あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「やっぱ、こうっしょ!」
防音設備の整ったレコーディングブースの中で、由愛がヘッドホンをずらしながら満面の笑みで親指を立てた。
学年末テストが今まで通りの結果――つまり、優莉が余裕のトップクラスで、由愛が英語で高得点を叩き出しつつも数学と物理は平均点以下といういつも通りの結果で終わった、三月の初旬。タワーマンションのスタジオでは、四月に投下予定である第二弾の新曲のレコーディングが着々と進行していた。
コントロールルームに陣取る外部スタッフは、前回と同じくベテランエンジニアの中野と、若手女性アシスタント高橋のコンビだ。すでに二回目ということもあり、十分に勝手が分かっている。事前の機材セッティングからマイクのレベル合わせまで、前回よりも遥かにスムーズで順調にレコーディングは進んでいた。
今回録音している新曲のタイトルは、『無敵のスタートライン』。琴音の叩き出す、まるで陸上競技の号砲のようなスネアの連打から始まる、疾走感あふれるスタジアム・アンセムだ。ライブで演奏すれば、間違いなく会場の観客と一体となって飛び跳ね、最高に盛り上がれる楽曲に仕上がっている。
作詞は由愛がメインで担当した。春の始まりや、プロデビューという未知の世界への挑戦、そしていよいよ本格化する大学受験へと向かう背中を強烈に押す一曲として、彼女らしい真っ直ぐでポジティブな言葉が紡がれている。もちろん、ただの元気な曲で終わらせないため、優莉が単語の置き換えや語彙出しのサポートに入り、共に作り上げた思い入れのある歌詞であった。
ボーカルの録音は、前回と同様に一人ずつ個別のブースに入って録る予定だった。しかし、いざ別々に歌い始めてみると、由愛が「なんかしっくりこない」と首を捻り始めてしまったのだ。
『スグ、これアンセムなんだから、やっぱり一緒に歌いたい! 隣にスグがいないと、テンション上がりきんないよ!』
そう言い出した由愛の提案を受け入れ、急遽セッティングを変更して、二人同時にブースに入って録音することになったのだ。
結果として、この判断は完全に正解だった。
スタジアム・アンセムには、小綺麗にまとまった歌声よりも、魂をぶつけ合うようなボーカルの力強さと一体感が求められる。優莉も声楽の経験をフルに活かし、腹の底から声を張り上げた。
由愛の突き抜けるような明るい地声と、優莉の芯のあるソプラノが、同じ空間の空気を震わせながらマイクに乗っていく。その共鳴は、別々に録って機械上で合わせたデータとは比べ物にならないほどの熱量を生み出していた。
「やっぱ、こうっしょ!」
歌い終えた直後の由愛の言葉に、優莉も息を弾ませながら頷いた。
「うん。二人で合わせた方が、ずっとエネルギーに溢れている気がする」
コントロールルームのガラス越しに、エンジニアの中野が高く両手で丸を作って見せた。
『お疲れ様! いやあ、今のテイク最高だよ。佐藤さんの声の圧と、八坂さんのエモーショナルな張りが完璧に噛み合ってた。二人同時に一発録りでこのクオリティが出せるなんて、本当に末恐ろしいね』
『コーラスの重なり方も完璧です!』
アシスタントの高橋も興奮気味に拍手を送ってくれる。
エンジニアたちにベタ褒めされ、由愛は「えへへー」と照れくさそうに頭を掻いていた。優莉は内心で(よし、最高にカッコいい歌が録れた)と、一人のボーカリストとしての純粋な達成感を噛み締めている。
こうして、彼女たちの第二弾の楽曲『無敵のスタートライン』は無事に完成した。今回は自動車メーカーのようなタイアップもない、純粋なオリジナルリリースだ。企業間の煩わしい権利関係の調整やシンクロ権の交渉も不要である。完成直後、配信代行サービスに音源とアートワークを登録し、四月の新学期に合わせた公開日へと設定を完了させるのだった。
レコーディングから翌週の放課後。いつものようにスタジオに集まったメンバー四人を前に、優莉はノートパソコンを開いて本日のミーティング(議題)の進行を始めた。
