あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「いっくよー!」
講堂を埋め尽くす観客に向け、ステージの中央に立つ由愛がマイクを握りしめて元気に声を上げた。
薄暗かったステージに眩いスポットライトが一斉に点灯し、五人の姿を鮮やかに照らし出す。高校生活最後となる、渋学祭のバンドステージ。彼女たちに与えられた持ち時間は、三曲分だった。
当然ながら、『渋ガ』としての曲をここで披露するわけにはいかない。演奏するのはプロとしての正体がバレないよう、この文化祭のためだけに用意した、渋ガのロック路線とは全くテイストの異なる書き下ろしのオリジナル曲だ。
玲奈のベースが軽快なリズムを刻み出し、雫のギターと琴音のドラムがそれに重なる。
一曲目は『ラズベリー・スケッチ』。甘酸っぱさを感じるポップなコード進行が特徴的な、明るいミディアム・ポップである。
夏休みのバンドミーティングの際、琴音が差し入れで作ってくれた手作りのラズベリータルト。その甘くて少し酸っぱい味からインスピレーションを受けて、由愛と優莉が歌詞を書き上げた友情ソングだ。
由愛の突き抜けるような明るい高音と、優莉の透明感がありつつも芯のある歌声が見事に調和し、講堂いっぱいに響き渡る。覆面バンドとしての重圧から解放され、等身大の女子高生として音楽を楽しむ彼女たちの姿に、観客たちは手拍子を打ちながら大いに盛り上がっていた。
しかし、歌いながらふと客席を見渡した優莉は、ある奇妙な光景に気づいた。
(……おかしい。お客さん、渋学の制服ばかりだ)
午前中にお化け屋敷の受付をしていた時は、あんなに他校の生徒や大学生、一般の来場者がひしめき合っていたはずだった。しかし今、この広い講堂を埋め尽くしているのは、見渡す限りすべて渋学の制服を着た生徒たちなのだ。外部の人間らしき姿は、ただの一人も見当たらない。
それに、人数の規模も異常だった。優莉の目算だが、ざっと千人以上はいる。これは渋学の全校生徒がほぼ全員集まっているのではないかと思うほどの動員数だ。
(ただの有志のバンドステージに、いくらなんでも全校生徒が集まるわけがない。いったい、どういうことだ……?)
優莉の脳内で、元・総務部長としての分析機能がアラートを鳴らし始める。しかし、ステージは待ってくれない。
(いや、ステージでそんなことを考えてる暇なんかない!)
優莉は頭を振り、雑念を振り払って目の前のマイクに向かって歌声を張り上げた。一曲目が終わり、間髪入れずに二曲目のイントロが轟いた。
二曲目は『SPF50+の鎧』。先ほどの甘酸っぱいポップスから一転、雫が嬉々としてかき鳴らす重厚なメタルサウンドに乗せて、由愛と優莉が早口でまくしたてるように歌うネタ曲である。
日焼けが絶対にNGな国宝級美少女である優莉が、去年の夏、強烈な紫外線に対して長袖のラッシュガード、つば広の帽子、そしてSPF50+の日焼け止めを厚塗りして完全武装していた時の狂気を、ユーモアたっぷりに歌い上げた曲だ。
絶対に日焼けしたくないという切実すぎる歌詞に、客席からはドッと笑い声と歓声が湧き起こる。激しいビートに合わせて、観客たちが一斉に拳を振り上げる光景は、さながら本物のロックフェスのようだった。
怒涛の二曲目が終わり、短いMCの時間が挟まれる。
「こんにちわー! 『八坂由愛と元気な仲間たちバンド』です!」
由愛が息を弾ませながら、渋学祭の申請書に書き込んだそのまんまのふざけたバンド名を叫んだ。すると、会場に集まった生徒たちから「なんだその名前!」「ネーミングセンス皆無か!」と、愛のあるからかいの言葉が一斉に飛んでくる。
「はいはい、文句は聞かないよー! あーしたちの音楽、ちゃんと楽しんでいってよね!」
由愛が腰に手を当てて笑い飛ばす。その和やかなやり取りの間、優莉はマイクから少し口を離し、最前列付近にいる生徒たちのヒソヒソ話を拾い上げていた。
『……やば、やっぱりガチだね。演奏レベルが段違いすぎる』
『うん。まさか生で聞けるとか凄すぎない? めっちゃ鳥肌立ったんだけど』
(ガチ? 生で聞ける?)
