あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「お化け屋敷やってまーす。教室の入り口はこっちでーす」
十月の澄み切った秋晴れの空の下、活気に満ちた渋学の校舎に優莉の声が響き渡った。
今日は待ちに待った渋学祭の二日目。校内は一般公開されており、他校の生徒や地域の人々でごった返している。あちらこちらから模擬店の客引きの声や、ステージからの音楽、そしてお祭り特有の熱を帯びた喧騒が絶え間なく聞こえてきていた。
優莉は今、三年生の自分のクラスが運営する出し物『お化け屋敷』の宣伝係として、廊下の入り口付近に立っていた。彼女の身を包んでいるのは、真っ白な着物に身を包んだ『雪女』の衣装である。
青白いメイクを軽く施されてはいるものの、元々の国宝級とすら称される美貌があまりにも際立ってしまっているため、恐ろしさよりも神秘的な美しさの方が勝っている。結果としてすれ違う多くの男子生徒たちが次々と吸い込まれるようにお化け屋敷の列に並んでいくという、絶大な客引き効果を発揮していた。
「あー、やっぱりお客さん途切れないね。佐藤さんの雪女、効果抜群過ぎだよ!」
隣で一緒に看板を持ち、包帯を巻いたミイラ女の格好で客引きをしているクラスメイトの山本さんが、汗を拭いながら笑った。
「あはは、ありがとう。でも、山本さんこそ呼び込み頑張ってるじゃない」
優莉は微笑み返しながら、手元のシフト表をちらりと確認した。現在時刻は午前十時五十分。優莉の宣伝係のシフトは、朝十時から十一時までの、たった一時間のみで組まれていた。そして、それは他の『渋ガ』のメンバーである四人も同様だった。
「ねえ、山本さん。本当に私たちだけ、こんなにシフト楽してていいのかな?」
優莉は少し申し訳なさそうに尋ねた。中身が四十八歳の元・総務部長であり、労働時間の公平性や組織の不満の発生に敏感な彼女にとって、クラス全員で作り上げる文化祭において、自分たちだけが極端に労働時間が短いというのは、どうにも居心地が悪かったのだ。
しかし、山本さんは全く気にする様子もなく、むしろ不思議そうな顔をして首を傾げた。
「え? 何言ってるの。だって佐藤さんたち、この後ステージあるんだし、当然じゃないかな? 準備とか練習で疲れたら困るし、クラスのみんなも『佐藤さんたちのシフトは最小限にしよう』って満場一致だったんだから」
「そ、そう……? みんながそう言ってくれるなら、甘えさせてもらうけど……」
役割決めの時もそうだったが、クラスメイトたちの「ステージがあるから」という謎の一体感と配慮には、やはり何か引っかかるものがある。とはいえ、ここで「もっと働かせてくれ」とゴネるのも場の空気を乱すだけだと判断し、優莉は何か腑に落ちないものを抱えながらも、与えられた一時間の客引きの仕事にしっかりと精を出し、見事に長蛇の列を作り上げたのだった。
午前十一時。シフトが終了した優莉は、雪女の衣装から制服に着替え、あらかじめ約束していた合流場所である中庭の時計台の下へと向かった。
そこには、すでにシフトを終えて制服に着替えた由愛、玲奈、琴音、雫の四人が待っていた。彼女たちのステージの出番は二日目の大トリ、つまり夕方の後夜祭前であるため、そこまではまるまる自由時間が空いているのだ。
「スグ、お疲れー! 雪女、超似合ってたよ!」
由愛が駆け寄ってくる。
「由愛もお疲れ様。受付はどうだった?」
「もう大繁盛! あーし、ゾンビナースの格好で『いらっしゃいませー、死へのカルテはこちらでーす』って案内しまくったっしょ!」
由愛が自慢げに胸を張る。
「さて、時間もたっぷりあることだし、みんなで模擬店や他のクラスの展示でも回ろっか」
玲奈の提案で、五人は連れ立って渋学祭の賑やかな波の中へと繰り出した。
たこ焼きやクレープ、フランクフルトなどを買い食いしながら、校内での演劇や、文化部の展示を順番に冷やかして回る。普段は受験勉強とバンド活動に追われている彼女たちにとって、こうして何のプレッシャーもなく普通の高校生として文化祭を楽しめる時間は、貴重な息抜きのひとときだった。
