あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「……ってことがあったんだ」
翌日。夏休み真っ只中のうだるような暑さを遮断した、優莉の超高級タワーマンション。完璧な空調の防音スタジオに集まったメンバーの四人に、優莉は昨日ジムで博王堂のECD・相楽に遭遇した出来事を打ち明けた。
自動車メーカーのCMタイアップの候補を探しているという、とてつもないビッグニュースである。
「ええええっ!? マジで!?」
一番に飛び上がったのは、もちろん由愛だった。
「それって、業界の超すごい人に興味を持たれてるってことっしょ!? ヤバいヤバい、すごいじゃん! スグとあーし、ほんとにプロになれるかも!」
由愛が興奮のあまり優莉の肩をガクガクと揺さぶり、琴音も口元に両手を当てて目を丸くしている。雫も無言ながら、目を見開いて驚きを露わにしていた。
「ちょっと待って、落ち着いて由愛」
しかし、そこで一人冷静になった玲奈が、腕を組んで少し疑問を呈した。
「……その相楽って人。優莉個人に興味を持ったのか、それとも私たち『渋ガ』というバンド全体に興味を持ったのか、どっちなんだろう?」
その鋭い指摘に、スタジオの空気が一瞬ピタッと止まった。
「あ……」
由愛が瞬きをする。
「確かに。ビジュアル、圧倒的だもんね……。あー、優莉ちゃんの圧倒的ビジュアルで惹きつけただけかもしれないのかな」
琴音が心配そうに優莉の顔を見つめた。
中身が四十八歳のおっさんである優莉自身、この世界でも規格外の美少女であるという自覚は嫌というほど持たされている。広告代理店の人間が、無名の高校生バンドのボーカルの「顔」だけを目当てにスカウトまがいの接触をしてくる可能性は、業界の常識として十分にあり得る話だった。
「うーん」
優莉は顎に手を当てて、昨日の相楽との会話を脳内でリプレイした。
「でも、この前ジムで会った時、『君たちのステージには熱があった』って曲やパフォーマンスの話はしたけど、私個人のビジュアルについての話は一切しなかったんだ。だから、どうなんだろう……バンド全体の音を評価してくれていると思いたいんだけど」
「ま、どっちにしてもチャンスには違いないっしょ!」
由愛がパンッと手を叩いて、前向きな笑顔を弾けさせた。
「それよりさ! 万が一だけど、本当にプロデビューのオファーをもらった時に、玲奈、琴音、雫はプロになるか考えなきゃだよ?」
「えっ」
由愛のストレートな言葉に、三人は顔を見合わせた。以前に進路の話をした時には玲奈は弁護士、琴音は教師、雫はサージョの研究員という明確な夢を語っていたのだ。プロのミュージシャンを目指しているのは、優莉と由愛の二人だけである。
「あー……それもあるか」
玲奈が困ったようにこめかみを押さえる。
「まあ、それはその時になってみなきゃわからないでしょ。まずオファーが来るかもわからないんだし」
玲奈が現実的なラインで話をまとめる。取らぬ狸の皮算用で悩んでも仕方がないことだ。
「そうだね。でも、どっちにしろ、次のライブは特別なものになりそうだね」
琴音が優しく微笑むと、全員が深く頷いた。大物クリエイターが観に来るオーディションのようなステージ。自然と気合も入るというものだ。
「じゃあ、その話はとりあえず置いといて、ライブのセトリ決めようか」
優莉が仕切り直すように言う。
「ていっても、うちらオリジナル曲、四曲しかないじゃん」
由愛が首を傾げる。春のライブで披露した曲と、夏合宿で合わせた新曲を含めても四曲。二十五分を持たせるには、少し心もとない曲数だ。
「……もう一曲、書いてきた」
その時、アンプに寄りかかっていた雫が、おもむろに持参したバッグから真新しいスコアの束を取り出し、テーブルの上に置いた。
「えっ!? すごっ、やる気溢れてるね!」
由愛がスコアを覗き込んで目を輝かせた。あの合宿の夜、雫が「私も、もっと曲作る。二人に合う最強の曲」と宣言していたのは伊達ではなかったのだ。
「これで五曲か。時間的にはちょうどいい感じかな。あとは演奏する順番だけど」
優莉が全体のタイムテーブルの構築を始める。
「やっぱり最初は『0.05秒の特異点』がいいよね。春のライブでもやったけど、あの変拍子の勢いで、観客を一気にこっちの世界に引き込みたい」
優莉の提案に、「賛成」「あれはインパクトあるもんね」と全員が同意する。その後もしばらく、曲のテンポやキーの繋がり、ツインボーカルの負担などを考慮しながら順番を決める話し合いが続いた。
「よし、セトリの流れはこれで決定だね。……ところで由愛ちゃん、新曲の歌詞、間に合いそう?」
琴音が心配そうに由愛を見る。ライブまでもう二週間を切っているのだ。
「だいじょーぶ! 今日中に作っちゃうから!」
由愛はドンと自分の胸を叩いて自信満々に答えた。
その後、大物が見に来るというプレッシャーと期待からか、いつもより遥かに気合の入った熱い通し練習が行われた。そうして数時間後、メンバーたちは汗だくで充実した疲労感とともに解散することとなった。
