あさおん!〜48歳のハゲ散らかしたおっさんですが、朝起きたら超絶美少女でした。15億円の資産で「奇跡の歌姫」として二度目の青春を謳歌する〜   作:高山 虎

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第九話 新しいスマホと丸文字のメモ

 久しぶりに大声を出し、若いエネルギーに触れたおかげだろうか。青山の超高級タワーマンションへと帰還した卓の足取りは、ここ二週間で一番軽く、その心は不思議なほどスッキリと晴れ渡っていた。

 

 帰宅後、卓はさっそく会社に連絡を入れ、「この体用のスマートフォンが欲しい」と打診した。すると、さすがは世界最大のエネルギー企業と言うべきか、翌日の午前中には開発部の松田が最新型のスマートフォンをセーフハウスまで届けてくれたのだ。

 

「この端末は、現在ダミーの法人名義で契約されています。佐藤さんが一ヶ月後に『三つの選択肢』からどれを選んだとしても、その決定後に改めて新しい身分の名義に書き換える手はずになっていますから、安心してお使いください」

 

 松田の完璧なサポートに感謝しつつ、卓は真新しいスマホを受け取った。

 

 電源を入れ、初期設定をささっと済ませる。しかし、真新しい連絡先アプリを開いた瞬間、登録件数が『0』と表示されている画面を見て、卓の胸にふと隙間風のような寂しさがよぎった。

 

 四十八年間生きてきて築き上げた人間関係が、この小さな端末の中には一つも存在しないのだ。自分がこの世界から消え去ってしまったような、奇妙な孤独感だった。

 

「……いやいや、感傷に浸ってる場合じゃない。まずはコレだ」

 

 気を取り直して、卓はメッセージアプリをインストールし、昨日ユアから渡された丸文字のメモを頼りにIDを検索した。

 

 ヒットしたギャルピースをしているアイコンのアカウントに、さっそくメッセージを送信する。

 

『スグだよ』

 

 すると、数秒と経たないうちに画面に「既読」のマークがついた。今時の若者のスマホへのレスポンス速度に驚いていると、すぐにポップな通知音が鳴った。

 

『昨日はありがとー!』という文字と共に、可愛らしいウサギのキャラクターが元気にお辞儀をしているスタンプが送られてきた。

 

『こっちはだいたい暇だから、都合のいい日に連絡ちょうだい』

 

 卓がそう返信すると、間髪入れずに『りょーかい!』という文字が大きく描かれたスタンプが一つだけ返ってきて、それきりやり取りは終わった。

 

「……なんか、最近の子はあっさりしてるなぁ」

 

 卓はスマホをベッドに放り投げると、そのまま仰向けになって大の字になり、高い天井を見上げた。

 

 自分の子供であってもおかしくない年代の女子高生と、こうしてタメ口で、しかも女友達としてメッセージのやり取りをする。四十八歳の冴えない中間管理職のままなら、絶対にあり得なかった世界線だ。

 

(なんだか、不思議な感覚だな……)

 

 十五歳の美少女の肉体でベッドに沈み込みながら、卓は小さく息を吐いた。

 

 その後、あっという間に半月が経過した。

 

 ユアとはあの後も、毎日他愛のないメッセージのやり取りを続けている。ただ、お互いの都合が合わず、結局あの日以来一度も会うことはできていない。

 

 卓自身は毎日が日曜日状態で暇すぎるくらいなのだが、どうやら女子高生であるユアの『お小遣い事情』が厳しいらしいのだ。卓は億単位の資産を持つ隠れ富豪だが、だからといって「お金なら全部私が出すから遊ぼうよ」などと言えば、パパ活ならぬ謎のパトロン状態になってしまい、健全な女子高生の友人関係は育めないだろう。そのため、卓からは無理に誘うこともできず、もどかしい日々が続いていた。

 

 そうして――ついに、九条社長と約束した『一ヶ月』の期限の日がやってきた。

 

「よし……」

 

 卓は、クローゼットの中にある服の中から、最もフォーマルに見えるものを選び出した。女性陣が見繕ってくれた服の中で一番カッチリとした、淡いベージュのブラウスにネイビーのタイトめのスカート、そして薄手のジャケットという、オフィスカジュアル風の装いである。

 

 会社に連絡を入れると、「社長が直々に会う」とのことだった。手配されたハイヤーでサージョトレーディングの本社ビルへと向かい、またしても周囲の凄まじい視線を浴びながらも、卓は堂々とした(ように見える)足取りで最上階の社長室へと向かった。

 

 コンコンコン、と重厚な扉をノックする。「入れ」という低い声に促され、卓は社長室へと足を踏み入れた。

 

「失礼いたします」

 

「よく来たね、佐藤くん。まあ、座りたまえ」

 

