あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「ゲネプロをする!」
七月の第三週。うだるような暑さが本格化し、世間の学生たちが待ちに待った夏休みに入ったばかりのことだ。いつものように優莉のタワーマンションの防音スタジオに集まり、機材のセッティングを済ませた直後、優莉が唐突にそう宣言をした。
メンバーたちは一様に目を丸くして、それぞれの楽器を持ったまま硬直した。
「ゲネプロ?」
由愛が頭の上にハテナマークを浮かべ、首を傾げる。
「何かの呪文かな?」
琴音がドラムスティックを握りしめたまま、不思議そうに尋ねた。
「通し稽古のことよね。演劇とかでよくやるような」
玲奈が口を挟むと、優莉は深く頷いた。
「まあ、簡単に言えば、本番を想定して事前にやるリハーサルのことだね」
優莉はホワイトボードの前に立ち、マーカーを手にして説明を始めた。
「来週はいよいよ、国内最大級の夏フェス『FUJI PANK』のステージがある。でも、あの規模のフェスになると、本番の環境で事前にリハーサルをすることは物理的に不可能なんだよ。前のバンドが終わってから私たちが演奏を始めるまでの転換時間はわずか数十分。音響のチェックくらいはできるけど、通しなんて絶対にできない。だから、都内の巨大なスタジオを借りて、本番と全く同じ環境を作ってやってみようと思ってね。みんなも、あの特殊な演出でいきなり本番だと、さすがにきついでしょ?」
優莉の言葉に、琴音は青ざめた顔で激しく縦に首を振った。
「い、いきなりなんてムリだよ! お客さんが五万人もいるのに、ぶっつけ本番なんて想像しただけで胃に穴が開きそう……」
「そっかー、五万人だもんね! あーし、テンション上がりすぎて倒れちゃうかも!」
由愛がケラケラと笑うと、雫が無表情のまま鋭くツッコミを入れた。
「……由愛は、いつもテンションがおかしい」
「ちょっと雫! それ褒めてるっしょ!」
「まあ、できるならやっておきたいわよね。ただでさえ私たちは顔を出さない『紗幕』を使った特殊なステージなんだから、シルエットがどう映るかくらいは事前に確認しておかないと。何かミスがあったら取り返しがつかなくなるわ」
玲奈が冷静に同意し、ベースの弦を弾いた。
「……物理シミュレーションより、実地検証の方が精度が高い」
雫も小さく頷き、ゲネプロの実施は満場一致で決定したのだった。
そして数日後。優莉が手配した指定の場所へ向かったメンバーたちは、その建物の前に立ってあんぐりと口を開けていた。
「……優莉、ここって……。なんか業者さんとかが出入りするような場所じゃないの?」
見上げるような巨大なシャッターを前に、玲奈が戸惑い気味に尋ねた。
「都内で一番大きな倉庫型貸しスタジオだよ。アリーナクラスのアーティストがライブ前の最終調整に使う場所なんだって」
倉庫に足を踏み入れると、そこは大型トラックが何台も余裕で駐車できそうなほど広大であった。天井は遥か高く、空調が効いた薄暗い空間の中では、優莉が手配した何十人ものスタッフたちが忙しなく立ち回り、大量の機材を運び込んでいる。
この途方もない広さの空間と、プロの舞台監督や音響、照明スタッフたちを、彼女は自社の経費を使って二日にわたって貸し切っていたのだ。
周囲を見渡すと、正面の奥には本番のステージと全く同じサイズの巨大な白い『紗幕(スクリーン)』がすでに吊るされており、その後方には強烈な光を放つための大型の投光器(バックライト)がいくつも配置されていた。
「すっごいね! これ全部あーしたちのために用意したの!?」
由愛が目を輝かせてはしゃぎ回る。
「す、すごい……本当にドキュメンタリーで見るライブの裏側みたい……」
その横で、琴音が身を縮めながら呟いていた。
「これ、一日借りるだけでも相当な額になるんじゃ……」
「気にしないで、経費だし。これも最高のパフォーマンスを見せるための先行投資だね」
優莉が平然と答えると、雫がぽつりと呟いた。
「……さすが社長。太っ腹」
圧倒されているメンバーの横で、優莉は迷うことなく舞台監督や技術スタッフの輪の中へと入っていき、大人顔負けの表情で専門用語を交えた打ち合わせを始めていた。
「紗幕の透過率は本番のステージで使用されるものと同一のものですね? 問題はバックライトの角度と距離なんです。可能な限りシルエットが大きく、かつ輪郭がぼやけない位置を探りたいんですが」
優莉がそう指示を出していると、横からスッと雫が進み出てきた。彼女は手元のスマートフォンで何かの計算アプリを開き、無表情のまま技術スタッフに向けて口を開いた。
