あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「こんばんはー!」
キューランプが点灯した直後、由愛がフライング気味に挨拶をぶっ放した。由愛の底抜けに明るい声が、タワーマンションのスタジオからマイクに乗って響き渡る。『渋ガ』の公式NewTubeチャンネルで、ついに音声配信がスタートしたのだ。
事の始まりは数日前のことだった。SNSで広がる彼女たちの噂やバズの熱量をさらに加速させ、ファンとのエンゲージメント(親近感)を高めるため、優莉は「ラジオ形式の音声配信」を行うプロジェクトを発表した。
ただし、高校三年生という受験生の貴重なリソース(時間)を削るわけにはいかない。そのため、配信は月一回、メンバー全員が集まった休日に三十分番組を四本分まとめ録りし、それを毎週定期放送としてアップロードしていく運用スキームを組んだ。
このペースなら受験勉強にも一切影響は出ないし、むしろ勉強の合間の息抜きにちょうどいいくらいといえる。
さらに、身バレや不用意な失言による炎上リスクを防止するため、危険な「生配信」は絶対に行わない方針とした。トークテーマやリスナーからの質問も、事前にSNSでファンから受け取っており、優莉がコンプライアンス的に問題のないものだけをフィルタリングして台本に組み込んでいる。
そして今日、いよいよ記念すべき第一回放送の録音が始まったのだ。
「……はい、始まりました。『渋ガラジオ』、略して『渋ラジ』。司会を務めます、優莉です。よろしくお願いします」
優莉が冷静に進行を引き取り、マイクに向かって言葉を続ける。
「急に由愛が喋り始めて唐突に始まっちゃいましたけど、これから週一で配信するので聴いてくださいね」
「よろしくお願いしまーす!」
優莉の言葉の後に、由愛が再び元気よく挨拶を重ねた。
「ベースの玲奈よ」
続いて玲奈がクールに決める。
「あ、ドラムの琴音です……」
「……ギター、雫」
それぞれの自己紹介を終え、優莉は手元のタブレットで台本を確認しつつ進行する。
「じゃあ、まず、今日のテーマいきましょう。今日はデビュー曲『青のオーバーライト』の制作裏を少し話したいと思います」
彼女が話を振ると、由愛がマイクに身を乗り出した。
「この曲、実は最初、もっとジャカジャカしてたんだよ!」
「ジャカジャカって……そうそう、CM制作側からの要望があってね。CMの尺である十五秒でサビの盛り上がりが収まらないからって、変更したのよね」
玲奈が由愛の擬音語を論理的に補足する。
「……フック(掴み)を逆算して、サビとBメロ全体を再設計した」
雫もボソリと、専門的な言葉で解説を加えた。
「前のも良かったけど、結局、今の形に綺麗に収まった感じになったよね」
琴音がふんわりとした声でまとめる。
「でも、レコーディングで私たちリズム隊は、リテイクばっかりで大変だったなぁ……」
「そうね、何テイクやったことか……結構時間かかったわよね。指が痛かったわ」
玲奈が当時の苦労を思い出すようにため息をついた。
「あーしは順調だったよ!」
「私もそうだね」
「……私は一発録り」
雫がドヤ顔(声だけだが)で言い放つ。
「でも、自宅でレコーディングできるなんてすご……」
「おっと、そこまで」
琴音が「自宅(タワマンのスタジオ)」という身バレに繋がるワードを口走りそうになった瞬間、玲奈がすかさず言葉を遮った。
「あっ、ごめん……」
琴音が自分の失言に気づき、マイクの前でシュンと肩を落とす。
「……ちょっと危なかったから、話題を変えようか。じゃあ、事前に集めておいた質問に答えていくよ」
今回はギリギリ編集しなくても使えそうだが、生配信にしなくて本当に正解だったと冷や汗をかきながら、優莉は強引に先へと進めた。
「わー、楽しそー! あーし、質問内容全っ然見てないんだよね!」
「えーと、ペンネーム『バンドやってます』さんからの質問です。『作曲についてお聞きします。曲作りは、詞が先(詞先)ですか? 曲が先(曲先)ですか?』だって」
「曲が先よね」
「……いつも私が作ってる」
再び雫がドヤ顔(声だけ)で答える。
「そう。雫にデモ音源をもらってから、あーしが詞をつけるの!」
「そのあとに、私が校正を入れる感じだね」
渋ガの制作プロセスをありのままに語る。
「今度は、詞を先に作ってみてもいいかもね?」
琴音が提案すると、由愛は「えー」と首を捻った。
「でも、あーしいつも曲を聴いてビビッて感じたバイブスを詞にしてるからさー。ちょっと難しいかも」
「まあ、無理に変える必要はないんじゃないかな? 余裕ができたら試してみようよ」
「じゃあ次の質問。『みんなの一番得意な教科と、一番苦手(赤点ギリギリ)な教科を教えてください!』」
