。

 

「そうかそうか。あのライブハウスの店長には昔から世話になっていてね。記念イベントなら、私もお祝いがてら見に行かせてもらうよ」

 

「ありがとうございます。……あの」

 

 優莉は、ここでただの女子高生として会話を終わらせるわけにはいかないと、あえて踏み込んだ質問を投げかけた。

 

「相楽さんは、CMを作っていらっしゃるんですよね。どうして、私たちみたいな無名の高校生バンドが出ている小さなライブハウスに、足を運んでいたんですか?」

 

 その問いに、相楽は少しだけ目を細め、目の前にいる美少女がただの子供ではないと察したような表情を浮かべた。

 

「……実はね。半年後に公開を控えている、大手自動車メーカーのCM案件があってね」

 

 相楽の口から出た言葉に、優莉の心臓がドクンと大きく跳ねた。

 

(自動車メーカーのCM……! 広告業界において、自動車と化粧品と通信キャリアは、圧倒的な予算と放映回数を誇る三大巨頭だ。そのタイアップ曲に選ばれれば、無名のアーティストでも一夜にしてミリオンセラー、一気に全国区のスターダムにのし上がれる究極のプラチナチケットだと言えるだろう)

 

 元・総務部長のビジネス脳が、その案件の持つ莫大な価値を瞬時に算出した。

 

「クライアントからの要望でね。すでに売れている有名なミュージシャンを起用するのではなく、これからの時代を創るような、フレッシュで無名のミュージシャンを発掘して起用したいと言われているんだ」

 

 相楽は優莉の瞳の奥を覗き込むようにして言った。

 

「だから、ああして時間を見つけては、原石を探しにライブハウスに通っているんだよ。……君たちの春のステージには、荒削りだが、人の心を動かす圧倒的な『熱』があった」

 

「なるほど……そういうことだったんですね」

 

 優莉は表面上は感心したように頷きながら、内心では激しい思考の渦に巻き込まれていた。

 

(これは偶然じゃない。いや、ここで出会ったのは偶然だとしても、彼がわざわざ自動車CMのタイアップの話を私に明かしたということは……。明らかに、私たちに『それなり以上の興味』を持っているという明確なサインだ! プロのビジネスマンが、何の意図もなく自分の手の内を明かすはずがない!)

 

 つまり、八月のライブはただの記念イベントではない。大手の広告代理店のECDが、自分たちを『CMタイアップの候補』として本気で査定(オーディション)しに来るという、プロへの最短ルートを切り拓くための大一番になるということだ。

 

「うまくマッチするバンドが見つかるといいですね」

 

 優莉は表面上、あえて自分たちを売り込むような下品な真似はせず、余裕を持った涼しい笑みで返した。ガツガツと食いつくよりも、価値ある商品として堂々と構えている方が、相手の興味を惹きつけることを彼女は知っていた。

 

 相楽はふっと口角を上げ、優莉のその態度を面白がるように頷く。

 

「ああ。……今度のライブ、楽しみにしているよ」

 

 含みを持たせた言葉を残し、相楽は手元のタオルを肩にかけた。

 

「じゃあ、運動しないとね。わざわざここに来た意味がなくなってしまうから」

 

「はい。お声がけいただいて、ありがとうございました」

 

 丁寧に頭を下げると、相楽は背を向けてストレッチエリアへと去っていった。一人残されたベンチで、優莉はミネラルウォーターのボトルを握りしめた。

 

(九条社長から提示された『サージョの資本力を使ったチート・デビュー』の誘いは断った。それは自分たちの力で泥臭く頑張りたいと思ったからだ。……だが、自分たちのパフォーマンスが引き寄せたこの『相楽氏との繋がり』は、間違いなく私たちが実力で掴み取ったチャンスだ……実力で手に入れた『パイプ』を使わない手はない)

 

 もしかすると、今度の八月のライブは、プロを目指す優莉と由愛にとって、人生を変えるような決定的な大チャンスになるかもしれない。

 

 合宿で作り上げた新曲。五人で流した汗。深まった絆。それらすべてをぶつけるべき、明確で巨大なターゲットが現れたのだ。

 

(やってやる……! 最高のステージにして、あの相楽の度肝を抜いてやる!)

 

 優莉はボトルの水を一気に飲み干すと、内から湧き上がる熱い闘志を隠しきれないまま、残りのトレーニングメニューをこなすために立ち上がった。エアコンの効いた涼しいジムの中にいながら、優莉の心の中は、真夏の太陽よりも熱く、激しく燃え盛っていた。




最後までお読みいただきありがとうございます!

「続きが気になる!」「TSやり直し、良いな」など、少しでも楽しんでいただけましたら【☆マーク(評価)】や【作品お気に入り】で応援していただけると、毎日の投稿の励みになります!

次回もお楽しみに!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。