あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「キタキタキタキタきたー!!」
冬の夜景が眼下に広がる超高級タワーマンションの一室で、由愛の鼓膜を破らんばかりの叫び声がリビングに響き渡った。
二月の初旬、午後六時。今日は『渋ガ』にとって、運命の一日である。ついに、自動車メーカーの大型CMの全国放映、および各種動画配信サービスやNewTubeのインストリーム広告での掲載が一斉にスタートするのだ。
広々としたリビングの巨大な壁掛けテレビの前に、五人で並び正座をしつつ、全員がドキドキしながら今か今かとその瞬間を待ちわびていた。
「そ、そろそろかな?」
琴音がそわそわと自分の膝に置いた手をこすり合わせながら、何度もテレビの画面と壁の時計を交互に見つめている。
「まだよ、落ち着きなさい琴音。提供番組のCM枠に入るまで、まだあと五分もあるわ」
玲奈が冷静な声で訂正しているが、その彼女自身も、組んだ腕の指先がかすかに震えていることは明らかであった。
「あー、もう! 心臓が口から飛び出そう! スグ、お水ちょうだい!」
完全に落ち着きをなくした由愛が、バタバタと優莉の肩を叩いている。
「……平常心。エネルギーの無駄遣い」
こんなときでも、雫だけはいつものように全く表情を変えず、ただじっとテレビの画面を見据え、落ち着いている。彼女の関心は、自分の作り上げた音が、テレビのスピーカーというマスメディアのフィルターを通してどう出力されるのか、ただその一点にのみ向けられているようだった。
優莉はミネラルウォーターのペットボトルを手渡しながら、手元のタブレットで時刻を正確にカウントダウンしていた。
(一月のティザープロモーションで十分に飢餓感は煽ったはず。博王堂の相楽が仕掛けたマーケティングの導線に瑕疵はなかった)
優莉が元・総務部長としての冷徹な思考を巡らせているうちに、テレビ画面の映像が切り替わった。
――放送開始。
深い夜の闇を切り裂くように、鋭い光の筋が画面を走る。
サージョトレーディングとの技術提携によって生み出された、給油も充電も一切不要という、まさに世界を変える革新的自動車『マナ・パーティクル車』の独特なフォルム。
新時代を感じさせるそのフォルムと斬新なカットで構成された三十秒のCM。迫りくるような映像美とともに、雫の弾き出す鮮烈なギターが鳴り響く。そして、エンジン音の代わりに静かに、しかし力強く駆動するマナ・パーティクル機関の輝きに重なるようにして、優莉と由愛のツインボーカルによる『青のオーバーライト』が、全国に響き渡ったのだ。
「キタキタキタキタきたー!! 流れた! 流れたよ!!」
由愛がテレビの前で跳び上がり、琴音と抱き合って歓声を上げる。
「すごい……本当に、私たちの曲がテレビで……!」
琴音も感極まったように声を潤ませ、玲奈も「ええ、完璧なタイミングでの使われ方ね」と、興奮を隠しきれない様子で口元を押さえている。雫は無言のまま、自分の演奏の質を確認するかのように小さく頷いていた。
「すごっ、マジでCMなんだけど……なんか、現実感がなくて頭がついていかない……」
由愛はテレビ画面を指差したまま、自分の声が全国ネットで流れているという事実に、完全に混乱しているようだった。バンドメンバーたちが歓喜の渦にはしゃいでいるその裏で、優莉が仕込んでいた「次の一手」は、設定した通り自動的に実行される。
テレビCMの放映と全くの同時刻、各種音楽ストリーミングサービス(サブスク)での配信と、ダウンロード販売のロックが解除された。さらに、顔出しNGの覆面バンドというコンセプトを最大限に活かしたアニメーションMVも同時に公開される。
相楽のティザー戦略によって、この一ヶ月間、ネット上で極限まで溜め込まれていた期待や考察の蓄積が、ここで一気に爆発を起こす。
SNSのタイムラインは滝のように流れ、『マナ・パーティクル車もヤバいけど、バックの曲もエグい』といった驚嘆の声が次々と投稿されていく。あっという間に、「#渋ガ」と「マナ・パーティクル車」というワードが世界トレンド入りを果たしたのである。
タブレットでサブスクの再生ランキングを確認すると、配信開始からわずか数十分で、『青のオーバーライト』が怒涛の勢いでランキングの階段を駆け上がり始めていた。
