あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「これはもうセレブっしょ!」
由愛の底抜けに明るい声が、雲の上を飛ぶ機内の広々とした空間に響き渡った。
今朝のことだ。いつもの五人――優莉、由愛、玲奈、琴音、雫の『渋ガ』のメンバーたちは、大きなスーツケースを転がしながら羽田空港の出発ロビーに集まっていた。先日に計画していた四泊五日の北海道旅行の出発日である。
去年も五人で旅行には行ったが、あの時は一人一泊一万円というささやかな予算だった。それでも、優莉の計らいで巨大エネルギー企業であるサージョトレーディングの豪華な福利厚生施設を利用できたため、十分に贅沢な経験ではあったが。
しかし、今年はわけが違う。先日のフェス出演を含め、莫大な収益を叩き出した彼女たちには、潤沢すぎるほどの予算があった。
優莉の完璧な手配により、今回彼女たちが搭乗しているのは、国内線における最上級シート「プレミアムクラス」である。
隣の席との間隔が広く取られたふかふかの革張りシートと、有名料理店が監修したという上品で豪華な機内食を前にして、由愛が「セレブっしょ!」と歓喜の声を上げたのだ。
「うわぁ、シートが倒れる! こんなに真っ直ぐになるの!? 私、飛行機はエコノミーしか乗ったことないよー!」
琴音も、手元のボタンをポチポチと押しながら、電動でリクライニングするシートのギミックに大はしゃぎしている。
「ちょっと二人とも、声が大きいわよ。周りのお客さんの迷惑になるから少しは落ち着きなさい」
玲奈がたしなめつつも、出されたばかりの美しい和食膳に目を輝かせている。雫はすでにマイペースにイヤホンをつけ、無言のまま提供されたお茶をすすっていた。
そんな四人の様子を、優莉は保護者のような、あるいは苦労して社員旅行を企画した幹事のような温かい目で見守っていた。
約一時間半の快適なフライトを経て、飛行機は新千歳空港へと滑り込むように着陸した。手荷物を受け取り、夏の北海道の爽やかな空気を吸い込んで到着ロビーを出た彼女たちを待ち受けていたのは、黒塗りのピカピカな「専属運転手付きの貸切ジャンボタクシー(ハイヤー)」であった。
「えっ、なにこれ! うちらの車!?」
「すごい……。ドアを開けて待っててくれてる……」
驚く由愛と琴音を尻目に、優莉はスーツを着た初老の運転手に「五日間、よろしくお願いします」と大人びた挨拶を交わし、心付けを手渡していた。
広大な北海道を観光で回るうえで、車の存在は絶対に欠かせない。しかし、彼女たちは全員が女子高生であり、当然ながら運転免許を持っている者は一人もいないのだ。
「わざわざ運転手さん付きのハイヤーを五日間も貸し切るなんて……」
乗り込みながら驚愕する玲奈に対し、優莉はふふんと自慢げに鼻を鳴らした。
「移動時間を休養とミーティングに充てられるからね。これが最もタイパが良いでしょ」
ドヤ顔で語る優莉の指示に従い、五人は広々とした車内へと乗り込んだ。
ハイヤーが新千歳空港を出発し、なだらかな丘陵地帯を走り始めた頃、車内で優莉が今回の旅行の「予算と税務」について、簡単な講義を始めた。
「さて、みんな聞いて。実は、今回の旅行の費用はほとんどが会社持ちなんだ。パーッと使おうとしてた由愛には悪いけどね」
「えっ、そうなの? あーし、自分の口座からバンバンお金下ろして豪遊する気満々だったんだけど!」
由愛が少し残念そうに唇を尖らせるが、優莉は真剣な表情で首を振った。
「まず、この旅行の予算は全体で約四百万円を見込んでいる。ただし、これを何の理由もなく全額を会社の経費で落とせば、税務署から『実質的な給与や報酬の支払い』とみなされてしまう。つまり、後から税務調査に入られて、本来払わなくていい痛い追徴課税を食らうことになるんだ」
「つ、ついちょうかぜい……!」
恐ろしい単語に、琴音がビクッと肩を震わせる。
「だから、今回の旅行は名目上『今後のMVロケハン 兼 NewTubeやSNS用Vlogの制作合宿』とする。これなら、事業に必要な正当な支出として認められるからね」
男性として生きて四十八年間、酸いも甘いも噛み分け、税務の恐ろしさを骨の髄まで知っている元・総務部長の完璧なロジックである。玲奈も「なるほど、合法的かつ合理的な節税対策ね」と感心したように頷き、他のメンバーもふむふむと真剣に話を聞いている。
