色々大事な物と引き換えに妹たちを守るTS金髪シスター魔法少女お兄さん 作:Mckee ItoIto
・・・
始まりは唐突だった。予見どころか想像もしていなかった。
あまりに突然で、ある種、運命的だったともいえるかもしれない。
思いもよらないファンタジーの世界は、実はリアルのすぐ隣にあった。
常に、いつだって踏み越えてしまえるような境界線の先にあったのだと知ってしまった。
迂闊にも踏み越えてしまい、取り返しのつかないほど全てが変わったのだ。
どうせ、後戻りなどできやしない。考えても仕方がない。
大事なものを守るためには、もう進むしかなかったのだから。
・・・
できるだけ妹とは毎日、連絡を取るようにしている。
父は仕事で家を空けることが多く、自分も就職に伴い家を出ることになった。
だからこれから先、家にいるのは妹一人だけになるだろう。
妹も中学生だ。一人で留守番くらいはできる。
それでも、できるだけ妹が寂しい思いをしないようにと。
何かあった時のために、助けになれるようにと。
全ては、妹のためと思って始めたこと。
……しかし、本当にそうだったのだろうか?
単なる自己満足のような、義務感でやってただけなんじゃないのか?
学生から社会人へ。
生ぬるいモラトリアムを抜けた先は、控えめに言っても別世界だった。
覚えることがとにかく多く、信じられないくらいに忙しかった。
周りについていくのが精一杯で、余裕が無かった。
でもまぁ……、そんなのは言い訳だろう。
そんなこと、家族を蔑ろにしていい理由にはならないのだから。
(失敗したな……)
いつもの、仕事から帰宅後の電話。
何も考えずに返答していたことを見透かされたのか、妹の声が少し不機嫌だったように思えた。
何事もなかったかのように会話は切り上げられたが、もしかすると気を遣われたのかもしれない。
言葉にできないような自己嫌悪がじわりと広がり、胃が少しヒリつくような気持ち悪さと、ずっしりとした倦怠感がのしかかる。
自分の家にいるのに、なんだか身の置き所が無いような感覚。
……少し頭を冷やして反省しよう。
そう思い、コンビニにでも向かうとする。
(……。今度の休み、実家を覗きにでもいくか)
実家は隣町にある。そこまで離れていない。
仕事のために借りた今の家からは、電車で片道一時間と少し程度。
気軽に立ち寄るには少々遠いが、少し気合を入れれば休みの日に顔を出すくらいはできる。
そうだな、何か適当な手土産でも持ってご機嫌伺いにでも行こう。
明日にでも予定を聞いて、次の週末、お互いの都合が良ければ。
しかしどうだろうか、友達ができたという話もしていた気がする。
もしかしたら予定があってもおかしくないかもしれない。
そうだとしたら夕方にでも向かうか。どうせなら夕飯でも作ってやるか?
もし親父の帰宅が早ければ久々に食卓を囲むこともできるかもな。
そんなことを考えながら夜の街を歩く。
ボーッとしていたからか、気づいたらコンビニまでの道から少し外れていた。
まだ近所の地理には慣れていないにせよ、迷ってしまうなんて恥ずかしい。
やっぱり少し疲れてるみたいだな、と。
ため息をついて、振り返り、……そのまま足を踏み外した。
「な」
段差につまずいたわけじゃない。
ただ、
抵抗の余地もなく、身体が倒れていく。
視界がスローモーションになり、視点の上下が入れ替わる。
身体を翻して、何かをつかもうと手を振り回し、むなしく落ちていく。
今まで踏みしめていた地面には闇が広がり、あっという間に地面の中に――
・・・
「……」
「……!」
「……、……?」
「……!」
……どこか、遠くから声が聞こえる。
かなりこもってるような、ぼやけててよく聞き取れない。
どこだろうか、ここは。
暗くて何も見えない。身体も動かず、酷く寒い。
いったい、何が……。
「……」
「……! ……!」
(っ……!!)
