あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜 作:高山 虎
『おっさん説消滅。全員とんでもない美少女』
『神曲連発。ヤバすぎ。一生ついていく』
『「キャンバスと絵の具」のサビで紗幕が落ちる演出、完璧だった。鳥肌立ちすぎてヤバい』
『ボーカル、人間じゃなかった。あれは女神だ。同じ時代に生きててよかった』
東都ドームでの歴史的なワンマンライブから一夜明けた、日曜日のお昼時。
自宅の広々としたリビングで、優莉は手元のスマートフォンをスクロールしながら、とめどなく流れてくるSNSのタイムラインを眺めていた。
トレンドのランキングは、昨晩からずっと1位から10位までを『渋ガ』関連のワードが独占していた。ライブでは、完全撮影禁止という徹底した情報封鎖が行われていたため、現場の熱狂を伝える写真や動画は一切流出していない。しかし、だからこそライブに参加した五万人のファンたちが、持てる限りの語彙力と興奮を文字に込め、SNSの海に流し続けていたのである。
「文字と興奮」だけでタイムラインが埋め尽くされるという異様な光景は、逆にライブに参加できなかったファンたちの想像力を掻き立て、さらなる伝説の拡散を呼んでいた。
中には、記憶を頼りにステージ上の五人の姿をイラストで描き起こし、投稿している有志のファンも少なくなかった。
「ふふっ、全然似てない。……でも、こうして描かれるのは嬉しいな」
優莉は、自分たちのデフォルメされた可愛らしいイラストを見つけて、小さく呟きながら微笑んだ。ビジネスとしての成功はもちろんのこと、一人のアーティストとして、ファンにこれほどまでに愛され、求められているという事実は、何物にも代えがたい喜びだった。
そんな風にSNSの余韻に浸っていると、スマートフォンの画面が着信を知らせる画面に切り替わった。
ディスプレイに表示された名前は『母さん』。
優莉の実家――正確に言えば、戸籍上の祖母からの着信であった。
「もしもし、母さん? 昨日はどうだった?」
優莉は通話ボタンをタップし、耳に当てた。
『ああ、優莉かい。すごい盛り上がりだったねぇ。でも、五万人のお客さんの熱気と音の大きさで、私たち年寄りにはちょっとハードすぎたわ』
電話の向こうから、少し疲れたような、それでもどこか誇らしげな母の笑い声が聞こえてきた。昨日、優莉は約束通り、両親を東都ドームのVIP席へと招待していたのだ。
『あんたが、何万人も人を集めるほど大成功するなんてねぇ。バンドでドームに連れて行くって言ってたけど、ずっと何年も先の話だと思ってたよ』
「すごいでしょ。こんな短期間で実現するなんて、普通は絶対にできないんだから」
優莉は、自らの手腕をひけらかすように、少しだけドヤ顔で胸を張っていた。
『そうそう。ステージで歌って跳ね回ってるあんただけどね、もうどこからどう見ても、綺麗な年頃の女の子だったよ』
「……え?」
『あんなよくわからない事情で女の子になっちゃって、ちゃんと女の子として生きていけてるのか、実は私たち、ずっと心配してたんだからね。でも、昨日のあんたの姿を見たら、そんな心配は全部どっかにいっちゃったよ』
母の、本当に安堵したような、温かい言葉。
「そんなこと……心配してたの? もう、全然大丈夫だって」
優莉は、少しだけ照れくさそうに返答しながら、ふと自分の胸の奥深くに目を向けた。
(そうか……俺はもう、女の子として生きていくことに全然違和感を抱いてないんだな)
中身は四十八歳の男、佐藤卓。彼は突然、絶世の美少女の肉体で生きることを余儀なくされた。最初は戸惑い、男としての未練や、かつての人生への執着が全くないかと言えば嘘になる。
しかし、渋学での仲間たちとの出会い、バンド活動、そして昨日の五万人の前での熱狂。
母の言葉を聞いた瞬間、優莉の心にわずかに残っていた『男・佐藤卓としての最後の欠片』が、音を立てて完全に断ち切れたような気がした。
(俺、いや私は、優莉、佐藤優莉だ。この最高の仲間たちと共に、この最高の容姿と能力で、世界中を熱狂させるアーティストであり、経営者なんだ。)
もう、過去を振り返る必要など何処にもない。
「……うん。心配かけてごめんね。でも、私は今、すごく幸せだから」
優莉は、憑き物が落ちたような、清々しくすっきりとした顔で、昨日のライブの感想を互いに語り合った。
その時、タワーマンションの玄関のインターホンが軽快なメロディを鳴らした。
