あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第四十八話 粗利率九十パーセント

「そう言えば、バンド名はどうする?」

 

 タワーマンションの広大なリビング。備え付けのプロジェクターから大型スクリーンにスライドを映し出す直前、優莉は手元のタブレットを操作しながら、ふと思い出したように四人に問いかけた。

 

「ん、どうするって?」

 

 由愛が首を傾げ、玲奈、琴音、雫も一様にハテナ顔を浮かべている。

 

「あのさ、今の『渋ガ』って名前は、春のライブに出るためにとっさに決めたものでしょ? これからもこれで行くのかだけ聞いておこうと思って。一度プロとしてデビューしたら、そうそう変えることはできないから」

 

 渋学に通っているガールズバンドだから『渋ガ』。いくらなんでも安直すぎるのではないか、と前々から少し気になっていたのだった。

 

「あー、そっか。なんかかっこいい名前とかつける?」

 

 玲奈が腕を組みながら天井を見上げる。

 

「うーん……急に言われても、何も思いつかないよ」

 

 琴音が困ったように眉を下げた。

 

「……『コンプライアンス』か『ROI(投資対効果)』」

 

 不意に、雫が眼鏡のブリッジを押し上げながら呟いた。

 

「は?」

 

「優莉がいつも言ってるから。バンド名、『コンプライアンス』」

 

「却下。そんなお堅い研修ビデオみたいな名前のバンドがどこにいるの」

 

 雫の斜め上すぎる提案を優莉が秒で切り捨てると、由愛がソファのクッションを抱きしめながら口を開いた。

 

「あーしは、やっぱ『渋ガ』がいいな」

 

「そのままいくの?」

 

「うん。なんかもう愛着湧いてきちゃったし、パッと覚えやすいでしょ? 変に英語の難しい名前とかつけるより、うちらっぽくていいじゃん!」

 

 由愛の屈託のない笑顔に、他のメンバーも顔を見合わせた。

 

「確かに。それもそうね。わざわざ気取って変えなくてもいいかもしれないわ。逆に奇抜でいいかも」

 

「そうだね。私も『渋ガ』、好きだな」

 

 玲奈と琴音が同意し、雫も無言で頷いた。

 

「分かった。じゃあ、バンド名は『渋ガ』のままで行こうか」

 

 満場一致で決定したところで、優莉はタブレットの画面を切り替えた。

 

「それじゃ、今日の戦略会議を始めるね」

 

 スクリーンに、今後のプロモーション計画のフローチャートが映し出される。

 

「まず、納品した音源について。現在、私の会社から博王堂に依頼する形で、顔が出ない高品質なアニメーションMVの制作が進行中だね。制作陣の座組も確認したけど、業界のトップクリエイターたちが動いてくれている」

 

「わぁーっ、楽しみ! 早く見たいなー!」

 

 由愛が目を輝かせる。

 

「完成は来年になるからすぐには見れないかな。それで、このMVはテレビCMの放送開始と同時に、動画サイトであるNewTubeで公開されることになっている。このNewTubeアカウントの開設や初期設定といった運用基盤も、プロである博王堂に相楽さんを介して業務委託している状態だね」

 

「あとは、SNS運用だけど――」

 

 優莉が次のスライドに移ろうとした瞬間、由愛が前のめりになって割って入ってきた。

 

「はいはいはーい! ねえスグ、それなんだけどさ、あーしたちで公式SNSをやろうよ! メンバーの日常とか、スタジオの裏側とか呟いたら、絶対親近感湧いてファン増えるっしょ!」

 

「却下」

 

 彼女は由愛の提案を、感情の乗らないフラットな声で即座に切り捨てた。

 

「えーっ!? なんで!?」

 

「SNSは情報の拡散力に優れているけど、同時にコンプライアンス違反や炎上のリスクが極めて高い。素人である私たちが運用すれば、ふとした写真の背景から学校やこのタワマンが特定されたり、不用意な発言でスポンサーである自動車メーカーに迷惑をかけたりする危険性があるの。……由愛は、SNSの不用意なひと言で、歌手活動ができなくなってもいい?」