焼き鳥の串を齧りながら、由愛がふと思い出し笑いをした。
「いやー、なんかさ。夏には五万人の前でライブしたのに、今日はお化け屋敷で受付とかしてるの、冷静に考えるとウケるよね」
その言葉に、琴音もクスクスと笑う。
「確かに。あの時は何千万円の利益とか言ってたのに、今日は模擬店の百円焼き鳥食べてるんだもんね」
「何いってるの、別におかしなことじゃないでしょ。私たちはプロのミュージシャンであると同時に、まだ高校生なんだから」
優莉が焼き鳥のタレを拭きながら、至極真っ当なことを言う。
「そうね。むしろ、こっちが今の私たちの本分よ。今のうちに、こういう普通の高校生らしいイベントを満喫しておかないと。卒業したらできなくなるんだから」
玲奈も、手にしたわらび餅ドリンクをストローで吸いながら大人びた口調で同意した。
そんな会話をしながら混雑する渡り廊下を歩いていると、ふいに前方から歩いてきた他校の生徒らしき男女の会話が耳に飛び込んできた。制服のブレザーのエンブレムからして、近隣の高校のカップルだろう。
「そういえばさ、渋ガの新曲『鼓動のシンクロニシティ』、もう聴いた?」
男子生徒が、恋人と思しき隣を歩く女子生徒に話しかけていた。
「聴いた聴いた! まじでやばいよね! 渋ガらしさ全開って感じでさー、四つ打ちのリズムが超かっこいいの! 思わず部屋で手拍子しちゃったし」
女子生徒が興奮気味に身振り手振りを交えて熱弁している。
「だろ? あー、夏のサマスマ、マジで行きたかったなー。チケット全然取れなかったし」
「ねー。来年、私たち大学生になったら、絶対一緒にライブ行こうね!」
「おう、絶対な!」
楽しそうに笑い合いながら、二人は優莉たちのすぐ横を通り過ぎていった。
その瞬間。
「ねー! 聞いた、今の話!?」
由愛が、声を押し殺しながらも目をキラキラさせて優莉たちの肩をバンバンと叩いた。
「うん、私達のこと話してたね」
琴音も、嬉しさを隠しきれないように頬を染めている。雫も無言で小さくガッツポーズを作っていた。
「やっぱあーしら、超人気者じゃん! ふふーん、あの子たち、すぐ隣に本物の渋ガがいるなんて夢にも思ってないっしょ! なんか正体隠してるヒーローみたいでテンション上がるー!」
由愛が得意げにドヤ顔をして鼻を鳴らした瞬間。
「痛っ!」
玲奈が容赦なく由愛の脇腹を強くつねった。
「ちょっと、校内でその話やめなさいよ。誰に聞かれるかわからないでしょ。せっかくバレずに平和に文化祭回れてるんだから、調子に乗らないの」
玲奈が周囲を警戒しながら小声で叱る。
「ぶー。玲奈のケチー。でも、自分たちの曲がああやって普通に聴かれてるの、やっぱり嬉しいっしょ?」
「……まあ、それは否定しないけど」
玲奈も、口元をわずかに緩ませていた。
何気ない日常の風景の中に、自分たちが生み出した音楽が確かに浸透している。その生々しい実感は、再生回数や売上金額という数字のデータを見るよりも、はるかに彼女たちの心を満たしてくれた。
一通り校内を回り終え、五人は中庭の隅にあるベンチに腰を下ろした。それぞれが模擬店で買い集めた焼きそばやじゃがバターを広げて遅めの昼食兼おやつタイムだ。
秋風が木々の葉を揺らし、心地よい涼しさを運んでくる。
「……今年で、この渋学祭も最後かー」
じゃがバターを口に運びながら、由愛がふと、しみじみとした声で呟いた。
「なんか、そう思うと少し寂しいね」
優莉が、プラスチックの容器を手にしたまま、落ちてくる枯れ葉を見つめて言った。その言葉に、琴音が少し意外そうな顔をして優莉の方を見た。
「優莉ちゃんでも、やっぱりそういう風に思うの?」
「え? そりゃそうだよ。私も普通の高校生なんだから」
優莉は苦笑しながら答えた。しかし、彼女の心の奥底にある感情は、他の四人よりもはるかに複雑で、深いものだった。
(……むしろ、中身が四十八歳の男で、これが『二度目の青春』だからこそ、今この瞬間の大切さが身に染みているんだよ)
