あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第七十六話 雪だるま式ストックビジネス

「はいじゃあ、下期の支払い通知書ね」

 

 お正月休みもすっかり明け、いよいよ新学期が始まろうとしている一月の上旬。

 

 優莉のタワーマンションの広々としたリビングでは、いつものように『渋ガ』のメンバー五人が集まり、目前に迫った大学入学共通テストに向けた受験勉強の真っ最中であった。

 

 ピリピリとした緊張感が漂う中、優莉はキリの良いところで勉強の休憩を宣言し、立ち上がってキッチンから温かいお茶を運んできた。そして、それぞれの席に湯呑みを置きながら、何気ない日常のプリントでも配るかのような軽いテンションで、五つの白い封筒をテーブルに並べていく。

 

 それは、優莉が設立した会社から支払われる、下半期(七月〜十二月分)の報酬を記した支払い通知書であった。

 

「もう、この前みたく驚かないわよ」

 

 玲奈がシャープペンシルを置き、ふうと息を吐きながら封筒を手に取った。

 

 前回の支払い――つまり、上半期の決算の時は、初めて目にする『一千五百万円』という大金に全員が度肝を抜かれ、大パニックに陥ったものだ。しかし、あれから半年。夏フェスでの大成功やアニメのタイアップを経て、自分たちがどれだけ大きな渦の中心にいるのかは、嫌でも自覚させられてきた。

 

「フラグ」

 

 無表情のまま地理の問題集から顔を上げた雫が、ぼそりと呟いた。

 

「なによ、フラグって。いくらなんでも、二回目なら心構えくらいできてるわ……よ」

 

 玲奈は余裕の表情で封筒の封を切り、中に入っていた一枚の紙を引っ張り出して視線を落とした。

 

「……は?」

 

 次の瞬間、玲奈の顔からスッと血の気が引き、彫像のようにピタリと固まった。

 

「あわわっ、えっ、ええっ!?」

 

 隣で同じように通知書を見た琴音が、椅子の上でびくっと跳ね上がり、あからさまにパニックを起こして両手で口を覆った。

 

「おおー! 六千万! ガチで家買えるじゃん!!」

 

 由愛だけは、通知書を頭上に掲げて「いえーい!」と両手を振って大はしゃぎしている。

 

「い、いやいや! さすがにおかしいでしょ!? 前回だって千五百万だったのよ!? なんでいきなりこんなに跳ね上がってるのよ!」

 

 硬直から立ち直った玲奈が、血走った目で優莉に食ってかかった。心の準備など、この異常な数字の前では全くの無力だった。

 

「落ち着いて、玲奈。これからちゃんと内訳を説明するから」

 

 優莉は冷静に玲奈をなだめると、手元のタブレットを操作し、リビングの壁面に設置された大型モニターに接続して資料を映し出した。

 

 モニターには、株式会社オプティマ・アーツの下半期決算報告のグラフと表が、ビジネスライクなデザインで表示されている。

 

 いまだに琴音は、手元の紙に印字された見たこともない金額にぷるぷると震えており、お茶の入った湯呑みに手を伸ばすことすらできていない。

 

「じゃあ、まず事業収益からだね」

 

 優莉は画面を切り替え、レーザーポインター代わりのペンでモニターの項目を指し示した。

 

「まず、サブスクリプションの収益が約二億八千万円。次に、NewTubeの広告収益やNewTube Musicの分が、おおよそ一億二千万円。そして、楽曲のダウンロード収益が三千万円だね」

 

 優莉の口からスラスラと飛び出す億単位の数字に、メンバーたちは息を呑む。

 

「次にタイアップの契約料は、二千万円。これには、大ヒットしたアニメのオープニングタイアップの一括契約金と、以前からやっている自動車CMの延長利用契約分が含まれてる。そして、夏に出演したFUJI PANKとSUMMER SMASHの夏フェス出演料が合わせて三千万円。さらに、フェスの物販とECサイトでのグッズ販売利益が六千五百万円」

 

 優莉はペンを置き、くるりと振り返って胸を張った。

 

「これらを合算して、事業収益は合計で『五億四千五百万円』。ここまではいい?」

 

「……いいでーす」

 

 由愛が、完全に思考を放棄したような、ぽやんとした声で返事をした。

 

「なんかすっごく増えてるんだけど……いくらアニメがヒットしたからって、こんなに跳ね上がるものなの?」

 

 玲奈がまだ信じられないといった様子で眉間を揉む。

 

「基本的には、リリースした曲数が増えたことと、バンドの認知度が爆発的に高まったことが主要な要因かな。楽曲っていうのは、ある種の『ストックビジネス』なんだよ。新曲を出せば出すほど、それに惹かれた新しいファンが過去の曲も聴いてくれる。だから、上半期の分も積み重なって、雪だるま式に収益が膨らんでいくんだ」

 

 中身が四十八歳の元・総務部長である優莉の、的確でわかりやすいビジネス解説。

 

「そうなんだ……。曲を作るって、すごいことなんだね」

 

 琴音が、少しだけ落ち着きを取り戻して感心したように頷く。

 

「まあ、ストックの効果があるのは、人気のあるうちだけなんだけどね。忘れられればすぐに数字は落ちる。だからこそ、今やってるサイレント・マーケティングで飢餓感を煽るのが大事なんだ」

 

 優莉は冷徹なプロデューサーの顔で付け加えた。

 

「次は、著作権印税だね」

 

 優莉は画面をスワイプし、別の円グラフを表示させた。

 