 

 優莉が元・総務部長としての冷徹な視点でリスクの現実を突きつけると、由愛は「うっ……」と息を詰まらせた。

 

「い、嫌だ……。そんなことで歌えなくなるのは、絶対に嫌」

 

「なら、素人が不用意に火薬庫に近づくべきじゃないよ」

 

 由愛が完全に折れたのを確認し、彼女は方針を決定づけた。

 

「公式SNSの立ち上げと日々の運用は、すべてプロである博王堂の専門家に委託する。ただし、発信される内容の文面は、事前に私たちメンバー全員でダブルチェックした上で許可を出す体制とする。これで炎上と身バレのリスクは最小限に抑えられるはず」

 

「うわぁ……優莉、相変わらず徹底してるわね。まさに鉄壁のリスク管理」

 

 玲奈が呆れたように、しかし感心したように息を吐いた。

 

「当然。守るべきものは確実に守らなきゃ。……さて、次。オリジナルのバンドグッズを作ろうと思うんだけど、何か意見はあるかな?」

 

 「グッズ販売?」琴音が首を傾げる。

 

「そう。代理店やレーベルにグッズ販売を委託することもできるけど、莫大な中間マージンを抜かれてしまうんだ。できれば一番利益率の高い『公式グッズ』の販売は代理店に任せず、中抜きを防ぐために自社直営とするのがいいと思う。完全受注生産の業者と提携するから、在庫を抱えるリスクもゼロ。これも私が構築したECサイトで販売する方針。ECサイトの構築も専用サービスがあるから素人でも簡単にできるしね。運用だけは博王堂に委託しようと思っているけど」

 

 優莉は利益最大化と在庫リスクゼロのビジネスロジックを説明した上で、皆からグッズの案を募った。

 

「うーん、バンドのグッズって言ったら、まずロゴTシャツだよね!」

 

 由愛が指を立てて提案する。

 

「そうね。あと、ライブとかでよくあるのはマフラータオルかなぁ」

 

「……ピック」

 

 雫が自分の手元を見つめながら短く呟く。

 

「あとは、アクリルキーホルダーなんてあると、カバンにつけられて宣伝にもなっていいかもしれないわね」

 

 玲奈が実用的な視点から意見を出した。

 

「なるほど、悪くない案だね」

 

 優莉は手元のタブレットでスプレッドシートを開き、猛烈な勢いで数式を叩き込む。

 

「今出た案をベースに試算してみよう。Tシャツのボディ原価とプリント代が約一千円、販売価格を三千五百円とすると粗利率は約七十パーセント。マフラータオルの原価は五百円で販売価格二千円、粗利率七十五パーセント。ピックは一枚数十円の原価を三枚セット千円くらいとして利益率九十パーセント超え。アクリルキーホルダーも同様に原価百円程度で販売価格八百円……。非常に優秀なラインナップだ、すべて承認しよう」

 

 即座に叩き出された数字の羅列に、リビングの空気が一瞬で凍りついた。

 

「えっ……待って。グッズって、そんなにぼったくってたの……?」

 

 琴音が引きつった笑いを浮かべる。

 

「ぼったくりとは人聞きが悪い。デザイン料、流通コスト、そして何より『私たちのブランド価値』を上乗せした適正価格ってやつだね。世の中のエンタメ業界の収益は、このマーチャンダイジングで成り立っているんだよ」

 

「うわぁ……なんか、今まで推しのバンドのグッズ買ってた時の純粋な気持ちが、ちょっと削られたかも……」

 

 由愛が頭を抱えてドン引きしている。玲奈も「知らなくていい大人の世界を見てしまった気分ね」とため息をついた。

 

「あとは、私たちは一応『高校生バンド』という肩書きだから、学生向けに実用的なノートとかの文房具系アイテムもあるといいかもね」

 

 優莉は構わず次のアイデアを付け足した。

 

「でも、グッズを作る前に、まずは私たち『渋ガ』の公式ロゴを発注しないと。クラウドソーシングでいくつかコンペにかけて、一番スタイリッシュなものを採用しようと思うけど異論はない?」

