あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「ただいまー」
ミンミンゼミとアブラゼミの鳴き声が混じり合う、北関東の地方都市。うだるような猛暑のなか、日差しを避けるようにして実家の引き戸を開けると、優莉の明るい声が玄関に響き渡った。
夏休みも終盤に差し掛かった八月の終わり、彼女は久しぶりに実家へと帰省していた。東京での多忙なバンド活動や会社経営、そして受験勉強の合間を縫っての帰郷は、実に八ヶ月ぶりのことである。
ちなみに、普段ならどこにでもついてきそうな由愛は、現在渋学の過酷な夏期講習に強制参加させられていた。優莉のスマートフォンには「スグだけずるいっしょ! あーしも田舎でスイカ食べたい!」という恨み言のメッセージが何件も届いている。なお、成績上位陣である優莉は自由参加だ。
「ああ、よく来たね」
奥から玄関マットを小走りで踏みながら現れたのは、エプロン姿の母親(戸籍上の祖母)だった。目尻のシワを深くして、愛おしそうに優莉の顔を見つめる。
「ほら、上がって上がって。そのまま居間まで行っちゃいなさい」
促されるままに靴を脱ぎ、優莉は畳の匂いが心地よい居間へと足を踏み入れた。首を振る扇風機が、エアコンで冷やされた風をかき混ぜている。
「疲れたでしょ。冷たい麦茶を入れるから、ゆっくりしてなさい」
母親が台所へ向かおうとする背中に、優莉は部屋を見回しながら尋ねた。
「あれ、父さんは?」
「畑に行ってるの。実は春から、近くの松本さんの畑を少し借りててね。小さいけど、トマトだのナスだの、いろいろ育ててるのよ。あと一、二時間で帰ってくると思うわ」
母親が盆に麦茶のグラスを乗せて戻ってきながら答える。
「へー。そういえば、前に電話したときに『一日中家にいると身体がなまっちゃう』って言ってたっけ」
優莉が麦茶で喉を潤しながら言うと、母親はふふっと笑った。
「そうなのよ。『まだまだ優莉の世話になるわけにはいかん』って、一人で勝手に張り切っちゃってね。朝早くから草むしりしたり、肥料をやったり、すっかり農家気取りなんだから」
七十代も半ばの両親だが、まだまだ元気そうで何よりである。男時代、四十八歳のサラリーマンだった頃も、仕事にかまけていて親の顔を見るのは盆と正月くらいしかなかった。だからこそ、こうして健康な姿を確認できるだけで、優莉としてはホッと胸を撫で下ろす思いだ。
そうして居間で、母親と東京での生活や、目前に迫った大学の受験事情についてしばらく話していると、ガラガラッと玄関の戸が開く音がした。
「帰ったぞー」
日に焼けた父親の声が響く。
「あっ、お父さん。優莉が来てるわよ」
母親が声をかけると、麦わら帽子を被り、首にタオルを巻いた父親が居間に顔を出した。
「おお、優莉か! よく来たな。ちょうどいい、畑で立派なスイカを取ってきたんだ。わらを敷いて大事に育てた特上品だぞ。母さん、これ冷やしといてくれ」
「はいはい。あら、本当に大きなスイカねぇ」
父親からスイカを受け取った母親は、そのまま台所へと向かい、冷蔵庫の空きスペースになんとかスイカを押し込んでいた。
母の作った茶色いおかずを食べ、風呂に入った後のことだ。冷蔵庫でしっかりと冷やされたスイカが切り分けられ、三人は居間のちゃぶ台を囲んで座っていた。
「今年はお盆に帰れなくてごめんね」
優莉がスイカの種を小皿に出しながら、申し訳なさそうに言った。本来ならお盆の時期に帰省する予定だったが、SUMMER SMASHへの出演やその準備が重なり、どうしてもスケジュールが合わなかったのだ。
「いいのよ。大事なライブがあったんでしょう? まあ、私たちにはよくわからない世界だけどね」
母親が優しく微笑む。
「お前がやりたいことを一生懸命頑張ってるなら、それでいいさ」
父親も、スイカを頬張って深く頷いた。
「ありがとう。あとで、ちゃんと墓参りはしてくるから」
優莉は両親の優しさに感謝しつつ、居住まいを正した。
「今回帰ってきたのはさ、自由にやらせてもらっている分、ちゃんと今の状況を報告しとかなきゃと思ったんだ」
電話では、優莉なりに近況やバンドの活動をよく話していた。だが、両親は七十代である。優莉が口にする「NewTubeで一千万再生」だとか、「サブスクリプションのランキング」だとか、「夏フェスのドリームアワー枠」といった現代の音楽シーンのシステムは、どうにも実感が湧かないらしく、あまり理解していないようなのだ。
「あら、でもこないだラジオに出たのは聞いてたんだよ」
母親がふと思い出したように言った。
優莉の肩が、ビクッと跳ねる。
「そうそう。なんか、お前が『札束で殴ってくる』とか、一緒にやってる友達に言われてたが……お前、東京で変なことしてないだろうな? 大丈夫なのか?」
父親が少し心配そうな、胡乱な目を向けてきた。
渋ガとしてゲスト出演した深夜のラジオ番組での一幕だ。優莉の金銭感覚を面白おかしくいじったメンバーのトークが、まさか北関東の実家のラジオから流れていたとは。
