あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
突然、会場を支配していた大音量のBGMがプツンと途切れ、東都ドームを照らしていたすべての客席照明が完全に落ちた。
深い暗闇が空間を支配した次の瞬間、五万人の観客から、ドームの屋根を吹き飛ばすかのような、物理的な衝撃波すら感じるほどの凄まじい大歓声が巻き起こった。
「うおおおおおおおおっ!!」
大勢のファンが驚くほどの絶叫を上げ、立ち上がって拳を天に突き上げていた。
待ちに待った瞬間。伝説の幕が、今、上がる。
暗闇に包まれたメインステージの背後に設置された、規格外に巨大なLEDビジョンに、ノイズとともに映像が映し出された。
それは、彼女たちが動画共有サイトに初めて投稿した、最高クオリティのアニメーションで世間の度肝を抜いたMVのワンカット。そして、五万人の観客を熱狂させたものの、紗幕越しで決して素顔を見せなかった夏の大型野外フェスの映像。そうした渋ガのこれまでの軌跡が、走馬灯のようなフラッシュバックとなって次々と展開されていく。
短いながらも濃密な歴史をなぞる映像に、会場の期待感はちぎれんばかりに膨れ上がっていく。
やがて、映像のノイズが一点に収束し、画面いっぱいに巨大なデジタルフォントの数字が浮かび上がった。
『3』
五万人の観客が、それに合わせて叫ぶ。
『2』
足元の床が、地鳴りのように震え始める。
『1』
全員の鼓動が、限界を突破した。
『……0』
ゼロになったその瞬間、ステージの最前列から、耳をつんざくような特効の爆音とともに大量のCO2ジェットが天高く噴き上げられた。
それと同時に、ステージ上をまばゆいほどの強烈なレーザー光と照明が縦横無尽に飛び交い、再び地鳴りのような大歓声が五万人の喉から放たれる。
しかし――。
照明に照らされたメインステージには、依然として巨大な「紗幕(薄い布のスクリーン)」が張られたままであった。
「……えっ?」
多くのファンたちが、突き上げた拳をどうしていいか分からず、一瞬ざわめきと戸惑いの声を漏らした。
「もしかして、今日も顔出ししないの!?」
「『すべてが解禁される』って、まさかなんかの比喩……!?」
そんな疑念がドームの空気を一瞬だけ冷やしかけた。
だが、そんな観客たちの戸惑いを物理的にねじ伏せるように、鼓膜を直接殴りつけるような鋭いスネアドラムのカウントが響いた。
ワン、ツー、スリー、フォー!
一曲目の爆音が、東都ドームの巨大空間に叩きつけられた。
曲は『青のオーバーライト』。渋ガの記念すべきデビュー曲であり、代名詞とも言える、爽やかで疾走感のある王道青春ロックだ。
紗幕の裏から放たれるそのサウンドは、サージョトレーディングが手配した日本トップクラスの音響チームの神業により、ドーム特有の音の遅れや濁りが一切なく、スタジオ音源をそのまま巨大化させたような、信じられないほどクリアで桁違いの音圧を誇っていた。
雫が奏でるギターの鮮烈なカッティング、玲奈の太く正確無比なベース、琴音の心臓を直接揺らすようなタイトで躍動感あるドラム。そして、紗幕の向こう側から突き抜けてくる、優莉の透き通るような抜群の透明感を持った声と、由愛の力強くパワフルな声が交差する完璧なツインボーカル。
会場全体が無我夢中で青く光るライトバンドの巻かれた腕を振り下ろしていた。
「顔とかどうでもいい! 顔が見えなくても、渋ガの曲は最高なんだ!」
紗幕越しであることへの不満など一瞬で吹き飛び、五万人の観客はたちまち熱狂の渦へと飲まれていった。
あえて最初は顔を隠すことで、彼女たちは「自分たちの武器はビジュアルではなく、あくまでこの音楽そのものである」という事実を、観客の魂に直接刻み込んでみせたのだ。
息つく暇もなく、ドラムの琴音が号砲のようなスネアの連打を打ち鳴らし、そのまま二曲目へと突入する。
『無敵のスタートライン』。夏フェスでも大観衆を狂乱させたスタジアム・アンセムだ。ドームの空間を完全に掌握し、五万人の「オイ! オイ! オイ!」という地鳴りのようなコールが、盛り上がりにさらなる拍車をかける。観客は喉が裂けるほどに声を張り上げ、ドームの空気が熱を帯びて蜃気楼のように揺らいでいくのを感じていた。
