あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第五話 「よっこいしょ」と脱ぎ捨てる、神話級の美少女

 本部長が手配した黒塗りのハイヤーに揺られること数十分。

 

 サージョトレーディングが用意した『セーフハウス』は、都内でも屈指の一等地、港区青山にある二十一階建ての超高級タワーマンションの一室であった。

 

 大理石造りのエントランスを抜け、ホテルのような車寄せを通り過ぎると、そこには恭しく頭を下げる専属のコンシェルジュが控えている。エレベーターは居住階のカードキーかゲストキーがなければボタンすら押せないという、厳重極まりないセキュリティシステムが完備されていた。

 

 聞けば、このマンションには名だたるIT企業の社長や、テレビで毎日見かけるような著名人のトップタレントたちがこぞって住んでいるという。

 

「ほ、本当にここに住んでいいのか……?」

 

 十五階から上はプレミアムフロアとなっているこのマンションの十六階。案内された部屋の前に立ち、卓はゴクリと生唾を飲み込んでいた。実は、会社が所有するセーフハウスは全国各地、それこそ北海道から沖縄までかなりの数が存在していた。そのリストの中から「好きなところを選んでいい」と九条社長から言われていたのだ。

 

 しかし、根がどこまでも小市民である卓は、リストに記載された物件の立地や間取りを素早く脳内で家賃換算し、「ここが一番高そうだから」という、ただそれだけの理由でこの青山のタワーマンションを選び取っていた。

 

 なにせ、タダなのだ。会社の経費でタダで住めるなら、一番高いところに住まなければ損だという、四十八歳サラリーマンの染み付いた貧乏性が完全に発揮された結果である。

 

(俺も、会社の急激な成長とストックオプションのおかげで、今や億単位の個人資産を持ってるはずなんだけどな……。いざコンシェルジュがいるようなマンションを前にすると、足がすくんでしまう。三つ子の魂百まで、貧乏性は億万長者になっても治らないってことか……)

 

 そんな自嘲気味なため息をつきながら、卓は震える手で渡されたカードキーをセンサーにかざした。ピピッ、という電子音とともに、重厚な玄関ドアが静かに開く。

 

「うおお……っ、すげえ……」

 

 思わず、鈴を転がすような美少女の声で感嘆の声を漏らしてしまった。

 

 間取りは広々とした3LDK。玄関を入ってすぐの廊下からして、ふかふかの絨毯が敷き詰められている。奥のリビングは四十畳はあるだろうか。足を踏み入れると、壁一面の巨大な窓ガラスから、東京のビル群が一望できた。

 

 室内には、海外製の高級ブランドと思しきモダンな家具がズラリと並べられ、巨大な壁掛けテレビ、システムキッチンには最新の大型冷蔵庫やオーブンレンジまで完備されている。トランク一つ、いや手ぶらでやって来ても、すぐにでも優雅なセレブ生活が始められる完璧な状態だった。

 

「すごい眺めだ……夜になったら夜景が綺麗なんだろうな」

 

 窓際に歩み寄り、眼下に広がる都会の喧騒を見下ろしながら、卓はしばらくその景色を楽しんでいた。

 

 しかし、十分もそうしていると、急激な疲労感が全身を襲ってきた。朝起きたら超絶美少女になっていたパニックに始まり、サイズが合わないからという理由でノーパンのままジャージを履いて満員電車に揺られ、会社ではフロア中の視線を一身に浴び、極めつけはカリスマ社長から突きつけられた重すぎる人生の選択。

 

 いくら肉体が十五歳の圧倒的な健康体になっていようと、中身の四十八歳の精神は、すでにエンプティランプを点滅させていたのだった。

 

「あー……急に疲れがでてきた。今日はもう、朝から色々ありすぎだろ……」

 

 卓は、リビングの中央に鎮座する、車が一台買えそうなほどの高級な本革のロングソファに、ドサリとだらしなく倒れ込んだ。

 

 美しい亜麻色の髪が乱れ、十五歳ほどの可憐な肢体がソファに沈み込む。しかしそのポーズは、休日の昼下がりにビールを飲みながら野球中継を見ている中年親父のそれと完全に一致していた。超絶美少女のガワと、中身のおっさんのギャップが凄まじい。