「ルールは簡単。私がカメラを回している間の飲食代や移動費は、合宿の『制作費』や『旅費交通費』などとして経費で落とすことができる。けど、カメラが止まった後の完全なプライベートの買い物や、個人的なお土産は、各自の口座から自腹で払うこと。勿論、動画に顔は映さないように上手くカットして編集するから安心して」
「「はーい!」」
優莉の的確な説明に対し、メンバーたちは聞き分けのよい生徒のように元気な返事をした。
ハイヤーが最初に着いたのは、美瑛町にある有名な観光スポット「青い池」だった。そこにあるのは立ち枯れたカラマツの木々と、神秘的なコバルトブルーの水面が織りなす幻想的な風景。
車を降りるなり、優莉は早速Vlog用の小型カメラを取り出し、録画ボタンを押してメンバーの背中を追いかけた。
「うわーっ! なにこれ、すっごく青い! 綺麗〜!」
「本当だ……! 入浴剤を入れたみたいに真っ青」
由愛と琴音が柵の手前ではしゃぎ、玲奈も「写真で見るよりずっと神秘的ね」とスマートフォンで風景を撮影している。
そんな中、雫だけがジッと静かな水面を見つめ、無表情のままボソリと呟いた。
「……水酸化アルミニウムのコロイド粒子による、太陽光のミー散乱。完璧な波長」
物理学と化学の観点から大自然の神秘に深く感動している雫に対し、玲奈がすかさずジト目を向けた。
「あんたは少しは女子高生らしい感想を持ちなさいよ」
呆れる玲奈のツッコミも、優莉の回すカメラの音声にしっかりと収録されていた。
翌日。五人は歴史的な建造物が立ち並ぶ小樽運河周辺を散策していた。ガラス工芸品やオルゴール、北海道の銘菓を扱う店がひしめく観光ストリートで、琴音があるお土産屋の店先に立ち止まる。
「あ……っ」
琴音の視線の先には、真っ白でまんまるな、北海道の雪の妖精と呼ばれる野鳥『シマエナガ』の特大ぬいぐるみが並んでいた。
「す、優莉ちゃん……これ、経費で買えないかなぁ?」
琴音はぬいぐるみを大事そうに両手で抱きしめ、ウルウルとした上目遣いで優莉を見つめた。
「あーっ! ずるい! じゃあ、あーしも木彫りの熊とメロン、経費で買えないかなぁ?」
由愛も便乗して、ドサクサに紛れておねだりをしてくる。しかし、そこは税務に厳しい優莉である。彼女は心を鬼にして、無慈悲に宣告した。
「だーめ。それは事業に直接関係のない私物だ。自腹で買いなさい」
「ええーっ! スグのケチ!」
一刀両断された二人は渋々自分の財布からお金を出し、しっかりと自腹で買い物を済ませた。お土産めぐりの後は、優莉が事前に予約していた昼食の場所へと向かう。
到着したのは、小樽でも知る人ぞ知る、カウンター席しかない回らない超高級寿司店だった。なんと優莉は、この店のお昼の営業を『渋ガ』の五人だけで貸し切っていたのだ。
「貸し切りとかすごっ! テレビのロケみたいっしょ!」
由愛が興奮気味にカウンターに座る。
「ほんとに金かけてるわね……。お母さんに連れて行ってもらった銀座のお寿司屋さんみたいなオーラがあるわ」
玲奈も少し緊張した面持ちでお茶をすすった。
大将が目の前で握ってくれる新鮮な海の幸。透き通るようなイカ、とろけるような大トロ、プリプリのボタンエビ。みんなが色々なネタを少しずつ上品に味わう中で、由愛だけはテンションの赴くままに行動していた。
「大将! 次、ウニ! ウニおかわり!」
値段が書かれていない『時価』のウニを、由愛は一切の躊躇なく頼みまくる。
「由愛、あんた少しは遠慮しなさいよ。それ、一貫いくらすると思ってるの」
「えー? だってこれカメラ回ってるし、スグが制作費で落としてくれるっしょ! 大将、ウニもういっちょ!」
美味しそうにウニを頬張る由愛の無邪気な笑顔は、Vlogの撮れ高としては文句のつけようがない完璧なものだった。優莉はカメラを回しながら、「まあ、これだけ美味しそうに食べてくれれば経費の落としがいもあるというものだ」と内心で苦笑している。
夕日が沈みだす頃、ハイヤーは小樽から山間部へと長距離を走り、世界有数のリゾート地であるニセコへと到着した。
今日の宿泊先は、一泊一室三十万円を優に超える「客室半露天風呂付き・超高級プライベートヴィラ」である。広大なリビングに、洗練された北欧風のインテリア。窓の外には雄大な羊蹄山のシルエットが広がっている。