優莉は僅かに眉をひそめた。いくら演奏が上手いからといって、ただの同級生のバンドに向ける言葉としては、明らかに「熱」が違いすぎる。まるで、憧れのプロミュージシャンのシークレットライブを目の当たりにしているかのような、畏敬の念すら混じった反応なのだ。
優莉の胸の内で、再び違和感が大きく膨らんでいく。
「それじゃあ、次で最後の曲になります!」
由愛が客席に向かって宣言した。
「この曲はね、夏休みにスグと玲奈にスパルタ勉強会やらされた時に、ノートの余白に書いた落書きとか、その時のメンバー同士のやり取りをそのまま歌にした曲です! いくよー!」
三曲目、『ノートの余白とランデブー』。玲奈のベースと雫のアコースティックギターのストロークから始まる、優しく温かいポップスだ。
受験を控えた夏休み。「勉強は嫌いだし、公式も覚えられないけれど、こうして五人で一緒にいる時間は大好きだ」という、由愛の素直で等身大の気持ちが込められた歌詞が、優莉との美しいハーモニーに乗せて紡がれていく。
優莉も、先ほどまでの違和感をひとまず忘れ、隣で楽しそうに歌う由愛の横顔を見つめながら、心を込めて歌い上げた。
二度目の青春の、高校生活最後の文化祭。講堂全体が温かい一体感に包まれる中、彼女たちのステージは割れんばかりの大歓声とともに幕を下ろしたのだった。
すっかり日が落ち、夜の帳が下りた校庭。中央に組まれた巨大なキャンプファイヤーの炎が、周囲の生徒たちの顔を赤く照らし出している。
渋学祭の最後を締めくくる、後夜祭の時間だ。優莉たち五人は、燃え盛る炎から少し離れた場所で、自動販売機で買った冷たいジュースを手に、ライブの余韻に浸っていた。
「いやー、ライブ良かったね! 最高に気持ちよかったっしょ!」
由愛が興奮冷めやらぬ様子で、オレンジジュースの缶を掲げた。
「うんうん、すごく盛り上がったよね。お客さん、みんな笑顔だったし」
琴音も、ほっとしたような表情で微笑む。
「やっぱり、あんな風にダイレクトに反応がわかるのは嬉しいわよね。紗幕がないと、お客さんの熱量が直接伝わってくるもの」
玲奈も、満足げに缶の冷たい表面を指でなぞった。
そんな感想を言い合っていると、人ごみの中から見覚えのある顔が近づいてくるのが見えた。
「あっ、山本さん!」
クラスメイトの山本の姿を見つけた優莉が声を掛けた。
「あ、佐藤さんたち! さっきのライブ、すっごい良かったよ〜! めちゃくちゃ感動しちゃった!」
山本さんが小走りで駆け寄り、興奮した様子で手を叩いた。
「えへへ、でしょでしょ! あーしたち、けっこうイケてるっしょ!」
由愛が得意げに鼻の下をこする。
「お化け屋敷の方は大丈夫だった? 私たち、午後は全然手伝えてなくてごめんね」
琴音が申し訳なさそうに尋ねると、山本さんは笑顔で首を振った。
「ううん、全然! 最後まですっごい大盛況だったよ。佐藤さんたちのおかげで設営も完璧だったしね」
そう言って、山本さんは少し間を置いた後、改まった様子で優莉たちの顔を見回した。
「本当に、ありがとね。プロで大変なのに、わざわざ渋学祭に出てくれて」
――えっ。
その言葉が落ちた瞬間、優莉、由愛、玲奈、琴音、雫の五人は、見事に全員が息を呑んで固まった。夜風の音と、遠くで響く後夜祭の喧騒だけが耳に届く。
「……山本さん。今、なんて?」
玲奈が、引きつった笑いを浮かべながら問い返す。
「え? だから、プロで大変なのにって」
「も、もしかして……私たちの正体、バレてる?」
優莉のストレートな問いかけに、山本さんはきょとんとした顔をした後、腹を抱えて笑い出した。
「えっ? 『渋ガ』でしょ? あはははっ、嘘でしょ、もしかして本気で隠してるつもりだったの? うちの学校の生徒、全員知ってるよ!」
――全員、知ってる。
その残酷すぎる真実に、メンバーは文字通り驚愕した。
「ど、どゆこと!? なんでバレてんの!?」
由愛がパニックになって叫ぶ。
「そ、そんなはずは……! 私たちは情報統制を徹底して、身バレのリスクは最小限に抑えていたはず……!」
優莉は元・総務部長としての自負を粉々に打ち砕かれ、信じられないものを見るような目で後ずさった。
「……終わったわ」
玲奈は絶望したように、額に手を当てて天を仰いだ。
「あははっ! ほんとに隠してるつもりだったんだ、ウケる!」
