あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「うわー、すっごいねぇ。ホントに流れてる!」
東京の夜景を見下ろすタワーマンションの広々としたリビング。壁に掛けられた八十インチの大型有機ELテレビの画面を食い入るように見つめながら、由愛が両手を組んで感嘆の声を上げた。
今日は、以前から依頼を受けて極秘裏に制作を進めていた、大人気マンガのアニメ化作品のタイアップ――つまり、オープニング主題歌の放送開始日であった。
アニメ自体は九月の秋アニメ改編期からすでに放送がスタートしていた。しかし、今回『渋ガ』の楽曲が採用されたのは第一クールの途中、物語が急展開を迎えるタイミングからだった。そのため、放送スケジュールの中盤である今日が、彼女たちの曲が地上波で初めてお披露目される記念すべき放送開始日となっていたのである。
テレビの画面から流れてきているのは、渋ガの新曲『太陽系ループ』だ。
雫が持てるセンスをフル動員して組み上げた、ぐるぐると回るような中毒性のあるギターリフが特徴的な、ループ・ミュージック風のロックチューンである。
『同じ毎日の繰り返しでも、中心には君がいる』
そんな、太陽系の公転軌道に例えた明るくも切ない歌詞が、由愛と優莉の息の合ったツインボーカルによって力強く歌い上げられていく。
この楽曲は、優莉がタイアップ先であるアニメのストーリーボードと原作コミックスを読み込んで由愛とともに書き下ろしたものだった。アニメのジャンルは、いわゆる「ループもの」と呼ばれるサスペンス・ファンタジーだ。
どうあがいても理不尽な死を迎えてしまうヒロインを救い出すべく、主人公が何度も何度も時間を遡り、あらゆる手段を模索しながら絶望的な運命に立ち向かう。その果てしない繰り返しの苦悩と、絶対に諦めないという希望をイメージしつつ、主人公の背中を強く押して応援するような、疾走感あふれる楽曲に仕上がっている。
アニメは放送開始直後から、その緻密な伏線と圧倒的な作画クオリティで話題を呼び、すでに「今季最高のアニメ」とSNSで絶賛されるほどの大ヒットを記録していた。そこにきて、物語のクライマックスに向けた新オープニングテーマの投入である。
(……完璧なタイミングだ。このアニメの熱量と私たちの楽曲が掛け合わされば、相乗効果(シナジー)は計り知れない)
優莉はテレビ画面の端で踊る『オープニングテーマ:太陽系ループ/渋ガ』というテロップを見つめながら、頭の中で瞬時にそろばんを弾いていた。
深夜アニメのタイアップがもたらす経済効果は絶大だ。特に、熱狂的なアニメファン層は楽曲を深く愛する傾向が強い。各種ストリーミングサービスでの再生回数が爆発的に伸びることはもちろんのこと、カラオケでの歌唱回数、動画サイトでのカバーや「歌ってみた」動画の派生など、著作権印税の収入が桁違いに跳ね上がることは確実だった。優莉は、このタイアップが下半期の決算にどれほどの利益をもたらすかを予測し、内心で密かにガッツポーズを作っていた。
「……主人公の男の子、頑張ってるよね。女の子、助かるといいね!」
テレビ画面の中で、傷だらけになりながらもヒロインに向かって手を伸ばす主人公のアニメーションを見つめながら、由愛が感情移入したように両手をギュッと握りしめた。
そんな由愛のピュアな反応を見て、隣に座っていた琴音が目をパチクリとさせている。
「あれ? 由愛ちゃん、この作品の原作マンガ、読んでないの? 優莉ちゃんと一緒に作詞したのに」
「だって、あーしは受験勉強が忙しくてマンガ読んでる時間なんてなかったっしょ! 作詞の時はスグが作品の要約とあらすじだけ教えてくれたから、それに合わせて一緒に書いたんだもん」
「そうなの? ああそれにしても、あの先の展開は衝撃的だったわよね」
玲奈も、手元の紅茶のカップをソーサーに置きながら、少しばかり遠い目をして呟く。
「えっ、どうなるの? もしかして、助からないの!? ……ああっ、でもやっぱり言わないで! アニメで見るからネタバレしないで!」
由愛が慌てて両手で耳を塞ぐ。
しかし、その横でずっと無表情でテレビを見ていた雫が、ぽつりと口を開いた。
「実は、ヒロインの――」
「わああああっ! ストップストップ!」
重大なネタバレをかまそうとした雫の口を、由愛が背後から回り込んで両手でがっちりと塞いだ。
「んぐっ……」
「雫、絶対わざとっしょ! あーしの毎週のドキドキを奪わないで!」