怒涛のアッパーチューンで観客の体力を限界まで引き出した後、再び照明が落とされ、静寂が訪れる。
そして三曲目。現在、各種ストリーミングサービスを席巻し、チャートの首位を独走している最新曲『インビジブル・キズナ』のイントロが、優しく、そして切なく流れ始めた。
透明感のあるギターのアルペジオに乗せて、紗幕には夜空や流星をモチーフにした美しい映像が投影される。その後ろで、強めのバックライトに照らされた優莉と由愛の二人のシルエットが、巨大な影絵となって紗幕にクッキリと浮かび上がった。
二人は顔を見合わせるように向かい合い、美しくも切ない完璧なハーモニーをドーム中に響かせる。
『どんな時だって、繋がってる。見えなくても、このキズナ』
ファン視点から見るその光景は、あまりにもエモーショナルだった。涙で滲む視界の向こうで歌う二人のシルエットを見つめながら、歌詞の意味を噛み締めていた。
「紗幕越しで素顔を隠していても、私たちとファンの絆は、ずっとずっと繋がっていたよ」
そんな彼女たちからのメッセージが、まさに今の状況と、これまでの渋ガの軌跡に完全にシンクロしていた。
ドーム中が感動の渦に包まれ、五万個のライトの波が、ゆっくりと、祈るように揺れていた。それは、覆面バンドとして活動してきた『渋ガ第一章』の、美しすぎるフィナーレであった。
曲が終わり、深い余韻の中で拍手が鳴り響く。いまだ、紗幕は下りた状態を保っている。その紗幕の向こうから、マイクを通した元気な声がドームに響き渡った。
「みんなー! 楽しんでるー!?」
由愛の、底抜けに明るいMCの始まりだ。
『イエーーーイ!!』
客席からは、割れんばかりの歓声が返ってくる。
「いやー、ドームですよ、ドーム。てか、初のワンマンでいきなり東都ドームって、あーしら以外にいんの?」
由愛がケラケラと笑いながら客席に問いかける。
『なーーい!』
『あるわけないだろーー!』
『一発目ドームってアホかーー!』
ファンたちから、愛情のこもったツッコミの野次が飛ぶ。
「だよねー。てか、あーしらが一番驚いてるから!」
「えっ、私は全然驚いてないけど」
すかさず、優莉の透き通るような、しかし極めて冷静な声が割り込んだ。
「そりゃそうでしょ、あんたが仕掛けたんだから」
玲奈の呆れ果てたような声が続く。
「あはは……私は最初聞かされた時、気絶するくらいびっくりしたよぉ……」
琴音の弱々しい声もマイクに乗る。(ちなみに雫はMCでもほとんど喋ることはない)。
生で聞くの彼女たちの「素のトーク」は、女子高生の放課後のような微笑ましいものであった。先ほどまでの圧巻の演奏とのギャップに、客席からはドッと温かい笑い声が起きる。
「あー、そうそう。今日は新曲いーっぱい用意してあるから、最後まで全力で楽しんでいってよね!」
由愛がそう言って場を盛り上げた後。一転して、ステージの照明が静かに落とされ、スポットライトが優莉と由愛のシルエットだけを浮かび上がらせた。
ドーム中が、静まり返る。
「デビューしてから、一年とちょっと。……すっごく早かったよね」
由愛が、少しだけ真面目な、しんみりとしたトーンで語りかける。
「うん。みんなも、顔もわからない私たちを見つけてくれて、応援してくれて、本当にありがとう」
優莉の、凛とした声が響く。五万人のファンが、一言一句を逃すまいと息を詰めている。
二人のシルエットが、スッと前を向いた。
「「……でも、その見えない壁は、今日、ここで終わらせる!」」
二人の声が重なった瞬間。
ドン! という重低音とともに、ドラムとベースの強烈なイントロが炸裂した。
全く聴いたことのない新曲のスタートだった。玲奈の正確無比なスラップベースのラインから始まるその曲名は、『キャンバスと絵の具』。色彩豊かな音色が複雑に重なり合う、芸術的でプログレッシブなポップロックだ。顔出しをして新たに歩み始める真っ白な未来(キャンバス)に、五人でそれぞれの色を塗っていこうというテーマが込められている。
Aメロ、Bメロと疾走感を増しながら進んでいき、そして、サビへの助走が極限まで高まったその瞬間。優莉と由愛のハイトーンの絶唱に合わせ、巨大な紗幕を固定していた無数のフックが一斉に外された。
バサッ、という巨大な音とともに、何十メートルもの長さを持つ紗幕が、一気にステージの奈落へと落下した。
ドガァァァァンッ!!
