あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第四十二話 四十八年の「複利」を乗せて

「……ごめん。今年はお盆に帰れそうにないんだ」

 

 八月の中旬。タワーマンションの自室で、優莉はスマホを耳に当てて、実家の祖母(戸籍上の祖母であり実際には母親である)と通話をしていた。

 

『気にしないでいいわよ。お盆明けには大事なライブがあるんでしょ? こっちのことはいいから、しっかり練習しなさい』

 

 電話の向こうから、温かく、しかしどこかサバサバとした祖母の声が聞こえてくる。

 

『うちではお爺ちゃんも私も、あんたのこと応援してるからね。……なんせ、卓だった頃のあんたの高校時代ときたら勉強くらいしかすることなかったもんねぇ』

 

「っ、昔のことはいいよ!」

 

 不意打ちで四十八歳のおっさん時代の名前と黒歴史を掘り返され、優莉は慌てて声を荒げた。

 

『ふふっ、ごめんごめん。それじゃあ、頑張ってくるのよ』

 

「うん、ありがとう。じゃあ、全力でやってくるよ」

 

 優莉は通話を切り、小さく息を吐いた。

 

(父さんも母さんも、今の俺が本気で夢中になれるものを見つけたことを、心から喜んでくれている。絶対に、中途半端な結果で終わらせるわけにはいかないな)

 

 優莉はスマホを握りしめ、数日後に迫ったライブハウスでの大一番に向けて、決意を新たにした。

 

 ――そして、迎えたライブ当日。

 都内の地下にある老舗のライブハウスは、一歩足を踏み入れると熱気にあふれ酸欠になりそうなほどの人口密度だった。十五周年記念イベントということで、キャパシティ限界の二百人の観客がフロアをぎっしりと埋め尽くしている。

 

「うわぁ……人、すごっ」

 

 由愛がステージ袖の隙間から客席を覗き込み、息を呑んだ。

 

「今日の対バン、私たち以外はみんなプロか、プロ予備軍のすごい人たちばっかりなんだよね……」

 

 琴音が不安そうに呟き、玲奈も無言でベースの弦を何度も触って緊張を紛らわせている。由愛の事前情報によれば、今日の出演者は、最近SNSでバズって人気急上昇中の新進気鋭のバンドや、このライブハウスを拠点にして二年前にメジャーデビューを果たした実力派バンドなど、錚々たる顔ぶれだという。

 

 そんな強豪ひしめく中、完全アウェーの控室の片隅で、由愛が珍しく一言も発さず、パイプ椅子に座ってじっと下を見つめていた。

 

「由愛? 大丈夫?」

 

 異変に気づいた優莉が歩み寄って声をかけると、由愛はゆっくりと顔を上げた。その顔は青ざめ、唇が微かに震えていた。

 

「あのさ、スグ……。今日、うまくいったら……あーしたち、本当にプロになれるかもしれないんだよね?」

 

 由愛の声は、いつもの底抜けに明るいそれではなく、押しつぶされそうな恐怖に満ちていた。

 

「そう考えたら……なんか急に、震えがとまんなくて……」

 

 優莉は、由愛の震える手をそっと握った。手は氷のように冷たかった。

 

(無理もない。小学生のころから真っ直ぐに目指してきた『歌手』という夢。その夢が叶うかもしれない決定的なチャンスが、今、目の前にあるんだ)

 

 四十八年間の社会人経験があり、大きなプレゼンや商談のプレッシャーを『闘争心(パフォーマンス)』に変換する術を知っている優莉とは違う。由愛は、まだ十五歳の、経験の浅い等身大の少女なのだ。人生がかかった大舞台で、足がすくむのは当然のことだった。

 

「由愛。立って」

 

 優莉は由愛を立ち上がらせると、その華奢な身体をギュッと強く抱きしめた。

 

「ス、スグ……?」

 

「大丈夫、大丈夫だよ。由愛は一人じゃない。私たちがついてる」

 

 優莉は由愛の背中を、赤ちゃんをあやすようにトントンと優しく、一定のリズムで叩き続けた。

 

(緊張でパニックになっている時は、論理的な言葉よりも、物理的な接触と体温の方がずっと効果的だ)