「あーしは得意なのは英語! 苦手なのは数学と物理!」
由愛が元気よく自分の弱点を全世界に発信する。
「私と優莉は、オールマイティにできてるわよね?」
「そうだね、今のところ苦手科目はないかな」
「私は、数学と情報が苦手かなぁ……」
琴音が申し訳なさそうに答える。
「……理系得意。他はそれなり」
雫が短く答えると、玲奈が即座にツッコミを入れた。
「雫の数学と物理は、『得意』とかいうレベルじゃないでしょ」
「それを言ったら、優莉だって全部ヤバいじゃん!」
由愛が玲奈に便乗して優莉を指差す。
「そうだよね、偏差値七十六とか高すぎて怖い……」
「いや、学力が高い分にはいいでしょ。受験生なんだし」
優莉が平然と答えると、玲奈が「あっ」と声を上げた。
「優莉。『受験生』って言ってよかったんだっけ?」
「えっ」
彼女は一瞬、言葉に詰まった。
(しまった。先日のラジオで「高校生」だと明かしたのは話題作りの戦略通りだが、今度は「受験生(高三)」だと、自ら学年まで限定してしまった)
少し焦った優莉は、自分に言い聞かせるように(少し早口で)弁明をするしかなかった。
「だ、大丈夫だ、問題ない。この国に何万人受験生がいると思ってる。これだけで身バレするはずがない」
「そういうとこから、少しずつバレるんじゃないかなぁ……」
琴音が心配そうに眉を下げる。
「……優莉、迂闊」
雫からの冷酷な一言が、優莉の元・総務部長としてのプライドを容赦なく抉った。
「……っ! はい、じゃあ今日の渋ラジはここまで! また来週! じゃあねー!」
優莉はこれ以上の失言(インシデント)を防ぐため、強引に収録を終わらせる。
「「「「じゃあねー!」」」」
ほかのみんなも元気な声で続き、録音データはフェードアウトして終了した。
「ふー、焦った……」
録音を停止し、優莉はパソコンの前で深くため息を吐いた。
「優莉ってさ、一番しっかりしてそうだけど、やっぱ結構抜けたとこもあるよね」
由愛がニヤニヤしながら私をつつく。
「そ、そんな事ない。私は常にリスクとリターンを計算して……」
「学業とビジネスの信頼感は抜群なんだけどね」
玲奈にも呆れたように言われ、優莉は「むぅ」と唇を噛み締めた。
完璧な大人の経営者であるはずの優莉が、みんなに少し「抜けてる」と思われている事実。その不本意な評価に、彼女は密かに少しだけへこんでいた。
その翌週の休日。再びタワマンのスタジオに集まったメンバーを前に、優莉はモニターに資料を映し出していた。
「さて。今日は新しくオファーがあった案件で、好条件のものがあったんだ。それがこの二つ」
スクリーンにデカデカと表示されたのは、二つの巨大なプロジェクトの概要だった。
「大人気マンガのアニメ化タイアップ企画と、国内三番手の通信キャリアのCMテーマソングの依頼。この二つを受けようと思うんだけど、どうかな?」
「はーい!」
由愛が真っ先に手を挙げた。
「いつ頃放送されるのかな?」
「えーと」
手元の資料を確認する優莉。
「アニメは放送が五ヶ月後。CMは半年後だね」
「制作期間は?」
雫が的確な質問を投げてきた。メインコンポーザーである彼女にとって最も重要なポイントである。
「アニメが二ヶ月以内、CMが三ヶ月でお願いしたい、となってるね」
「私は構わないけど……」
玲奈が腕を組み、視線を隣に移す。
「雫ちゃんの負担次第じゃないかなぁ……?」
琴音の言葉に、全員の視線が雫へと集中した。二ヶ月以内に二つの大型タイアップ曲を書き下ろす。受験勉強と並行して行うには、あまりにも過酷なスケジュールだ。
しかし、雫は全く表情を変えずに頷いた。
「……ん、大丈夫」
「本当に行ける?」
優莉が念を押すと、雫は無機質な瞳で見返してくる。
「問題ない。もう何曲か、デモはできてる。……追加で二曲くらいなら平気」
「えっ、もう新曲できてるの?」
琴音が目を丸くする。雫はコクコクと無言で頷き、ゆっくりと自分の指を四本立てて見せた。
「よ、四曲も出来てるの!」
玲奈が信じられないといった様子で声を上げる。
「最近、雫の作曲スピードヤバいね! 天才っしょ!」
由愛が大興奮で雫の肩をバンバンと叩く。雫は少し痛そうにしていた。
「……まあ、作曲家の手が早いことは素晴らしいことだね。問題ないなら、この話受けようと思うけどいい?」
「「「問題なーし!」」」
メンバー全員の力強い同意を得て、優莉は満足げに頷いた。
こうして彼女たちは、アニメで六百万、CMで千五百万という巨額の金額(もちろん、すべて優莉が直接交渉して釣り上げた中抜きなしのフルプライスだ)で、新たなタイアップ契約を締結したのだった。
音楽活動のバズと莫大な収益。そして、超難関大学への受験勉強。過酷で完璧な高校三年生の夏が、すぐそこまで迫っていた。