「……ああ、とんだ事故だなクソ」
「いー!」
「ああ? 反省しろ、テメーも下手したら廃棄だぞ」
「いー!?」
衝撃と、突然の激しい耳鳴り。
痛みは感じないが、強烈な吐き気がする。
しかし、そのおかげかはわからないが、声は少し聞き取れるようになった。
低い声と、甲高い声。
不思議と、低い方が少し小さくて濃く、甲高い方が少し大きくて薄く感じる。
声の大きさもそうだが、声の持ち主の大きさも、そのように。
何故だろうか。何も見えないというのに。
「あー、でもこれどうすっか」
「いー?」
「反応有りなら適性も有りそうだが、どのみち男だし使えねぇよなぁ。あーあー、落としたせいで状態もひでぇしよ」
「いー……」
「……元のとこにそのまま戻すか。ああ、うん、よし、その方がいいな」
「い、いー!?」
「ああ? いいって、大丈夫だろ。バレねぇよ。ボスも忙しいしな」
……頭が回らない。意識が霞む。とにかく、寒くて眠い。
気を抜くと眠りそうだ……、というか今が現実なのか、夢の中なのかも怪しい。
何も見えない。わかるのは、意味の分からない会話。
聞き覚えは無いと思うが、もしこれが夢なら何の意味もない。
「あー……、じゃあな。わりぃがテメーの不運を恨んでくれ」
「いー!!」
――びちゃり。
・・・
意識が途切れ、戻る。光が刺激となって、脳を叩く。
一瞬、まぶしさに目がくらむが、すぐに収まる。
見覚えのあるような気がする街灯の明かり。
はっきりとは見えないが、ぼんやりと視界に入ってくる夜の街並みを見上げる。
……妙に視点が低い。いつの間にか、アスファルトで横になっていたようだ。
(……さむい)
まるで酔いつぶれたかのように、身体が言うことを聞かない。
冷たい地面が容赦なく熱を奪ってくる。本当に寒い。
果たしてこれは、どこまでが夢で、どこからが現実なのか。
ひょっとすると今も夢で、目が覚めたら出勤前の朝かもしれない。
ふと気づいたが、なにやら身体が濡れているような不快感がある。
もしや水たまりか何かに倒れ込んでしまっているのか。
少し嫌だな、と身体を起こそうとするも、身悶えするに留まる。
……ああ、それにしても寒い。そればかり強く感じる。
なのに、寒いのに、身体は震えもしない。
貼り付けられたかのように、ピクリとも動かない。
そうこうしているうちに、眠くなってきた。家に帰らないといけないのに。
こんなところで。こんなことをしている場合じゃ。こんな。
ああいや、これは夢か。そう、目覚めればきっと、家にいる。夢だから。ああ、眠い。夢なのに眠い、起きよう、早く。帰りたい。早く。いや、もう帰、起きなきゃ、さむい、帰り、明日、でんわ、あれ、かえ、か――
(ずいぶんと、珍しいものを見つけた)
……。
(……そうだね。じゃあ何か、望みはある?)
……。
(欲張りだね。でもそのままじゃ帰れないよ?)
……。
(……いいよ、助けてあげる。本当はダメだけど、特別な君に贈り物を)
……。
(でも君は受け取れないから、
……。
(よし。お家に帰ろうか)
・・・
……。
……?
……目覚ましのアラームが聞こえる?
ああ、いや、朝か。眠いな。起きなくては。
やっぱりしんどいな。今日も仕事で……、明日も仕事だ。
自分は社会人になったのだから、これから先、これがずっと毎日続くってこと。
覚悟していただろう?
よし、起きるぞ。さぁ布団を……?
「……?」
(おはよう、ちゃんと元気みたいだね)
「は?」
待て。
なんだこれ。
いやちょっと待て。意味が分からない。
突然、意味不明な出来事が大量発生していて思考が麻痺してる。
せめて一個ずつ順番に来てくれ。頼むから。
(大変そうだね)
うるせぇ。えぇーっと、あー、いや、そう、まず一個ずつ整理をしよう。
二兎を追うもの何とやら。使い方違う気もするが。
混乱した頭を無理やり落ち着けて……、だ。
ひとまずベッドの横。この部屋の中心。
そこに、
あとなんかさっきから普通に話しかけてくる。
こちらに近寄ったりも、別段何かしてくる様子もない。害は無いのか……?
普通に幻覚幻聴の可能性もあるが、あまりにもくっきりと存在感がある。何回見直しても、やはりいる。
(落ち着いた?)
落ち着くわけあるか。
ああいや、まあいい、他にも色々あるんだ。
とりあえずこいつは何もしてこないし、警戒はするがいったん無視しよう。
布団を改めてめくる。
視線を下げると……、
そ、そして……、だ。
昨日までの自分とは違う、起伏……。
ああいや、太ったわけじゃない。……もう少し上の部位。
……そう、胸。
……。えっと。
「……おおぅ」
(何してるのさ?)
うるせぇ、やるだろ普通。触るだろ。男のロマンだぞ。
……やったらやったで、何故か凄まじい自己嫌悪に見舞われてるが。
横にいる黒い毛玉を見る。
その頭の動きを追うように
ああ、これは……、夢だろうか。
とりあえず頬をつねるとする。ぎゅっと、思いっきり。
「いってぇ……」
(……何してるのさ?)
