「師匠」
「なんだ?卜伝よ」
小夜に満月。神秘的な光景の中、男が二人、森の中に居た。一人は卜伝と呼ばれた少年。もう一人は師匠と呼ばれた老人。手には木刀を持ち、向かい合っている。
「──俺、月が斬りたいです」
少年の瞳は月に魅入られていた。あの美しき星、斬ってみたらどうなるんだろう。そう思い、少年は師に相談をする。
「そうだな、星を斬りたいのならば先ずは、我が“秘技“を会得してみせよ」
老人はそう言いながら、木刀を構え、少年を威圧する。少年はその圧に少しながらの恐怖を感じながらも、顔に満面の笑みを浮かべ、それ以上の興奮で恐怖を消し去り木刀を構え、老人と向かい合う。
──結局。少年は月を斬ること無く死んでしまうが神の悪戯か、とある少女に取り憑くこととなる。
「ふむ……おなごの身体とは不便であるが、致し方あるまい」
この身体で我は“悲願“を果たそう。
「小僧共。そこのおなごを捕らえたいのであるなら我が相手になろう、来るがいい。死にたい者から」
◇◇◇
「ん……ふぁ」
見知らぬ場所で目が覚める。ここは……何処だろうか?家屋の中の一室だとは思うのだが、自分が知っている様式とは何もかもが違う。
何故、こんな場所に。我は確かに死んだはず。黄泉の国では無いだろう、ここが死後の世界ならすこし生活感がありすぎる。
それに、人の声がする。聞いた感じ少女の声。
「顔……洗ってこなくちゃ」
視点が勝手に動き、どんどん見知らぬ場所を進んでいく。
もう一度声がすると、視点が勝手に動き、どんどん見知らぬ場所を進んでいく。
これは……まさか。声は
すると──我はどうやらこのおなごに取り憑いてしまったらしいのである。
どう言うことであるか……
◇◇◇
「お母さん。お休み」
おなご、諸星綾聖の身体に取り憑いて一日。分かったことは我は身体を何も動かせず、言葉は綾聖には聞こえない事。そして、どうやらここは我のいた時代では無いらしい。
家屋と思わしきものはまるで殿様が住んでいそうな作り。外に出ると自然がほとんど見えず、道が綺麗に舗装されている。
極めつけは、鉄の塊のような物があり得ないほど高速で移動していることだろう。くるまと言うらしいが我には化生の類にか見えなかった。
それと、今日綾聖が行った場所はどうやら寺子屋らしかった。多くの童がおり、見知らぬ書物や玩具で遊び多くの講師に学びを受けていた。
ここまで多くの童が居るとは、この時代は裕福な者が多いいようだな。そうして、今日のことを振り返っていると。
「んぅ」
む、寝付いたな。それなれば我はどうなる?綾聖が寝ているうち、我は何も出来ぬのか?それは嫌だな。何か、出来ることは……
「出来ることは……」
!綾聖の声で、我が思った言葉が出たぞ。まさか……
「動くな……あー、あー声も」
ぐーぱーぐぱーと身体が動かせる。あー、あーとおなごの声が出る。つまり、綾聖の意識がなくなると我がこの身体を動かせるようになるようだ。
──これ、悪霊の類ではないか我。
人に取り憑き、意識がなくなると身体を操る。どう考えても悪い霊が取り憑いたようにしか見えない。
……考えぬようにするか。だが動く身体があるのならば、いい機会である。たしか、近くに一つだけ森があった。そこで、修行しよう。
「ぬ、身体が動かしづらいな……先ずは身体機能の把握が先か……」
「ぜぇぜぇぜぇ」
息も絶え絶えで森の中を歩く。
一里の半分も歩けんとは……!こ、この身体、想像以上に体力が無い……!
