あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
「今日で渋学も卒業かー」
三月三日。少しずつ暖かさを増してきた春の陽射しが、教室の窓から柔らかく差し込んでいる。由愛が自分の席の椅子に深く寄りかかりながら、どこか寂しそうな声でぽつりと呟いた。
今日は、彼女たちが通う『渋谷学林中学高等学校』――通称・渋学の卒業式である。自由な校風と国際色豊かな環境の中で、共に笑い、共に勉強し、そして秘密のバンド活動を繰り広げてきたこの学び舎を巣立つ日が、ついにやって来た。
「そうだね。いざ今日でお別れってなると、少し寂しい感じするよね」
琴音が、真新しい卒業アルバムの表紙を優しく撫でながら同調した。
「まあ、優莉以外は中等部から六年も通ったわけだしね。色々と青春を過ごした場所だから、そりゃ思い入れもあるわよ」
玲奈が少し感傷的な表情で、教室の黒板や見慣れた風景を見渡す。
「私は高一の途中編入だから、実質二年半だけどね」
優莉が肩をすくめて言う。中身が四十八歳の元・総務部長『佐藤卓』である彼女が、サージョトレーディングの権力によってこの国宝級の美少女の身体で渋学に編入してきてから、怒涛のような日々が過ぎ去っていった。
そうして四人が、それぞれの渋学での高校生活を惜しみ、しんみりとした空気に包まれている中。
「……平気」
いつもと変わらない、無表情で淡々とした声が落ちた。
窓際に座っていた雫である。彼女は手元のスマートフォンをいじりながら、全く感傷の欠片も見せない。
「えっ、雫は寂しくないの?」
由愛が目を丸くして尋ねた。
雫は顔を上げ、由愛たちを静かに見つめると、こくりと一つ頷いた。
「みんなと友達なのは、卒業しても変わらない。だから平気」
「…………」
そのあまりにも純粋で、ストレートな言葉。普段は言葉数が極端に少なく、無表情な雫だからこそ、その飾らない本心は強烈な破壊力を持っていた。
「……っ! しずくぅー!」
由愛の大きな瞳からブワッと涙が溢れ出し、そのまま琴音を巻き込んで雫に勢いよく抱きついた。
「ちょっ、由愛ちゃん、鼻水つけないで……って、私もなんか泣けてきちゃったじゃない……雫ちゃん!」
「もう、雫ってば……こういう時だけズルいんだから……!」
琴音と玲奈も、今日ばかりはこらえきれずに目を潤ませ、雫の背中や肩に次々と抱きついていく。四人が一つの塊になって、もみくちゃになりながら泣き笑いしている。
それを一歩引いた場所から、優莉は保護者のような、あるいは長年連れ添った戦友を見るような、限りなく温かい眼差しで微笑んで見つめていた。
「ほらっ、スグも!」
涙声の由愛が、優莉に向かって手を伸ばし、グイッと腕を引っ張った。
「もう……仕方ないなー」
優莉は苦笑しながらも、素直にその輪の中へと足を踏み入れた。そして、かけがえのない親友たちを、その細い腕でまとめてギュッと抱きしめた。
二度目の青春。そのかけがえのない高校生活が、確かな温もりと共に幕を閉じようとしていた。
渋学の卒業式は、非常に独特である。
国際色豊かな校風を反映し、式典の司会進行はすべて日本語と英語の二カ国語で行われるのが伝統なのだ。
広大な体育館に響き渡るバイリンガルのアナウンス、校長の英語を交えたスピーチ。それはどこか海外のハイスクールのプロムを思わせるような、洗練された雰囲気を持っている。
式典自体は厳かに進行し、恙無く執り行われた。
そうして式が終わり、ホームルームのために教室へと戻ってくると、そこかしこから卒業式特有の喧騒と会話が聞こえてきた。
「はぁー、これで制服でセンター街歩くのも今日が最後か。ちょっと寂しいよね」
「だよねー! てかさ、先生、最後めっちゃ泣いてたじゃん! 普段あんなに鬼みたいに怒ってたのに、意外すぎてびっくりしたわ」
