あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「おお、わかってきたかも。こうか!」
北海道での豪華な四泊五日の旅行から帰ってきて数日後。真夏の焼け付くような日差しを遮り、冷房の効いたタワーマンションの広々としたリビングに、由愛の明るく弾んだ声が響き渡った。
今日は五人が集まり、大学受験に向けた勉強会、そして来週に迫った大型音楽フェス『SUMMER SMASH』への最終調整を行っていた。
彼女たちが通う超進学校・渋学は、二年生の終わりまでに高校三年間の主要カリキュラムをほとんどすべて終えてしまうという、先取り教育を行っている。そのため、三年生の夏休みに学校から課される課題自体は比較的少ない。
だが、それは決して遊んでいていいという意味ではない。そのかわり、生徒たちは自分の志望大学の入試傾向に合わせた、受験に向けた自習が不可欠となっていた。
大きなローテーブルの上には、参考書や過去問ノートが山積みになっている。いま、由愛の横には優莉と玲奈がピタリと張り付き、つきっきりで小論文の指導中であった。
「そうそう、その論理展開で合ってる。最初に自分の主張を明確にして、次にその根拠となる具体例やデータを示す。最後に再び結論で締める。小論文は熱意を伝えるポエムじゃないんだ。読み手を納得させるためのロジックを組み立てさえすればいい」
優莉がシャープペンシルで由愛のノートを指し示しながら、元・優秀なビジネスマンとしての論理的思考力をフル稼働させて的確なアドバイスを送る。
「ふんふん、なるほどね。あんたにしては、今回はなかなか筋の通った文章が書けてるじゃない」
玲奈も、由愛の書き上げた原稿を覗き込みながら、少し感心したように頷いた。
「でしょでしょ! あーし、やればできる子っしょ!」
褒められて伸びるタイプである由愛は、嬉しそうにえへへと笑い、再び勢いよく原稿用紙に文字を書き連ねていく。
一方、テーブルの向かい側では、雫が分厚い参考書と睨み合っていた。
数学や物理といった理系科目においては、すでに全国模試でもトップクラスの偏差値を叩き出している天才肌の雫だが、その反面、暗記要素の強い科目や文系科目は極端に苦手としていた。彼女は今、受験の必須科目である国語(現代文・古文)と地理を重点的に、無表情のまま黙々と学んでいる。
「……ケッペンの気候区分。最暖月平均気温十度以上、最寒月平均気温マイナス三度未満。亜寒帯湿潤気候……」
まるで呪文のように地理の用語を呟きながら、ノートにひたすら情報をインプットしていく。
優莉、玲奈、琴音の三人は、それぞれの志望校に対してすでに合格圏内のA判定をキープしているため、受験に対する切羽詰まった焦りはない。だが、油断は禁物だとばかりに、各自のペースで復習を進めていた。
「そろそろ休憩にしよっか」
優莉がペンを置き、凝り固まった首を回しながら提案した。時計の針が午後三時を回った頃であった。
「わーい! 休憩、休憩!」
由愛が真っ先に鉛筆を放り投げて背伸びをする。雫も、限界だったのか無言で机に突っ伏した。
休憩に入ると、琴音がニコニコとしながら、自宅で丁寧に焼いて用意してきたパウンドケーキを冷蔵庫から取り出した。
「みんな、お疲れ様。アールグレイの茶葉を練り込んだパウンドケーキを焼いてきたよ。紅茶もいれるね」
琴音が手際よくケーキを切り分け、温かい紅茶をカップに注いでいく。リビングに、バターとベルガモットの甘く優雅な香りがふわりと広がった。
「んーっ! 琴音のケーキ、相変わらずお店出せるレベルで美味しい!」
由愛が頬を緩ませてケーキを頬張る。
「……糖分が、脳に染みる」
雫も、一口食べて小さく息を吐いた。甘いケーキと紅茶で頭の疲れを癒やしながら、話題は自然と来週のフェスのことへと移っていった。
「来週のサマスマだけど、セットリストはフジパンと一緒でいいかな?」
優莉が紅茶のカップを置き、メンバー全員を見回して確認する。FUJI PANKでの強烈な成功体験があるとはいえ、別のフェスで全く同じ構成で挑むことに少しの懸念を持っていた優莉だったが、メンバーの反応は明るかった。