「……光源からの距離、四.二メートル。仰角、十四度。これが、シルエットの輪郭が最もシャープに出る物理的最適解」
突然、女子高生から細かな数値を指定されたベテランの照明スタッフは、一瞬キョトンとした顔をしていた。
「えっと、お嬢ちゃん。照明ってのはそんな計算通りにいくもんじゃなくて、実際の見え方ってのがあってだな……」
「……計算上、この数値以外に最適解は存在しない。光の屈折率と紗幕の布地の密度から導き出した」
雫が一切引かずに見つめ返すと、舞台監督が苦笑いしながら「まあ、まずは一度その通りにセットしてみましょうか」とスタッフに指示を出した。
スタッフがメジャーを使って光源をきっちり四.二メートル後方に下げ、角度を調整する。そして、仮の障害物を置いて紗幕に影を投影する。
「……うおっ」
照明スタッフから、驚きの声が漏れた。紗幕に映し出された影は、恐ろしいほどに輪郭がくっきりと浮かび上がり、サイズも最大限にまで引き伸ばされていたのだ。経験則で作ったセッティングよりも、遥かに鮮明で迫力のあるシルエットがそこにあった。
「何でわかったんだ……? すげえな、最近の女子高生は……」
「雫、すごっ! 天才っしょ!」
技術スタッフが呆れ半分、感心半分といった様子で頭を掻いている横で、由愛が満面の笑みで雫に抱きついた。
「……暑い。離れて」
雫は嫌そうに由愛を引き剥がすが、まんざらでもなさそうだ。
「ふふっ、雫ちゃんの計算はいつも完璧だもんね」
「助かるわ。これで一つ不安要素が消えたわね」
琴音と玲奈も安堵の表情を見せる。
「じゃあ、これでバミるぞ!」とスタッフが声をかけ、雫の計算によって導き出された完璧なポジションに、五色のテープが次々と貼られていく。
「それでは、楽器を持ってそれぞれのバミリの位置に立ってください!」
舞台監督の声に促され、五人はそれぞれの定位置についた。
優莉はセンターのマイクスタンドの前に立ち、その隣に由愛が並ぶ。下手側に玲奈、上手側に雫、そして後方の中央に琴音がドラムセットと共に構えた。
「それじゃあ、一度照明を焚いて、実際にどう映るか確認していきます。技術さん、お願いします!」
「はーい。照明、点灯しまーす!」
技術スタッフの掛け声と共に、後方の巨大なバックライトが一斉に白く強烈な光を放った。
目が眩むような光のシャワーを背に受けた瞬間、正面の巨大な紗幕に、五人のシルエットが黒く浮かび上がる。
「うわっ! あーし超デカい! 巨人じゃん!」
由愛が髪を揺らしながら両手を高く突き上げると、紗幕に映った巨大な影も全く同じように元気いっぱいに動いた。そのサイズは十メートルに近いだろうか。顔の表情までは見えないが、髪の動きや服の広がり方など、アウトラインのすべてが恐ろしいほどの存在感を持って迫ってくる。
「こ、こんなに大きくなるの?」
琴音は自分が叩くドラムセットごと巨大な要塞のように映し出された影の大きさに圧倒されていた。数万人の視線がこれに注がれる本番をリアルにイメージしてしまったのか、早くも極度の緊張で震え出してしまう。
「顔が見えない分、シルエットの動きがすべてね……」
玲奈は冷静に自分の影を見つめながら、ベースのネックの角度を上げたり下げたりして、どのフォームが一番見栄えが良いか、鏡のように確認している。
「玲奈、ちょっとベースのヘッド上げてみてよ」
「こうかしら?」
「おー! めっちゃカッコいい! ロックスターみたいっしょ!」
「ちょっと、恥ずかしいからやめてよ」
照れる玲奈をよそに、由愛は今度は雫に話しかける。
「雫もギター弾くふりしてみて!」
「……こう?」
「おおー! なんか無骨でいい感じ! 琴音はスティック回して!」
「えっ、こう? あ、落としちゃった……」
わちゃわちゃと盛り上がるメンバーたちの姿が、紗幕の上で生き生きと躍動していた。
「……よし。視認性もインパクトも申し分なさそうかな。うん、いけそう」
優莉は紗幕に映る自分たちの巨大な姿に確かな手応えを感じ、力強く頷いていた。
「それじゃあ、いくよ。本番通りのタイムテーブルで、ゲネプロ開始!」
優莉の号令と共に、スタジオの空気が一気に引き締まった。
今回の夏フェスの持ち時間は三十五分間。その中で演奏するセットリストは、緻密な計算によって組まれていた。
