あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「あーしは恵応文学部に決めたから!」
四月はじめに行われる三者面談の教室で、由愛はそう啖呵を切った。
新学年になった今年、なんと幸運なことに、バンドメンバー五人は全員が同じクラスに配置された。始業式の日に掲示板の前で抱き合って喜んだのも束の間、高校三年生という受験の天王山において、学校側も悠長に構えてはくれない。喜んでいる間もなく、すぐに進路を決定する三者面談の時期がやって来たのだ。
優莉は自分の面談の順番を待つ間、廊下に置かれたパイプ椅子に座りながら、薄いドア越しに聞こえてくる由愛と彼女の母親、そして担任の会話に耳を傾けていた。
「先生……うちの子は、本当に大学に行けるんでしょうか?」
由愛の母親が、切実な、そしてどこか不安げな声で尋ねるのが聞こえた。由愛がプロとして音楽活動を続ける条件として「有名大学への進学」を提示している親からすれば、当然の懸念だろう。
「そうですね」と、担任の教師が手元の資料をめくる音を立てながら答える。
「最近は徐々に成績も上がり、渋学の平均ほどには達しています。私立ならMARCHレベル、あるいは地方の国立大学なら、学部にもよりますがおおよそ問題なく受かるでしょう。しかし、最上位校というと、今の成績では少し厳しいかと……」
渋学は都内有数の超進学校だ。その平均点に食らいついているだけでも大したものだが、客観的なデータ(模試の判定)に基づけば、担任の言うことは極めて正しい。
「しかし、我が校は自立を旨としています。由愛さんの目標に合わせて、私たちも最後まで全力で応援しますよ」
その後も、担任と母親が由愛の併願校や受験方式についていくつも相談を重ねていた。由愛の苦手な理系科目をどうカバーするか、無難な進学先はどこか、そうした保守的な話が続いていたその時のことだった。
ガタッ、と椅子が勢いよく後ろに下がる音が響いた。
「お母さんは、あーしに名門に行ってほしいんでしょ? ならやったげる、それでいいでしょ!」
突然立ち上がった由愛が、親と担任に対し「恵応義塾大学 文学部専願」を堂々と宣言したのだ。
そして、以前タワーマンションのスタジオで優莉が提案したあの極端な戦略――不採算部門である数学と物理を完全に切り捨て、リソースのすべてを「英語・歴史・小論文」の三教科に全振りするという『選択と集中』のロジックを、自信満々に述べて大人たちを押し切ってしまったのである。
廊下で聞いていた優莉は、思わず口元をほころばせていた。あの真っ直ぐなギャルのエネルギーと明確な目標設定があれば、きっと彼女は壁を越えられるだろうと。
その後の面談期間。玲奈、琴音、雫の三人は、それぞれの家庭の方針と優秀な学力に基づき、三者面談を無難に済ませた。
一方、優莉だけは少しばかり難航していた。保護者である父(性転換前の優莉自身だ)はアメリカで行方不明扱いとなっており、母(そもそも戸籍上にしか存在しない架空の人物である)も家庭の事情で別に暮らしているという設定のため、面談には来られず彼女一人での対応となったこと。
そして何より、彼女の学力からすれば東大や海外のトップ校すら射程圏内であるにもかかわらず、レベルを落とした「早恵の商学部」を受験先として提示したためである。「佐藤さんならもっと上を狙える」と食い下がる担任を、優莉は「在学時から経営の実践と人脈の構築を考慮している」という理詰めで、どうにか説得することに成功したのだった。
そうして新学期の慌ただしさが少し落ち着いた四月の中旬。『渋ガ』の公式SNSには、【第二弾『無敵のスタートライン』配信開始!】という告知が華々しく掲載された。
春の始まりや新しい環境への挑戦といった、新学期の空気に完璧に合わせたこのスタジアム・アンセムは、投下されるや否やネット上で爆発的な反響を呼んだ。NewTubeに公開したアニメーションMVの再生回数はぐんぐん伸び、数日も経たないうちに百万単位の伸びを見せたのだ。
さらに、この第二弾の確かな成功により、NewTubeのチャンネル登録者数はあっという間に五十万人を突破した。
「うわー……私たち、ほんとに有名人だね」
昼休みの教室で、スマホの画面に表示された『50万人』という数字を見つめながら、琴音が信じられないといった様子で呟いた。