「うん、賛成。そもそも、私たちそんなに曲数多く持ってるわけじゃないしね」
琴音がくすりと笑いながら言う。確かに、渋ガはまだ結成から日が浅く、手持ちのオリジナル楽曲のストックは限られている。
「あのセトリ、最高に盛り上がったっしょ! サマスマのお客さんにも、絶対ぶちかましてやれるよ!」
由愛が拳を力強く握りしめる。玲奈と雫も異論はないようで、静かに頷いた。
そうして方針が決まったところで、ケーキを食べ終えた五人は参考書を片付けた。リビングの隣に併設された防音スタジオへと移動し、本番のフェス向けた最後のバンド練習を行ったのだった。
そして迎えた『SUMMER SMASH』本番。八月中頃の、うだるような猛暑日だ。数万人の観客が熱狂の渦に巻き込まれ、大地が揺れる圧倒的なライブパフォーマンスは、すでに彼女たちにとって二度目の景色となっていた。
巨大な紗幕の向こう側で全力を出し切り、伝説となるであろうステージを終えた五人。彼女らは今回も顔バレしていない覆面バンドであるという最大の利点を活かし、終演後すぐに私服に着替えていた。
「いやー、スゴかったよね。フジパン参加した子が言ってたとおりだったよ。鳥肌止まんなかったわ」
「マジで渋ガえぐい。シルエットだけでもあんなにオーラあるとか、本物絶対可愛いでしょ」
スタジアムの外へと続く薄暗いコンコース。熱気で顔を紅潮させた観客たちが、口々に先ほどのライブの興奮を語り合いながら出口へと向かっている。
優莉たちバンドメンバーは、そんな観客たちの会話を直接耳で聞きながら、人の波に紛れて堂々と帰路についていた。つい先ほどまで、数万人の視線を一身に浴びてスタジアムを支配していた存在が、今はただの女子高生の集団として、ファンたちのすぐ隣を歩いている。このスリリングで非日常的な優越感は、覆面バンドにしか味わえない特別なものだった。
ライブ終了後、そのまま帰るわけもなく、五人はスタジアムから少し離れた場所にある、打ち上げ会場へと向かった。
優莉が手配していたのは、落ち着いた雰囲気の高級個室レストランだった。他のお客さんの目を気にすることなく、存分に打ち上げを楽しめる空間である。
テーブルには色鮮やかな料理が運ばれ、五人の手にはそれぞれグラスが握られた。
「それじゃ、かんぱーい!」
由愛の元気な音頭に合わせて、全員がオレンジジュースやジンジャーエールで乾杯をする。カチン、と涼やかな音が個室に響いた。
「お疲れ様。今回も凄かったね」
優莉が、冷たいジュースで喉を潤しながらメンバーに労いの言葉をかける。
「だってスタジアムだよ、スタジアム! 本当に人が豆粒みたいに見えたもん!」
琴音が、まだ興奮が冷めやらない様子で両手を広げてみせた。
「あーし、推しのバンドがでてたサマスマで来たことあるけど、お客さんとして見るよりずっと広く感じたよね!」
由愛が目をキラキラさせながら言うと、玲奈が冷静にツッコミを入れる。
「そりゃそうでしょ、立ってる場所が違うもの。ステージから見下ろす景色は、アリーナから見るのとは全然スケールが違うわ」
そう言いながらも、玲奈の口元も嬉しそうに緩んでいる。
「でも、ほんとにすごいわよね。こんな短期間でフジパンとサマスマで何万人もの前で演奏するなんて、少し前まで考えもしなかった」
玲奈が感慨深げにグラスを見つめる。結成当初、まさか自分たちが高校在学中に国内トップクラスの夏フェスを総なめにするなどと、誰が想像できただろうか。
「あはは、あーしも、思ってたより早くてびっくりしてるよ。プロになってデビューすることはあきらめてなかった。けど、何年も、もっとずっと時間がかかると思ってたし」
由愛が照れくさそうに笑う。
「でも、やっぱりあの一体感はすごいよね。ライブって、本当に楽しい」
琴音がしみじみと呟くと、隣に座っていた雫が、珍しく大きくコクコクと頷いた。
それからしばらくの間、美味しい料理に舌鼓を打ちながら、スタジアムの音響の反響の凄さや、お客さんの熱量について、五人は時間を忘れてライブの感想を熱く語り合う。
打ち上げを終え、その日はフェス会場近くに優莉が取っておいたホテルに宿泊することになっていた。
