あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「あーあ、ホントならあーしらが貰えたはずなのに」
押し迫った東京の夜景を眼下に見下ろすタワーマンションの広々としたリビングに、心底悔しそうな声が響き渡った。
壁に掛けられた八十インチの大型有機ELテレビの画面には、毎年年末恒例となっている大型音楽特別番組『日本音楽大賞』の華やかなステージが映し出されていた。オーケストラの壮大な生演奏をバックに、タキシードや煌びやかなドレスに身を包んだ国内トップクラスのアーティストたちが雛壇に並んでいる。今まさに今年の大賞受賞者が読み上げられる、番組最大のクライマックスであった。
世間はすっかり年末年始の特番ムード一色だが、優莉の部屋に集まった『渋ガ』のメンバー五人は、いつものようにローテーブルを囲んで難関大学の赤本や参考書を広げ、受験勉強を行っている。
絨毯の上に寝転がり、クッションを抱きしめながらテレビを恨めしそうに睨む由愛に対し、優莉は手元の英単語帳から顔を上げ、シャーペンをくるくると回しながら苦笑した。
「まぁ、しょうがないよ。大賞のオファーは確かにあったけど、番組への『当日出演』が絶対条件だったからね」
そう、実は今年の日本音楽大賞の選考委員会から、優莉の会社宛てに事前の打診があったのだ。上半期から下半期にかけて、サブスクリプションのランキングを席巻し、夏フェスで数万人を熱狂させ、さらには世界で話題となった革新的自動車CMに大人気アニメのオープニング曲まで担当した『渋ガ』の功績は、間違いなく今年の音楽界における最大の台風の目であった。
番組側としても、なんとかして話題性抜群の渋ガを引っ張り出し、視聴率の起爆剤にしたいという強烈な思惑があったのだろう。
しかし、優莉は十一月の時点で「二月の受験終了まで、新規活動の完全休止」を宣言してしまっている。三月のワンマンライブと顔出し解禁という最大のバズに向けて、今は徹底的に沈黙を守り、ファンの渇望感を高める「サイレント・マーケティング」の真っ最中なのだ。いくら大賞のオファーであろうと、ここでノコノコとテレビに出演してしまっては、これまでの戦略が根底から崩れてしまう。
そのため、彼女は丁重に、しかしキッパリと出演を辞退した。しかしここまで活躍した『渋ガ』に何も受賞させないわけには行かない。結果、番組側との落としどころとして、当日出演が条件ではない『特別賞』の受賞という形で落ち着いたのだった。
「当然でしょ、私たちは受験勉強があるんだから。もう、本番も近いのよ?」
一ツ橋大学の過去問と睨み合っていた玲奈が、ふうと息を吐きながら由愛をたしなめた。年が明ければ、いよいよ大学入学共通テストが控えている。その後は息をつく暇もなく、国公立大学の二次試験や難関私立大学の一般入試が怒涛のように押し寄せてくるのだ。
「えー、そりゃ理屈はわかってるけどさぁ……だって『音楽大賞』だよ? 欲しくない? あーし、あのピカピカの盾とか持って、ステージで『応援してくれたみんな、ありがとー!』って涙ぐみながらスピーチするの、一回やってみたかったのに」
由愛が頬を膨らませ、床の上でバタバタと足を動かす。
「はいはい。でも、あれがあるんだから我慢しようよ」
そう言って優しく微笑んだのは、キッチンから温かいカモミールティーを淹れて戻ってきた琴音だった。琴音が指さした先――リビングの壁面に設置された飾り棚の中央には、スポットライトを浴びて妖しく輝く、重厚な赤いトロフィーが鎮座していた。
JMA(Japan Music Awards)のトロフィーである。
この賞は、実は今年の六月、渋ガがデビューから間もないにもかかわらず異例のスピードで受賞したものである。
テレビで放送されているような大衆向けの音楽賞とは異なり、JMAは音楽プロデューサー、レコーディングエンジニア、作曲家、音楽評論家など、音楽業界の最前線で活躍するプロフェッショナル五千人以上が直接投票して決定される、国内最大級にして最高権威の賞の一つだ。
大衆の知名度やCDの売上枚数、事務所の政治力といったノイズが一切排除され、純粋な「楽曲のクオリティ」と「音楽的な革新性」のみで評価されるため、特にアーティストやクリエイターの間では『同業者に正当に評価される、最も名誉ある賞』だとリスペクトされている。
「うーん……あれはあれで嬉しいけど、こっちは別なの! やっぱテレビで全国放送されてナンボっしょ!」
由愛はトロフィーをチラリと見てから、再びテレビの画面へと視線を戻して唇を尖らせた。
「ほら、落ち着いてお茶でも飲んで。冷めちゃうよ」
琴音が苦笑いしながら、由愛の目の前にマグカップを置く。無言で東都科学大学の過去問を解き続けていた雫も、小さく頷いて自分のマグカップを手に取った。