「あっ、みんな来たみたいだから切るね。今から、メンバーだけで打ち上げなんだ」
『そう。じゃあ、これからも身体に気をつけて頑張るのよ。お父さんにもよろしく言っておくから』
「うん。ありがと、また今度電話するね」
優莉はそう言って通話を切り、足取りも軽く玄関へと向かった。重厚なドアを開けると、そこには由愛、玲奈、琴音、雫、そしてマネージャーの一花が揃っていた。
「おじゃましまーす!」
由愛が元気よく声を上げ、他のメンバーももはや自分たちの自宅のような感覚で、靴を脱いでずかずかとリビングへと入り込んでいく。その中で一花だけは、「お、お邪魔します……」と、まだこの超高級タワーマンションの雰囲気に慣れない様子で、恐縮しきりで後に続いた。
「さあ、みんな、お疲れ様!」
リビングに足を踏み入れたメンバーたちを待っていたのは、ダイニングテーブルに所狭しと並べられた、豪華絢爛なケータリングの数々だった。
コンシェルジュの手配による、一流シェフが腕を振るった料理の数々。カットステーキの山、キャビアを添えたカナッペ、色鮮やかなオードブル。そして、女子たちのテンションを最大限に上げるべく、優莉が特別にオーダーしたマカロンやタルトなどの多種多様な高級スイーツが、宝石のように輝いていた。
「おおーっ! すごい! いつもより豪華じゃん!」
由愛が目を輝かせ、さっそくマカロンに手を伸ばす。
「そりゃ、記念すべきドームライブ大成功の打ち上げだからね」
優莉は腰に手を当てて、誇らしげに胸を張った。
「いつもだって十分豪華で、お腹いっぱいになっちゃうんだけど……」
琴音も、彩り豊かな料理を前にして嬉しそうに微笑む。
「本当に、これに慣れちゃだめよね。一般人の金銭感覚が狂うわ」
玲奈は呆れたように言いながらも、手にはしっかりとローストビーフの皿をキープしていた。そして雫に至っては、無表情のまま、ものすごいスピードで最高級の和牛ステーキを口に運んでがっついている。
「あ、あの……これ、本当に食べていいの?」
一花が、あまりの豪華さに恐る恐る料理を取る。一口食べて、その場に崩れ落ちそうになった。
「美味しいっ! 何これ、お肉がとろける! こんなの食べたことない!」
「そういえば、一花が入ってからは、こうやってうちで打ち上げとかするの、初めてだったわね」
玲奈が、感動のあまり泣きそうになっている一花を見て苦笑する。
「最初のうちは驚くよねぇ。私も最初は、ここのマンション来た時、足がすくんじゃったもん」
琴音が、かつての自分を重ねるように一花に優しく同意した。
「遠慮しないで、今日はじゃんじゃん食べちゃって! 全部会社の経費だから!」
優莉の気前の良い掛け声で、身内だけの和やかな打ち上げがスタートした。
味しい料理と昨日のライブの話題で大いに盛り上がり、時間が経つと、自然と話題は四月から始まる新生活――目前に迫った大学入学式のことへと移っていった。
「そういえば、みんなは入学式の準備ってもうできてる?」
優莉が、紅茶のカップを置きながら尋ねた。
「うんっ! スーツ買ったよ!」
由愛が元気よく答える。
「へえ、どんなやつ?」
「『洋服の青川』で、七万円のやつ! お母さんと一緒に選んだっしょ!」
大金を稼ぎ、国内有数の難関私大である恵応大学に進学するというのに、相変わらず庶民的な由愛の感覚に、優莉は微笑ましく頷いた。
「私は『Diore(ディオーレ)』のセットアップを買ったわよ。お金があるんだから、安物じゃなくて良いものを買った方が、長期的にお得よ?」
玲奈が、高級ブランドのショッパーを思い浮かべるように優雅に言う。
「えー、何十万もするスーツなんか、もったいなくて買えないよっ」
由愛が唇を尖らせる。
「私は『青林』」
もぐもぐと肉を頬張りながら、雫が短く告げた。由愛の買った「青川」に並ぶ、超有名な紳士服・婦人服の量販店だ。東都科学大学という理系の最高峰に進む彼女らしい、実用性重視の選択である。
「はぁ……。じゃあ、琴音は?」
玲奈が、量販店組の二人に呆れたようにため息をつき、琴音に話を振った。
「私は、振袖を着る予定だよ。おばあちゃんの代から代々着てるやつがあって、それを仕立て直してもらったの」
「おお! 振袖って逆にオシャレだよね、いいなー!」
由愛が目を輝かせている。
「買えばいいじゃない。今の私たちなら、それくらいのお金はあるんだもの」
玲奈が不思議そうに尋ねた。
「そーいうんじゃなくて、家族の思い出を受け継ぐから意味あるんじゃん! 玲奈はロマンがわかってないなー」