山本さんはひとしきり爆笑した後、涙を拭いながら呆れたように言った。
「だってさぁ、メンバーの名前、本名と一文字も変えてないでしょ? 由愛、琴音、玲奈、雫って。で、楽器のパート分けも完全に同じ。おまけに、法人登記されてる『株式会社オプティマ・アーツ』の代表取締役社長は『佐藤優莉』じゃん。ちょっとネットで調べれば会社の情報なんてすぐ出てくるし。それでいて『女子高生五人組の覆面バンド』なんだから……そりゃあ、同じ学校の生徒なら、ちょっと考えれば誰でも普通にバレるでしょ」
「あっ……」
優莉の口から、間抜けな声が漏れた。
灯台下暗し、とはまさにこのことだった。会社の設立や税務処理、対外的なビジネス戦略には異常なほどの完璧さを誇っていた優莉だったが、「自分の本名で会社を登記していること」と「メンバーの名前をそのまま使っていること」が、身近な人間に対する最大のリスクになるという、あまりにも基本的な事実を見落としていたのだ。
詳しく話を聞くと、渋学の生徒たちの間では、すでにデビュー直後である今年の二月頃から「渋ガの正体って、佐藤さんたちのグループじゃない?」という噂が広まり、瞬く間に全校生徒の知るところとなっていたらしい。
「で、でも……それなら、なんで今まで外部にバレなかったの? SNSとかで誰かが呟いてもおかしくないのに。それに学校でも、ひと言も言われなかったよ」
優莉が震える声で尋ねると、山本さんは不思議そうな顔をした。
「え? だって、それって佐藤さんたちのプライバシーに関わることでしょ。本人が公表してないのに、勝手に言いふらすなんてリテラシーが低すぎるし、そもそも同じ渋学の仲間を売るような真似、誰もするわけないじゃん」
山本さんは事もなげに言った。
超進学校である渋学に集まる生徒たちは、単に勉強ができるだけでなく、情報リテラシーやコンプライアンス意識、そして他者の権利を尊重するという意識が、そこらにいる大人以上に高かったのだ。
「それにね」
山本さんはニッと笑った。
「佐藤さんたち、『顔出しNGの覆面バンド』でしょ? だから、今日のステージの時も、実行委員会が中心になって、他校の生徒や部外者が講堂に入り込まないように、入り口でさりげなくブロックする配慮をしてくれてたんだよ」
その言葉を聞いて、優莉の脳内でこれまでのすべての違和感が一本の線で繋がった。
役割決めの時の「ステージあるもんね」というクラスメイトの理解。実行委員長が言った「大トリの枠は特別に確保してある」という言葉。そして、講堂に渋学生しかいなかった理由。
それはすべて、彼女たちが『渋ガ』であることを知った上で、同じ学校の仲間たちが裏でこっそりと気を遣い、彼女たちの「秘密」と「青春」を守ろうとしてくれていた結果だったのだ。
「なんと……リテラシーの高い生徒たちだ……」
優莉は、あまりの衝撃と感動に、呆然と呟くことしかできなかった。四十八歳のビジネスマンである自分が、まさか高校生たちのコンプライアンス意識と粋な計らいに、これほどまでに助けられていたとは。
「なるほど……。そういうことね」
玲奈も、すべての事情を理解し、深く安堵したようなため息をついた。
「びっくりさせちゃってごめんね。でも安心して、佐藤さんたちが自分で正体を明かすまで、私たち渋学生は絶対に誰にも言わないから」
山本さんが優しくウインクをして、キャンプファイヤーの輪の方へと戻っていった。
「……あーあ。うちら、完全に踊らされてたっしょ」
由愛が、ジュースの空き缶を揺らしながら苦笑した。
「うん。でも……なんか、すっごく嬉しいね」
琴音が、燃え盛る炎を見つめながら目を潤ませた。雫も、小さく何度も頷いている。
「本当に……世界一の同級生たちだよ」
優莉は、炎に照らされて笑い合う生徒たちの姿を見つめながら、心の底からの感謝を噛み締めた。
自分たちは、決して孤立して戦っていたわけではなかった。見えないところで、多くの仲間に守られ、支えられていたのだ。
意外すぎる事実を知り、ビジネスマンとしての己の詰めの甘さを恥じつつも。優莉の胸の中には、これまでで一番温かい感情が満ち溢れていた。こうして、秘密を共有した仲間たちとの、高校生活最後の忘れられない渋学祭は、静かに終わりを告げたのであった。
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