もがく雫と、必死に口を塞ぎ続ける由愛。そんな二人のじゃれ合いを見て、琴音と玲奈が楽しそうに笑い声を上げた。
さて、そんな和やかなメンバーのやり取りのすぐ横で、優莉はソファに深く腰を沈め、手元のタブレット端末でSNSのタイムラインを巡回していた。
(ふむ。……予想通りの反応だな)
優莉の口元に、ビジネスマン特有の不敵な笑みが浮かぶ。
タブレットの画面には、トレンドランキングが表示されており、上位にはアニメの関連ワードとともに『渋ガ』『太陽系ループ』、そして『活動休止』というワードがずらりと並んでいた。
数日前のミーティングで、優莉は受験に向けて『渋ガの新規活動の完全休止』を宣言し、それを公式サイトとSNSで発表したばかりだった。黒背景に白文字で「充電期間に入ります」とだけ記されたそっけない告知は、ファンや音楽業界に大きな衝撃を与え、現在進行形で様々な憶測を呼んでいたのである。
『渋ガ、活動休止ってマジかよ……。これからが一番面白い時期だろうが』
『嘘でしょ!? サマスマであんなに凄いライブ見せてくれたのに、ロスがエグい……』
『っていうか、アニメの新OP始まったばっかりだぞ!?』
『来月には通信会社の大型CMのタイアップ曲も控えてるんでしょ? このタイミングで休止ってどうなるの?』
タイムラインには、ファンたちの困惑と悲痛な叫びが溢れ返っている。人気絶頂のタイミングでの突然の活動停止は、多くのファンにとって寝耳に水であり、強烈な「ロス」を感じさせるには十分すぎた。
そして、情報が極端に少ないからこそ、ネット上の集合知は勝手に暴走し、様々な考察や憶測を生み出していく。
『活動休止の理由、よくある「方向性の違い」ってやつ?』
『一気に数万人のフェスに出るレベルまで売れたからな。取り巻く環境も変わって、メンバー間で揉めたりしたのかも』
『いや、普通に考えて高校生バンドだから、大学受験の準備じゃね?』
『でも、あのバンドってリーダーが女子高生社長なんでしょ? レコード会社とか、契約関係で権利を巡ってドロドロの揉め事になったとかもあり得るよね』
タイムラインをスワイプするたびに、真実を当てるものからかすっているもの、それこそ完全に的外れな陰謀論まで、ありとあらゆる憶測が氾濫している。普通であれば、ネガティブな憶測が広がることは火消しに走るべき事態だ。しかし、優莉の目はどこまでも冷徹だった。
(踊っているな。いいぞ、もっと、もっとだ)
優莉にとって、これらの根拠のない憶測や議論の過熱は、すべて計算の範疇だった。公式が沈黙を貫くことで、ファンはわずかな情報を繋ぎ合わせ、自分たちで物語を作り上げようとする。それが結果として、『渋ガ』という覆面バンドの神秘性をさらに高め、商品としての市場価値を皮肉なほどに押し上げていってくれているのだ。
「うわー……。こっちもすごいことになってるね」
雫とのプロレスごっこを終えた由愛が、優莉の背後からタブレットの画面を覗き込んできた。流れていく無数の投稿を目で追いながら、少し引きつったような笑いを浮かべる。
「そうね。でもまあ、私たちには受験がある以上、表立った活動をセーブするのは仕方がないことだもの。変に嘘をついてごまかすより、潔く休止した方が筋が通っているわ」
玲奈が冷静に状況を分析する。
「でも、中には『受験勉強じゃない?』って、ちゃんと当たってる内容の書き込みもあるんだね」
琴音が画面を指差しながら言った。
「まあ、私たちが女子高生バンドだってことは公言しているからね。年齢から逆算すれば、高校三年生のこの時期に活動が止まるのは、考えられる原因として一番まともな推論ではあるよ」
優莉が肩をすくめて答える。
「あっ、スグ、これ見て!」
突然、由愛がタブレットの画面の一角を指差して声を上げた。由愛が示したのは、音楽ライターを名乗るアカウントが長文で投稿した、ひときわ拡散されている考察ポストだった。
『渋ガの突然の活動休止。おそらく、これ自体が非常に高度なプロモーションの一環だと推測する。彼女たちのこれまでの周到なマーケティング戦略からして、無計画な休止とは考えにくい。この充電期間は、後日「解散」というショッキングな発表、あるいは「正体を表しての再デビュー」という超大型の仕掛けに繋がるという、期待と絶望を込めた布石ではないだろうか』
「ドンピシャじゃん! 解散はしないけど、顔出し再デビューのところとか!」
由愛が興奮したように声を上げる。
「本当だ……。こんなに核心を突くような、結構正解に近いことが書かれてるけど、大丈夫なの?」