「現実逃避……?」
(いや、残念ながら、といっていいかわかんないけど、ちゃんと現実だよ)
わかってる。
何もかも、あまりにも実在感がありすぎる。あと自分の声も変だし。
でも、わかってても、中々受け入れ難いんだ……。
そう……。
どうやら自分は……、女になったらしい……。
・・・
「……」
(……?)
とりあえず、現状が夢ではないと認めざるを得ない。
この身体に関して確かめてない部分は多少あるが……。
少なくとも、女性的な部分が新しく備わり、男性的な部分が消滅した。
未使用だったまま、消えてしまった。跡形も無く。
ああ……、これぞまさしく人生の不戦敗ってやつか……。
……。
とまぁ、なんか思い浮かんだ言葉で勝手にダメージを受けてしまった。別にそこまで気にしてないが、なんとも虚しい。
しかしこんな目にあったというのに、意外にも焦りのようなものは感じない。
まだ現実を受け止め切れてないだけかもだが、とにかく次から次に疑問が湧いて出てくる。
はっきり言って、混乱の渦中からは逃れられていないのだが。
果たして、あれはどこまで本当にあったことなのか?
まどろむような闇の中の声。
霞む視界、奪われる体温、遠のく音。
答えを教えてくれそうな存在は……。
……。
……何となく無視というか後回しにしてたが、流石にそろそろ触れざるを得ないだろう。
「……ところでお前は何者」
(
……?
……てき?
「……え、なに、お前、敵?」
(すごく近いね。ついてきて)
「おい」
黒い毛玉から何やら剣呑な雰囲気が放たれたが、自分に対してではなく、どうやら別に何かいるらしい。
よくわからないが、
毛玉はそのまま、壁をすり抜け……っておい。
「まて、おいまて……!」
普通に無視された。くそ。なんだ、さっきまで無視してたことへの意趣返しか?
とにかくジッとしていても仕方ない、急いで後を……。
……。
……そういえば何故か裸だった。
今の自分は、着ていたはずの服を身に着けていない。
帰宅後に部屋着に着替えてそのまま出かけたような記憶なんだが。あの服は何処へいったのだろうか。
まあいいや、適当に何でもいいから服を探そう。
目に入ったのは、その辺に脱ぎ捨ててあったTシャツと吊るしてあるスーツの一式。
ガバっとTシャツを被り、だぼだぼのワイシャツに袖を通す。全然サイズが合ってないが、着れなくもない。
つんのめりながらもスラックスも穿き、最後にジャケットを羽織る。
そしてここ、玄関前にある全身鏡の中に、男用スーツに着られている謎の女子が爆誕した。
……いやなんていうか酷いな。ギリギリ不審者かもしれない。
そもそも以前も着こなせていたかは謎だが。
しかし改めて自分の姿をまじまじと見ると、以前の自分の面影がありながらも亡き母のような雰囲気も少しある。
控えめに言っても、キレイ系だ。男としてはパッとしなかったが、案外悪くない見た目かもしれない。
というより、もし妹に兄ではなく姉がいたとしたら、多分こうだろう、という姿というか。
……ちょっと自分でも何を言ってるかよくわからない。
いや、そんなことはどうでもいいな。早く追いかけなければ。
・・・
「なんだアレ……?」
外に出たら毛玉が待っててくれたらしく、頷くような仕草をしてから再び移動し始めたので、黙って追いかける。
早朝、まだ人通りは少ない。それでも人目が無いわけではない。
だというのに、陽の光の下を浮きながら移動する謎の黒い存在を気に留めるような人は誰も居ない。
むしろ怪しい女そのものな自分に対する視線が痛い。
ああほんと、なんでこんなことになってるんだ……。と思いつつも、正直、不思議な高揚感もあった。
息が詰まるような閉塞感、停滞感を打ち崩してくれる、そんな期待感のようなもの。
まるで何かの物語の主人公にでも選ばれたかのような、子供染みた興奮。
……ああ、馬鹿げているとはわかっている。
冷静に考えれば異常事態だ。悪趣味な夢のようでありながら、理解せざるを得ない現実感。
今にも取り乱して発狂していてもおかしくない。
自分が狂ってないのは、何がわからないのかすらわかっていないから。
これから何をするにも、まず現状を知っておきたいと考えているから。
それがただの夢見心地な現実逃避だったとしても、今は向き合うための準備のようなものと思っておいた方が良いだろう。
深く考えてはならない。きっとまだ、そうすべき段階ではない。
おかしくなるのはもっと後からでも遅くないだろうから。
「……で、なにアレ」
視線の先、車道を挟んだビルとビルのスキマ。
そこに全身タイツの不審者がいた。いや、マジでそうとしか形容できない変態がいる。
成人男性くらいのシルエットで、今すぐ通報されてもおかしくない怪しげな人物。
(怪人だよ)
「まんま過ぎるだろ」
不覚にもツッコんでしまった。見たそのままにも程がある。
その怪人とやらは何やら一人で両手を挙げ、頭上でグルグル回したり、屈伸しながらブツブツ呟いている。もはやギャグレベルに怪しい。
だというのに、まばらな通行人はそれに一切反応しない。
ポッカリと、世界に空けられた空白かのような、黒い不自然。
(アレが君たちの敵だよ)
「全然話についてけないんだが……」
(僕たちギフターはあいつらを根絶するためにこの世界に来てるんだ)
「意味がわからん」
マジで何を言ってるのか何一つわからん。
最初に話を聞いてなかった自分も悪いんだろうが、専門用語を当たり前のように提示すんな。
なんか就職した会社のメンターとかいう教育係もそんな感じだったが、普通に困惑する。
こっちが理解してる前提でどんどん話を進めるのはヤメてくれ。
(でも最近、あいつら徒党を組むようになってて対処が大変でね)
「おい、無視すんな」
(ちなみにあいつら『クラヤミー』って名乗ってる)
「名前だっさ」
ネーミングセンスが子供向けアニメすぎる件。というかどこに対して名乗ってるんだよ、初めて聞いたぞ。
……ん? ていうか……怪人?
