あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「おっ、七十万達成だ」
六月末のある日の昼休み。学校の屋上のベンチに腰掛けながら、優莉は手元のスマホの画面を見つめて小さく呟いた。彼女たちのバンド『渋ガ』の公式NewTubeチャンネルの登録者数が、ついに七十万人という大台を突破していたのだ。
デビュー曲が引き起こした歴史的なバズから始まり、最近スタートさせたラジオ形式の音声配信『渋ラジ』が、学生層を中心に爆発的な好評を博していた。「圧倒的な音楽の天才性」と「等身大でわちゃわちゃとした女子高生の日常」という強烈なギャップが、新しいファン層を着実に、そして急速に開拓し続けている。
「すごいじゃん! これ、百万突破もマジで時間の問題っしょ!」
隣に座っていた由愛が、優莉が買ってきたアイスティーのストローを勝手に咥えながら、自分のことのように無邪気にはしゃいでいる。
「ちょっと由愛、調子に乗らないの。足すくわれるわよ」
向かいのベンチに座っていた玲奈が、英単語帳から目を離さずにピシャリと注意した。彼女はプロとしての活動が本格化しても、学業へのストイックさを一切崩していない。
「でも、すごいことだよね。それに、玲奈ちゃん。自信があるのはいいことじゃないかな」
その隣で琴音が、手作りのクッキーを差し出しながらふんわりした笑顔で二人を宥める。音楽という本来のコンテンツの力強さに加え、キャラクターとしての魅力も浸透しつつある渋ガは、一つのカルチャーとして着実にその規模を拡大し続けていた。
七月の一週目。バンドメンバーの五人はいつも通り、休日の午後に優莉の暮らすタワーマンションに集まっていた。広々としたリビングの高級ソファに全員が腰を下ろしたのを確認し、優莉はローテーブルの上に分厚いクリアファイルを置いた。
「さて。今日はこれからのスタジオ練習に入る前に、みんなに『支払い通知書』を渡していくよ」
「支払い通知書?」
由愛が頭の上にハテナを浮かべ、首を傾げる。
「私が会社を設立した時、みんなと業務委託の契約書を交わしたでしょ。あの契約書には、年に二回、一月と七月が『支払いサイト(報酬の振り込み月)』だって明記されてるんだよ」
「あー、なんかそんなのにサインしたかも。印鑑まっすぐに押すの難しかったやつだ」
由愛が呑気なことを言う中、優莉は重々しい手つきで、一人ずつ順番に名前が印字された透かし入りの封筒を渡していく。
「はい、これ玲奈。次、琴音……」
「ふーん、どれどれ……。どうせ大した額じゃ……」
玲奈が封を切って中の書類を引き出し、そこに印字された数字に目を通した瞬間だった。
「はっ!?」
彼女の目が限界まで見開かれ、紙を持つ両手がブルブルと小刻みに震え始めた。
その書類の最後に記載されていたのは、『支払総額 金 壱千五百八十五万円也』という、高校生が目にするにはあまりにも暴力的な数字だった。
「……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……ひゃくまん? いっせん……えっ?」
由愛は指を折りながらゼロの数を数え、途中で自分の計算能力を疑って何度も数え直している。
「…………っ」
琴音に至っては、完全に息を止めて白目を剥きかけ、そのままソファの上で石像のように固まってしまっていた。
「……私は、二千」
雫だけは、自分の通知書をジッと見つめた後、無表情のままボソリと呟いた。その声にはわずかながら、事実を確認するような響きがあった。
「ちょ、ちょっとこれおかしくない!? どういうこと!? 高校生の口座にこんな額が振り込まれるなんて、犯罪の匂いしかしないわよ!?」
自分の金額の多さにパニックを起こした玲奈が、書類を握りしめたまま優莉に詰め寄ってくる。
「やったー! あーし大金持ちじゃん!! タワマン買える? ブランドの服もコスメも買い放題っしょ! スグ、マジで神!」
ようやくケタの理解が追いついた由愛は、ソファの上でバンザイをして無邪気に飛び跳ねている。
「落ち着きなさい、二人とも。あと琴音はとりあえず深呼吸して。死ぬよ」
優莉は玲奈をなだめつつ、酸欠になっている琴音の背中をさすり、手元のタブレットを操作した。
リビングの巨大なスクリーンに、この日のために作成したプレゼン資料が映し出される。
「うん、みんなが混乱するのも無理はないけど、これからうちの会社の業績と、みんなの報酬内訳を順に追って解説していくね」
「解説って……高校生がもらう額じゃないわよ、これ……。親に見せたら絶対に気絶するわ……」
「はいはい、いいから聞きなさい。まず、会社の収入ね」
青ざめる玲奈のぼやきを一蹴し、優莉はレーザーポインターを手に取り、経営者の顔つきになってスクリーンを指した。
