あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「あーもう、毛先がくるっくるになるんだけど!」
六月の中旬。梅雨に入り、ここ数日雨が続いている。じめじめした湿気にまとまらない自分の髪の毛を引っ張りながら、タワーマンションのリビングで由愛が苛立たしげに声を上げた。
しかし、彼女が苛ついている原因は、湿気のせいだけではない。つい先日返却された、中間テストとその後の模試の結果が問題だった。恵応義塾大学・文学部を専願すると啖呵を切ったものの、期待していたほどには成績が伸びず、その焦りが彼女の機嫌を損ねているのであった。
「そうかな?」
優莉は由愛の発言に対し、無意識に自分の毛先を持ち上げて言った。彼女の亜麻色の髪は、超高級トリートメントと定期的なサロン通いの効果もあり、由愛的に言うと「ちゅるんちゅるん」の完璧なストレート状態を保っていた。
「ちょっと優莉、あんたのその美貌はどうなってんのよ」
玲奈がジト目で睨む。
「私も朝、アイロンかけるの大変なんだよぉ……」
琴音も自分の少しうねった髪を触りながらため息をついた。
「……毎日の手入れは欠かしていないからね」
優莉はそう答えつつも、少し肩身が狭かった。おっさん時代から一転、この「佐藤優莉」という身体は、艷やかな亜麻色の髪、透き通るような白い肌に驚異的な脚の長さとスタイルを誇る。
持っているポテンシャルと、それに掛けられる金銭的リソースが、一般的な高校生と比べて次元が違いすぎることは自覚しているのだ。
「それにしても……天気のせいか知らないけど、なんか気分が上がらないわね」
玲奈が窓の外、どんよりと曇った灰色の空を見つめて呟いた。
「うーん、なんかこう、沈んじゃうよねぇ」
琴音も同意するようにクッションを抱きしめる。
成績の問題で苛立っているのは由愛だけだが、夏に向けて活発になるプロ活動(夏フェスの準備や大型タイアップ曲の制作)の重圧も重なり、由愛だけでなく、メンバー全体に「中だるみ」というような、特有の停滞期が訪れていると言えた。
翌週も彼女たちは相変わらず、停滞期から抜け出せずにいた。
その日の放課後、激しい雨の中、五人で傘を差しながら私のタワーマンションに向かって下校していた時のことだ。足取りは重く、全体的にやる気が感じられない空気が漂っている。
優莉はふと立ち止まり、急に自分の傘をバサッと閉じた。冷たい雨粒が、制服と亜麻色の髪を容赦なく濡らしていく。
「……えっ? スグ、急にどうしたの!?」
由愛が驚いて優莉に傘を差し掛けようとするが、彼女はそれを手で制した。
「みんなも傘を閉じて。……ここからタワマンまで、走るよ!」
「はあ!? あんた何言って……」
玲奈が文句を言う暇も与えず、優莉はバシャッと水たまりを踏みつけ、雨の中を全速力で駆け出す。
「ああっ、もう! 待ってよぉ!」
「……非合理的」
背後で琴音と雫の声が聞こえ、続いて四人の足音が雨音に混じって追いかけてくるのが分かった。
傘もささずに、土砂降りの雨の中を女子高生五人が全力疾走する。どうみてもおかしな絵面だ。しかし、ずぶ濡れになって走っているうちに、不思議なことに、胸の奥につかえていたモヤモヤが雨と一緒に洗い流されていくような感覚に陥った。
「あははっ! なにこれ、超ウケるんだけど!」
走りながら、由愛が突然笑い声を上げた。
「ちょっ、由愛、水はねてるから!」
玲奈も怒っているようで、それでいてその声にはどこか楽しげな響きが混ざっている。
「いっちばーん!!」
タワーマンションのエントランスに、由愛が一番乗りで飛び込んだ。続いて、優莉を含めた全員が息を切らして駆け込んでくる。
全力疾走のため息も荒く、彼女たちは濡れた髪をかき上げながら、大理石の天井を見上げた。
鬱憤を晴らしたり、心を強制的に切り替えたりするためには、「普段絶対にやらないようなバカなこと」をするのが一番効果的だ。優莉は、前世の四十八年の社会人経験から、その真理を知っていた。
「……どう? みんなモヤモヤしてたでしょ。少しはスッキリした?」
彼女は滴る雨水を拭いながら、みんなを振り返って微笑んだ。
「スッキリっていうか……びっしょりよ! もう、最悪!」