という特効の爆発音とともに、ステージのすべてを覆い尽くすほどの、まばゆいばかりの照明が解放された。そして、背後の巨大なLEDビジョンに、ついに五人の「素顔」が高画質で大写しになったのである。
「…………っ!!」
一瞬。東都ドームという巨大空間から、音が消えた。
あまりの衝撃に、五万人の観客全員が呼吸を忘れたのだ。
すべての観客が目を見開き、ステージの上の彼女たちの姿を、そしてビジョンに映し出されたその顔を、信じられない思いで見つめていた。
「えっ……嘘でしょ!?」
「全員、めちゃくちゃ美人なんだけど……!?」
「ビジュやばっ!!」
そこには、プロのスタイリストの手によって完璧なライブ衣装を身に纏った、息を呑むほど美しい五人の少女たちが立っていた。
髪を揺らしながら満面の笑顔でドラムを叩く琴音。鋭い視線を放ちながらクールにベースを弾く玲奈。無表情のまま、眼鏡の奥の瞳に熱を宿し、ギターを掻き鳴らす雫。今どきのギャルらしい洗練されたメイクで、誰よりも楽しそうに客席を煽る由愛。
だが、その中でも一際、異次元のオーラを放っている少女がいた。
「なんだよあれ……一人だけ、おかしいくらいに美人すぎるだろ……!!」
センターでマイクスタンドを握りしめ、歌い続ける一人の少女――佐藤優莉。
透き通るような白い肌、長く艶やかな亜麻色の髪、そして、この世のすべての美を凝縮したかのような絶対的で暴力的なまでの『国宝級の美少女』っぷり。その美貌が巨大なビジョンに映し出された瞬間、ドーム中の空気が完全に凍りついたかのように息を呑んでいた。
男たちはその美しさに心を奪われ、女たちはその神々しさに圧倒された。
そして一瞬の後。
「うおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!」
「きゃああああああああああああああっっっ!!!!」
東都ドーム全体が物理的に震えるほどの、この日最大、いや、日本の音楽史に残るであろう大歓声と悲鳴が巻き起こった。
全員のビジュアルという最大の武器が解放されたことで、ライブの熱気は完全に次元が変わった。
ただでさえ「神曲」を連発する実力派バンドというイメージが定着していたところに、「こんなにも等身大の、それでいてそれぞれが違ったアイドル性を兼ね備えた超美少女バンドだった」などという究極のギャップが叩きつけられたのだ。
ステージの端から端までを駆け回り、ファンと目を合わせながら楽しそうに笑い合う由愛。力強いドラムのビートに乗ってポニーテールを揺らす琴音。髪を揺らしながら、クールにギターソロを弾き倒す雫。鋭い視線と挑発的な笑みで観客を煽る玲奈。
そして、そのすべての中心で、女神のような微笑みを浮かべながら、圧倒的なボーカルでドームを支配する優莉。
ファンたちは、彼女たちが放つオーラに完全に打ちのめされ、ただただ狂喜乱舞するしかなかった。
ライブはそのまま怒涛の勢いで中盤戦へと突入する。
熱狂に包まれる中、優莉が静かに息を吸い込み、ピアノの旋律とともに始まったのは『残響のシルエット』。渋ガにとって初となる、壮大なミディアム・バラードだった。
優莉の声楽仕込みのソプラノが、東都ドームの高い天井へと美しく響き渡る。そこに、由愛の地声を生かしたエモーショナルで力強いボーカルが重なり、二人の対極にある声質が、切なくも美しいコントラストを描き出していく。
「すごい……」
観客はペンライトを振る手も忘れ、ただ呆然とその歌声に聴き入っていた。
激しいロックナンバーでは隠れがちだった声の良さと、圧倒的な歌唱力が、バラードになることで今まで以上に痛いほどはっきりとわかる。「聴かせる」ことに特化したこの楽曲のパワーに、ファンたちからも「やばい、ちょっと泣きそうなんだけど」とすすり泣きが漏れ始めていた。
ただ会場を盛り上げるだけではない。彼女たちは、アーティストとしての底知れぬ深みを、この五万人の前で証明してみせたのだ。
短いバラードセクションを終えると、ライブは後半戦の新曲ラッシュへと向かう。
「まだまだいくっしょー! みんな、一緒に踊ろー!」
由愛の煽りとともに始まったのは、『寄り道パラボラ』。少し跳ねるようなシャッフルビートのリズムが可愛らしい、ミドルテンポのポップスだ。