 

 元・管理職としてのメンタルケアのロジックと、親友としての純粋な愛情。

 

「深呼吸して。私たちが今までタワマンのスタジオでやってきたことを、そのまま出すだけ。ね、絶対に大丈夫だから」

 

「……うん。うん……」

 

 優莉の温かい体温が少しずつ移っていくにつれ、由愛の強張っていた身体の力が抜け、震えがゆっくりと収まっていくのが分かった。

 

 数分後。由愛は優莉から離れると、パチン!と自分の両頬を叩いて気合を入れた。

 

「みんな、心配掛けてごめん! あーし、もう大丈夫だから!」

 

 血色の戻ったいつもの笑顔に、周囲のメンバーもホッと胸を撫で下ろす。

 

「てか、由愛があんなに緊張するとか、ほんと珍しいわね」

 

 玲奈がからかうように言うと、琴音もクスクスと笑った。

 

「たまにはそんなこともあるよ。でも、由愛ちゃんが珍しく緊張しすぎてたから、なんか私たちの緊張はどっかにいっちゃったね」

 

「……平常心」

 

 雫も眼鏡をクイッと押し上げ、全員のコンディションが整ったことを確認した。

 

「渋ガさん、次出番でーす。スタンバイお願いしまーす」

 

 スタッフの声がかかり、五人は薄暗いステージの袖へと移動する。

 

 転換のBGMが流れる中、優莉はふと、客席の最後方にある一段高くなった関係者スペースへ視線を向けた。

 

(……いた)

 

 薄暗い中だが、腕を組んでステージを見下ろしている、博王堂のECD・相楽の姿がはっきりと確認できた。

 

 ただのお祝いの挨拶ではない。彼は本気で、自分たちを『自動車CMのタイアップ候補として査定』しに来ているのだ。

 

 優莉の脳内で、凄まじい速度でソロバンが弾かれ始めた。

 

(投資とリターン。今日の二十五分のステージのパフォーマンスが、数億、いや数十億の経済効果を生むCMタイアップという超特大のリターンに直結する。相手は日本トップの広告クリエイターだ。小手先の誤魔化しは通用しない。圧倒的な実力と熱量で、完膚なきまでに魅了してやる……!)

 

 優莉の瞳の奥に、四十八歳のおっさんのギラギラとした特大の闘志が宿り、火が点いた。

 

「みんな。円陣組むよ」

 

 優莉の掛け声で、五人はステージ袖で固く手を重ね合わせた。

 

「絶対に最高のライブにする! 行くよ、おーっ!」

 

「「「「おーっ!!」」」」

 

 ――BGMが止み、暗転したステージに五人が姿を現した。

 

 スポットライトが当たり、彼女たちの姿が客席に照らし出されると、フロアから「おおっ」というどよめきが漏れた。

 

 無理もない。他の出演者が泥臭い実力派のバンドマンたちであるのに対し、優莉たちは全員のビジュアルが良すぎたのだ。特に、フロントマンである優莉の国宝級の美貌は、地下のライブハウスには明らかに場違いなオーラを放っている。

 

(ふん、どうせ『顔だけの素人のお遊びバンド』だと、実力を疑問視しているんだろう)

 

 客席の冷ややかな、あるいは好奇の視線を全身に浴びながら、優莉は不敵に笑った。

 

 ――ジャンッ!!

 

 予定通り、一曲目は雫が作曲した『0.05秒の特異点』。

 

 女子高生離れした、変拍子が多用される複雑怪奇なマスロック。イントロから、雫の超絶技巧であるタッピングと高速アルペジオが、ライブハウスの音響を切り裂くように炸裂した。

 

「なっ……!?」

 

「おいおい、あのギターの娘、ヤバくないか!?」

 

 様子見だった観客たちの度肝を抜き、フロアの空気が一瞬で凍りつく。雫のギターソロから一転、サビへと雪崩れ込むと、今度は玲奈と琴音の重厚でタイトなリズム隊が、その複雑なメロディを完璧な土台として支え切る。

 

