あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第六十四話 激流と流体力学の敗北

「とーまーってぇー!」

 

羊蹄山を望むニセコの激流に、絶叫がこだました。

 

七月の澄んだ空気が肌に心地よい、北海道旅行の三日目。渋ガの五人は尻別川を下るラフティングに挑戦していた。ヘルメットに装着されたアクションカメラが、容赦なく水しぶきを浴びながら、彼女たちの狂乱(主に由愛の暴走)を記録している。

 

「次、左側の大きな波に行きますよ! 皆さん、しっかり漕いで!」

 

インストラクターの威勢の良い指示が飛ぶ。しかし、最前列に陣取った由愛はその指示を完全に無視した。

 

「ヒャッハー! あっちの、もっとヤバそうなトコ突っ込もうよ!」

 

 パドルをデタラメに振り回し、ラフトボートをわざわざ一番波の高いポイントへと向けようとする。後ろで舵を取るインストラクターが焦って制止しようとするが、アドレナリン全開の由愛の耳に届くことは無い。ボートは制御を失い、斜めに波へ突っ込もうとしていた。

 

「とーまーってぇー! そっちはダメェェェ!」

 

 冒頭の悲鳴を上げたのは、由愛の斜め後ろで必死にボートの縁にへばりついていた琴音だった。

 

「由愛! 勝手なことしない!」

 

 玲奈が凛とした声で一喝する。玲奈は持ち前の運動神経で、不安定なボートの上でもバランスを崩すことなく、的確にパドルを捌いていた。

 

 そして、その後ろに座る優莉は、玲奈を上回る身体能力を発揮している。その肉体は、男子高校生のトップクラスに並ぶほどの高い身体能力を持っているのだ。優莉は暴走する由愛を横目に、冷静にパワーバランスを計算し、玲奈と呼吸を合わせて逆側を強く漕ぐことで、辛うじてボートの転覆を免れた。

 

 ボートは激しい水しぶきを上げながら、なんとか正規のルートへと戻る。

 

「……ふぅ。心臓が止まるかと思ったわ」

 

 玲奈が額の汗と水しぶきを拭う。一時間後、一行は這々の体でゴール地点に帰還した。

 

 特にインドア派で体力の無い雫と琴音の消耗は激しかった。雫はライフジャケットとヘルメット姿のまま地面に座り込み、「おかしい……計算が合わない。あの角度で突っ込んだら、流体力学的にボートは反転するはず。物理法則が働いていない……」と、ぶつぶつと呟いている。

 

 一方、琴音は半泣きで玲奈にしがみついていた。

 

「怖かったよぉ、玲奈ちゃん……。由愛ちゃんが、悪魔に見えたよぉ……」

 

「よしよし、災難だったわね」

 

 玲奈が琴音の背中を撫でていると、着替えを終えてケロリとしている由愛が口を開いた。

 

「いやいや、ボロボロ過ぎっしょ」

 

「由愛、あんたが雫と琴音をからかうんじゃないわよ。少しは自重しなさい」

 

 玲奈がジロリと睨みつける。

 

「ご、ごめんってば」

 

 そんな賑やかなやり取りを、優莉は少し離れた場所で微笑みながら眺めていた。前世では味わえなかった、泥臭くて、心臓が跳ねるような青春のひととき。この五人でいると、どんなトラブルさえも愛おしく感じられる。

 

 ニセコを後にした一行は、ハイヤーで洞爺湖へと向かった。宿泊先は、洞爺湖畔の山頂にそびえ立つ、「天空に浮かぶ豪華客船のようなホテル」だ。宿泊するのは高層階のスイートルームだった。

 

 大理石が敷き詰められた広大なロビーに入ると、窓の外には洞爺湖と内浦湾の大パノラマが広がっていた。

 

「うわぁぁ……すごい。お姫様になったみたい」

 

 琴音がその景色に感嘆の声を上げる。

 

「さすがスグ。いい仕事するじゃん!」

 

 由愛が優莉の肩を組む。その豪華絢爛なロビーを見て、優莉の前世の卓としての記憶が不意に浮かんできた。

 

「……ここは2008年の北海道洞爺湖サミットの会場だったんだよね。当時の首脳陣の……」

 

 優莉は無意識に、女子高生にしてはあまりに渋い知識を語り出した。

 