「あ、あははは……! 大丈夫だよ、あれはただの冗談! ラジオを盛り上げるためのネタだから!」
優莉は引きつった苦笑いを浮かべ、必死に手を振って軽く流した。まさかこんなことが親に心配をかける要因になるとは思っていなかったのだ。
「それでね、今日はちゃんと見せようと思って」
これ以上ラジオの話を掘り下げられる前に、優莉は持参したタブレット端末をカバンから取り出す。
「これが私たちが配信してる曲の画面で、こっちがNewTubeのチャンネル。で、これが……こないだ出た、夏フェスの映像」
優莉は、運営スタッフから特別に借りてきた夏フェスのステージ映像を再生し、タブレットを両親の前に置いた。
画面の中では、空が夕闇に包まれる中、巨大な白い紗幕の向こう側から強烈なバックライトが焚かれ、五人の巨大なシルエットが浮かび上がっている。そして、うねるような重低音と共に、数え切れないほどの群衆が熱狂の渦に巻き込まれ、タオルを振り回す様子が鮮明に映し出されていた。
「……すごいな。こんなにお客さんがいるのか」
父親が、スイカを持った手を止めて、目を丸くして画面に見入っている。
「何人ぐらいいるのかしら……」
母親も、信じられないものを見るような顔でタブレットに顔を近づけた。
「すごいでしょ? 五万人ぐらいいるんだよ!」
優莉は少し得意げに胸を張り、自慢げに言った。
「五万人……。お母さんが若い頃に行った、掛川のオールナイトコンサートみたいなものかしら? 青春だったわぁ……」
母親が目を細め、遠い日の熱狂を懐かしむように想像している。
そこから優莉は、堰を切ったように話し始めた。
設立した会社が、上半期だけで一億三千万近い営業利益を上げたことや、フェスの物販での利益率について。そして何よりも、あの大観衆の前で歌を歌い、メンバー五人と一体となって音を鳴らす瞬間が、どれほど最高で、痺れるような、人生観を変えるような体験であったかということ。
夢中になって身振り手振りでライブの楽しさを伝えていると、ふと、母親が愛おしそうな目で優莉を見つめていることに気がついた。
「ねえ、あんた、いますごくいい笑顔してるよ」
「えっ?」
「そうだな。本当に、夢中になれることを見つけたんだな」
父親も、深く頷きながら言葉を継いだ。
「会社の収益の話をしてる時より、ライブの話をしてるお前の顔が、ずっといい顔してたぞ」
その言葉に、優莉はハッとして、カァッと顔を熱くした。数字や利益の話をしている時は、きっと四十八歳としてのビジネスマンの顔が出ていたのだろう。しかし、ライブの熱狂や音楽の楽しさを語る彼女の表情は、嘘偽りのない、純度百パーセントの十七歳の少女のものだったのだ。
(うわぁ……私、親の前でどんだけはしゃいでたんだ……)
女子高生としてはごく普通の反応ではあったが、中身が四十八歳の男であるという自意識が邪魔をして、途端に気恥ずかしさが押し寄せてくる。優莉は照れ隠しに頬を掻いた。
「恥ずかしがることなんかないわ」
母親が優しく微笑みかける。
「楽しいと思えることを、夢中でできるってことは何より幸せなことなんだから。いまを大事にしなさい」
母親の温かく、そして力強い言葉が、優莉の胸の奥深くに染み渡っていく。
最近では、東京のタワーマンションでの日々や、友人たちとのバンド活動が日常になりすぎて、『冴えないおっさん』だった過去の自分を思い出すことも少なくなってきていた。
しかし、こうして実家に帰り、両親の顔を見ていると、改めて実感する。自分が今、どれほど恵まれた環境にいるのか。四十八年間の人生で一度も経験できなかった、熱く焦がれるような『二度目の青春』を送れていることが、どれだけ奇跡的で、尊いことなのかを。
優莉の瞳の奥に、自然と感謝の念がこみ上げてきた。
「……そうだね。私、本当に幸せ者だと思う」
優莉は両親の顔をしっかりと見つめ返し、心の底からの言葉を紡いだ。
「でもな」
しんみりとした空気を引き締めるように、父親があえて厳しい声を出した。
「そういうときこそ、気を緩めずに頑張るんだぞ。足をすくわれないようにな」
「うん、わかってる」
優莉は力強く頷き、最高の笑顔を作った。
「今度は、単独でドームライブしてみせるよ! その時は関係者席のチケット送るから、絶対に見に来てよね!」
「ええ、待ってるわ」
母親が目を細めて笑い、父親も豪快に笑った。
こうして、両親への近況報告という帰省の最大の目的を無事に達成した優莉は、肩の荷が下りたように深く息を吐いた。
蝉の声に冷たい麦茶と、甘いスイカ。残りの帰省期間、優莉は東京での経営者やプロデューサーとしての重圧を完全に忘れ、ただの一人の『娘』として、田舎の静かな日本家屋で、久しぶりにだらだらと羽を伸ばして過ごすのであった。
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