広々としたスイートルーム。シャワーを浴びてパジャマに着替えたメンバーたちがベッドでゴロゴロとくつろぐ中、優莉だけが部屋の隅のデスクに座り、タブレットの画面を睨みつけながら「うーん……」と低い声で唸っていた。
「さっきからどうしたのよ、せっかくのライブ後なのに難しい顔して」
玲奈がタオルで髪を拭きながら、不思議そうに優莉に近づいてきた。
「いや、ライブは最高に楽しいんだけど、やっぱり採算性が良くないな、と思って」
優莉はタブレットに表示された、細かい数字が並ぶスプレッドシートを見せながら深刻な顔で言った。
「えっ、そうなの? 前に、フェスのギャラが一千五百万とか言ってなかったかな?」
琴音がベッドから身を乗り出して尋ねる。
「確かにそうなんだけど、それはあくまで表面的な出演料の話だね。そこから、私たちのステージを作り上げるために必要な経費が引かれるんだ。音響(PA)、照明、映像オペレーターとかの専属テクニカルスタッフの人件費に、特別な演出・運搬費、大型アンプの運搬、さらには紗幕やバックライトといった特殊な演出機材のレンタル費とかをいれると、軽く五百万くらいかかってるんだよ」
優莉は元・総務部長としてのシビアな原価計算のスキルをいかんなく発揮し、ライブの純利益率の低さを嘆いていた。
しかし、その言葉を聞いた由愛が、きょとんとした顔で首を傾げる。
「いや、一千五百万から五百万引いても、一千万も残ってるじゃん」
「……やっぱ金銭感覚おかしいわ、あんた」
玲奈が、優莉の底知れない強欲さ(あるいはビジネスマンとしての基準の高さ)に呆れたようにため息をつく。たった一日のライブで一千万円の利益が出ているのに、それを「採算が良くない」と切り捨てる女子高生など、日本中探してもこの優莉くらいだろう。
メンバーからの冷ややかな視線を浴びながらも、優莉はニヤリと口角を上げ、タブレットの画面をスワイプした。
「まあね。ただ、これはあくまで『出演料』だけの話。実は、ここに『物販(グッズ販売)』の利益を入れてないんだ。今回のサマスマでも渋ガの限定タオルやTシャツが飛ぶように売れたから、最終的な利益は追加で一千万から一千五百万はあるだろうけどね」
その言葉が落ちた瞬間、ホテルの部屋に数秒の沈黙が流れた。
そして。
「むちゃくちゃ儲けてんじゃん!」
「心配して損したわ!」
「もう、優莉ちゃんのバカぁ!」
由愛、玲奈、琴音の三人から、一斉に盛大な総ツッコミを受けた。雫も無言のまま、呆れたように小さく拍手をしている。
優莉は「あはは、ごめんごめん」と笑いながら、メンバーからの愛のあるクッションの集中砲火を浴びた。
膨大な熱狂と、途方もない金額の利益。そして何より、かけがえのない仲間たちとの絆。
こうして、彼女たち『渋ガ』の、高校最後の忘れられない夏フェスは、笑顔の中で終わりを告げたのだった。
【 読者の皆様へのお願い】
いつも「あさおん!」を読んでいただきありがとうございます。
さて、あさおん!とは別の話になるのですが、今まで宣伝してきた『29歳底辺日雇いダンジョンワーカー、事故でTSしたら最強の美少女になったけど死にたくないので安全圏でゆるふわ配信者を目指します(なおFIREは遠のく模様)』を配信開始してから20日が経ちました。
すでにたくさんの方に上下巻とも最後まで読んでいただけて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです…!
現在、Amazonの仕様(新着期間の終了)で少しずつ埋もれ始めてしまっており、個人作家としてここからの「星の評価」がとても大きな支えになります。
もし『面白かった』『テンポよく楽しめた』と思っていただけましたら、レビュー文は空欄のままでも大丈夫ですので、Amazonのページで【星をポチッとタップするだけ】の応援をいただけないでしょうか?
厳しいレビューも真摯に受け止めつつ、星をいただけるだけでも次の創作への大きなエネルギーになります。
どうかよろしくお願いいたします!
1巻: https://www.amazon.co.jp/dp/B0H97FW8SN
2巻: https://www.amazon.co.jp/dp/B0H97DPCR1