「当時の大統領や、首相たちがここで……。あの時は、警備体制がすごかったんだよね。ホテル周辺は完全に封鎖されてて、山中にはSATが……」

 

 無意識に語るうち、優莉は玲奈の視線が異様に冷ややかになっていることに気づいた。

 

「サミットなんて、うちらが生まれてるかどうかの時代の話じゃない。やっぱりあんた、中身おっさんでしょ」

 

 玲奈が腕を組み、優莉を呆れ顔で睨む。

 

「えっ、やっぱ優莉おっさんだったの?」

 

 由愛がケラケラと笑いながら茶化す。

 

「あ、アハハ……。いや、ほら、NewTubeで昔のドキュメンタリー見るの好きだからさ。たまたまだよ、ね?」

 

 優莉は背筋に冷たいものが走るのを感じながら、必死に笑って誤魔化す。玲奈の鋭さは、時として心臓に悪い。

 

「……ふーん。まあ、別にいいけど」

 

 玲奈もさすがに本気ではなかったようで、先にエレベーターへと向かっていった。優莉は誰も見ていないことを確認して、盛大な冷汗を拭った。

 

 夕食を終え、五人はスイートルームのリビングに集まっていた。窓は大きく取られ、夜の洞爺湖が一望できる。優莉は窓際で涼みながら、静かな湖面を見つめていた。

 

 突然、窓の外で低い破裂音が響いた。

 

「あっ、花火!」

 

 由愛が叫んだ。

 

 暗闇に包まれた湖上で、色とりどりの大輪の花が咲き始めた。洞爺湖温泉ロングラン花火大会だ。

 

「綺麗……」

 

 琴音が窓に顔を近づける。

 

「そういえば、去年も一緒に花火を見たっけ」

 

 不意に、優莉の口からそんな言葉が漏れた。

 

「ああ、夏祭りの時にも見たわよね」

 

 玲奈が優莉の隣に立った。

 

「あの時は確か、ライブハウスの記念イベントの前だったっけ。みんなで屋台を回って、浴衣を着て……」

 

 優莉は、去年の夏を思い出していた。あの時はまだ、渋ガとしての活動も手探り状態だった。小さなライブハウスでの一回きりの奇跡を願って、必死に練習していた日々。

 

(随分、遠い所まで来たもんだ……)

 

 優莉の呟きが、花火の音に紛れる。

 

 あの地下ライブハウスから、日本最大級のフェスを経て、今はこうして北海道の最高級ホテルのスイートルームで花火を見ている。

 

「どうしたの? おじいちゃんみたいなしんみりした顔して」

 

 由愛が優莉の背中をバンと叩く。

 

「いや、なんでもないよ。……来年も、みんなで花火を見られたらいいなと思って」

 

「当たり前っしょ! 来年はもっとデカい場所で、あーしたち主催の花火大会やろうよ!」

 

 由愛の言葉に、みんなが笑った。優莉も、過去への郷愁を振り払い、未来への希望を胸に、夜空を見上げた。

 

 翌日。一行は函館・五稜郭タワーに到着した。

 

 エレベーターで展望台へ昇ると、目の前には教科書で見た通りの、完璧な星型の要塞が広がっていた。

 

「すごい……本当に星の形をしてる」

 

「……シンメトリー」

 

その時、雫が静かに興奮した声を上げた。雫は窓ガラスに張り付き、食い入るように五稜郭を見下ろしている。

 

「死角を無くすための、稜堡式城郭。幾何学的に、あまりに美しい……。この角度、この対称性……素晴らしい」

 

「……雫、いつものことだけど、あんたのツボがわからないわ」

 

 玲奈が呆れたように溜息をついた。

 

「綺麗」と「歴史」で盛り上がるメンバーの中で、一人だけ「幾何学的美しさ」に感動する雫。渋ガの凸凹な個性が、ここでも如実に現れていた。

 

 翌日、旅行最終日。一行は函館朝市へ向かっていた。

 

 活気あふれる市場には、新鮮な海産物や果物が並んでいる。由愛と琴音が、朝から元気いっぱいに食べ歩きをしていた。

 

「見て! この海鮮丼、こぼれそう! 超美味しいっしょ!」

 

 由愛が、ウニとイクラが山盛りになった海鮮丼をカメラに向けてアピールする。

 

