あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「よしっ、B判定!」
九月の半ば。まだ微かに夏の熱気が残る渋学の教室に、由愛の歓喜の声が響き渡った。
夏休みが終わりしばらく経ったこの時期、三年生たちには九月の頭に行われた全国模試の結果が一斉に返却されていた。受験生にとっては志望校への距離を測る残酷な指標であるが、今の由愛にとっては最高の起爆剤となったらしい。
「これならあーし、ガチで恵応ガールになれるっしょ!」
由愛は手にした成績表を頭上に掲げ、ピョンピョンと飛び跳ねながら、周囲のメンバーに結果を見せびらかした。そこには、難関私立として知られる『恵応義塾大学 文学部』の欄に、燦然と輝く『B判定』の文字が印字されていた。
優莉が由愛の志望校を恵応の文学部に指定してから、およそ半年ほどが経過していた。理数系が致命的に苦手な由愛に対し、優莉は容赦なく「理数系科目の完全な損切り」を命じ、配点の高い「英語・歴史・小論文」にのみリソースを全集中させるという、極端な『選択と集中』の戦略を取らせたのだ。
特に小論文対策においては、優莉のビジネスマンとしての経験が存分に活かされていた。論理的思考、フレームワークに基づいた文章構成、そして説得力を持たせるためのロジック。それらを優莉が徹底的に叩き込み、玲奈が赤ペンで容赦なく添削を繰り返した結果、由愛の文章力は飛躍的に向上していたのである。
半年間の涙ぐましい努力と、優莉の完璧なマネジメントの成果が、ついに模試の判定という目に見える形で現れ始めていた。
「ふふっ、よかったじゃない。これで少しは自信がついたでしょ」
優莉は自分の席から、保護者のような温かい眼差しで由愛の喜ぶ姿を見守っていた。
「うんっ! スグと玲奈のおかげだよ! ……って、そういえばスグの結果はどうだったの?」
由愛はホクホク顔のまま、優莉の机の上にある成績表をひょいっと覗き込んだ。
次の瞬間、由愛の顔からスッと笑顔が消えた。
「……は?」
由愛の視線の先。優莉の成績表の総合欄に示されていたのは、『偏差値77』という、高校生として次元の違う驚異的な数字であった。当然ながら、名だたる最難関大学の判定はすべて『A』で埋め尽くされている。
「うがーっ! こんくらいで喜んでたのがバカみたいじゃん!」
由愛は自分のB判定の成績表をクシャッと握りしめ、優莉に向かって盛大に逆ギレした。天才と秀才がひしめく渋学においてさえ、四十八歳の酸いも甘いも噛み分けた経験と、現在進行形で億単位の金を稼ぐ企業経営者でもある優莉の頭脳は、当然のように最上位層に食い込んでいた。
「あはは……まあ、ペーパーテストの成績がいいだけだよ」
優莉が苦笑いを浮かべて適当に誤魔化していると、教壇の方からパンパンと手を叩く音がした。
「はい、八坂さん。喜ぶ気持ちは分かるけど、まだホームルーム中だから少し静かにしてね」
担任の教師が、呆れたような、しかしどこか微笑ましいような顔で注意を促した。
「あっ、すいませんでしたぁ……」
由愛は途端に顔を赤くし、ペコペコとお辞儀をしながら、逃げるように自分の席へと戻っていった。クスクスとクラス中に忍び笑いが広がる。
少しの脱線を経て、再開されたホームルーム。担任に代わって、学級委員が教壇に立った。
この時期のホームルームといえば、話題は必然的に一つに絞られる。
「はい、じゃあみんな、静かに。最後の『渋学祭』について話し合います。うちのクラスの出し物、何がやりたいか意見を出してください」
渋学祭。それは、この進学校において生徒たちが唯一、受験のプレッシャーを忘れてバカ騒ぎできる、年に一度の大規模な文化祭である。
黒板の前に立つ学級委員の言葉を皮切りに、教室のあちこちから次々と意見が飛び交い始めた。
「喫茶店!」
「いやいや、定番のお化け屋敷でしょ!」
「段ボール迷路がいいんじゃない?」
「中庭で焼きそば売ろうぜ、絶対儲かるって!」
黒板にいくつかのアウトラインが書き出されていく中、優莉は頬杖をつきながら静かに思考を巡らせていた。