琴音が心配そうに優莉の顔を覗き込んだ。いくら情報を止めていても、ネットの特定班や有識者の考察力は侮れない。三月の卒業ワンマンライブでの顔出し解禁という最大のサプライズが、事前に完全にバレてしまうのではないかという懸念だ。
しかし、優莉は余裕の笑みを崩さなかった。
「いいんだよ。問題は、その考察が正解か不正解かということじゃない。こういうセンセーショナルな推論が『どれだけ拡散されるか』、そしてファンの間に『飢餓感を煽れるか』なんだ」
優莉はそう言いながら、タブレットの画面をスワイプし、管理者用ダッシュボードを開いた。
そこには、各種音楽ストリーミングサービスの再生回数と、NewTubeの公式チャンネルのアナリティクスがリアルタイムのグラフで表示されていた。
「ほら、見て。休止を発表してから、過去の楽曲の再生回数が一気に垂直に伸びてるでしょ?」
優莉が示したグラフの線は、活動休止を発表した日を境に、明らかに角度を変えて右肩上がりに急上昇していた。
「うわっ、本当だ……。アニメの曲だけじゃなくて、全部の曲が伸びてる。しかもすごい勢い」
由愛が驚きの声を上げる。
「活動が止まったことで、ファンたちの間には『もう彼女たちの新しい音源は聴けないかもしれない』という危機感が生まれた。それが、過去の作品を繰り返し聴こうとする行動に直結しているんだ。これが、飢餓感が高まってきている何よりの証拠。それに、そうしたファンがネットで考察が白熱すればするほど、『話題の渋ガって何者?』と興味を持った新規層が、過去の曲にアクセスしてくれる」
優莉の解説は、もはや完全に百戦錬磨のマーケターのそれだった。
「でも、あんまり沈黙の期間が長いと、話題性も落ちて、本当に忘れられちゃうわよ?」
玲奈が釘を刺すように言うと、由愛も「確かに……」と少し不安そうな顔を見せた。
現代のエンターテインメントの消費スピードは恐ろしく速い。いかに神秘性を高めたとしても、半年も音沙汰がなければ、大衆はすぐに別の新しいコンテンツへと群がっていってしまう。
「確かに、その恐れはある」
優莉は深く頷き、言葉を継いだ。
「だけど、私たちが目標としている三月の卒業ワンマンライブを考えると、活動再開の発表は二月末になる。今からおよそ、三ヶ月と少しの活動休止だ。この期間は長すぎず、短すぎない」
「どういうこと?」
琴音が首を傾げる。
「休止の『理由』を公式から一切明かさないことがミソなんだよ。理由がわからないからこそ、ファン同士がネット上で考察を深め、議論を交わし、コミュニティが勝手に活性化し続ける。この熱量を維持しつつ、飽きられる直前のギリギリのラインが、およそ三ヶ月なんだ」
優莉は画面を閉じ、力強い視線でメンバーの顔を見回した。
「つまり、この三ヶ月間は私たちが勉強に専念するための時間であると同時に、ファン自身が作り出す『空白のストーリー』によって、次の爆発に向けた導火線に火をつけておくための、ちょうどいい時間なんだよ」
「……なんか、あんたの話を聞いてると、私たちが世界を裏で操ってる秘密結社みたいに思えてくるわ」
玲奈が呆れたようにため息をついた。
「まあ、スグがそこまで計算してるなら、大丈夫っしょ! あーしはとにかく、今は目の前の語呂合せを覚えなくちゃ!」
由愛は半信半疑ながらも一応の納得を見せ、気合を入れるように両手で自分の頬をパンッと叩いた。琴音と雫も、優莉のビジネスプランに全幅の信頼を寄せているようで、静かに頷き合っている。
優莉の読み通り、状況は完璧にコントロールされていた。
公式アカウントが一切動かなくても、SNSでは『#渋ガ』や『#太陽系ループ』といったハッシュタグが常にトレンド入りし続けている。アニメの放送や、これから始まる通信会社のCMといったタイアップの露出が燃料となり、それに加えて休止の謎がスパイスとなる。ファンは「自発的に宣伝マン」となって新規層に渋ガの楽曲を布教し続ける状態に陥っていた。
彼女たちが机に向かい、過去問や参考書と格闘している間にも、渋ガの認知度は少しずつ、しかし確実に増加し、巨大なうねりとなっていった。
すべては、来るべき春の日に向けて。三月の卒業ワンマンライブ、そして『顔出し解禁』という、未曾有の活動再開発表の瞬間に向けた莫大なエネルギーは、沈黙という名のダムの底で、着実に、そして静かに溜まり続けているのであった。
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