なんか最近……どこかで聞いたような……?
(手が足りないから手伝ってもらいたいんだ)
「……」
……。
そうだ。……思い出した。
「……なぁ、ちょっといいか」
(うん?)
「少し確認しておきたいんだが」
(何かな?)
あまり期待してなかったが質問に答えてもらえそうだ。
なら確認しなければならない。自分にとって、最も重要な核心を。
「ひょっとして、俺って死にかけてた?」
(そうだね)
「それって怪人の仕業なのか?」
(顛末は知らないけど、結果としては間違いなく)
ああ、やっぱそうだったのか。
だとしたら……、選択肢は一つしかない。
「手伝ってもいい。何をすればいい?」
(ありがとう、決断が早いね)
わかってないことは多い。というより結局ほぼ何も理解していない。
考えねばならないこともたくさんある。男に戻れるのかとか、会社はどうするとか。
まだこいつの名前も知らないし、何がしたいのかも実際のところよくわかってない。
それでも一つ、絶対に知っておかないといけないことを知ってしまった。
そして事実、自分は命を脅かされた。ここと実家はそこまで離れていない。
なら、自分と同様に家族が危険な目に遭うかもしれない。
決断するには充分だ。
(よし、ギフトは君自身の中にある。使い方は使おうと思えば自然とわかるはずだよ)
「……」
いや、そんな説明でわかるわけ……。
わか……。
……。
――『コンバージョン: ルミナス』
自然と、祈るように、手を合わせて握る。
視界の端。なびく黒髪の色が変わる。色素が抜けるように、黒から黄色へ。
似合ってなかった用済みのブカブカスーツは、ピッタリとしたシスター服に。
何をしなければならないのか。果たしてこれからどうなるのか。
何一つわからないままだが、何ができるのかは不思議なほどハッキリわかる。
恐怖も無い。自分が圧倒的な強者だということも、本能で理解できる。大丈夫、何も問題ない。
「……じゃ、やるか」
初陣ってやつを。
・・・
特段言うこともない。なんかゲームみたいなビーム一発であっさりと片付いた。
というか、この時の怪人は雑魚の中でもとびっきりの雑魚だった。
まるでチュートリアルかのように容易く、力の使い方を学べた。
この時、もう少し冷静に考えていれば気づけた問題もあっただろう。
とはいえそんなの、間違いなく不可能だったとは思うが。
そりゃそうだろう。冷静なつもりでいてなんだかんだ、混乱しまくってたんだ。
いきなり、これまで歩んできた人生が何もかも全部、覆ってしまったのだから、ある意味当然。
否応なしの致命的変化。滑稽な奇跡。不運な傑作。
これまでの人生の経験値では到底対処し得ない、不条理。
そう容易く飲み込んでしまえるものではない。
ともあれ、どうやっても起こった現実が変わりはしないのだから。
無意味にあがいている間にも時間は進み、勝手に世界は回り続ける。
結局、さっさと諦めて受け入れるのが肝心だったってことなんだろうな。
・・・
※間延びしないようサクサク巻いていく方針ですが書いてて楽しくなりどんどん長く……。気を付けねば。
※ちなみにマルチ投稿先は分割版で、こちらはボリュームを求めてニコイチ一括版です。その都合上、若干マルチ先の方が投稿が早いです。悪しからずご了承ください。
※代わりにこちらは細かい修正や追記があったり、(今回は無いんですが)後書きにおまけがあったりなかったりします。
※次回【束の間のインタールード】6/28(日)予定