放課後の寄り道や他愛のないおしゃべりが、パラボラアンテナのように色んな電波(奇跡)を受信するという、等身大の彼女たちらしい歌詞。琴音の軽快なドラムワークが心地よく、ファンたちも自然と体を揺らして音楽を楽しんでいる。
続いて投下されたのは、『シンクロナイズド・パルス』。ダンッ、ダンッ、チャッ! という、会場全体で手拍子(クラップ)を促す重厚なリズムから始まる、スタジアム・ロック風のアンセムだ。
「みんな、手を叩いて! 一つになろう!」
優莉がマイクを客席に向ける。
五万人のクラップがドームに響き渡り、それに合わせて全員の腕のシンクロライトバンドが激しく点滅する。
この曲は、彼女たちが高校一年生の春休みに初めて立った小さなライブハウスで、優莉が感じた「圧倒的な一体感」がそのまま歌になったものだ。ステージの五人と、客席の観客の脈拍(パルス)が完全に同期して一つになる瞬間を歌う。この曲で、東都ドームは一つの巨大な生命体へと変貌を遂げた。
怒涛のキラーチューン連発。視覚的にも聴覚的にも限界まで刺激された五万人のボルテージは、最高潮へと達していた。
そして、ライブの終わりを告げる、最後のMCが始まった。
「えーっと、すごく、すっごく早いけど……次が最後の曲です!」
由愛が汗を拭いながら宣言すると、客席からは「ええええええーっ!」「ヤダヤダ!」という名残惜しむブーイングが嵐のように巻き起こった。
「あはは、ごめんね! でも、今日、めちゃくちゃ楽しかったよ! みんなのおかげ! だから最後まで、全力で突っ走って行こーぜ!」
由愛が満面の笑顔で叫ぶと、歓声がそれに応える。
優莉は、センターマイクから一歩下がり、ステージ上のメンバー全員の顔をゆっくりと見渡した。
汗だくになって笑う由愛、やり切ったような表情の玲奈、息を切らしながらも嬉しそうな琴音、そして、相変わらず無表情だが瞳の奥に確かな充実感を宿している雫。
優莉の視線に、四人が力強く頷き返す。
優莉は再びマイクの前に立ち、凛とした声で五万人の観客に語りかけた。
「……それじゃあ、これが本当に最後の曲です。聴いてください。『未完成アンサンブル』」
優莉の宣言とともに、ライブの最後を締めくくる新曲がスタートした。
『未完成アンサンブル』。それは、ライブの最後に会場の全員で合唱できるように設計された、優しくも力強いミドルテンポのアンセムだった。
『まだまだ未熟で、欠点だらけの私たちだけど。不器用でもそれぞれの音を重ね合わせれば、どこまでも響く無敵のアンサンブルになれるはず』という五人の決意を込めた歌だ。
今日、ついに自分たちの足でこの巨大なステージに立った彼女たちのこれまでの絆。そして顔出しを解禁して、ここから始まる渋ガの「第二章」を象徴する、輝かしい未来への讃歌であった。優莉と由愛のリードに導かれ、五万人の観客が大合唱を響かせる。
会場を見渡すと、大勢のファンが涙で顔をくしゃくしゃにしながら、枯れる寸前の声で一緒に歌っていた。
ドーム全体を包み込むような、温かく、そして揺るぎない音楽の奔流。
そして、曲のラスト。サビの最大の盛り上がりに合わせて、特効音とともにステージの両サイドから無数の銀色のテープがキャノン砲から打ち上げられる。アリーナ席の頭上へと星の雨のように降り注ぐ、きらきらと宙を舞う銀テープを見上げながら、会場は言葉にできないほどの圧倒的な多幸感とカタルシスに包まれていた。
運のいいファンは舞い落ちてきた銀テープをしっかりと握りしめ、ステージ上の五人に向かってありったけの拍手を送っていた。
「みんな、今日は本当にありがとう! また会おーねー!」
由愛の元気いっぱいの叫びが響く。
「ありがとうございましたー!!」
優莉が深く一礼し、玲奈、琴音、雫もそれに続く。
割れんばかりの拍手と歓声、そしてありがとうという無数の叫び声が飛び交う中。五万人の熱狂の渦の中心で、日本の音楽史に新たな伝説を刻み込んだ女子高生バンド『渋ガ』の初めてのドームライブは、大団円のうちに終演を迎えたのであった。
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