優莉は温かいお茶をすすりながら、飾り棚のJMAトロフィーを見つめ、内心でそろばんを弾いていた。
(由愛はああ言っているが……ビジネス的な観点から言えば、今の私たちのフェーズにおいて、JMAを受賞できたことの価値は計り知れないほど高いんだよな)
一般的に、年末のテレビの音楽賞は「BtoC(企業から一般消費者へ)」のプロモーション効果が絶大だ。しかし、それは同時に消費されやすく、一過性のブームとして終わってしまうリスクも孕んでいる。
一方、JMAは業界内のプロフェッショナルに向けた「BtoB(企業間取引)」の強力な名刺となる。この賞を受賞したことで、彼女たちの楽曲管理会社、そして『渋ガ』というアーティストは、業界内で「単なるネットのバズで売れた女子高生」から「確かな実力と音楽性を持つ本物のクリエイター集団」へと評価が一段も、二段も引き上げられたのである。これにより、今後の楽曲提供の単価交渉や、タイアップの獲得、さらには大規模ライブイベントにおける強力なスポンサー集めが、劇的にスムーズになるはずだ。
神秘性を保ったまま一般層の渇望感を煽りつつ、業界内での評価と信頼は確固たるものにする。優莉の描いたロードマップとしては、これ以上ないほど完璧な状態だった。
「じゃあ、来年の目標にしようか」
優莉はマグカップを置き、テレビの画面に向かって力強く言った。
「来年は、私たち自身の手で、あのステージの真ん中に立って大賞の盾を受け取ろう」
「……本気? 二年連続で大賞のオファーなんて、そうそうないわよ。音楽業界はトレンドの移り変わりが早いんだから」
玲奈が呆れたように言うが、その瞳の奥には確かな闘志が宿っていた。
「よーし! やってやるっしょ! 来年は大学生バンドとして、もっともっと暴れまくってやるんだから!」
由愛がガバッと起き上がり、気合を入れるように両手で自分の頬をパンッと叩いた。
受験という巨大な壁を目前に控えながらも、彼女たちの視線はすでにその先の、さらに大きなステージへと向けられていた。
暖かなカモミールティーの香りと、テレビから流れる拍手喝采。こうして、束の間の休息と野心に満ちた十二月三十日の夜は、静かに過ぎ去っていった。
大晦日の朝。優莉は一人で、北関東へと向かう下りの新幹線の座席に深く腰を下ろしていた。
窓の外を流れる景色は、高層ビルが林立する東京のコンクリートジャングルから、徐々に冬枯れの木々と広大な畑が続く、見慣れた関東平野の風景へと変わっていく。
彼女は現在、実家への帰省中である。年が明ければ、いよいよ受験本番。一月の中旬には共通テストがあり、そこから二月末の国立大学二次試験まで、精神的にも肉体的にも極限状態の日々が続くことになる。
だからこそ、優莉はこの大晦日から三が日までのわずかな期間を、受験直前にリラックスする『最後の機会』として実家に帰ることを選んだのだ。タワーマンションにこもってメンバーと共に勉強を続けることもできたが、中身が四十八歳の元・ビジネスマンである優莉は、人間が極度のプレッシャーの中で長期間パフォーマンスを維持するためには、意図的な「完全なオフ」が必要不可欠であることを熟知していた。
(……父さんと母さん、元気にしてるかな)
優莉は車内販売で買ったホットコーヒーの温もりを両手で包み込みながら、静かに目を閉じた。
前回の帰省は、夏の終わりのことだった。あの時は、フェスでの成功を報告し、スイカを食べながら縁側で涼んだ。
あれから数ヶ月。模試での東都大学理三A判定、アニメのタイアップによる莫大な収益、そして三月に控えるワンマンライブと顔出し解禁。怒涛のように過ぎ去った一年を振り返り、改めて自分がどれほど数奇で、そして恵まれた『二度目の青春』を歩んでいるのかを噛み締める。
やがて、降車駅が近いことを知らせるアナウンスが車内に流れ、新幹線はゆっくりと速度を落とし始めた。
窓の外には、冬の冷たい空気に包まれた、見慣れた地方都市の駅のホームが近づいてくる。改札を抜ければ、きっとそこにはダウンジャケットを着た温和な顔立ちの『祖父(本当は父親)』が、車で迎えに来てくれているはずだ。
東京での女子高生社長としての顔も、数万人を熱狂させるカリスマボーカルとしての顔も、今はすべて新幹線の座席に置いていく。優莉は小さく深呼吸をすると、ただの一人の『娘』としての顔に戻り、静かな決意を胸に秘めて、一路北関東の故郷へと降り立つのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
さて、本作も残すところあと少しとなってまいりました。
ここからは更新を加速して一日二回(7:11と20:11)で駆け抜けていきます!
最後まであと一週間応援よろしくお願いいします!
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