しかし、玲奈、琴音、雫が帰る準備をする中、由愛だけがリビングのソファに腰を下ろしたまま残っていた。
「由愛、どうかした?」
玄関まで三人を見送った優莉が戻ってきて尋ねる。
「あのさ、今日、このまま泊まってってもいいかな?」
由愛が上目遣いで両手を合わせた。
「歌詞、一気に集中して作りたいんだけど、家だとお母さんが『勉強しなさい』ってうるさいでしょ? 優莉の家なら、うちの親も文句言わないし!」
優莉は少し悩んだ。夏休みとはいえ、女子高生を外泊させるのは親御さんも心配だろう。しかし、由愛がどれほど本気で歌詞と向き合おうとしているかも伝わってくる。
「……いいよ。でも、家にはちゃんと連絡すること」
「やったー! はーい!」
由愛は嬉しそうに返事をし、素早くスマホを操作した。
その後、優莉が手早く作った夕飯を二人で食べ終えると、由愛は広々としたリビングのダイニングテーブルに向かい、ノートとペンを睨みながら作詞作業に没頭し始めた。
月が昇ってから数時間が立った頃。
「うーん……『積み上がって』……少し違うか。『積み上げたものが重なり合う』……うーん」
テーブルの方から、由愛の唸り声が聞こえてきた。ペンのお尻で頭をコツコツと叩きながら、ノートに書いては斜線で消す作業を繰り返している。
優莉は読みかけていた本を閉じ、立ち上がって由愛の背後へと歩み寄った。肩越しに後ろからノートを覗き込むと、そこには夢に向かって努力する情熱や、仲間と一緒に過ごした時間の尊さを表現しようとする言葉の欠片が散らばっていた。
「ああ、努力が積み重なって、結果になるっていう歌詞なんだね」
優莉が声をかけると、由愛は振り返って「うん」と頷いた。
「そうなんだけど、ちょっと言葉が長くてリズムにあわないんだよ。雫の曲、テンポ早いからさ。もっと短くて、でも意味がギュッと詰まったかっこいい言葉がないかなぁって」
由愛がペンをくるくると回しながら悩む。
優莉はノートに書かれたメモを見て、元・ビジネスマンとしての、そして投資で莫大な資産を築いている大人としての思考がふと口を突いて出た。
「なんか、『複利(ふくり)』みたいな歌詞だね。どんどん重なっていくの」
「フクリ?」
由愛が首を傾げる。
「そーいえば家庭科でやったかも! 利子に利子がつくやつだっけ?」
「そうそう。小さな努力でも、複利のように積み重なればとてつもない力になるんだよ」
優莉が何気なく解説すると、由愛の瞳がパァッと輝いた。
「それ! なんかその『複利』みたいなニュアンス、めっちゃかっこいい! 優莉のワードチョイスいいかも! ねぇ、一緒に考えてくれる?」
由愛が、ノートを優莉の方へ押し出しながら、すがるような目で見上げてくる。
「もう、しょうがないなぁ」
優莉は苦笑しながら、由愛の隣の椅子を引き出して座った。
そこからは、二人の奇妙な共同作業が始まった。由愛が感覚的でエモーショナルなフレーズを口にし、優莉がそれを、元・ビジネスマンとしての語彙力や論理的な表現を使って、リズムに合う短い言葉へと洗練・変換していく。
あーでもない、こーでもないと二人で頭を寄せ合い、時にはメロディを口ずさみながら推敲を重ねた。こうして、二人で作詞した新曲の歌詞が完全に仕上がったのは、タワーマンションの大きな窓の外がうっすらと白み始め、夜が明ける直前のことだった。
「……できたぁ」
由愛がノートを両手で持ち上げ、ふにゃりと笑った。
「お疲れ様。すっごくいい歌詞になったね」
優莉も、テーブルに突っ伏しそうになりながらマグカップの冷めたコーヒーを飲み干した。時計の針は午前四時半を回っている。
強烈な睡魔が襲ってきているはずなのに、脳内にアドレナリンが分泌されているのだろう、眠いのに眠くないという不思議な感覚だった。だが、それ以上に二人で一つの作品を創り上げたという、妙に心地よい充実感で心が満たされていた。
静まり返ったリビング。由愛はノートをテーブルに置き、腕を枕にするようにして顔を横に向けた。
「……ねえ、スグ」
とろんとした目で、ふと、由愛が呟いた。
「今度のライブ、かんばろうね」
その言葉に、優莉も優しく微笑み返した。
「うん、私たちの夢を叶えよう」
優莉が静かに、しかし確かな決意を込めて返すと――。
「すぅ……すぅ……」
次の瞬間、由愛は机に突っ伏したまま、規則正しい寝息を立てて眠ってしまっていた。限界まで頭を使って、完成した途端に安心して糸が切れたのだろう。優莉の返事は、おそらく由愛の耳には聞こえていなかったようだ。
「……ふふっ、なんだよそれ」
優莉は呆れたように小さく笑った。
こんな無防備で真っ直ぐな少女と一緒に、本気でプロという夢を追いかけている今の自分が、たまらなく愛おしく、誇らしかった。
優莉は静かに立ち上がり、ベッドルームから持ってきた肌触りの良い毛布を、机で眠る由愛の小さな背中にそっと掛けてあげるのだった。
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