 そして、由愛の太陽のように明るく突き抜ける高音と、優莉の透明感の中に芯の強さを秘めた完璧なツインボーカルが乗った瞬間。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 顔だけのバンドだと思っていた観客たちが、圧倒的な「音」の力に完全にねじ伏せられ、フロアのボルテージが一気に爆発して跳ね上がった。

 

 そこからは、怒涛の勢いだった。持ち前のチート級の身体能力とスタミナを活かし、優莉はステージを縦横無尽に動き回りながら、一切のブレなく完璧なピッチで歌い上げる。立て続けに四曲を披露し、フロアの熱気は最高潮に達していた。

 

「ふぅーっ!」

 

 四曲目が終わり、五人は一斉にペットボトルの水を飲み、水分補給をした。それぞれが目を合わせ、無言のうちに「最高に調子がいい」「いける」という確かな意思疎通を交わす。

 

 優莉がマイクスタンドの前に戻ると、由愛が一歩前に出て、弾けるような笑顔で客席に呼びかけた。

 

「はじめましてー! 渋ガです! あーしたち、ライブはまだ二回目なんですけど……皆さん、盛り上がってますかーっ!?」

 

「イェェェーイッ!!」

 

 由愛の煽りに、フロアの二百人が拳を突き上げて応える。

 

「ありがとーっ! ぶっちゃけ、あーしたち一回しかライブやってないのに、なんでこんなすごい十五周年イベントに呼ばれたかマジで謎なんですけど! でも、せっかくこのステージに立ったからには、今日一番の最高の音を皆さんに聴かせるんで! 最後までついてきてくださいねーっ!」

 

 由愛の素直で物怖じしないMCに、観客から「おおーっ!」という温かい歓声と拍手が湧き起こる。

 

「それじゃあ、ここで最強のバンドメンバーを紹介します! まずはギター! 普段は無口だけど、ひとたびギターを持てば誰も追いつけない超絶テクニックでフロアを支配する天才、雫!」

 

 雫が一歩前に出て、ジャーンと鋭いカッティングを鳴らす。

 

「続いてベース! スタイル抜群でクールに見えるけど、誰よりもバンドの土台を重低音でしっかり支えてくれる頼れるお姉さん、玲奈!」

 

 玲奈が涼しい顔で、バキバキのスラップを披露する。

 

「そしてドラム! いつもはフワフワの癒やし系なのに、スティックを握るとパワフルで正確なビートを刻むギャップ萌え、琴音!」

 

 琴音が笑顔で立ち上がり、スティックを掲げてお辞儀をした。

 

「それから……皆さんが最初っから大注目してると思います! うちの圧倒的ビジュアル担当であり、一度聴いたら忘れられない神様みたいな声を持つボーカルのスグ、こと優莉! そんで最後に、元気いっぱい盛り上げ隊長、ボーカルのあーし、由愛でーす!」

 

 それぞれの紹介に合わせて、観客からひときわ大きな拍手と歓声が送られる。

 

「楽しい時間はあっという間で……次で、もう最後の曲なんです」

 

 由愛が少しだけ寂しそうに言い、そして真っ直ぐに客席を見据えた。

 

「次の曲は……私とスグで、一緒に徹夜して歌詞を書きました。聴いてください。――『未来投資アルゴリズム』!」

 

琴音のカウントから、最後の曲が始まった。雫の緻密で計算し尽くされたギターフレーズと、電子音が絡み合う、少しクールなEDMロック。

 

 この曲の歌詞は、夢へと一歩一歩進んでいく女子高生の青春物語を、「今日の努力が明日の複利になる」という優莉の投資哲学(ロジック)とミックスさせて落とし込んだ、異色の意欲作である。

 

 優莉のビジネス用語から着想を得たその独特な歌詞が、由愛の感情豊かな声と、優莉の透き通るような声の重なり合い(コーラス)と完璧にリンクしていく。

 

(……そうだ)

 

 歌いながら、優莉の胸の奥で、熱いものが込み上げてきた。

 

(何も夢中になれるものがなかった、ただ惰性で生きていた四十八年間の、しがない会社員時代の経験。それすらも決して無駄ではなく……この二度目の青春のステージで、今の私を支える『複利』となって、爆発しているんだ!)

