あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「夏期講習で、ちょっと話したんだけどさ」
いつものように優莉のタワーマンションのリビングに集まった『渋ガ』の五人は、夏休み最後となるバンドミーティングの席についていた。
優莉が北関東の実家に帰省している間、残りの四人は渋学の厳しい夏期講習に参加していた。机の上に広げられた資料やタブレットを前に、いざ本題のミーティングに入ろうとした矢先、玲奈がふと真面目な顔をして口を開いたのだ。
「私と雫は、大学受験で学校推薦も検討しようかなって思って」
「推薦?」
由愛が目を丸くして首を傾げた。
「うん。一ツ橋大と東都科学大は、学校推薦型の選抜試験があるの。夏期講習のあとの進路相談で先生に詳しく聞いたんだけど……挑戦してみようと思って」
玲奈が言うと、隣に座っていた雫も無表情のままコクッと頷いた。
玲奈の志望校は法学部の名門である一ツ橋大学、雫の志望校は理系の最高峰である東都科学大学だ。二人とも一般入試で十分に合格を狙える学力を持っているが、先生方から「現在の成績と課外活動(※もちろんバンド活動の詳細は伏せているが、優莉が立ち上げた会社の経営を手伝っているという名目で実績を作っている)を考慮すれば、学校の推薦枠が十分に狙える」と太鼓判を押されたのだという。
「推薦枠で受験できれば、一般入試より一ヶ月ほど早く受験が終わるの。もし仮に落ちてしまったとしても、二月の前期試験を受けるのに何の支障もない。それが一番大きいわね」
玲奈が冷静にメリットを語る。あくまで「受かれば儲けもの、本命は一般入試」くらいに考えているらしい。
「うん、いいんじゃないかな。チャンスは多い方がいいもんね」
琴音が優しく微笑む。
「私も賛成。一般入試に悪影響もなさそうだし、もし早く決まれば、その分バンドの活動に早く復帰できるしね」
優莉も、論理的かつ戦略的な二人の判断に深く頷いた。
「じゃあ、そうしてみるわ。ごめんね、ミーティング前に個人の進路の話なんてしちゃって」
「ぜんぜんだよ! うちら、運命共同体っしょ!」
由愛がニシシと笑い、琴音も「気にしないで」と首を振った。お互いの進路の方針を確認し合い、ホッとした空気が流れたところで、優莉がパンと手を叩く。
「じゃあ、本題のミーティングに入ろうか。まずは新曲の配信予定から」
優莉がタブレットを操作し、モニターにジャケット画像を映し出す。
「この前レコーディングした『クロスオーバー・シグナル』が、九月一日に各種サブスクで配信開始予定だね」
『クロスオーバー・シグナル』。それは、優莉の突き抜けるような高音と、由愛の感情を揺さぶる力強い歌声が激しく掛け合う、闘争心むき出しの疾走感のあるファスト・ロックだ。
それぞれが違う道(進路)を目指す五人だけど、今この瞬間だけは、音楽という名の交差点(クロスオーバー)で同じ光を放つ。そんな、彼女たちの熱い青春の一瞬をそのまま音に変換したような曲である。
「これ、めっちゃ自信作! 早くみんなに聴いてほしいっしょ!」
由愛が身を乗り出して興奮している。
「私もあの曲好きだな。演奏しててすごく熱くなるよね」
琴音もそれに同意している。新曲はメンバー全員から好評の様子だ。
「次は、これからのレコーディングの予定について」
優莉は手元の資料に目を落とし、プロデューサーとしての真剣な顔つきになった。
「夏フェスの勢いと熱狂が残っているうちに、さらに追加で一曲か二曲は新曲を出したい。その後は、いよいよ受験期間に入って身動きが取りづらくなるだろうから、配信を途切れさせないように、今のうちにレコーディングしてストックをためておかないとね」
「そうね。受験真っ只中でガンガン活動するってわけには行かないもの」
玲奈が現実的な見通しを口にする。
「あーしも、受験終わるまでは我慢する! ……できるかな?」
由愛が元気よく宣言するが、最後の「できるかな」に少し不安が残る。
「とりあえず、直近でレコーディング予定の曲は『鼓動のシンクロニシティ』と『クラウド・サーフィンの夢』の二曲だね」
優莉がタイトルを読み上げる。『鼓動のシンクロニシティ』は、琴音が踏み鳴らす力強いキックドラムの四つ打ちに合わせ、観客が手拍子を打つことを想定した観客参加型の楽曲だ。会場にいる全員の鼓動を完全にリンクさせ、ライブの一体感を極限まで高めるためのキラーチューンである。