「もうこれ、NewTuberって言ってもいいんじゃない? あーしたち、完全にトップクリエイターっしょ!」
由愛が自分のお弁当のウインナーを箸で刺しながら、すっかり調子に乗ってふんぞり返る。
「バカなこと言ってないで早く食べなさい。数字に浮かれて足をすくわれるのが一番みっともないわよ」
玲奈が冷ややかな声で由愛を嗜め、由愛は「はーい」と素直にウインナーを口に放り込んだ。しかし、翌日。由愛がいつものようにSNSでエゴサ(エゴサーチ)をしていると、とある不穏な投稿を見つけてしまった。
「ねえ、ちょっとこれ見て! 『渋ガの中身は、超美形のガチ現役女子高生らしい』って書かれてる!」
由愛の言葉に、集まっていた全員の顔色が変わった。
「なっ……どこから情報が漏れたの!?」
玲奈が血相を変えてスマホを覗き込む。
「完全に身バレ対策はしていたはずなのに……どこでボロが出た?」
優莉も元・総務部長としての危機管理センサーをフル稼働させ、原因の究明を急ぐ。そんなパニックになりかける私たちをよそに、由愛だけは「超美形だって。えへへ、あーしたちのことだよね」と、呑気に照れて頬を赤くしていた。
「……これ」
無言でスマホの画面を操作していた雫が、ある一つの投稿を指差した。
見てみると、それは去年の夏に私たちが出演した、あの小さなライブハウスの十五周年イベントに来ていた観客の投稿だった。
『渋ガ、前に実物見たよ。去年の夏にライブハウスでてた。高校生くらいの超美人が歌ってたしバンド名も同じ。間違いない』
そう綴られた投稿には、幸いなことに写真は添付されていなかった。あの時のライブハウスが撮影禁止のルールを徹底してくれていたおかげで、彼女たちの顔が出回るという最悪の事態は防がれていたのだ。
「よかった……顔写真が出なかったのは不幸中の幸いね」
玲奈が深い安堵のため息を吐く。
「うん、本当に焦ったよぉ……」
琴音も胸を撫で下ろしている。
しかし、この投稿による影響は予想外の方向へと転がった。この「ガチの超美人女子高生らしい」という噂がネットの一部で漏れ始めたことで、逆にミステリアスな魅力に拍車がかかり、バズがさらに加速したのだ。結果として、各ストリーミングサービスでの再生回数は私たちの予想を遥かに超えて大きく伸びることとなっていった。
そして迎えた、事前収録によるラジオ出演の当日。都内の大手ラジオ局に足を踏み入れた彼女たちは、完全に業界の空気に浮足立っていた。
「へー、こんな感じなんだね! すっごい機材がいっぱい!」
由愛が興味津々でスタジオの辺りを見渡す。
「あんまりジロジロ見るんじゃないわよ。田舎者みたいで恥ずかしいでしょ」
玲奈が小声で注意するが、その横で琴音も「あれってなにかな? すごく難しそうなボタンがいっぱいあるね」と、ミキサー卓の機材に興味を示して目を輝かせていた。
担当ディレクターや司会を務める女性アイドルとざっくりとした打ち合わせを済ませた後、防音扉の奥、収録スタジオの中へと入った。
『みなさんこんばんは、『夜のヒットソングRadio』のお時間です! 今日のゲストは、CMソングで大注目の、正体不明で謎に包まれた天才バンド、渋ガさんに来てもらっています!』
マイクの前に座った司会の女性アイドルが、プロの滑らかなトークで番組をスタートさせた。
『なんと今回がメディア初出演だそうで、私も全然情報がありません。さて、少し緊張されているかもしれませんが、まずは自己紹介からお願いしていいですか?』
司会者に振られ、打ち合わせ通りに順番にマイクに向かう。
「あーし、ボーカルの由愛でーす! よろしくお願いしまーす!」
由愛が底抜けに明るいギャル声で、元気いっぱいに挨拶をした。その直後、優莉がマイクに口を近づける。
「同じくボーカルの優莉です。本日は貴重な電波枠(リソース)を割いていただき、感謝しております」
女子高生らしからぬ、無駄に落ち着いたビジネスライクな挨拶。
「あ、ドラムの琴音です。ちょっと緊張してますが、お手柔らかにお願いします」
「ベースの玲奈よ。私たちのこと、少しでも知っていってもらえると嬉しいわ」
そして最後、雫がマイクに向かい、ぼそりと呟いた。
「……ギター、雫」
一言のみ。