二月のデビュー曲解禁から一ヶ月が経過し、『渋ガ』のバズはさらに加速を続けている。それに伴い、優莉が代表を務める楽曲管理会社の問い合わせ用メールアドレスや、博王堂が管理している公式SNSのアカウントには、メディアからの出演オファーやインタビュー依頼が怒涛の勢いで届き始めていたのだ。
「みんな、集まってくれてありがとう。今日は、各方面から来ているオファーの選定(トリアージ)をしようと思う」
優莉がパソコンの画面をモニターに出力すると、そこには数十件にも及ぶメールのリストがずらりと並んでいた。
「うわっ、なにこれ! こんなにお仕事の依頼が来てるの!?」
由愛が目を丸くしてリストを覗き込む。
「私から見て、スケジュールの都合や条件的にダメそうな案件は、あらかじめ弾かせてもらったんだけど……いいかな?」
彼女が確認すると、玲奈が呆れたように息を吐いた。
「当然よ。優莉の経営センスとリスク管理能力は、うちの母親(弁護士)も太鼓判を押してるんだから。細かい精査はあんたに任せるわ」
「うんうん、優莉ちゃんが選んでくれたものなら安心だね」
「……異論なし。最適なフィルタリング」
琴音と雫からも全幅の信頼を寄せられ、優莉は「ありがとう」と短く返して本題に入った。
「今のところ、私たちが受けても問題なさそうな有力案件は三つ。まず一つ目は、ラジオ番組だよ」
該当のメールが開かれる。
「テレビの音楽番組からも複数オファーが来てるんだけど、顔出しNGの覆面バンドという条件を守るなら、今のところメディア関係はこれが一番かな。アイドルが司会をしている、夜の音楽番組のゲスト出演だね」
「おおーっ! メディア初登場じゃん!」
由愛が両手を叩いて喜んだ。
「ラジオ局に行くなんて、なんかプロっぽいね! どんなところなんだろう?」
琴音も興味津々といった様子で身を乗り出す。
「覆面という設定を守るため、スタジオ内のスタッフも最小限にしてもらうよう交渉済み。ただ、声の出演になるから……身バレ対策として、ボイスチェンジャーも使えるらしいけど、どうする?」
優莉が尋ねると、玲奈、琴音、雫の三人は顔を見合わせて首を振った。
「声だけなら特定できないでしょ。大丈夫、いらない」
「……同感」
玲奈と雫の冷静な判断に、由愛も「あーしは顔出しでもOKなくらいだし、声なんて全然気にしないっしょ!」と笑って同意した。
「分かった。じゃあこれは受けちゃっていいね」
優莉は手元のスケジュール帳にペンでチェックを入れた。ここまでは想定内の軽いウォーミングアップであった。
「さて、次の案件だけど……ちょっと凄いよ」
わざとらしく声を潜めると、四人の視線が一斉に優莉に集まった。
「なんと、夏フェスから出演依頼が来ています! しかも、複数!」
「「「えええええええっ!?」」」
スタジオ内に、割れんばかりの悲鳴のような声が響き渡った。
「な、ななな夏フェス!? あれって、何万人も人が来るやつだよね!?」
由愛が立ち上がり、椅子をガタッと鳴らす。
「わ、私たちが、そんな大きなステージに……うぅ、想像しただけでお腹痛くなってきた……」
琴音はすでに極度の緊張でぷるぷると震え、両手で自分のお腹を押さえている。
「ちょっと待って、優莉」
玲奈だけは努めて冷静な顔を作り、鋭い質問を投げかけてきた。
「それって、顔出しは大丈夫なの?」
「もちろん、そこはちゃんと対策済み」
モニターに、ステージのセット図面を映し出される。
「条件で絞ったところ、大規模フェスの二つが候補に残ったね。これは『紗幕(しゃまく)』っていう薄いスクリーンでステージの前面を覆って、観客席からこっちを見えないようにしてくれるんだ」
「そう、それならいいけど」
玲奈が少し安堵したように息を吐く。
「ええーっ! それじゃ、こっちからもお客さん見えないじゃん!」
由愛が口を尖らせて不満顔になる。ボーカリストとして、観客との一体感を何よりも大切にしている彼女らしい反応だ。
「……紗幕、ちゃんと見える」
不満を漏らす由愛に対し、雫がポツリと口を挟んだ。
「えっ、そうなの?」
「うん、雫の言う通り」
優莉は図面を拡大しながら解説を始めた。
「紗幕はマジックミラーみたいな物でね。ステージ側が明るくて、客席側が暗ければ、向こうからは見えない。でも、こっちからは客席の様子が透けて見えるんだよ。そのかわり、光の加減をコントロールする必要があるから、私たちの出番は夜間に限定されちゃうけどね」