 相変わらず有無を言わせぬ威圧感を纏う九条社長は、革張りのソファを手で示し、自らも向かいの席へと腰を下ろした。

 

 季節の移り変わりや、セーフハウスでの生活環境など、まずは当たり障りのない会話を少しだけ交わす。一ヶ月前は極度の緊張で震え上がっていた卓だったが、女性としての立ち振る舞いを叩き込まれた成果もあり、今は背筋をピンと伸ばし、両膝をしっかりと揃えて、見事な淑女の姿勢で社長と対峙することができていた。

 

「さて」

 

 コーヒーのカップを置き、九条が真っ直ぐに卓の目を見た。

 

「この一ヶ月……どうだったかな?」

 

 その問いに、卓は静かに目を伏せ、ゆっくりと口を開いた。

 

「そう……ですね。戸惑いが多かったというのが、正直なところです」

 

 この一ヶ月間、セーフハウスで一人過ごす中で、卓は自分の身体と心について、本当に色々なことを考えさせられた。

 

「まず、毎朝鏡を見るたびに、そこに映る絶世の美少女をどうしても『自分』だと認められない自我の葛藤がありました。中身は四十八歳のおっさんなのに、外見はどう見ても十代の少女。その強烈なギャップに、心が追いつかないんです」

 

「ふむ」

 

「それに……大変失礼な言い方になりますが、女性の身体というのは、男の身体に比べて非常に『メンテナンス性が悪い』というハードウェア的な不満もありました」

 

 卓の口から飛び出した独特の表現に、九条はわずかに眉を動かした。

 

「メンテナンス性が悪い、とは?」

 

「はい。まず、筋肉量が少ないせいかすぐに身体が冷えます。それに、骨盤の構造が違うからなのか、腹圧がうまくかけられず、以前の身体に比べて明らかに頻尿気味になりました。四十八年使い込んだ無駄に頑丈なボディに比べると、あまりにもデリケートで維持に手間がかかるんです」

 

「……なるほど。それは確かに実際その身体になってみなければ分からない、貴重な意見だな」

 

「そして何より精神的にキツかったのが……外出先で『女子トイレ』に入る時です。頭では『今の自分は女なんだから当然だ』と分かっていても、四十八歳の男の倫理観が『俺は今、とんでもない変態行為をしているのではないか?』と激しく警鐘を鳴らすんです。個室に入るたびに猛烈な罪悪感に苛まれました」

 

 思い出すだけで胃が痛くなるのか、卓は綺麗な眉間にシワを寄せた。しかし、不満ばかりだったわけではない。

 

「ただ、一つ面白い発見もありました。セーフハウスに置きっぱなしにしている以前の自分のスマホを触った時……指紋認証が、あっさりと通ったんです」

 

「ほう」

 

「骨格も性別も、年齢も三十歳以上若返ったというのに、指紋のパターンだけは変わっていなかった。それが分かった時、なんだか少しだけ、安心したんです。ああ、俺はまだ、佐藤卓のままなんだなって」

 

 卓のさまざまな気づきと、赤裸々な葛藤の吐露。

 

 九条社長は静かに話を聞き終えると、デスクの上で両手の指を組み、そこに肘をついて、組んだ手の上にゆっくりと顔を乗せた。鋭い鷹のような目が、卓を射抜く。

 

「そうか。……それでは、君の選択を聞かせてもらおう」

 

 ピンと張り詰めた空気が、社長室を支配する。

 

 提示されていたのは、三つの選択肢。

 

 第一に、もう一度魔導具を使用して、記憶を失うリスクを冒してでも元の性別(男)に戻る道。

 

 第二に、数年間セーフハウスで保護されながら美少女として生き、その後、現在の総務部長と同等の待遇で会社に再就職する道。

 

 第三に、会社の手厚いバックアップと莫大な資産を持ったまま、全くの『別人』として新しい人生を歩む道。

 

(男に戻るか。エリート社員として生きるか。全く新しい人生を始めるか……)

 

 様々な思いが、フラッシュバックのように卓の頭を駆け巡った。満員電車に揺られた日々。開発部の女性陣に絞られたスパルタ特訓。鏡の前での葛藤。そして、カラオケルームで無邪気に笑っていた、ユアの顔。

 

 卓はギュッとスカートの上の拳を握りしめ、ゆっくりと顔を上げた。

 

 四十八歳の男としての決意と、十五歳の少女としての未来が交差する。卓は意を決して、その答えを口にした。

 

「私の、選択は――」




最後までお読みいただきありがとうございます!

本作はすでに【全88話完結まで執筆済み】です。
エタる(未完結で止まる)ことは絶対にありませんので、安心して最後までお付き合いください!

今後は【毎日 20:11】に1話ずつ更新していきます。

もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、
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これからの連載、どうぞよろしくお願いします!
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