「まあでも、連絡先は知ってるし。どうせみんなSNSで繋がってるから、『永遠のさらば!』って感じは全然ないよねー」
現代の高校生らしい、ドライでありながらもウェットな感情が入り混じった声が飛び交う。そんな中、教卓の前に立ったクラス委員の男子が、パンパンと手を叩いた。
「はーい! ちゅーもーく!」
クラスメイトたちの視線が集まるのを確認し、彼は声を張り上げた。
「今日午後二時から、駅前のビックエーコーのパーティールームで、クラスの打ち上げをしまーす! 参加する人はよろしく!」
「「「おーっ!」」」
歓声が上がる。このクラスは非常に仲が良い。おそらくほとんどの生徒が打ち上げに参加するだろう。しかし、優莉たち五人には、その打ち上げに向かう前にどうしてもやらなければならない『任務』があった。
最後のホームルームが終わり、多くの生徒たちが名残惜しそうに校門へ向かって歩いていく。その校門前に、優莉、由愛、玲奈、琴音、雫の五人が陣取っていた。彼女たちの手には紙の束が握られている。
それは、綺麗にデザインされたカードサイズの紙で、表面には『渋ガ』のロゴと、そして一つの二次元コードがプリントされていた。
「お疲れ様ー。はい、これ、受け取って」
優莉が、校門を出ようとする同級生たちに次々とその紙を手渡していく。
「あっ、佐藤さん! ありがとう……ていうか、これ何?」
昨年同じクラスで、優莉ともよく話していた女子生徒が、受け取ったカードを不思議そうに裏返しながら尋ねた。
「これ、スマートフォンでアクセスすると、今度私たちがやる東都ドームライブのデジタルチケットが自動的に発行されるんだ。関係者席のね」
「……えっ?」
女子生徒の動きがピタリと止まった。
「渋学のみんなには、私たちがバンドをやってるっていう秘密をずっと守ってもらったり、本当にお世話になったから。そのお礼に、学年の同級生みんなをライブに招待しようと思って」
優莉は、女神のような微笑みを浮かべてサラリと言ってのけた。
「うわー! マジで!? 私、ドーム行きたくてグッズ何回か買ったんだけど、全然当たらなくて諦めてたんだよ! 本当にいいの!?」
女子生徒が興奮のあまり、カードを握りしめてぴょんぴょんと飛び跳ねる。現在、渋ガのドームライブのチケットはECサイトのガチャシステムでしか手に入らず転売もされていない、当然の帰結として凄まじい倍率のプレミアムチケットと化しているのだ。それを無条件でプレゼントされるのだから、驚くのも無理はない。
「うん。そこからアクセスしてくれれば、事前にグッズを買って抽選に挑戦してくれた分のお金も、自動的に全額返金されるシステムにしてあるから。渋学生は、完全タダでご招待!」
優莉がウインクをして見せると、女子生徒は「うわっ、超嬉しい! 優莉ちゃん神! 絶対行くね!」と大歓喜して、手を振りながら駅へと駆けていった。
「うん、待ってるね」
周囲を見渡せば、由愛や琴音たちも、それぞれ下校する卒業生たちと似たような会話を交わし、歓声と感謝の言葉を浴びていた。
やがて、校門から出てくる生徒の波が途絶えた。
「これで全員配れたかな?」
由愛が、手元のカードがすっからかんになったのを確認して言った。
「ええ、さっきの子で学年全員分、終わりね」
玲奈が、手元のバインダーに挟まれた学年名簿に、几帳面にチェックマークを書き込みながら答えた。
「ええっ、玲奈ちゃん、配った人全員チェックしてたの!?」
琴音が若干引いたような声を上げる。
「当然じゃない。一人だけ配られなかったりしたら、後で知った時に悲しすぎるでしょ? こういうのは徹底的に抜け漏れを防ぐのが基本よ」
玲奈が胸を張る。
「ははっ、確かにそうだね。玲奈のおかげで助かったよ」
優莉は苦笑いしながら頷いた。