(……バンドの練習もあるし、会社の四半期決算も近い。受験勉強のペースも落としたくない。となれば、当日のオペレーション負荷が最も軽く、シフト調整が容易な『迷路』一択だな。設営さえ終われば、あとは入り口と出口に人を配置するだけで回るし)
優莉は元・総務部長としての省エネかつ合理的な視点で、迷路推しのスタンスを固めていた。
一年生の頃の渋学祭では、優莉はクラスの出し物の企画から運営まで深く関わり、その神がかった手腕からクラスメイトに『軍師』と呼ばれ崇められたものだった。しかし、二年生になってからは渋ガとしてのバンド活動や、会社の経営が本格化し、多忙を極めるようになったため、クラスの行事にはほとんど携わらなくなっていた。
「はい、それじゃあ出揃ったところで多数決とります。お化け屋敷がいい人ー?」
学級委員の声に、クラスの半数以上の手が勢いよく挙がった。
「……マジか」
優莉は小さくため息をついた。結果として、クラスの出し物は圧倒的な得票数で『お化け屋敷』に決定してしまった。渋学の三年生は思っていたよりアクティブであったようだ。
喫茶店よりはマシであるものの、お化け屋敷は、内装の作り込みだけでなく、当日の脅かし役や案内役など、人的リソースを激しく消費する出し物である。優莉の目論んだ「省エネ」とは対極にある選択だったが、多数決である以上、従うほかなかった。
ホームルームが終わり、放課後。優莉、由愛、玲奈、琴音、雫の五人は、カバンを持っていつものようにタワーマンションへと向かっていた。
秋の気配が混じり始めた夕暮れの風が、制服のスカートをふわりと揺らす。
「ねー、スグ。今年の渋学祭はどうする? バンドでる?」
由愛が、優莉の隣を歩きながら弾んだ声で尋ねた。
渋学祭のステージ発表。前回の渋学祭では初めて参加し、プロとしての活動やプレッシャーとは無縁の、ただ純粋に音楽をのびのびと演奏して楽しんだものだった。
「まあ、みんなそれぞれの進路で『顔出しOK』になったんだし、もうバレても問題ないなら、出てもいいんじゃないの?」
玲奈がクールな表情のまま、あっさりと答える。
「そうだね。私たちにとっては高校生活最後の機会だし、思い出にステージに立ちたいなぁ」
琴音もおっとりとした口調で、しかし少しの期待を込めて言った。雫も歩きながら、静かにコクッと頷いている。
しかし、優莉は少しだけ渋い顔をして腕を組んだ。
「うーん……。顔出し自体は問題ないんだけど、来年の三月のライブまで温存することで、世間にデカいバズを仕掛けようと狙っているからね。文化祭のステージで『あ、渋ガってうちの学校の生徒だったんだ』ってあっさりバレるのは、マーケティングの観点から言えばなるべく避けたいんだよね」
「うーん。じゃあ、去年みたいに全然違う曲にすれば大丈夫じゃないかな?」
琴音が名案を思いついたように手をポンと叩いた。
去年初めて渋学祭のステージに立った時も、デビューした後に正体がバレないよう、渋ガの持ち曲とは全く方向性の違うオリジナル曲をあえて演奏していたのだ。
「なるほどね。さすがに今配信してる持ち曲をやったら、一発でバレるものね。声質とか、演奏のクセで」
玲奈が納得したように頷く。
「じゃあ、それで行こう! あーしたちなら、どんな曲でも最高に盛り上げられるっしょ!」
由愛がガッツポーズをして優莉の顔を覗き込む。
四人のキラキラとした期待の眼差しを向けられ、優莉は観念したように息を吐き出し、やがて苦笑いを浮かべた。
「……しょうがないなぁ。わかった、今年も出よう」
「やったー!」
由愛と琴音がハイタッチを交わす。
「でも、その分練習の時間は増えるからね? 受験勉強も、文化祭のクラスの準備もあるんだから、体調管理はしっかりすること」
優莉が保護者のような口調で釘を刺す。
「はーい!」
四人の元気な返事が、茜色に染まる夕暮れの街に響き渡った。
夏フェスの熱狂と、億単位の収益。そして目前に迫る大学受験。そんな途方もないスケールの現実を抱えながらも、彼女たちはごく普通の女子高生として、お化け屋敷の準備と秘密のステージに向けた、高校生最後の文化祭を始めようとしていた。
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