 

 しばらくソファでダラッとして、このまま昼寝でもしてしまおうかと思いきや。

 

『ピンポーン』

 

 静かな室内に、控えめながらもクリアなインターホンのチャイムが鳴り響いた。

 

(ん? 誰だ? こんな早々に来客なんて……)

 

 卓はのそりと身を起こし、リビングの壁に備え付けられた巨大なモニターを確認した。画面に映っていたのは、一階エントランスホールのオートロック前だった。

 

 首からサージョトレーディングの社員証を提げた、スーツ姿の女性が三名。三十代前半くらいのキリッとした印象の女性を筆頭に、二十代後半ほどの女性が二名後ろに控えている。

 

(あ、社長が言っていた、開発部の人たちか)

 

 卓は慌てて通話ボタンを押した。

 

「はい、佐藤です」

 

『すみません、こちら佐藤さんのお宅でよろしいでしょうか? 社長からの指示でやってまいりました。開発部特務班の者です』

 

「あっ、わざわざありがとうございます! 今ロック解除しますね、どうぞ入ってきてください」

 

 卓が解除ボタンを押すと、モニターの向こうで風格のあるエントランスの自動ドアが開くのが見えた。

 

 それから数分後。再び部屋の前のインターホンが鳴り、卓は玄関へと向かってドアを開けた。

 

「お待たせしました、どうぞ中に入ってください」

 

 卓が恭しく頭を下げて招き入れると、三人の女性社員たちは「お邪魔します」と言いながら玄関を上がり、リビングへと足を踏み入れた。そして、室内の圧倒的な高級感を目にするなり、彼女たちの目はキラキラと輝き始めた。

 

「うわぁっ、すごい! なんなのこの部屋!?」

 

「ちょっと先輩、見てくださいよこのソファ! これ絶対、カッシーナですよ! 座っていいですか!?」

 

「こら、はしゃがないの。……でも、本当にすごいわね。ここ、家賃いくらするのかしら。いいなぁ、私もこんなとこに住みたいなぁ」

 

「キッチンも広ーい! ここでパーティーとかできちゃいますよ!」

 

 完全に女子会モードに突入し、周りをぐるっと見回してキャッキャと話し合いを始める三人。そんな彼女たちの様子を少し離れたところから見ていた卓は、額に嫌な汗を浮かべていた。

 

(ど、どうしよう。声の掛け所がわからない……)

 

 卓は、女性に話しかけるのが極端に苦手だった。

 

 伊達に四十八歳まで独身を貫いていない。職場でも、年下の女性社員に対しては常に「これはセクハラにならないか?」「パワハラと受け取られないか?」とビクビク気を使いながら接してきたのだ。もし「佐藤部長キモい」などと陰口を叩かれたり、コンプライアンス窓口に駆け込まれたりしたら、立ち直れないほどのショックを受ける自信がある。

 

「あのー……」

 

 卓は、ソファの素材を確かめている女性たちに向かって、申し訳なさそうに、そして極限まで腰を低くして話しかけた。

 

 その姿は、完全に「部下の女子社員の機嫌を損ねないようにオドオドする中間管理職」のそれである。自分が現在、目の前の彼女たちよりも遥かに若く、そして圧倒的に美しい「十五歳の美少女」の姿になっていることを、卓は完全に忘却していたのだ。

 

 ビクビクと様子を窺う絶世の美少女の姿に、女性社員たちはハッと我に返った。

 

「あ、すいませんでした! ついテンションが上がってしまって……」

 

「申し訳ありません佐藤部長、いえ、佐藤さん!」

 

 リーダー格の女性が慌てて姿勢を正し、持っていた大きな紙袋を卓の前に掲げた。

 

「社長から大まかな事情は伺っております。女性の身体についてのレクチャーは後に回すとして……とりあえず、今着られそうな服と、下着をいくつか見繕って持ってきました」

 

「服! 下着!! あ、ありがとうございます……!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、卓の顔にパァッと希望の光が差した。なんという手回しの良さだろうか。こちらは朝からずっと、ダボダボのジャージの下はノーパンのままなのだ。股間がスースーして、いつ風でめくれるかと生きた心地がしなかった。これでようやく、人類としての尊厳を取り戻せる。