由愛が琴音を擁護するように玲奈に反論した。
「一花ちゃんは、何着てくの?」
琴音が、隣でケーキを食べていた一花に尋ねた。
「私? 私は紳士服の『コナコ』で買ったよ。……なんか、普通でごめんね」
一般的な感性を持つ一花が、少し恥ずかしそうに縮こまって答える。
「ほら! これで量販店が三人じゃん! やっぱ量販店で買うのが普通っしょ!」
由愛が、我が意を得たりとドヤ顔で胸を張った。
「……となると、最後の優莉次第ね」
玲奈は瞳を鋭く光らせて、優莉の方を見つめた。
「あんたは、何を着ていくのよ? まさか量販店なんて言わないわよね」
全員の視線が優莉に集中する。
「私? 私は『ビスポーク』だよ?」
優莉は何でもないことのように、事もなげに言い放った。
「「びすぽーく?」」
由愛、琴音、雫、一花の四人が、一斉に頭の上にハテナマークを浮かべて首を傾げた。
「ビスポーク……。国内のテーラー? それとも海外? いえ、あんたのことだから、イギリスかイタリアの名門にでも頼んだんでしょうね」
玲奈だけは意味を理解したようで、呆れ気味に頭を抱えた。
「えっと、ビスポークって何?」
由愛が不思議そうに尋ねると、玲奈が解説を始める。
「『ビスポーク』っていうのは、いわゆる完全なフルオーダースーツのことよ。ルーツは貴族の服作りで、お客さんと職人が『話しながら(Be spoken)』服を仕立てていくのが語源ね。既存の型紙を使うパターンオーダーと違って、その人個人のためだけにゼロから型紙を作成するの」
「型紙から……?」
「そう。だから、立ち姿の美しさや、身体に吸い付くような着心地が、既製品とは根本から異なるのよ。ブランドロゴはあえて出さずに、『どこの服かは分からないけど、明らかに異常に良い仕立てのものを着ている』っていう、知る人ぞ知る『唯一無二の気品と格調高さ』を演出するための服。……というか、普通は大学生が着るようなものじゃなくて、お貴族さまや一流の経営者が着るような、一生モノのスーツよ」
玲奈の説明を聞いて、メンバーたちの顔色が次第に変わっていく。
「えっ……そ、それって……いくらくらいするの……?」
琴音が、戦々恐々とした声で尋ねた。
「ええと、イギリスにある『Huntman』っていう老舗に頼んだんだけど……スーツだけで、だいたい二百四十万くらいだったかな?」
優莉が、今日の天気でも話すようなトーンで答えた。
「「に、にひゃく……」」
由愛と琴音が、価格を聞いて完全に慄き、口を半開きにして固まった。
「にひゃく……よんじゅ……」
一花に至っては、白目を剥いてソファーに倒れ込みそうになっていた。普通の高校生である彼女には、スーツ一着に自動車が買えるほどの金額をポンと出す優莉の金銭感覚は、あまりにも刺激が強すぎたのだ。
「私のセットアップの倍以上してるじゃない……。何考えてるのよ」
玲奈が信じられないという目で優莉を睨む。
「そんなに驚くことかな?」
優莉は人差し指でポリポリと頬を掻きながら、少し恥ずかしそうに付け加えた。
「……それに合わせるオーダーメイドのバッグとか、靴とか小物も一緒に頼んだから、全部合わせたら八百万くらいしたんだけど……」
「「「…………」」」
リビングが、完全な静寂に包まれた。
「……やっぱ、あんたの金銭感覚バグってるわ」
玲奈が、深い深い絶望のため息をつく。
「優莉ちゃん……さすがに、それは怖いよぉ……」
琴音が、まるで宇宙人を見るような目で優莉から距離を取る。
「え、えっと……それ、フラペチーノ何杯分……?」
由愛が、虚空を見つめながら必死に計算をしようとしている。
「……やっぱり、資本主義のバケモノだった」
雫が、肉を飲み込んで無表情のままボソリと言い放った。
「い、いいじゃない! 社長として、ナメられないための自己投資だよ! それに、職人の技術と良い物に適正な対価を払っただけなのに……」
ドン引きするメンバーたちを前に、優莉は居心地が悪そうに項垂れた。
総務部長時代、手の届かない高級なスーツに密かに憧れを抱き続けていた「大人の男」としての反動が、ここで一気に爆発してしまった結果である。
しかし、何はともあれ。
彼女たちの前には、どこまでも輝かしい未来が広がっている。
ドームライブを大成功させ、日本のエンタメの頂点へと足を踏み入れた彼女たちの、新たなステージへの準備は、こうして着々と進んでいるのであった。
ちなみに、新米マネージャーの一花は、「八百万」と聞いた段階で完全にキャパオーバーを起こし、気絶してソファに沈没していたのであった。