あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第五十話 全国ネットに響くおっさんの声

「ねぇ、もう見たっ!?」

 

 冬休みが明け、三学期が始まった矢先である。昼休みのチャイムが鳴るなり、お弁当の入った手提げ袋を持った由愛が、バタバタと優莉の席に駆け寄ってきた。

 

「見たも何も、さっきからネットニュースの動向を監視していたところ」

 

 彼女はあらかじめ合わせておいた五つの机の一つに座り、タブレットの画面から目を離さずに答えた。

 

 今日、ついに博王堂の相楽が手がけたティザー(予告)プロモーションが公開されたのだ。音楽メディアのトップ画面には、『大手自動車メーカーの新CM、楽曲提供は謎の大型新人「渋ガ」に決定』という見出しの記事が、少しずつ情報を小出しにする形で解禁されていた。

 

 しかも、ただの新車発表ではない。サージョトレーディングと技術提携し、遂に給油・充電不要の『マナ・パーティクル車』を実用化するという、最大手自動車メーカーの歴史的な新ブランド立ち上げの特大プロモーションである。

 

「なんか、全然現実感ないね……」

 

 お弁当箱を開けながら、琴音が自分のスマホの画面を見つめて呟く。そこには、確かに自分たちのバンド名が大きなニュースとして掲載されている。

 

 由愛がニュースサイトのリンクから自動車メーカーの公式アカウントに飛んで、公開されたばかりの十五秒の動画を再生した。画面には新型車の流線型のボディがスタイリッシュに映し出され、同時に、強烈なインパクトを放つギターのイントロが鳴り響く。そして、ほんの数秒だけ、優莉と由愛のツインボーカルによるサビの頭出しが重なった。

 

「あ、あーしの声出てる……! スマホから、あーしらの声が……!」

 

 由愛が興奮のあまり立ち上がりそうになるのを、優莉は手で制した。

 

「……下」

 

 隣で無言でお弁当のサンドイッチを齧っていた雫が、動画の右下の隅を指差した。そこには小さく、『♪テーマ曲:青のオーバーライト / 渋ガ』と白いテロップが刻まれていた。

 

「ヤバいヤバいヤバい! ほんとに名前出てるじゃん!」

 

「ちょっと落ち着いて、由愛。声が大きすぎ」

 

 優莉は周囲のクラスメイトたちの視線を気にしながら、騒ぎ出しそうになる由愛を冷静に嗜めた。

 

「私たちは顔出しNGの覆面バンドで行くって決めたでしょ。ここで周りにバレたら困るんだから、静かにしてて」

 

 そう口では注意していた優莉であったが、実のところ彼女の胸の奥でもドクドクと熱い血が騒いでいた。(四十八歳の元・おっさんの声が、歴史的な新車のCMソングとして全国に流れる日が来るとはな。……でも、悪くない気分だ)と、顔には出さずに一人心の中で特大のガッツポーズを決めている。

 

 由愛は自分のお弁当そっちのけで、SNSのアプリを開き、猛烈な勢いでエゴサ(エゴサーチ)とCMについての検索を始めた。相楽が仕掛けた情報の非対称性が、見事に世間の興味を惹きつけているはずだ。

 

「あっ、見てみて! 『このプロモの曲、誰!? 声がめちゃくちゃ綺麗なんだけど』だって!」

 

 由愛が嬉しそうにスマホの画面を見せてくる。

 

「他にも、『渋ガって誰?』『渋ガって検索しても何も出てこない』って、みんな困惑してるよ! あ、こっちは『でもティザー映像の数秒のギターだけでエグいのが分かる』って、雫のこと褒めてる!」

 

「……妥当な評価」

 

 雫は眼鏡をクイッと押し上げ、全く表情を変えずに卵焼きを口に運んだ。

 

「あーしらの声、綺麗だって……えへへ」

 

 歌に対する純粋な称賛の感想を読み上げ、由愛の頬がだらしなく緩む。

 

「みんな、情報がないから知りたがってるわね。顔を出さない覆面の効果が、早速出てるみたい」

 

 玲奈が冷静にタイムラインの反応を分析し、フッと口角を上げた。

 

 こうして、SNSで『渋ガ』に対する期待値がジワジワと、しかし確実に煽られていくのを、彼女たちは教室の片隅でリアルタイムに実感していたのだった。

 

 放課後、いつものタワーマンションの防音スタジオ。世間が「渋ガ」の噂で少しずつざわつき始め、ネット上の数字が跳ね上がっている華やかな裏側で、メンバーたちは重苦しい空気に包まれていた。

 

「……さて、喜んでる場合じゃないわ。私たち、もうすぐ三年生よ」

 

 玲奈が腕を組み、冷ややかな声で現実を突きつけた。高校二年生の三学期は、進学校では実質的な「受験のゼロ学期」として扱われる。来年に控えた大学受験の話題が、いよいよ本格化する時期だ。

 

 そして四月の三者面談では、ほぼ志望校が確定される。その前までに、自分の進路と戦略を明確に考えておかなくてはならない。

 

 忘れているかもしれないが、渋谷学林中学高等学校(渋学)は、都内でも有数の超進学校である。生徒の学力は全国的に見れば非常に高い水準であり、当然のように難関大学を目指す環境にあった。

 

 机の上に広げられたノートを前に、全員がそれぞれの志望校を口にする。

 