「メロンソフト!これ食べたかったんだよね」

 

 琴音が、薄オレンジ色のソフトクリームを美味しそうに頬張る。玲奈と雫も、何かいいものはないかと市場を探索していた。

 

「あ、ホタテ串」

 

 ふらふらと匂いに誘われた由愛が、炭火で焼かれているホタテ串に目を留めた。呑気そうに、自分の財布からお金を出して自費で購入する。

 

「美味しい! やっぱり市場のホタテは最高っしょ!」

 

 由愛がホタテを噛み締めていると、その後ろから、血相を変えた優莉がカメラを回しながら猛ダッシュで突っ込んできた。

 

「待って! 由愛、領収書は!?」

 

「えー? あーし、自分のお金で買ったよ?」

 

「海鮮丼の時も言ったでしょ! 会社の経費で落ちるから! すみません、領収書ください! 宛名は『株式会社オプティマ・アーツ』で!」

 

 優莉は市場の喧騒の中で、ホタテ屋の大将に必死に領収書を要求する。

 

「……優莉。必死すぎるっしょ。ホタテ串一本くらい、よくない?」

 

 由愛がドン引きしてからかう。

 

「そんなにケチケチしなくても、私たちお金あるんだし……」

 

 琴音にも言われてしまった。

 

「バカ言わないの! 一本八百円のホタテ串だって、百本集まれば八万円だよ! NewTubeの収益を少しでも経費で圧縮して、税金を減らす! これが経営者の鉄則なんだから!」

 

 優莉は元・総務部長の卓としての魂を燃やし、市場の喧騒の中で経費回収に執念を燃やしていた。メンバーたちは、優莉のあまりの必死さに、改めて「経営者って大変なんだな(というか、おっさん臭い)」と感じざるを得なかった。

 

 そうして帰りのプレミアムクラスの機内。四泊五日の旅行と、Vlogの撮影で体力を使い果たした由愛、琴音、玲奈、雫は、座席をほぼフラットに倒して、完全に爆睡していた。

 

 由愛は口を少し開けてよだれを垂らし、雫は寝ている間も数式の夢を見ているのか、時折指が動いている。玲奈と琴音は、お互いの肩に寄り添って、穏やかな寝顔を見せていた。

 

 しかし、優莉だけは眠ってはいなかった。

 

 彼女は手元のタブレットを開き、渋ガのNewTubeチャンネルのダッシュボードを確認していた。登録者数はすでに百万人を超え、FUJI PANK出演の余波で、さらに勢いを増して増え続けている。サブスクリプションの再生数もうなぎ登りだ。

 

「順調、順調」

 

 優莉は、卓としてのビジネス的視点と、優莉としてのバンド活動への喜びが混ざり合った、複雑で、しかし確かな手応えを感じていた。

 

 彼女は、今回の旅行で撮影した大量のVlogデータをタブレットに取り込み、確認を始めた。寿司屋でのウニ騒動、ニセコの激流での由愛の暴走、花火の下での語り合い、そして五稜郭での雫の幾何学語りなど、大量の動画データが記録されていた。

 

 どの映像も、彼女たち五人の、等身大で、凸凹で、だからこそ愛おしい青春が詰まっていた。

 

(この5人で、次に見るべき『もっと大きな景色』は……)

 

 優莉はVlogのデータ確認を中断し、タブレット上の新しいドキュメントを開いた。「事業計画書」と題されたそのファイルに、優莉は静かに、しかし楽しげにペンを走らせ始めた。

 

「……うん、今の私たちなら、もっと色んなことができる。ライブ配信もいいし、ファンクラブを作ってイベントをするのも面白い。フェスは、受験までは無理かな……。でも選択肢は無限大だ」

 

 卓としての経営的視点と、優莉としてのボーカリストとしての想いが、事業計画書の中で一つになっていく。この五人の才能を、最も輝かしい場所へと導くための、優莉にしか書けない地図だった。

 

「私たちはきっとどこまでだって行ける。ね、みんな」

 

 優莉は、隣で寝ている由愛の幸せそうな寝顔を見つめながら呟き、優しく微笑んだ。夜の滑走路の光が、優莉の瞳に映り込む。五人を乗せた飛行機は、夜空へと向かって力強く飛び立っていった。

 




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