 

 紙袋を受け取ろうと卓が手を伸ばした、その時だった。リーダー格の女性が、スッと紙袋を後ろに引き、真面目な顔でメガネの位置を直した。

 

「ですが、お着替えのその前に。まずは佐藤さんの『健康診断』と『身体測定』を行わせていただきます」

 

「……え? 健康診断? 身体測定?」

 

「はい。あのデバイス、モルモットやサルなどの動物実験では例が多くあるものの、ヒトでの実験例はごく少数なため、現在の佐藤さんの身体に内科的な異常がないか、詳細に調べなくてはならないのです」

 

 女性は持参したバッグから、聴診器やら血圧計やら、採血用のキットやらを次々と取り出し、リビングのテーブルに並べ始めた。

 

「というわけで、佐藤さん。申し訳ありませんが、そのジャージとTシャツを脱いでいただけますか?」

 

「あ、はい。わかりました」

 

 ――さて。

 

 読者のみなさんには、ここで「きゃあっ! 恥ずかしい!」と顔を真っ赤にして抵抗する美少女の姿や、服を脱ぐのに抵抗してドタバタするような、ラブコメ特有のお約束の展開を期待されているかもしれない。それは重々承知しているのだが、大変申し訳ない。

 

 この美少女の中身は、酸いも甘いも噛み分けた、四十八歳のおっさんである。毎年の会社の定期健康診断で、若い看護師の目の前でパンツ一丁になり、バリウムを飲んでゲップを我慢し、ベッドに横たわって心電図のペタペタを胸に貼られることに、もはや何の羞恥心も抱かなくなって久しい年代なのだ。

 

「えーと、上も下も全部脱いだ方がいいですか?」

 

「あ、はい。下着も……あ、着てらっしゃらないんでしたね。では全裸で、そちらの壁の前に立ってください」

 

「了解です。よっこいしょ、と」

 

 卓は「恥じらい」という概念を母親の胎内に忘れてきたかのような手つきで、無地のTシャツとダボダボのジャージを何の躊躇いもなくバサリと脱ぎ捨てた。

 

 現れたのは、雪のように白い肌、一切の無駄な脂肪がない引き締まったウエスト、そして重力に逆らうように上を向いた、形の大変よろしい柔らかな双丘である。

 

「……っ!?」

 

「う、うわぁ……」

 

 あまりの肉体美に、検査をする側の開発部の女性社員たちのほうが顔を赤らめ、ゴクリと生唾を飲み込んでしまったほどだ。

 

 しかし、当の卓本人は「あー、裸だとやっぱりちょっと冷えますね。採血は右腕でお願いします、左はちょっと血管出にくい体質なんで」などと、完全に健康診断のベテランおじさんのテンションで淡々と指示に従っていた。

 

 脱いだり裸を見られたくらいではそう騒ぐこともなく、悲鳴も起きず、ラブコメ的なハプニングも一切起きない。身体測定のメジャーが胸や腰を這い回っても「くすぐったいですね」と笑うだけで、心電図も血圧測定も極めてスムーズに進行した。

 

「……はい、終了です。心拍数、血圧、その他諸々、今のところ内科的な数値は『極めて健康的な十代の女性のもの』と言って差し支えないですね。異常なしです」

 

「おお、それは良かった。最近尿酸値が高めだったんで心配してたんですよ」

 

 ホッと胸を撫で下ろす卓。こうして、美少女と女性三人の密室での身体検査という、本来ならドキドキのイベントは、区役所の集団検診レベルのドライさで、至って順調に幕を閉じたのであった。

 

(よかったよかった、これでようやく服が着られるし、あとは適当に女の子のフリの仕方を教わって一ヶ月のんびり過ごすだけだな!)

 

 億単位の資産と、圧倒的な美貌。そして快適な超高級マンションでの生活。

 

 すっかり安心しきって呑気に構えていた卓は、このあと直ちに開始される『女性としての常識・立ち振る舞いスパルタレクチャー』が、四十八年間のサラリーマン生活で味わったどんな理不尽なクレーム処理よりも、どんな過酷な接待よりも厳しく恐ろしいものになることなど、この時はまだ、微塵も予感していなかったのである。

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