「私は、一ツ橋大か恵応の法学部ね。ロースクールまで考えれば弁護士になるために最適なルートよ」と玲奈。

 

「……東都科学大か、恵応の理工学部」と雫。

 

「私は学校の先生になりたいから、早田の教育学部か、恵応の文学部かな」と琴音。

 

「あーしは……絶対に有名大学に進学すること。それが、プロ活動の継続を認めてもらう条件だから」

 

 以前にも聞いた進路から変わりはないようだ。全員が、国内最高峰の超難関校を本気で狙っているという事実が、重くのしかかってくる。

 

「優莉ちゃんは? やっぱり、一番上を狙うの?」

 

 琴音が優莉の方を見て首を傾げた。

 

「いや、私は早恵辺りの商学部か経済学部に行こうと思ってる。経営や組織論について、もっと詳しく学びたいからね」

 

「ええっ!? なんで!?」

 

 由愛がすっとんきょうな声を上げた。

 

「優莉なら東大だって余裕でしょ!? ていうか、英語もペラペラなんだから、スタンフォートだって、ハーバートだって行けるのに!」

 

 玲奈も「そうね。あんたの学力なら、わざわざ早恵に下げる意味が分からないわ」と不思議そうに同意する。

 

 優莉はみんなの期待に内心で冷や汗をかいていた。

 

(バカ言うな。私が高校の授業を余裕でクリアできているのは、性転換前の経験値と、サージョの開発部から受けたスパルタ教育による『ストック』のおかげだ。個人の能力として、東大理三や海外トップ校の天才たちについていけるとは到底思えん)

 

 自分の能力の限界(スペック)を最も正しく理解しているのは、元・総務部長である彼女自身だ。しかし、それを馬鹿正直に伝えるわけにもいかない。

 

「私は学者や官僚になりたいわけじゃないんだ。実学としてビジネスを体系的に学ぶなら、早慶の商学部の方が私の目的に合致してる。それに卒業生の人脈も大きいからね。費用対効果(ROI)の問題だよ」

 

 そうもっともらしいビジネス用語でぼかして伝えると、玲奈たちは「上を狙えるのに……もったいない」とブツブツ言いながらも、とりあえず納得してくれたようである。

 

「さて、私のことはいいでしょ。最大の懸念事項(ボトルネック)は由愛の進学先」

 

 優莉が鋭い視線を向けると、由愛が「ひっ」と肩をすくめた。

 

「由愛。有名大学と言っていたけど、ターゲットを明確にしないと対策も立てられない。よって、これからの君の目標は『恵応義塾大学 文学部への専願・三教科特化』とする!」

 

「えっ!? あーしが恵応!?」

 

 由愛が目を丸くして、信じられないというように自分を指差した。他の三人も驚いた顔をしている。

 

「そう。特に志望している大学や学部があるわけじゃないんでしょ? なら、これは極端な戦略には違いないけど、両親を納得させられる大学で一番勝率が高いと思うんだ」

 

 優莉はホワイトボードの前に立ち、マーカーで図を描き始めた。

 

「由愛は数学や物理などの理系科目が絶望的だけど、英語のセンスは非常に高い。なら、不採算部門である数学と物理は『定期テストの赤点回避レベル』にリソースを削り、完全に切り捨てる。その分の時間をすべて、恵応文の受験科目である『英語』『歴史』『小論文』の三教科に全振りするんだ」

 

「数学を……切り捨てる……」

 

 由愛がポカンと口を開ける。これまで由愛にスパルタ理数指導を行っていた雫も、「……私の出番、終了」と少し寂しそうに、だが納得したように呟いていた。

 

「そう、経営と同じで、強みに全リソースを集中させる『選択と集中』の戦略だよ」

 

 そうして優莉は、あらかじめ用意しておいた由愛の直近の学内模試の成績表をモニターに映し出した。

 

「みんな、由愛の科目別偏差値を見てほしい。数学に足を引っ張られて総合判定は中程度だけど、英語と国語だけを抽出すれば、実はそこまで悪くない」

 

「そういえばそうね。英語、平均より全然上だったわ」

 

 玲奈が思い出したように声を上げる。

 

「歴史の暗記は琴音と一緒に進めればいい。一番厄介な『小論文』の論理的思考力については、私と玲奈で徹底的に添削する。この三教科に絞ってあと少し成績を上げれば、恵応合格は十分に射程圏内に収まる」

 

 提示された完璧な工程表データ分析を前に、リビングは静まり返っていた。無理だと思っていた超難関校への道筋が、明確なロジックによって現実的な目標として目の前に提示されたのだ。

 

「あーし……いけるかも」

 

 由愛の瞳に、強い光が宿った。

 

「あーし、恵応目指す! スグの言う通りにやって、絶対に合格してみせるっしょ!」

 

「その意気だよ。プロとして、そして受験生として、これから一年とんでもなく忙しくなるんだから覚悟しておくように」

 

 優莉がフッと微笑むと、全員が力強く頷いた。

 

 世間が『渋ガ』音楽に気付き始めたティザー公開の熱狂の裏で。プロの覆面バンドとしての華々しい活動と、超難関大学への学業という、異常な二重生活。その両方を完遂するための新しい戦いが、ここから静かに、そして熱くスタートを切ったのだった。




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