玲奈は前髪から滴る雨水を払いながら、眉をひそめて憎まれ口を叩いた。しかし、優莉や由愛のずぶ濡れでマヌケな姿を見ているうちに、ふっと肩の力が抜け、やがてこらえきれないといった様子で「ふふっ……あははっ!」と吹き出してしまったのだ。
玲奈のその笑い声につられて、由愛と琴音、そして雫も(彼女は本当に少しだけ口角を上げた程度だが)笑い出し、エントランスはそのまま彼女たちの大笑いに包まれた。
びしょびしょのままで優莉の部屋に上がり、大きなバスタオルで身体を拭き、着替えてまったりとくつろぐ。実は彼女の部屋には、メンバー全員分の着替えの下着からルームウェア、高級ホテルのようなアメニティ一式が常に揃えられているのであった。
「いやー、スグがいろいろ準備しといてくれてよかったねー」
もこもこのルームウェアに着替えた由愛が、温かい紅茶を飲みながらソファでくつろぐ。
「揃えた時は、また無駄金使って! って玲奈ちゃん怒ってたのにね」
琴音がクスリと笑うと、玲奈が顔を赤くして反論した。
「と、当然でしょ! それに優莉が私たちをびしょ濡れにしたんだから、着替えを用意するのは義務みたいなものよ!」
「……自分で準備して、使わせる。マッチポンプ」
雫が核心を突く鋭い言葉を放ち、優莉は苦笑いしながら紅茶を啜った。
翌日。雨の中の全力疾走という気晴らしのおかげで、メンバーのメンタルは見事に回復していた。
「さて。気分もリフレッシュしたところで、今日は由愛の小論文の特訓をしよう」
優莉がホワイトボードの前に立ち、玲奈が腕まくりをして赤ペンを構える。
「えーっ!? せっかく気分上がってたのにぃ……」
由愛が机に突っ伏してへこむが、もう昨日までの陰鬱な空気はどこにもなかった。
そうして週末、休日の音声配信の収録時間。
「はい、今日も始まりました『渋ラジ』。司会の優莉です」
メンバーそれぞれの自己紹介を終え、優莉は進行の台本に目を落とした。
「今日は、みんなの質問に答えていく雑談配信です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす!」
由愛がいつもの元気な声で続く。
「ねえ優莉、質問ってどれくらい来てるの?」
玲奈が尋ねると、彼女は手元のタブレットの画面をスクロールさせた。
「えーっと、今のところ、答えられそうなものだけで何百も来ているよ」
「す、すごい数だね……」
あまりの数の多さに琴音が目を丸くした。
「あーしたち、マジ大人気じゃん!」
「じゃあ、さっそく最初の質問ね。……『雫さんのギターソロがエグすぎて毎日コピーしようと奮闘していますが全く歯が立ちません。普段どんな練習をしているんですか?』」
「雫、どう?」と玲奈が話を振る。
「……大切なのは、指の可動域と摩擦係数の『幾何学的な最適化』。速く弾けるようにと、がむしゃらに指を動かすのは下策」
マイクに向かって、雫が淡々と語り始めた。
「じゃあ、どうするればいいの?」
頭にはてなを浮かべた由愛が問いかける。
「手首の角度、関節の角度、ピッキングの入射角を計算する。最もエネルギーロスが少なく、最速で音が鳴る物理的最適解を導く」
「……えっと?」
「……」
琴音と由愛が顔を見合わせ、完全に理解を放棄した顔になる。
「あんた、音楽のラジオで何言ってんのよ……」
玲奈が頭を抱えて困惑する。優莉も言葉には出さないが、彼女の言っている意味は全くわからなかった。
「えーと、じゃあ、具体的な練習は?」
琴音が気を取り直して尋ねた。
「……リズムトレーニングとシミュレーション」
「どゆこと?」
由愛が不思議そうに首を傾げている。
「……右手と左手で別の素数のリズムを取る。ポリリズム」
雫は一息空けて、さらに言葉を続けた。
「曲の構成、弦の張力、アンプの出力変化をシミュレーションする。実際にギターを弾くのは、演算結果が正しく出力されるための最終確認(テスト)に過ぎない」
「…………」
意味不明すぎる雫の変態的(?)な音楽理論に、スタジオの全員がドン引きして沈黙していた。
(これ以上聞いても、どうにもならないな……)
そう確信した優莉は、強引に次の質問へと移行した。
「よし、次の質問ね。『CMで自分たちの曲が流れた瞬間、どんな気持ちになりましたか?』」
「あー! あの日はね、スグんちのリビングにみんなで集まって、テレビの前で正座して待機してたんだよね! で、CMが流れた瞬間、あーしもう叫びまくって琴音と抱き合ったっしょ!」