「ここは、前回の第一回報酬の後にみんなで話し合って改定した、新しい業務委託契約の通り。音楽的な貢献度に応じて、メインコンポーザーの雫に三十パーセント、作詞を担当している私と由愛がそれぞれ二十パーセント、そして玲奈と琴音が十五パーセントずつ分配する形になってる。今までだと、曲作りに直接関わっていないリズム隊の二人には印税が分配されなくて不公平だったからね」

 

「うん……それは本当にありがたいわ」

 

 玲奈が恐縮したように頷く。

 

「で、その印税の内訳だけど。まず、カラオケ印税が六千八百万円。私たちの曲が全国で歌われまくってる証拠だね。それに加えて、音楽著作権印税。これは、テレビ放送やサブスクなんかで曲が使用された時に発生する分だね。これが三千二百万円で、合計で『一億円』になる」

 

モニターに数字が、次々と積み上げられていく。

 

「さて、ここからは経費と内部留保の話だ」

 

 優莉は少し声のトーンを落とし、経営者としての真剣な表情になった。

 

「会社経費やプロモーション費用、巨大スタジオや夏フェスなんかの制作費が、諸々合わせて六千万円。そして、会社に残す内部留保が、二億五千万円」

 

「に、におくごせんまん……」

 

 琴音が再び震え始めた。

 

「内部留保を厚く設定したのは、来期……つまり、今年のライブ制作費や、今後の会社の人員増加に備えてだね。最高のステージを作るには、大規模な初期投資が必要だから」

 

 すると、由愛が「はーい!」と元気よく右手を挙げた。

 

「はい、由愛」

 

「人を雇うの? うちら、高校生(もうすぐ卒業だけど)の秘密のバンドなのに、大丈夫?」

 

 由愛の素朴な疑問に、玲奈も同意するように頷いた。

 

「確かに、人を雇うのって簡単じゃないんじゃない? 私たちは経験がないわけだし」

 

「うーん、変な人に来られても困るしね。選ぶのも難しそう……」

 

 琴音も不安そうに言う。

 

 しかし、優莉は自信たっぷりに微笑んだ。

 

「そこは心配しないで。ツテを頼って紹介を受けた中から、絶対に信頼できるって人だけを厳選して入れるから。それに……人の使い方は、知ってるつもりだよ」

 

 優莉の瞳の奥に、かつて大企業の総務部長として修羅場をくぐり抜けてきた男の鋭い光が宿る。

 

「……なんかよくわからないけど、優莉が言うと妙な説得力があるわね」

 

 玲奈が少し訝しむように目を細めた。

 

(さすがに、数年前まで元総務部長として部下を四十人も抱えて部署を回していた……とは言えんしな。ここは社長の権限で押し切るしかあるまい)

 

 優莉は内心で冷や汗をかきながらも、表面上は涼しい顔を取り繕った。

 

「実際、会社としての事務作業や税務、法務関連のタスクが大きく増えていてね。さすがに私一人だけで全部を回すのは、物理的に大変になってきたんだよ。受験勉強もあるしね」

 

「まあ……そういうことなら、仕方ないわね。優莉の負担が減るなら、それが一番だし」

 

 玲奈が納得したように息を吐く。

 

「うん、私たちが優莉ちゃんに任せっぱなしにしてるのがいけないんだしね。ごめんね、いつもありがとう」

 

 琴音が申し訳なさそうに謝る。

 

「気にしないで、それが私の役割だから。じゃあ、いよいよみんなの手取り額の続きに行くよ」

 

 優莉はモニターの画面を、各個人の分配額の表に切り替えた。

 

「さっきの事業収益から経費と内部留保を引いた、均等分配の原資が二億三千五百万円。これを五人で均等に割って、それぞれ四千七百万円。そこに、さっきの著作権印税一億円を、それぞれの比率で分配して足すよ」

 

 優莉がポインターで一人ずつの名前を指していく。

 

「まず、雫が『七千七百万円』。基本の四千七百万に、印税三十パーセントの三千万をプラスだね。次に、私と由愛が『六千七百万円』。基本の四千七百万に、印税二十パーセントの二千万。そして、琴音と玲奈が『六千二百万円』。基本の四千七百万に、印税十五パーセントの一千五百万。……これで、下半期の決算と分配額の説明は終わり」

 

 しんと静まり返ったリビングに、優莉の通る声だけが響いた。

 

 あらためて自分の手元にある通知書の数字と、モニターの内訳を照らし合わせ、メンバーたちは言葉を失っていた。

 

「……これ、大学卒業するまでに、一生分稼いじゃうんじゃないの?」

 

 玲奈が、半信半疑ながらも完全に呆れ果てたような声で言った。

 

「あはは……もう、笑えないよぅ……」

 

 琴音は完全にキャパシティを超えてしまったのか、引きつった笑いを浮かべて机に突っ伏した。

 

「いっぱい貰えるぶんにはいーじゃん! あーし、これで美味しいものいっぱい食べるっしょ!」

 

 由愛だけが、一人ノーテンキに通知書を振り回して喜んでいる。

 

「こら、由愛。前回も言ったけど、これはあくまで税引き前の金額だからね!」

 

 優莉はすかさず由愛に釘を刺した。

 

「ここから所得税やら住民税やらで、半分近くは税金で持っていかれるんだから。じゃあ、また税金関連の面倒な手続きについては後で詳しく話すから、むやみに使いすぎないように! わかったね?」

 

「はーい……」

 

 優莉の元・総務部長としての厳しいお説教に、由愛がシュンと肩を落とす。

 

 けた外れの金額と、それに伴う大人としての責任。高校生活最後の冬、受験勉強の重圧に押し潰されそうになりながらも、彼女たちの手には莫大な資本が握られていた。

 

 こうして、歓喜とパニックと混乱が入り交じる中、第二回報酬支払いイベントは、嵐のように終わったのであった。




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