 

 彼女が次々と具体的な計画を形にしていくのを見て、由愛、玲奈、琴音の三人は顔を見合わせていた。

 

「ねえ……うちの社長、優秀すぎない?」

 

「優秀というか、隙がなさすぎて怖いんだけど」

 

「頼もしいね……あはは」

 

「人生二週目?」

 

 三人が慄くような視線を優莉に向ける。優莉は雫の発言に少し驚くものの、会社を背負っている以上、これくらいのリスクヘッジと利益計算は経営者として当然の務めであると考えていた。

 

「じゃあ、今日の最後の議題。……『青のオーバーライト』に続く、二曲目の話だね」

 

 そう切り出すと、四人の顔つきがスッと引き締まった。

 

「『青のオーバーライト』は、来年の二月に放送されるCMの効果で、ある程度は世間で話題になると思う。もちろん曲がいいのはあるけど、博王堂のマーケティング力と自動車メーカーの資金力があれば猶更ね」

 

 優莉はスクリーンに、なだらかな曲線を描くグラフを投影した。

 

「でも、バズというのは一時的な花火に過ぎない。重要なのは、その熱を逃がさないタイミングで次の曲を連続して投入すること。そうすれば、一過性の流行ではなく、一定の評価が見込めるし、渋ガの音楽そのものを支持してくれる固定ファンが作れる」

 

 彼女はメンバーの顔を一人ずつ見渡した。

 

「NewTubeのチャンネル登録者数もある程度稼げれば、その後の大規模な広告宣伝がなくても、自動的かつコンスタントに楽曲やグッズが売れるようになるはずだよ。それが、アーティストとしての自立に繋がるんだ」

 

 優莉が今後の展望を述べ終え、さて曲作りのスケジュールをどう組むか、と口を開きかけた時だった。

 

 スッと、静かに手が挙がった。雫だ。

 

「……大体できてる」

 

「えっ、もう?」

 

 由愛が目を丸くする。

 

「は?」

 

 優莉も思わず素の声を漏らしてしまっていた。

 

(マジか。私が指示を出す前に、自主的に作っていたのか……?)

 

 前曲の完成から一ヶ月以上空いているとはいえ、誰に言われるでもなく水面下で第二弾楽曲の作曲を進めていたという事実に、一同は舌を巻いた。

 

「……進捗はどうなってるの?」

 

「……八割方。デモの打ち込みは終わった。あとは、メロディの微調整」

 

 雫が眼鏡の奥の瞳を光らせて答えた。完璧な工程管理を自負する優莉ですら驚かされる、彼女のアーティストとしての高い自立性であった。

 

「よーし! 雫の最高の曲が来るなら、あーしも最高の詩を書かないとね!」

 

 由愛が両手をパンッと叩き、気合を入れるように立ち上がった。

 

「あーしの持てる語彙力とエモさを全部注ぎ込んでやるっしょ!」

 

「ふふっ、また私が添削することになりそうだけどね」

 

 優莉が驚きから立ち直って笑うと、「スグのロジックも必須だからね!」と由愛も笑い返した。

 

「次のレコーディングも、気合入れていかないとね。この前のエンジニアさんたちの要求、すっごくレベル高かったし」

 

 琴音がスティックを振る真似をしながら引き締まった表情を見せる。

 

「そうね。今のうちに基礎練習のメニュー、もう一段階レベル上げておくわ」

 

 玲奈も自身のベースを弾く右手を軽く動かしながら、決意を新たにしたようだった。

 

 窓の外には、冬の澄んだ空気に包まれた東京の夜景が広がっている。CMの放映、MVの公開、グッズの販売、そして第二弾楽曲の制作。

 

 タワーマンションの一室で立てられた緻密な戦略は、着実に現実の歯車を回し始めている。

 女子高生としての日常を送りながらも、少しずつ、確実に――彼女たちが素顔を隠したままプロデビューを果たす『その時』が、近づいてきていた。




【感謝&報告】
いつも応援ありがとうございます!

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