「そうそう。テレビから由愛ちゃんと優莉ちゃんの声が聞こえてきて、私たちみんなの音が全国に流れてるんだって思ったら、もう胸がいっぱいになっちゃって……」
「あんた、ちょっと泣いてたもんね。……でも正直、私もあの時は鳥肌が立ったわ。私と琴音のリズム隊が、電波に乗ってちゃんと低音まで響いてるのを確認したら、組んでた腕の指先が震えちゃって」
「……テレビ放送用の圧縮規格で、高音域の波形変化の観測をしてた。結果、概ね計算通り」
「雫だけはあの時もいっつも通り、無表情でじーっと画面見てたよね!」
由愛の言葉に、優莉は咳払いを一つして語り始めた。
「ふむ。私は、マス・メディアという巨大な媒体が持つ『コンバージョン』の暴力を肌で感じたね。あの十五秒間のテレビ露出と同時に、各種サブスクのロックを解除し、自社ECサイトをオープンさせた。結果、トラフィックが見事に利益へと直結し……」
「もう、スグったらまたおっさんみたいなこと言ってる! ラジオのリスナー引いてるから! ほんとはスグも、あの時すっごい感動してたじゃん!」
「なっ……! 私は常に状況を俯瞰的に……」
「嘘だー! 次の週だっけ? グッズサイトの数字見てニヤニヤしたあと、テレビから曲が流れてネットのコメント見た時、『私たちの歌が……世間に認められた……』って、ちょっと目ぇウルウルさせてたの、あーし見逃してないんだからね!」
「ふふっ。優莉ちゃん、すっごく優しい顔してたよね」
「バ、バカ。由愛! 琴音も! 電波に乗せるな! あれは……ドライアイだから! 画面を注視しすぎたせいで物理的に涙腺がだな……!」
「はいはい、素直じゃないわね。でも、あのリビングで全員で迎えた十五秒間は、間違いなく私たち五人にとって一生忘れられない、最高の瞬間になったわね」
玲奈が綺麗にまとめ、恥ずかしさで顔を真っ赤にした優莉は、どさくさに紛れて次の質問へと話題を変えた。
「つ、次! 『私も今年受験生です! 渋ガの皆さんは、バンド活動と勉強をどうやって両立させているんですか?』」
「これは基本ね。徹底したタイムマネジメントよ。スマホのスクリーンタイムにロックをかけて、強制的に机に向かう環境を構築しなさい。音楽と勉強のオンオフを切り替えることが最大のコツよ」
「私は、一時間勉強したら、ご褒美にクッキーを一枚食べる……みたいな感じで、小さな楽しみを作ってモチベーションを保ってるかな」
「……音は数列と物理。勉強も論理パズル。本質は同じ」
「あーしは、自分たちの曲を爆音で聴きながら、ノリで暗記してるっしょ!」
「甘いよ、由愛。受験とビジネスにおける最強の戦略は『選択と集中』なんだ」
優莉はすかさず、自分の持論を展開した。
「すべての科目を完璧にしようとするからリソース(時間)が枯渇するの。志望校の配点比率を分析、不採算部門(苦手科目)は損切りして最低限に留め、稼ぎ頭(得意科目)にすべての時間を全振りするんだよ」
「ちょっと優莉! 受験生に向かって『不採算科目を切り捨てろ』なんて極端なアドバイスしないでよ! リスナーの子が真に受けたらどうすんの!」
玲奈のツッコミに対し、優莉は怪訝そうな顔で首を傾げた。
「え、間違ってる? 無駄な努力は最大のコストなんだから、合格という利益を最大化する最短ルートを歩むべきだよ」
「もー……リスナーの皆さん、優莉ちゃんの言うことは半分だけ聞いておいてくださいね!」
琴音が慌ててフォローを入れ、スタジオに笑い声が響く。こうして質問がいくつか続き、ラジオの電波を通して、少しずつ各メンバーの等身大のキャラクターと、渋ガというバンドの印象が、世間に固まっていくのだった。
いつも本作をお読みいただき、本当にありがとうございます!
本作の今後の更新スケジュールについて、皆様にお知らせがあります。
本作は【9月12日】の投稿をもちまして、物語が綺麗に完結する予定です!
当初の宣言通り、最終話まで全て書き終えてからの投稿をスタートしているため、途中で更新が止まる(エタる)心配は一切ございません。
完結日まで、これまで通り毎日しっかりと物語をお届けしていきます。
主人公たちの旅路がどのような結末を迎えるのか、ぜひ最後まで見届けていただけますと幸いです!
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