そして、ふと春風に揺れる校舎を見上げ、優莉は内心で深い感慨に耽っていた。
(……佐藤卓だった頃の高校時代は、クラスの端っこで目立たず、むしろちょっとハブられる側の陰キャだった俺が。こうして今、学年全員をドームライブに招待して、感謝される立場になるなんてな)
人生とは、本当に何が起こるかわからない。二度目の青春は、彼女に莫大な富と成功、そして何より、これだけ多くの人間と繋がる喜びを与えてくれたのだ。
「じゃあ、そろそろ打ち上げいこっか! みんな待ってるっしょ!」
由愛の元気な声に現実に引き戻され、優莉は「うん、行こう」と微笑んで歩き出した。
駅前の大型カラオケ店『ビックエーコー』のパーティールームは、すでにクラスメイトたちで埋め尽くされ、すさまじい熱気に包まれていた。
ジュースとスナック菓子が飛び交う中、六年間(優莉は二年半)の思い出話や、先ほど配られたばかりのドームチケットの話題で、部屋のあちこちから笑い声が絶えない。
「いやー、ついにドームか! うちら、ずっとみんなで秘密守り通した甲斐があったよね!」
「それな! ネットで特定班がいろいろ騒いでる時も、誰一人匂わせすらしなかった渋学生のリテラシーの高さよ!」
渋ガの正体が自分たちの同級生であることは、学内ではとうの昔に暗黙の了解となっていた。しかし、リテラシーの高い彼女たちは決して外部にそれを漏らすことなく、今日まで強固な壁となって秘密を守り抜いてくれていたのだ。
「本当に感謝してる。みんなのおかげだね」
優莉が心からのお礼を言うと、クラスメイトたちに囲まれて大いに持て囃された。当然の流れとして、カラオケのデンモクには『渋ガ』の楽曲が次々と予約されていく。
「ほらほら、本物の生歌聞かせてよ!」
「アンコール! アンコール!」
手拍子に急かされ、由愛と優莉はマイクを握らされた。
「もーっ! 今日はオフなのにー!」
由愛は口では文句を言いながらも、イントロが流れるとスイッチが入り、笑顔で完璧なボーカルを披露していた。優莉もそれに合わせて見事なハーモニーを響かせ、パーティールームはまるでライブハウスのような熱狂に包まれている。
(休む暇もないな……でも、悪くない)
優莉は息を切らしながらも、クラスメイトたちの純粋な笑顔を見て、とても温かい気持ちになっていた。大変ではあるが、これほど嬉しく、誇らしいことはない。そうして打ち上げは最高潮の盛り上がりを見せ、夕方にはお開きとなった。
「あー、歌った歌った。喉乾いたー」
店の外に出た由愛が、大きく伸びをした。
「お疲れ様。さあ、タワマンに戻って、ドームに向けたミーティングをしようか」
優莉が音頭を取り、いつものように五人で優莉のタワーマンションへと向かう――はずだったのだが。なぜか今日、優莉たちのグループには、いつもの五人ではなく『一人多い』六人の姿があった。
そのままエレベーターに乗り、優莉のタワーマンションの広々としたリビングへと到着する。
コートを脱ぎ、ソファに腰を下ろしたものの、玲奈、琴音、由愛、雫の四人は、全員が内心で不思議に思っていた。
なぜ、この場に彼女がいるのか。
「えーっと、優莉? 一つ聞きたいんだけど……」
ついに耐えきれなくなった玲奈が、優莉に探りを入れるように口を開いた。しかし、優莉はそんな玲奈の言葉を遮るように、パンッと一つ手を叩いて立ち上がった。
「はい、注目! みんなに改めて紹介します。山本さんです!」
「いや、知ってるし!」
由愛がすかさずツッコミを入れる。
「そりゃ、クラスメイトだもの。さっきまでカラオケで一緒にポテト食べてたじゃないの」
玲奈も呆れたように言う。
「だよねぇ……。山本さん、どうしたの?」
琴音が不思議そうに首を傾げた。
