あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第六十話 五万人の地鳴りと狂乱

「んじゃ、いこっか!」

 

 由愛の底抜けに明るい声が、人混みでごった返す東京駅のコンコースに弾けた。

 

 七月のうだるような猛暑を避けるように、冷房の効いた構内に集まったメンバーたち。待ち合わせ場所である銀の鈴広場に、最後に到着した雫が無表情のままキャスター付きのスーツケースを転がしながら合流し、全員が揃ったところである。

 

 そうして五人――優莉、由愛、玲奈、琴音、雫の『渋ガ』のメンバーたちは、連れ立って上越新幹線のホームへと向かう改札口を抜けていった。

 

「うーん、迷っちゃうなぁ」

 

 新幹線に乗り込む前、立ち寄った駅弁屋の広大なショーケースを前に、琴音が幸せそうに頬を緩めながらうろうろとしていた。色とりどりの幕の内弁当や、各地の名産品がずらりと並んでおり、目移りしてしまうのも無理はない。

 

「あーし、牛タン!」

 

 由愛は迷うことなく指を差し、『炭火焼風牛たん弁当』を即決した。すかさず、隣でパッケージを眺めていた玲奈がジトっとした目を向けて的確なツッコミを入れた。

 

「ちょっと由愛、なんでこれから新潟行くのに牛タンなのよ。それ東北でしょ」

 

「えー、だってそーいう気分なんだもん! お肉食べないと明日のスタミナもたないっしょ!」

 

 由愛がケラケラと笑いながら言い返す。その横で、雫はショーケースを数秒見つめた後、迷わず『チキン弁当』を手に取った。ケチャップライスと唐揚げという王道の組み合わせに、彼女のブレない合理的な判断が光っている。

 

「じゃあ、私はこれにしようかな」

 

 玲奈は上品なパッケージの『深川めし』を選択した。あさりの旨味が詰まった渋いチョイスに、彼女の落ち着いた性格が表れている。

 

「私は無難に」

 

 優莉が手に取ったのは、定番中の定番『牛肉どまんなか弁当』だった。そのパッケージを見た瞬間、由愛がニヤニヤと笑いながら優莉の顔を覗き込んだ。

 

「やっぱりスグは茶色いご飯なんだね。なんかおじさんっぽいっしょ」

 

「い、いや、おじさんなんかじゃ……っ」

 

 図星を突かれた優莉は、無駄に慌てて目を泳がせた。サラリーマンだった頃から、出張のたびに好んで食べていた大好物を無意識に選んでしまっただけなのだが、花の女子高生のチョイスとしてはひどく渋かったことは否めない。

 

「うん、これに決めた」

 

 優莉がいじられている横で、琴音はようやく『えび千両ちらし』のパッケージを大事そうに胸に抱え、満足げに微笑んだ。

 

 こうして各々のお気に入りの駅弁を手にした五人は、胸を高鳴らせながら新幹線のホームへと上がっていった。

 

 五人は優莉が事前に手配していた指定席に座り、座席を向かい合わせに回転させた。中央のテーブルにお茶と弁当を広げると、そこはもう完全に彼女たちだけのプライベートな空間となる。

 

「それにしても、もう明日が本番なんて実感わかないわ」

 

 玲奈が、深川めしを上品に箸でつつきながら、窓の外を飛ぶように流れる景色に目をやった。

 

 そう、彼女たちがいま楽しんでいるこの新幹線旅は、決して単なる夏休みの旅行などではない。明日、国内最大級の夏フェス『FUJI PUNK』のステージに出演するための、前乗りなのである。

 

 それでも、和やかにお弁当を食べながら談笑する姿は、どこからどう見ても普通の女子高生の修学旅行気分そのものだった。

 

 彼女たちはすでに、ネットを中心に爆発的な人気を誇るアーティストと言って差し支えない位置にいる。しかし、「顔がバレていない」という覆面バンドならではの最強の隠れ蓑があるため、周囲の乗客は彼女たちが今をときめく『渋ガ』だとは夢にも思っていなかった。

 

 もちろん、優莉の整いすぎている国宝級の顔面や、由愛の華やかなオーラ、玲奈の洗練された美貌のせいで、通りがかる乗客からチラ見こそされるものの、それ以上の騒ぎになることはない。