「一月から六月までに、私たち渋ガが生み出した収益源は主に四つ。一つ目、デビュー曲の自動車CM曲。これがストリーミングで五千万回、ダウンロード十万、NewTube一千万回、そしてシンクロ権料(CM使用料)の八百万を合わせて、約六千六百万円」
「ろくせん……」
琴音が目を回しそうになりながら、か細い声で反芻する。
「二つ目、ノンタイアップの二曲目。これが約三千三百万円。三つ目、通信キャリアCMの新規タイアップ契約金で一千五百万円。私たちはすでに『チャート常連、新進気鋭の超人気覆面アーティスト』としての確固たるブランドがあるからね。博王堂の相楽さんを挟んでかなり強気の価格交渉で獲得したんだ。ちなみに、秋クールのアニメタイアップ料金は下期に発生するからここには入っていない」
「優莉、あんた大人相手にどんなエグい交渉したのよ……」
女子高生らしからぬ手腕にドン引きしている玲奈をよそに、優莉は淡々と次のスライドへ移る。
「四つ目、オリジナルグッズの販売利益。これが四千四百二十五万円」
「グッズだけで四千万!?」
玲奈は信じられないものを見るような目で、スクリーンに映し出されたカラフルな円グラフを見上げた。
「グッズ利益の内訳を表示するよ。ロゴTシャツを七千五百枚売って、原価や発送経費を除いた利益率が六十パーセントで二千二十五万の利益。マフラータオルも利益率六十パーセントで九百万。雫の特異点ピックの三枚セット、これは単価千二百円で五千セット売れて、利益率八十パーセントで四百八十万だ」
「……私のピック、原価安い。つまり付加価値が高い」
データが自らの価値を証明したことに、雫が当然だと言わんばかりに頷く。
「アクリルキーホルダーが単価八百円で一万個売れて、利益率七十パーセントで五百六十万。『渋ガ』公式ロゴノートも単価六百円で利益率七十パーセント、二百十万の利益。ロゴ入りシャーペンが単価千円で利益率五十パーセント、二百五十万。……総売上が七千七十五万で、そこから純粋に手元に残った利益が四千四百二十五万だ」
「…………」
「ここまでの合計。上半期の粗利益は、一億五千八百二十五万円になる」
凄まじい早さで億単位の数字が提示され、それを理路整然と解説していく優莉の姿に、メンバーたちは反論する隙も与えられず、ただ口を開けたまま放心していた。
「とりあえず、ここまでで何か質問あるかな?」
「はいはーい!」
静まり返ったリビングで、由愛だけが元気に手を挙げる。
「やっぱ、グッズぼったくりすぎじゃない? ただのピック三枚で千二百円とか、絶対原価数十円っしょ!」
「そんな事はないよ。付加価値(ブランド)という目に見えないデザイン料が乗っているんだ。他のバンドも同じくらいの設定でしょ? 適正価格だよ」
優莉は微塵も悪びれることなく、経営者特有の涼しい顔で由愛の素朴な疑問をあっさりと丸め込んだ。
「そーいうもんかー」
由愛は深く追求することなく、あっさりと納得してクッションに寄りかかる。
「あ、あのっ」
ようやく再起動した琴音が、おずおずと控えめに手を挙げる。
「はい、琴音」
「NewTubeとかストリーミングって……そんなに儲かるの? なんか、一回再生されても一円にもならないって聞いたことあるんだけど……」
「そうだね、そこは重要だ」
優莉は手元の資料に目を落とし、少し考えつつ、分かりやすく言葉を選んで答えた。
「現在のうちの契約だと、ストリーミングが一再生あたり約〇・八円、楽曲のダウンロードが百五十円、あとはNewTubeが一再生で〇・三円くらいの粗利になるかな」
「そうなんだ……ちりつも、なのかな?」
「でもスグ、それって普通のアーティストより高くない?」
由愛の珍しく鋭い指摘に、優莉は感心したように深く頷く。
「その通り。なぜなら私たちは、大手レコード会社を通さず『原盤権(マスター権)』を自社で百パーセント保有しているからだ。中抜きする大人がいない分、プラットフォームからの収益がダイレクトに丸取りできるんだよ」
スラスラと出てくる大人顔負けのビジネスロジックに、「ほえー」と感心しきりの琴音と由愛。
「じゃあ次は、出ていくお金、印税と経費だね」
メンバーが感心している間に、優莉は手際よく説明に戻る。
「著作権印税が、売上の約八パーセント弱として九百万。作曲者の雫に四百五十万、作詞者の由愛と私に二百二十五万ずつ分配される。そして、会社の経費が約二千万円だ」
「二千万も何に使ったのよ!?」
金額の大きさに、玲奈が再び声を荒らげる。
「ハイクオリティなアニメーションMV四本分の制作費、一流スタジオエンジニアの録音・マスタリング費。そして結城弁護士や税理士への報酬、広告代理店へのSNSとNewTube運用委託費だね」
「あれって……何百万もかかってたんだ……」