 

 優莉は、熱狂するフロアの観客たちを見渡した。みんなが、自分たちの音楽に酔いしれている。

 

 そして、隣で真剣な顔で歌う由愛、冷静にリズムを刻む玲奈、楽しそうにドラムを叩く琴音、一心不乱にギターを弾く雫を順番に見渡す。

 

(お前たちに出会えて、本当に良かった。私の人生の、最高の投資先だ)

 

 優莉の万感の想いを乗せたツインボーカルのラストフレーズが、ライブハウスの空間に響き渡る。

 

 会場全体が完全に一つになる、無敵の瞬間だった。

 

 ――ジャーンッ!!

 

 最後の音が鳴り止んだ瞬間、フロアから割れんばかりの大歓声と拍手が巻き起こった。

 

「ありがとうーっ!!」

 

 やり切った五人は、汗だくになりながらも、互いにやり切った最高の笑顔と充実感を浮かべ、深くお辞儀をして舞台裏へと下がっていった。二十五分のステージを、完璧に終えたのだ。

 

 

「お疲れ様ー! すっごい良かったよ!」

 

 ライブ後、興奮冷めやらぬ控室で五人が余韻に浸っていると、コンコンとドアがノックされ、ライブハウスの店長と共に、見知らぬ中年男性――相楽が現れた。

 

「えっ、どなたですか……?」

 

 由愛が不思議そうに首を傾げて立ち上がる。優莉は内心(来たな)と待ち構えつつ、冷静に立ち上がって一礼した。

 

「君たち、お疲れ様。本当に素晴らしいステージだった」

 

 相楽は、業界人特有の作り笑いではなく、本気で心を動かされた者の顔をしていた。

 

「君たちの、力強くそしてユニークなメッセージとパフォーマンスが……半年後の自動車CMのイメージに、ぴったりだと思ったよ」

 

「えっ……自動車のCM……!?」

 

 由愛が息を呑む。

 

「私は音楽の専門家ではないがね……」

 

 相楽は腕を組み、特にボーカルの二人を見つめた。

 

「由愛くんの、若さゆえの伸びやかで自由な歌声。そこに……優莉くんの、なぜか分からないが、まるで酸いも甘いも噛み分けた大人が歌っているかのような情感を持った、繊細な若い声。この二つの組み合わせが、奇跡的にマッチしていて、今までにない新しい時代を感じさせるんだ」

 

 中身が四十八歳のおっさんであるという最大の秘密(違和感)を、相楽は「新しい時代の魅力」として肯定的に評価してくれたのだ。

 

 相楽は懐から名刺入れを取り出し、優莉と由愛に向かって、一枚の名刺をスッと差し出した。

 

「どうだろうか。博王堂の制作責任者として、君たちに――自動車メーカーのCMソングのタイアップを、正式にオファーしたい」

 

「きゃあああああっ!! やったぁぁぁっ!!」

 

 由愛が名刺を受け取るよりも早く、嬉しさのあまり大号泣しながら優莉に抱きついた。玲奈たち三人も、信じられないという顔で口元を押さえている。

 

 しかし。

 大喜びして泣きじゃくる由愛の横で、優莉は内心で(よっしゃああああっ!!)と特大のガッツポーズを決めつつも、顔の表情筋をミリ単位でコントロールし、元・大企業管理職の極めて冷静な、氷のようなビジネススマイルを浮かべた。

 

「……素晴らしいオファーをいただき、大変光栄に存じます、相楽様」

 

 優莉は由愛を片手で支えながら、相楽を真っ直ぐに見据えて言った。

 

「しかし、私たちには大人のマネジメントがついておりません。お引き受けするにあたり……具体的な撮影・録音のスケジュール感と、雇用、もしくは業務委託契約の詳細はどのようにお考えでしょうか?」

 

 プロへの歓喜に沸く女子高生の控室で、突然飛び出した「業務委託契約の詳細」という、あまりにも生々しすぎるビジネスの切り返し。

 

 相楽は一瞬ポカンと口を開けた後――優莉のただ者ではない底知れなさに、心底愉快そうに、ニヤリと深く口角を上げたのだった。




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