そして『クラウド・サーフィンの夢』は、パンクキッズが思わずダイブしたくなるような、疾走感あふれる王道のメロコア。今の彼女たちは顔出しNGの覆面バンドであるため、物理的に観客の上にダイブ(クラウド・サーフィン)することはできないが、「音楽の波に乗って、どこまでも行こう」という比喩を効かせた、エモーショナルな曲に仕上がっている。
「琴音は『シンクロ』大好きだよねー。練習の時もいっつもニコニコしてるし」
由愛が琴音をつつく。
「だって、珍しくドラムが主役みたいに目立てる曲なんだもん。四つ打ち叩くの、すっごく気持ちいいんだよ」
琴音がスティックを振る真似をして照れ笑いする。
「そういう由愛は『クラウド』が好きじゃない。ボーカルの掛け合いがすごく楽しそうだし」
玲奈が由愛に視線を向ける。
「うん! あの疾走感が最高にいいんだよね! 歌っててスカッとするっしょ!」
「……狙い通り」
作曲とアレンジを担当した雫が、無表情のまま小さくVサインを作った。
「じゃあ、次はグッズ展開についてだね。いま展開してるメインの商材は定番のTシャツ、タオル、キーホルダー、ピックとかだけだけど、他に何か新しいアイディアはあるかな?」
優莉がホワイトボードの前に立ち、マーカーを手にした。
「はーい!」
由愛が元気に手を挙げる。
「ラバーバンドはどう? ライブの定番っしょ。安いし、高校生でも買いやすいと思うな」
優莉は瞬時に脳内で原価計算を弾き出した。
「なるほど。ラバーバンドなら、シリコン製で大量発注すれば原価は数十円から百円未満。単価五百円で売れば、利益率は八割近い。非常に優秀なマーチャンダイジングだね、承認しよう」
「何個も重ね付けするファンも多いから、色違いで出せば結構売れそうだね」
琴音がアイディアを膨らませる。
「確かにそうね。手軽に推しをアピールできるし」
玲奈も頷く。
「じゃあ次は、私から」
琴音が少し控えめに手を挙げた。
「刺繍入りのスクールソックスはどうかな? 渋ガのロゴをワンポイントで入れた、紺色や白のソックス」
「スクールソックス?」
優莉が意外そうな顔をする。
「うん。私たち『女子高生バンド』のアイコン的アイテムになると思うの。制服でも私服でもさりげなく使えるし、ライブ会場で同じソックスを履いてる人を見かけたら、それだけでファン同士の連帯感が生まれるんじゃないかなって」
「……琴音、マーケティングの才能あるね」
優莉は目を見開いた。実用性とファッション性、そして「女子高生バンド」というブランド価値を見事に融合させた、完璧な着眼点だ。
「採用。すぐにサンプル発注をかけよう」
優莉が力強くホワイトボードに書き込む。
「じゃあ、あーしも! クリアステッカーセットは? スマホの透明ケースに挟めるやつ! あーしら世代には必須アイテムじゃない?」
由愛が身を乗り出す。
「スマホの裏か……。確かに需要は高そうだね。でも、私たちは顔出しをしてないし、今のところ渋ガのロゴデザインも数種類だけ。イラストレーターに頼んでキャラクター化するにしても、デザインの方向性が定まってないから……」
優莉が腕を組んで悩む。
「確かに、ロゴのステッカーだけじゃ少し寂しいわね」
玲奈も同意し、ステッカーの件はひとまずイラストの準備などを考慮して「要検討」として保留になった。
「じゃあ、レコードとかCDの盤面っぽいデザインの『ラバーコースター』はどう?」
玲奈が提案する。
「ラバーコースター……。いいかも。音楽バンドらしいし、部屋のインテリアとしても良さそう」
琴音が頷く。
「メンバーの好きな飲み物をイメージした色展開にすれば、『推し色』での多色買いが期待できるわよ。由愛ならオレンジジュースだからオレンジ、琴音ならミルクティーでベージュ、みたいな」
「おー! それめっちゃ可愛い!」
由愛が絶賛し、ラバーコースターの制作も満場一致で決定した。
「よし。じゃあグッズに関してはこれくらいかな。……さて、次が今日一番大事な議題なんだけど」
優莉はマーカーを置き、ゆっくりとメンバーの顔を見回した。
空気が、スッと引き締まる。