 

「暇だー!」

 

 あっという間に牛タン弁当を平らげた由愛が、背もたれに寄りかかりながら大きな声を上げた。

 

「少しは食休みしなさいよ。ちょっとくらいじっとしてられないの?」

 

 玲奈が呆れたようにため息をつく。

 

「まあ、由愛ちゃんだしね」

 

 琴音がふんわりと苦笑いしながらお茶をすする。すると、窓際で黙々とチキン弁当を食べ終えていた雫が、おもむろに自分のリュックから無言でトランプを取り出した。

 

「おー、いいじゃん雫!」

 

 由愛がパッと顔を輝かせる。

 

 そのまま五人は、座席のテーブルの上でババ抜きを始めた。歓声を上げ、悔しがり、笑い合う。完全に「普通の女子高生の夏休みの旅行」のテンションで、新幹線は新潟へと向かって滑らかに進んでいく。

 

 優莉も、会社の経営やプロデューサーとしての重圧を一時的に完全に忘れ、無邪気な表情で心から笑っていた。

 

「んー……優莉ちゃん、これババでしょ?」

 

 琴音が、優莉の持っている三枚のカードのうち、一番右端のカードに手をやりながら、小首を傾げて尋ねた。

 

「い、いやそんなことないけど?」

 

 優莉は精一杯のポーカーフェイスを取り繕って見せたが、その声は微かに上ずっていた。

 

(……何故バレた? 完璧に表情筋をコントロールしていたはずなのに!)

 

 内心で激しく動揺する優莉に、向かいの席の玲奈が容赦ない言葉を浴びせる。

 

「あんた、顔に全部出てるわよ」

 

「案外スグってわかりやすいよねー」

 

 由愛がケラケラと笑いながら追い打ちをかける。

 

「……隠す気ある?」

 

 雫に至っては、冷めた目で言い放つほどだ。

 

 四十八年間のサラリーマン経験で培い、数々の修羅場を潜り抜けてきたはずの鉄壁のポーカーフェイスが、女子高生たちの前では全く通用しない。結局、琴音にあっさりと見破られた優莉は、最終的にビリになってしまい、由愛たちから大いにからかわれる羽目になったのだった。

 

 夕日が差し掛かるころ、五人を乗せた車はついにフェス会場である新潟の広大なスキー場へと到着した。

 

 山々に囲まれたその場所は、すでに数万人の観客と無数のテント、そして巨大なステージから漏れ出す地鳴りのような爆音に包まれ、一種の巨大な熱狂の街と化していた。

 

「じゃあ、こちらが関係者のパスになりますので、よろしくお願いします」

 

 関係者専用の受付テントで、フェスの運営スタッフから、ラミネート加工されたパスを渡される五人。

 

「ありがとうございます。じゃあ、下見に行こうか」

 

 優莉の合図で、五人は関係者パスを首から下げ、自分たちが翌日の夕方に出演予定のメインステージを最後方から視察に行くことにした。顔バレを防ぐため、深々と帽子を被り、念のためマスクも着用している。

 

 スタッフ専用の通路を抜け、小高い丘の上の関係者エリアに出た瞬間、彼女たちの目の前には想像を絶する光景が広がっていた。

 

 目の前に広がるのは、スキー場の傾斜を利用した、すり鉢状の広大なフィールド。その最深部にそびえ立つメインステージでは、今まさに国民的な超有名アーティストが熱気あふれる演奏を繰り広げている。

 

 うねるような数万人の観客の波。色とりどりのタオルが振り回され、歓声が狂乱の渦となって響き渡る。圧倒的な光景と、大地を物理的に揺らすようなすさまじい重低音が、最後方に立つ五人の体を、骨の髄までビリビリと震わせた。

 

「さ、さすがにヤバくない……?」

 

 玲奈が、普段の冷静さを完全に失ったひび割れた声で呟いた。彼女の体は、明日自分がベースを抱えてあの広大なステージに立つことをリアルにイメージしてしまったのか、微かに、しかし確実に震えていた。

 