自分たちのMVやレコーディング、日々のネット上でのプロモーションの裏側にある莫大なコストに慄く琴音と玲奈。彼女たちが「ただ音楽と勉強にだけ集中できている」のは、優莉が裏でお金を使って大人のプロたちを動かしているからに他ならない。
「確かな仕事に適正な報酬を払っただけだよ」
優莉が平然と返すと、玲奈が頭を抱えながら呆れたように呟いた。
「……お母さん、家では一言も言ってなかったけど……結構儲けてるのね」
「弁護士なら秘密保持も完璧だから身内でも玲奈には漏らさないよ。それで、総収入一億五千八百二十五万から、印税九百万と経費二千万を引いて、残り一億二千九百二十五万円。じゃあ次、会社にいくら残して、みんなに分配する金額の計算だね」
玲奈のぼやきを軽く受け流し、優莉はスクリーンを次のスライドに切り替えた。
「メンバーへの報酬、つまり『業務委託費』の合計が、七千九百二十五万円。これを五人で割って、一人あたり一千五百八十五万円を支給する。これがみんなに払うお金だ。個別にはあとで説明するね」
「……まだ続くの?」
次々と飛び出す非現実的な数字の羅列に、玲奈がげっそりとした顔で言う。
「会社の営業利益が五千万円。そこから法人税等で約三十パーセント、つまり一千五百万円が国に引かれる。最終的な『内部留保』、会社に残るお金は三千五百万円だ。これからの運営資金やレコーディング、そして来るべき巨大なライブ費用(ハコ代のデポジット)とかに回る資金になる」
優莉は彼女たちの反応を気にする様子もなく、手元のタブレットを操作してスクリーンを次のスライドへと切り替えた。
「それじゃ、最後に個別の分配だね」
優莉は改めて、ソファに並ぶそれぞれの顔を順番に見渡した。
「基本報酬の均等割一千五百八十五万円に、さっきの作詞・作曲印税を足した最終的な手取り額。玲奈と琴音が、一千五百八十五万円。私と由愛が、一千八百十万円。で、雫が二千三十五万円」
提示された最終的な自分たちの取り分を前に、リビングは奇妙な沈黙に包まれた。
「…………」
「と、これで全部説明できたかな? わからないことはある?」
「いや……計算はわかったんだけど、わかりたくないと言うか……」
琴音がすっかり遠い目をしながら呟く。
「……利益率が異常。原価計算の常識を超えている」
「確かに、一般的なアーティストとはだいぶ違うね。でもこれは、さっき言った通りうちが原盤権を確保してるし、事務所も通していないからの数字になる。もし普通の事務所所属のアーティストなら、手取りは一人二、三百万ってところじゃないかな?」
「……なるほど。構造の勝利」
雫が優莉の構築したビジネスモデルを認め、小さく頷く。
「一千八百万……フラペチーノ何杯飲めるかなぁ……? えーっと、一杯六百円だとして……さんまん……杯?」
由愛が指を折りながら、一生かかっても飲みきれないよくわからない計算をしている。そんな平和な空気を切り裂くように、玲奈が声を上げた。
「ちょっと待って、優莉」
玲奈がハッとしたように、鋭い視線を向けた。
「これって……税金とかどうなるの?」
「鋭いね。そこはとても大事なところだよ。さすが弁護士志望」
優莉はニヤリと悪魔のように笑い、ホワイトボードの前に立った。
「うちの顧問税理士に試算してもらったところ、それぞれおよそ『四割弱』が、税金その他として徴収される」
「よ、よんわり!?」
全員の声が悲鳴のようにハモった。
「そう。一千五百万もらったとしても、来年の住民税や所得税、国民健康保険料で約六百万近くが消し飛ぶ。だから、振り込まれた額の約四割は必ず別口座に分けて、絶対に手を付けないこと」
優莉はマーカーで円グラフを書き殴りながら、口を酸っぱくして注意した。
「確定申告の時期になったら、会社の税理士が青色申告の手続きは全部やってくれるから、お金だけ持っていればいいよ。ああ、だから今日からドラッグストアでコスメを買うときもコンビニでペン一本買う時も、必ず宛名を書いてもらって領収書をもらうように。経費で課税所得を圧縮するんだ」
「か、確定申告……? りょうしゅうしょ……?」
琴音が聞き慣れない大人の単語の連続に震え上がり、再び白目を剥きそうになる。
「いやいや! 四割ってヤバくない!? 行政が一番ぼったくりっしょ!! あーしのお金返してよ!」
由愛が理不尽な日本の累進課税制度に直面し、本気の怒りの声を上げる。
「あんたが有能すぎて怖いわ……。一体前世で何やってたのよ」
玲奈が完全に白旗を上げるように、深く、呆れたようにため息をつく。
「……資本主義のバケモノ」
雫が端的に、最高の賛辞としての評価を下した。
こうして、記念すべき第一回の報酬支払いは、大金を手にした無邪気な喜びよりも、日本の税制の恐ろしさと優莉の並外れた経営手腕に対する「ドン引き」の感情をメンバーに植え付けつつ、無事に終わったのである。
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