優莉の隣に立っていた、少し派手めなメイクと明るい茶髪が特徴的なクラスメイト――山本一花(やまもといちか)は、えへへと照れくさそうに笑いながら、一歩前に出た。
「えっと、改めて! 山本一花。今日からオプティマ・アーツでマネージャーとしてアルバイトさせてもらうから! 佐藤さんと八坂さんは四月から恵応で一緒だって話だし、よろしくね!」
一花は同級生特有の親しげなトーンで元気に宣言した。
「…………」
ぽかーん、とする一同。
「じつはね、山本さんは昔から芸能関係の裏方の仕事にすごく興味があるらしくて。私たちもこれからドームライブとか、夏のドームツアーとかで物理的に忙しくなるし、そろそろ専属のマネージャー兼身の回りのお世話をしてくれるスタッフが必要かな? と思って、私から誘ったんだ」
優莉が事もなげに説明する。
「いやー、みんなのことずっと尊敬しててさ! 絶対秘密は守るし、雑用でもなんでもやるから、一生懸命サポートするね!」
一花が明るい笑顔でガッツポーズを作る。
「いや、まあ……山本さんがマネージャーやってくれるのはありがたいんだけど……」
玲奈がまだ状況に追いつけず、こめかみを押さえていると、優莉がさらにとんでもない爆弾を投下した。
「じつはそれに加えて、サージョトレーディングの九条社長からの紹介で、現役の『サージョトレーディング経営企画部長』であるレイン・ブルックスさんが、うちの副社長として兼任してくれることになってるんだ。彼女はとんでもなく優秀だから、うちの仕事なんか、サージョでの業務の片手間に全部チャチャっと済ませてくれるはずだよ。あと、経理担当の優秀な事務員も一人、紹介してもらって採用したんだ」
「……は?」
玲奈の顔から、スッと血の気が引いた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! サージョの経営企画部長って、エリート中の超エリートじゃない! なんでそんなバケモノみたいな大人の女性が、高校生あがりのベンチャーの副社長を兼任してるのよ! ていうか、そういう重要な人事のことは、事前に私たちに相談しなさいよ!」
玲奈がバンバンと机を叩いて抗議する。
「でも玲奈ちゃん、私たちにそんなこと相談されても、全然判断つかないし……しょうがないんじゃないかなぁ?」
琴音が苦笑いしながら優莉をフォローする。
「よくわかんないけど、一花が仲間になるってことっしょ! あーしは大歓迎! これから一緒に全国飛び回ろうね!」
由愛は難しいことは一切考えず、純粋にクラスメイトがスタッフとして加わったことを喜び、山本に抱きついた。
「わわっ、ありがとう八坂さん! ……あ、これからは由愛って呼んでいい?」
「もちろんっしょ!」
そして、ソファの端に座っていた雫は、何も言わずにすっと右手を挙げ、一花に向かって無表情のまま親指を立てて『グーサイン』を出していた。サージョ関連の人事が絡んでいる時点で、彼女にとってはすべてが肯定される事象なのだ。
「……はぁ。もう、あんたの独断専行には慣れたけど。会社が大きくなるのはいいことだわ。よろしくね、一花」
玲奈もついにため息をついて白旗を上げ、一花に向かって微笑んだ。
「うんっ! 精一杯頑張るから!」
頼もしい同級生のマネージャー。そして、背後には世界最強の企業で手腕を振るう超エリート副社長。
高校を卒業し、学生という殻を破り捨てた彼女たちは、もはやただのインディーズバンドではない。巨大な資本と才能が結集した、一つの強大なエンターテインメント企業へと変貌を遂げていた。
こうして盤石の新体制となった『渋ガ』は、目前に迫る東都ドームでの顔出しワンマンライブに向けて、その勢いをさらに加速し続けるのであった。
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