「それで、優莉ちゃん。どこのフェスが候補なの?」
琴音が恐る恐る尋ねてくる。優莉はこれ以上勿体ぶる必要もないと判断し、二つの巨大なロゴマークをモニターに表示した。
「えーと、『FUJI PUNK(フジパンク)』と、『SUMMER SMASH(サマースマッシュ)』だね」
「フジパンとサマスマ!!」
由愛が再び大興奮して、スタジオの床をバンバンと踏み鳴らす。どちらも、毎年数十万人の動員を誇る、国内最大級の怪物級フェスティバルだ。
「やろうやろう! 絶対に出ようよ!あーし、サマスマにでるのが夢だったんだ!」
目をキラキラさせて飛び跳ねる由愛。しかし、その熱気とは裏腹に、琴音と玲奈の顔色は見る見るうちに青ざめていった。
「……む、無理よ。いくらなんでも規模が大きすぎるわ。ライブハウスとは違うのよ。少し、考えさせて」
玲奈がこめかみを押さえて後ずさる。
「わ、私も……」
琴音もすっかり自信を喪失した声で同意した。
「えーっ! なんで! こんなチャンス、二度とないかもしれないのに!」
二人の弱気な反応に、由愛が不服そうに唇を尖らせる。
「由愛、まずは落ち着いて」
優莉は由愛を嗜めるように、少しだけ低い声を出した。
「それぞれの意見が大事だよ。一部のメンバーが過度なプレッシャーを感じたまま強行すれば、バンド全体に影響が出て、結局失敗するだけでしょ」
「……そっかー。そうだよね、ごめん」
正論に、由愛もシュンと肩を落として少ししぼんでしまった。
玲奈と琴音の言う通り、高校生の彼女たちにとって、フジパンやサマスマのステージはあまりにも巨大すぎる。断るという選択肢も十分に合理的だった。実は冷静そうに見えて、内心では優莉もめちゃくちゃビビっていた。さすがの彼女も何万人もの前に出た経験などあるはずがない。ただ顔に出していないだけだ。
「……私は、いいと思う」
静まり返ったスタジオに、凛とした声が響いた。全員が驚いて声の主を見る。普段は自分から意見を主張することの少ない、雫だった。
「えっ……雫ちゃん、出たいの?」
琴音が目を丸くして尋ねると、雫は無表情のまま、コクコクと二回頷いた。
「雫が……やりたいって言い出すの、珍しいね」
玲奈が信じられないというように目を見張った。自己主張の少ない雫が、ここまで明確に意思を示すのはかなり珍しいことだった。
数万人の観客。その規模のステージに立つということは、少しのミスも許されない異次元のプレッシャーを意味する。ベースというバンドの土台を担う玲奈は、指先が冷たくなるほどの恐怖と責任感を感じているはずだった。
だが、玲奈の視線は、真っ直ぐにモニターのフェスロゴを見据える雫の瞳に注がれていた。いつも一歩引いて、ただ黙々と完璧な音を作り上げることでメンバーを支えてくれている雫。彼女が自分から何かを「やりたい」と欲しがるなんて、今まで一度だってなかったのだ。
(……この子がせっかく見つけた望みを、私の恐怖なんかのせいで潰すわけにはいかないじゃない)
「……それなら私たちも腹を括らないとね。いいよ、私も賛成する」
恐怖よりも、不器用な仲間の純粋な望みを叶えてやりたいという想いが勝ったのだろう。玲奈は己の葛藤を振り切るようにフッと口角を上げ、意見を変えた。
「えっ、玲奈ちゃんまで……!」
琴音は震える両手を胸の前でギュッと握りしめた。誰よりも気が弱くプレッシャーにも弱い彼女にとって、数万人の地鳴りのような歓声は、想像するだけで逃げ出したくなるほどの恐怖に違いない。
けれど、琴音は隣に立つ雫の顔を見つめ、そして小さく息を吐き出した。母親のようにみんなを包み込む琴音の優しさが、足のすくむような恐怖をわずかに上回ったのだ。
「はぁー……。それじゃ、私が反対することもできないよ。……分かった、私もやる」
玲奈の覚悟に背中を押され、琴音もついに恐怖を飲み込み、出演を承諾した。
こうして、四月の新曲リリース、ラジオでのメディア初登場、そして夏休みに控える巨大フェスへの出演が決まった。
彼女たち『渋ガ』の、プロとしての初ライブが、ついに本格的に幕を開けようとしていた。
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