「みんなの『顔出し』について。北海道の旅行の時にも話したけど、それぞれ進路との兼ね合いを調べた結果、どうかな?」
静まり返るリビング、沈黙を破ったのは、雫だった。
「……私は、大丈夫」
雫は静かに、しかしはっきりと答えた。優莉が、サージョトレーディング時代の元上司・ケーリーから引き出した「バンド活動は就職においてプラス評価になる」という情報を考慮し、雫は顔出しでの活動に完全に同意したのだ。
「私も、大丈夫だと思う」
続いて、琴音が凛とした声で言った。
「公立学校じゃなくて、私立校の教員をメインに狙ってみようと思うの。私立なら副業規定も柔軟だし、名前の売れたアーティストなら学校の宣伝にもなるから選ばれやすいだろうって。それに……」
琴音は、恥ずかしそうに、でも誇らしげに微笑んだ。
「私が教壇に立った時、子どもたちには『先生は、夢に向かって本気で頑張って、叶えたんだよ』って、胸を張って伝えたいから」
その言葉に、メンバーの顔に優しい笑みが広がる。
「私も、あれから母さんや業界の人に色々調べてもらったんだけど」
玲奈が、自信に満ちた表情で口を開いた。
「今の時代、私たちくらいネームバリューと実績があれば、むしろセルフプロデュース能力の高さや影響力がプラスに働くのは確実みたい。だから、私も平気よ」
玲奈の言葉で、最後のピースがハマった。全員の顔出しが、問題ないことが確認された瞬間だった。
「やったー!! これで紗幕なしで、バンバン表に出られるね! テレビとかも出れちゃうっしょ!」
由愛が立ち上がり、両手を挙げて大はしゃぎする。
「こら、由愛、落ち着いて」
優莉が苦笑しながら由愛を諌める。
「全員顔出しOKになったのは本当に良かったし、私としても嬉しい。けれど、公開するタイミングは今すぐじゃないよ。これから私たちは受験が本格化するから、しばらくは表立った活動はセーブしなきゃいけないし。だから、解禁は受験がすべて終わった後になるかな」
「えー、じゃあいつなの? 来年の春?」
由愛が不満そうに唇を尖らせる。優莉は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「三月末。受験が終わって、高校を卒業したあと。……そこで、渋ガの『卒業&進学ワンマンライブ』を行う。そこで初めて、紗幕を落として顔を出すよ」
「ワンマン!」
由愛の目が、これ以上ないほど輝いた。
「フェスや対バンじゃなくて、うちらだけのライブ……! 最高っしょ!」
「確かに、そろそろワンマンもいいかもね。夏フェスみたいな熱狂を、今度は紗幕なしでダイレクトに感じられるんでしょ? 想像しただけで震えるわ」
玲奈も、興奮を隠しきれない様子で身を乗り出す。顔出し解禁が決まったことで、あの日感じた紗幕の「もどかしさ」からようやく解放されるのだ。
「でも、どこでやるの? 会場、私たちだけで埋められるかなぁ? それに、有名なライブハウスやホールは一年前とかから予約がいるって聞いたことがあるし……」
琴音が、少し不安そうに尋ねる。
「確かにそうね。三月末なんて、卒業シーズンでどこもいっぱいでしょ?」
玲奈も同調する。しかし、優莉は自信満々に胸を叩いた。
「そこに関しては大丈夫。ちょっとツテがあるんだ」
((ツテって、やっぱり博王堂の相楽さんのことかな?))
メンバーたちは顔を見合わせ、大手広告代理店のクリエイティブ部門責任者の顔を思い浮かべてひそかに納得した。
そうして、希望と興奮に満ちた夏休み最後のバンドミーティングは終了した。その後、五人はファンクラブ向けの音声配信の録音を和気あいあいとこなし、解散となる。
メンバーが帰り、静かになったタワーマンションのリビング。優莉は一人、ソファに深く腰掛け、温かい紅茶を飲みながら、タブレットに「三月末・ワンマンライブ(顔出し解禁)」というスケジュールを書き込んでいた。
「……いよいよ、本当のスタートラインだな」
小さなライブハウスから始まり、数万人のフェスを経て、ついに自分たちだけのワンマンライブへ。窓の外に広がる東京のきらびやかな夜景を見下ろしながら、優莉はこれからも加速して進んでいく自分たちの活動に、胸の高鳴りと期待を大きく膨らませるのであった。
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