(よし。ここまでは完全に想定通りのシナリオだ。……なら、最大の利益を刈り取るのは『今』だ)
四人が感動して抱き合っている横で、優莉は今がベストタイミングだとパソコンを開き、自社ECサイト(グッズ販売)の稼働開始を博王堂の運用チームに指示していた。広告代理店やレコード会社を中抜きさせない、彼女たちの会社に直接利益をもたらすための、最も重要なキャッシュポイントの稼働である。
――そうして、一週間後。
自動車CMの放映回数と比例するように、『渋ガ』のバズは留まるところを知らず、さらに加速を続けていた。
NewTubeのアニメーションMVはすでに数百万再生を突破し、サブスクのランキングでも国内トップテンの最上位に食い込んでいる。
そして何より、ECサイトの状況は、控えめに言っても「狂乱」と呼ぶにふさわしい状態になっている。
リビングで、優莉はパソコンの受注システム画面に次々と表示される通知を前に、息を呑んでいた。バズが生んだ膨大なトラフィックが、導線通りにECサイトへと流れ込む。管理画面には注文完了の通知が、文字通り滝のような勢いで溢れかえっていた。
ECサイトで販売しているのは、完全受注生産を基本とした在庫リスクゼロの商品群である。優莉は脳内でその利益を高速計算していく。
販売価格三千五百円のロゴTシャツは利益率約七十パーセント。販売価格二千円のマフラータオルは利益率七十五パーセント。販売価格千二百円のピック三枚セットに至っては利益率九十パーセント超え。販売価格八百円のアクリルキーホルダーも利益率約八十七パーセント……。
極めて優秀な商材たちが揃っている。
(グッズの売上だけで、数千万に届く勢いだ)
「これが……エンタメビジネスの爆発力……!」
優莉は一人、リビングのソファで経営者としての悦びに打ち震えていた。
「……できた」
そんな悦びの余韻に浸る間もなく、優莉の背後から不意に声が掛かった。振り返ると、いつの間にかスタジオから出てきていた雫が、USBメモリを片手に立っていた。
「……第二弾の曲、デモ完成した」
第一弾の『青のオーバーライト』が大旋風を巻き起こし、世間がその話題で持ちきりになっているこのタイミングで、彼女は先日「八割方できている」とみんなに報告していた次なる楽曲を、ついに完璧な形として提出してきたのだ。
「おお、ついに完成したんだね!」
リビングの向こう側でスマホを見ていた由愛が、目を輝かせて駆け寄ってくる。
「……うん。今のバズの勢いを、さらに加速させるためのBPM。複雑さを少し抑えて、より大衆性を持たせたアンセムを意識した」
雫が淡々と語る曲のコンセプトは、現在の市場の空気を完璧に読み切ったものだった。天才的なクリエイターとしての直感が、次の一手を確実に見据えている。
「よーし! あーし、今めちゃくちゃテンション高いからさ! このテンションなら、いくらでも歌詞書けそう!」
由愛が両手を突き上げて奮起する。その瞳には、すでに次のステージへ向かうボーカリストとしての強い熱が宿っていた。
優莉はパソコンを閉じ、深く息を吐き出した。ここまでECサイトの数字や利益率のことばかり考えていた彼女。だが、ふと耳を澄ませば、テレビからは再び提供枠で流れた『青のオーバーライト』が聴こえてくる。ネットの海には「声が綺麗」「最高にカッコいい」という、彼女たちの音楽に対する純粋な称賛が溢れ返っている。
(……そうだ。私は由愛と一緒に、本気で、歌でプロを目指すと決めたんだ)
自分たちの歌声が世間に認められ、顔も見えない誰かの心を確実に震わせている。四十八年間、ただの会社員として生きていた頃には想像もできなかった、プロデビューという夢の実現。そして、世間からの大きく、かつ好意的な反応。その圧倒的な喜びに、優莉は自然と頬を緩めていた。
テレビから自分たちの曲が流れ、ネットが熱狂する裏で、二曲目の準備が着々と進んでいる。すべては、これから始まる「高校三年生」という過酷な受験シーズンを完璧に乗り切りながら、プロとしての絶対的な地位を確立するため。
彼女たちの計算し尽くされた快進撃は、まだ始まったばかりである。
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