 琴音は、数万人の視線と熱狂が自分たちに向けられるという途方もない恐怖とプレッシャーで足の震えが止まらなくなり、もはや言葉を失って隣にいた雫の肩をきつくつかんでいた。雫もまた、無言のままステージの暴力的なまでの照明をジッと見つめている。

 

 優莉の心情もまた、決して冷静ではいられなかった。高一の春休み、あの地下の小さなライブハウスで味わった、あのすべてが一つになる一体感。それが、何百倍にも膨れ上がった光景が、今、目の前にあるのだ。

 

 この数ヶ月間、優莉は有能なビジネスマンとしての顔を崩さずにやってきた。しかし、この圧倒的な熱量と大音響を前にして、そんなビジネスの計算やリスクヘッジの思考など一瞬で吹き飛んでしまった。ただ純粋な一人の「ボーカリスト」として、魂の奥底から痺れるような武者震いを感じていた。

 

(すごい……ここが、私たちが立つ場所……!)

 

 優莉は無意識のうちに、隣に立っていた由愛の手を、ギュッと強く握りしめていた。由愛もまた、優莉の手を強く握り返し、恐怖よりも興奮に目を輝かせながら、真っ直ぐにステージを見据えていた。

 

 その日の夜。フェスの喧騒から少し離れた場所に建つ、優莉が手配した一棟貸しの高級ヴィラ。広々としたリビングのソファに、入浴を済ませた五人が集まっていた。豪華な夕食も喉を通らなかった玲奈と琴音は、極度の緊張で顔面を青ざめさせ、膝を抱え込んでいる。

 

 氷のように張り詰めた重苦しい空気の中、優莉は立ち上がり、静かに、しかし深い熱を込めてメンバーたちに語りかけた。

 

「怖い……私も怖いよ。あの光景を見ちゃうとさ。みんなだってそうでしょ」

 

 優莉の素直な告白に、玲奈と琴音は小さく頷き、由愛と雫も真剣な顔で同意した。

 

 しかし、そこで優莉は恐怖に潰れることはなかった。彼女の瞳には、かつてないほどの強い光が宿っていた。

 

「でも、思い出してほしいんだ。高一の春休み、あの地下の小さなライブハウスで初めてやった時のこと。あの時も私たちは震えていたけど、音を出した瞬間、お客さんと一つになれたよね」

 

 優莉の言葉に、メンバーたちの脳裏にあの日の熱を帯びた光景が鮮やかに蘇る。

 

「私は、あの一体感が忘れられなくてプロを目指した。確かに明日は、あの八十人とは比べものにならない。明日の観客は五万人もいる。だけどさ、本当のことを言うと、さっきのステージを見て、お腹の底からゾクゾクしたんだ。あの中で、私たちの音を響かせたら、一体どんな景色が見えるんだろうって……恐怖より、そっちのワクワクが止まらない。だから、やることは一緒だよ。ただ、五人で最高の音を鳴らして、あの会場を全員、私たちの音楽で一つにしよう」

 

 その言葉は、ビジネスライクな社長としての指示ではなく、ともに夢を追うバンドのフロントマンとしての、魂からの叫びだった。

 

 ヴィラのリビングに、心地よい静寂が落ちる。やがて、由愛が顔を上げ、不安を完全に振り払ったような、いつもの太陽のような眩しい笑顔を見せた。

 

「……うんっ! あーしたちの音楽、絶対ぶちかましてやろうね!」

 

 由愛が力強く宣言し、拳を突き上げる。その明るさに引っ張られるように、玲奈も深く息を吐き出し、ふっと肩の力を抜いた。

 

「そうだよね。やれることをやるだけ、か」

 

「でも……緊張するなぁ」

 

 琴音がまだ少しだけ不安そうに眉を下げる。すると、雫が静かに琴音の肩にポンと手を置いた。

 

「大丈夫、私がリードする」

 

 その短くも頼もしい一言に、琴音の顔にもようやく柔らかい笑みが浮かんだ。

 

 こうして、FUJI PUNK前日の夜は静かに、しかしメンバー一人一人の胸の内に静かな炎を燃やしながら更けていった。

 

 五万人の観衆が、すぐそこまで迫っていた。




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