佐藤卓であった頃、彼は文化祭という行事に対して「面倒くさい」「どうせ受験の役に立たない」と斜に構え、ろくに参加もせずにサボっていた記憶がある。大人になってから、なぜあの時もっとバカをやって、全力で青春を楽しまなかったのかと後悔したことは一度や二度ではなかった。
だからこそ、神様の悪戯か奇跡か、美少女の女子高生としてこの五人で過ごしている今という時間が、優莉にとってはかけがえのない宝物のように輝いて見えていたのだ。彼女は、過ぎ去っていく高校生活の一分一秒を、誰よりも惜しみ、大切に思っていた。
「あんたは、そういう学校行事とか感傷的なものに対して、もっとドライだと思ってたわ。いつも利益率とかビジネスの話ばかりしてるんだもの」
玲奈が焼きそばをすすりながら、からかうように言った。
「そんなことないよ! 優莉は、計算高いように見えて結構感激屋だもんね! こないだの夏フェスの後だって、こっそり目ウルウルさせてたし!」
由愛が身を乗り出して優莉をフォローしつつも暴露していく。
「たまに、にまにましてる」
雫が、無表情のまま的確な一撃を刺し込んできた。
「い、いや! にまにまは違うんじゃないかな!? ただ微笑ましく見守ってただけで……!」
優莉が慌てて否定し、顔を赤くして言い訳をする。
そんな優莉の慌てふためく様子を見て、四人は声を上げて笑い合った。他愛のない冗談を言い合い、他愛のないものを食べる。ただそれだけの時間が、今はとてつもなく愛おしかった。
やがて、傾き始めた太陽が中庭に長い影を落とし始めた頃。玲奈が腕時計に目をやり、パンと軽く手を叩いた。
「そろそろ時間ね。控え室に移動して、準備しましょうか」
「おっけー! 今年のステージも、ぶちかましてやるっしょ!」
由愛が立ち上がり、勢いよく背伸びをした。
いよいよ、彼女たちにとって高校生活最後となる、渋学祭のバンドステージの時間が迫っていた。
ゴミを片付け、五人はステージが設置されている講堂へと向かって歩き出した。しかし、校舎の廊下を歩き、講堂に近づくにつれて、優莉は周囲の様子に奇妙な違和感を覚え始めた。
(……あれ?)
優莉は歩きながら、周囲をキョロキョロと見回した。
文化祭の二日目の夕方といえば、後夜祭を前にして、在校生たちが講堂やグラウンドに移動する時間帯である。しかし、今彼女たちのすれ違う人々のほとんどが、私服姿の大学生や大人、あるいは他校の制服を着た高校生ばかりなのだ。
肝心の『渋学生』の姿が、見渡す限りどこにも見当たらないのである。
「ねえ、なんか……うちの学校の生徒、少なくない?」
優莉の疑問に、玲奈もハッとしたように周囲を見渡した。
「本当ね……。他校の生徒やお客さんしか残ってないみたい。みんな、後夜祭の準備でグラウンドの方に行っちゃったのかしら?」
「うーん、それにしても不自然なくらい人がいないね」
琴音も首を傾げる。
午前中のクラスメイトたちの「ステージあるもんね」という理解ある態度。実行委員長の「大トリの枠は特別に確保してある」という言葉。そして今、講堂周辺から忽然と姿を消した渋学の生徒たち。
点と点が、優莉の脳内で不気味な形を結びそうになっていた。
(一体、どういうことだ……? まさか、本当に私たちの正体が……?)
優莉の背筋に、冷たい汗が流れた。もし渋ガの正体が学校中にバレていて、何らかのサプライズが仕掛けられているのだとしたら。来年、卒業のタイミングでデカいバズを仕掛けようという情報統制の戦略が根底から覆ってしまう。
「スグ、早く早く! 遅れるっしょ!」
前方から、由愛が元気に手を振って急かしてきた。
「あ、うん! 今行く!」
優莉は頭を振って、思考の渦を無理やり断ち切った。
今ここで立ち止まって考えても仕方がない。どんな状況が待ち受けていようと、自分たちはステージに上がり、最高の歌を届けるだけだ。
優莉は深く息を吸い込み、ビジネスマンとしての分析や疑念を心の奥底に封じ込め、ただのバンドのボーカルとしてのスイッチを入れた。疑問を抱えたまま、彼女たちは夕闇が迫る講堂の控え室へと歩みを進めていった。
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