この、元気なギャル、お母さん気質のドラム、クールなベース、無口な天才ギターという素のままの女子高生感に、優莉の異常な落ち着きが混ざり合うチグハグな自己紹介は、司会者とリスナーに良い意味での混乱と親近感を与えたようだった。
『え、えーっと……すごく個性的な皆さんですね!』
司会者が少し戸惑いながらも、笑顔でトークを回し始める。
『皆さんは謎が多いですが、普段は何をしているんですか? 学生さんでいいんですか?』
素性を探ってくる司会者の質問に対し、由愛がパッと顔を輝かせた。
「はい! あーしたち、いっつも一緒に渋……あっ!」
学校名(渋学)を口走りそうになった由愛を制し、優莉がすかさずフォローに入る。
「そうですね。私たち、全員現役の高校生なんですよ」
あえて自ら「高校生である」という事実だけを公開し、先日のネットの噂に信憑性を持たせることで、さらなる話題性を狙う戦略であった。
『おおっ! やっぱりそうだったんですね! SNSでは、現役女子高生の超美人バンドとか言われてますよね!』
「超美人だって! えへへ!」
司会者の言葉に、由愛が素直に喜んでピースサインを作る。
『実際に私から見ても、とっても美人さんですね。本当に羨ましいです』
「ははは、見た目に関してはリスナーの想像にお任せしますね」
優莉が大人の余裕(おっさんの愛想笑い)で受け流すと、隣で玲奈が髪をかき上げた。
「まあ、美人と言われて悪い気はしないわね」
「みんな、自信あるんだなぁ……」
琴音が一人で感心したように呟き、スタジオ内に和やかな笑い声が響いた。
『さて、渋ガさんといえばデビュー曲の『青のオーバーライト』が代名詞ですが、今月、二曲目となる『無敵のスタートライン』が配信されましたね。こちらはどういった曲なのでしょうか?』
話題が新曲に移り、由愛が身を乗り出す。
「新しいことに挑戦する背中を押す、めっちゃ前向きな曲です!」
「スタジアム規模の会場で、観客と一緒に盛り上がって一体感(シナジー)を得られる曲に仕上がったと思います」
優莉がビジネス用語を交えて補足すると、雫がマイクに向かってボソッと呟いた。
「……BPMは高め。スネアの抜け感と、ベースのルート弾きのドライブ感がキモ」
微妙にマニアックな曲の構成についての呟きに、司会者が「な、なるほど……専門的ですね!」と苦笑いする。
『さて、皆さんから何か告知はありますか? この際ですから、どんどん言っちゃってください!』
情報をポロリとこぼすことを期待する司会者に対し、最大のニュースが投下される。
「この夏、私たちは『FUJI PUNK』および『SUMMER SMASH』の二つの大型夏フェスに出演することが決定しました。顔出しNGの覆面バンドであるため紗幕越しになりますが、最高の音を届けたいと思います」
『おおおおっ! あの巨大フェスに!? これはリスナーの皆さんも大熱狂間違いなしですね! ていうか私も出たことないんですけど!』
番組の後半は、事前に打ち合わせ通り募集していた質問に答える、Q&Aコーナーだ。演奏陣のキャラクターを立たせ、日常をチラ見せするのが狙いである。
『休日の過ごし方は?』
「お菓子を作ったり、セールでスーパーの特売品を買いに行ったりしてます」と琴音が答え、「私は判例……じゃなくて、少し分厚い本を読んで論理的思考力を鍛えているかな」と玲奈が答える。
そして、『メンバーの中で一番のしっかり者は?』という質問には、全員が一致して「優莉」と回答した。
「でもスグ、お金の感覚だけはバグってて、すぐ札束で殴ろうとするから私たちが止めてるんですー!」
由愛の唐突な暴露に、優莉は慌ててマイクに向かった。
「ち、違う! 私はただ、投資対効果を考えているだけで!」
彼女の必死の反論に、スタジオは大きな笑いに包まれた。
『ありがとうございました。謎に包まれた天才バンドかと思ったら、すごく仲の良い普通の女の子たちなんですね! なんだか一気にファンになっちゃいました』
司会者が綺麗に番組をまとめ上げる。
『それでは最後にこの一曲でお別れです。渋ガさんで、『無敵のスタートライン』』
琴音の力強いスネアの音とともに曲が流れ出し、彼女たちのメディア初出演となるラジオ収録は、エンディングへと向かっていったのだった。
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