中盤で一度だけ短いMCを挟むものの、残りは前後に分けて全七曲を怒涛の勢いで駆け抜けるという、休む暇もない過酷な構成だ。五万人の観客に一切の隙を与えず、熱狂の渦に叩き込むためのストロングスタイルである。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
琴音のカウントが響き渡り、一曲目の『青のオーバーライト』がスタートした。爽やかで疾走感のある王道青春ロックが、巨大なスタジオの空気を震わせる。紗幕の向こう側では、由愛の弾けるような真っ直ぐな歌声と、優莉の透き通るような表現力豊かな歌声が見事なハーモニーを奏でていた。
続いて、デビュー前から演奏している、変拍子と雫の超絶技巧が炸裂する『0.05秒の特異点』。由愛と優莉の光と影の対比を活かしたメロディック・パンク『コントラスト・ブルー』。そして、クールな電子音とロックが融合した『未来投資アルゴリズム』と、息もつかせぬ展開で曲が進んでいく。
中盤の短いMCでは、由愛が持ち前の明るさで架空の観客に向かってコールアンドレスポンスの練習を行い、その後に未発表の新曲を投下。さらに、スタジアムを包み込むような壮大なアンセム『無敵のスタートライン』へと繋ぎ、最後にもう一つの新曲で最高潮のまま締めくくる構成だ。
ゲネプロは、単なる通し練習では終わらなかった。
「ちょっと待って。今の『コントラスト・ブルー』のサビ前、もっとベースの動きを大きく見せた方がシルエット映えすると思うんだけど。こんな風に、少し大げさにステップを踏むのはどうかしら?」
玲奈が自らの演奏フォームを確認し、実際に動きを見せながら提案をしている。
「いいじゃん! じゃあ、あーしとスグも、サビで左右に交差するように動いてみようよ!」
由愛がボーカルならではの視点で同調する。
「琴音、MCからの繋ぎのドラムロール、もう少しタメを作って焦燥感を煽ってほしいかな」
「わかった、やってみる! スネアの音も少し強めに入れた方がいいかな?」
由愛の感覚的なアイデアに、琴音が力強く応える。
「……ギターソロの時、もう少し照明の光量を上げて。影のコントラストを最大化する」
雫は技術スタッフに直接掛け合い、光の演出の調整にまで踏み込んでいた。
「うん、いいね。それなら、このタイミングでバックの光を一回落として、サビで一気に明るくするのはどう?」
優莉も全体の構成を瞬時に練り直し、新たな動きを加えていく。
彼女たちは曲の合間や終了後に、一切の妥協を許さず細かな修正案をぶつけ合った。それは、音楽と演出のクオリティを限界の限界まで引き上げるための、執念とも呼べる作業だった。
メンバー全員が最高のステージを作ろうと必死にアイデアを出し合っている。汗だくになりながら何度も同じフレーズを繰り返し、自分たちの音と動きを研ぎ澄ませていく。
二日間にわたる、合宿のような過酷なゲネプロ。プロのスタッフたちも驚くほどの集中力と体力で、彼女たちはセットリストの通しを完璧になるまで仕上げていった。
最終日の夕方。最後の曲のエンディングを終え、ピタリと揃った無音のブレイクと共に、スタジオに静寂が訪れた。
数秒後、スタッフたちから自然と大きな拍手が巻き起こった。
「はぁっ、はぁっ……! 終わったぁ……!」
由愛が床に大の字になって倒れ込み、肩で大きく息をする。
「腕が……もう上がんないよぉ……」
琴音はドラムセットに突っ伏してぜえぜえと息をしている。
「でも、通してみるとやっぱり違うわね。本番前の課題もたくさん見つかったし」
玲奈も肩で息をしながら、充実した表情でベースの汗を拭っていた。
「……最適化、完了」
雫は無言のまま、熱を持ったアンプを見つめて小さく呟く。
「お疲れ様、みんな。最高のゲネプロだったね」
優莉はマイクスタンドを握りしめ、荒い息を吐きながらも、満足げな笑みを浮かべていた。
「ねえ、これなら本番も絶対上手くいくよね!」
床に転がったまま、由愛が満面の笑みを向ける。
「ええ、ここまでやったんだもの。あとはやるだけよ」
「頑張ろうね、みんなで……!」
(これなら、戦える。私たちの音楽で、五万人を圧倒できるはずだ!)
間近に迫った国内最大級のフェスの本番。
巨大なステージに立つことへの恐怖や、自分たちの実力が通用するのかという不安。それらは確実に胸の中に存在していた。
しかし、それ以上に、この二日間で完璧に磨き上げた自分たちの音楽を、見ず知らずの何万人もの人々にぶつけたいという、熱く焦がれるような期待が、彼女たちの心を強く支配していた。
決戦の日は、もうすぐそこまで来ていた。
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