極上の夕食を終え、客室についている半露天風呂でしっかりと旅の疲れを癒やした五人は、パジャマやルームウェアに着替え、涼しい夜風が吹き抜けるヴィラの広々としたテラスに集まっていた。
テーブルには冷たいジュースや炭酸水が置かれ、それぞれがグラスを傾けながらリラックスした時間を過ごしている。
「ふーっ、いいお湯だったー」
火照った頬を夜風に当てながら、由愛が気持ちよさそうに息を吐いた。
「ふふ、すっごくいい旅よね」
玲奈がそんな由愛を見てくすりと笑いながら言うと、琴音も「そうだねぇ」としみじみと頷く。
「満足するのは早いよ、まだまだこれからっしょ!」
由愛が元気に宣言し、優莉が笑い声を漏らした。そんな他愛のない雑談を少ししていると、優莉がふと思い出したように雫の方を向いて口を開いた。
「……そういえば。雫、例の話なんだけど。サージョの募集だと、バンド活動とか芸能活動の経歴は『プラス評価』になるみたいだよ」
その言葉に、雫がピクリと反応した。
先日、顔出し解禁の可能性について議論した際、雫は第一志望であるサージョトレーディングの採用面接において、派手なバンド活動がマイナスにならないかを懸念していた。そこで優莉は自身の性転換前のツテ――社長と開発部以外で唯一優莉が性転換したと言う真実を知る、総務部長時代の直属の上司である管理本部長、ケーリー・グレインに探りを入れていたのだ。
「画一的ではない経験値と様々な出来事を多様な角度から観ることのできる人材を求めているって。管理本部長のケーリーさんが直々に言ってたから間違いないよ」
ケーリーは、サージョの要職に就く合理主義の塊のような人物だが、同時に豪快な人柄でも知られており、さらには尖った才能を愛する柔軟さも持ち合わせている。優莉の言葉には確かな裏付けがあった。
「雫、良かったじゃん」
玲奈が微笑みかけると、雫はホッとしたように小さく息を吐き、無表情の中にわずかな安堵を滲ませた。
「……うん、良かった。ありがとう、優莉」
「これであとは玲奈ちゃんだけかな?」
琴音が、少し首を傾げて玲奈を見た。弁護士を目指す玲奈のキャリアにとって、顔出しのリスクはどうなるのか。
「私も、こないだ母さんに聞いてみたんだけどね」
玲奈はグラスについた水滴を指で拭いながら、真剣な眼差しで語り始めた。
「無名で売れない趣味程度のアーティストならマイナスになることも多いけど、うちらくらいのネームバリューと実績があれば、むしろセルフプロデュース能力の高さや、エンタメ業界の法務に明るい即戦力として、プラスになるんじゃないかって言ってたわ。もちろん、もう少し詳しく業界の動向を調べてみないと、最終的な判断はできないけどね」
「おー! じゃあ、玲奈も顔出しの可能性アリってことじゃん!」
由愛が身を乗り出して喜ぶ。
「だから、まだ確定じゃないってば。でも……悪い話じゃないのは確かね」
玲奈も、まんざらでもない様子で口角を上げた。
夏フェスでの圧倒的な経験が、彼女たちの中から『紗幕』という安全な壁を取り払おうとしている。「顔出し解禁の可能性」という新たな扉の前に立ち、彼女たちの話題は自然と未来へと向かっていった。
「もし顔を出せたら、歌番組とかにも出れるのかな」
「ミュージックビデオで、私たちが実際に演奏してる姿を映せるってことだよね」
「……音と映像の完全な同期。パフォーマンスの質は飛躍的に向上する」
「あーし、もっと可愛い衣装着て、お客さんの顔を見ながら歌いたいっしょ!」
それぞれの進路の不安が少しずつ解消されていく中で、「この五人でどこまで行けるか」という熱い想いが、テラスの空気を満たしていく。
アリーナツアー、ドーム公演、そしてその先の景色。
涼やかな夜風に吹かれながら、真剣に、そして熱く夢を語り合う彼女たちの声は、虫の音とともに夜空へと溶けていった。
途方もない大金と、果てしない可能性を手にした女子高生たちの、ニセコの夜は静かに、そして熱を帯びたまま更けていった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
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