いや、我の前世で考えておったが、これが普通であるのか。見たところ綾聖は5歳ほど、それにおなごともなると筋肉量も体力も少ないか……
「ぜぇ、と、取り敢えず……!“氣“を感じよう。そこからである」
このままでは修行どころでは無いので、別のところから着手する。“氣“それは生命の源。万人が持っている普遍の物。先ずはそれの知覚から開始する。
辺りを見渡し、手ごろな岩を見つけたらそこに座る。その上で座禅を組み、目を瞑り思考をすべて切る。お腹、丹田辺りに意識を向け、前世感じていた物を思い出す。
「……
30分ほどそうしていただろうか、丹田で温かいものを感じ取った。これが“氣“、一度我は感じているので知覚は早かった。それじゃあ次は、と思い“氣“の総量を確認しようとすると……
「な!?これは……過去、我が見た中でも最も氣の総量が多いいぞ……!」
多すぎる、全身に氣が満ち溢れている。あの、殺戮をこよなく愛する殿様ですらこの半分くらいしか無かった。このおなごの生命の源はどうなっているのだろうか。量がおかしすぎる。
生命の源、または生命エネルギーとは、その者の健康状態に大きく左右される。卜伝がいた時代は平民は満足に食事などは取れず、常時栄養が不足している。だが、この時代は殆どの人が一日に3回、食事の機会があり十分な栄養を取れている。
「まあ、よい。好都合であるな。我の“悲願“のためには、多ければ多いだけいい」
取り敢えずは、この膨大な氣を制御するところから始めようか。
──ああ、心が踊るな。
「うあぁぁん!!痛い、痛いよ!お母さーん!!」
──あ、やば。筋肉痛を忘れていた。ふむ、すまぬ綾聖。
◇◇◇
荒ぶる氣を収める。氣は我の身体を包むように発せられている。その大きさは氣の多さに比例する。これを収めないことにはまともに氣を使うこともできない。
「ふぅぅ、取り敢えず第一関門突破であるな」
綾聖の身体に取り憑いて一度、四季を跨いだ。この時代の常識などもある程度理解が進み、この時代に適応して来た。
そして夜になると、綾聖の意識が無くなり我の時間がやって来る。
毎日森の方まで身体作りがてら走っていき、そこで氣の制御を行っていた。今日等々、前世の自分の氣の大きさくらいまで持っていくことが出来たので、ここからはこれを操る修行の開始である。
「先ずは身体強化であるな」
ただ出ているだけの氣を身体に流し、この脆弱な肉体を強化していく。
「ぐ……!出来たであるが」
だが、この膨大な氣の中から、極小数の氣を身体に流すのはどうやらだいぶキツイらしい。
例えば、川の水が一気に全部出てくる蛇口が在るとする。一気に出てくるそれを頑張って蛇口を締めて調節して、桶に入るくらいの水だけを出そうとする。そんな感じ。
「これでは、動くどころではあるまいか」
今度は、この膨大な氣を必要な分だけ操る修行をしないといけない。出来ることが増えるたびに出来ないことも増えてくる。
問題だらけ、問題だらけであるが……それを解決していく内に我は──
「──前より強くなれるであろう」
◇◇◇
「お母さん。行ってきます!」
「ええ、行ってらっしゃい。綾聖」
ふむ、面倒であるな小学生とやらは。
綾聖は学校に行くために、満天の空の中歩いていく。我の時代では考えられぬな教育が義務とは。小学生とやらが6年、中学生とやらが3年。知識をつけ、様々な道を選択できる。贅沢な時代である。
「トキちゃんおはよ〜!」
「はい、おはよう御座います。綾聖さん」
トキと呼ばれた黒い髪に一房の朱が入った髪を腰ほどまで伸ばした見るからにおしとやかなおなごが挨拶を返してくれる。
「今日も元気一杯ですね」
「もちろん!私は元気がとりえだから!」
「ええ、そうですね。私もそれに救われましたから」
うむ。綾聖のこれは見る人によっては鬱陶しいであろうが、それ以外にとってはとても好感が持てる性格であるな。目の前の娘も、綾聖のこの性格に大いに救われておるからな。
「は〜い。席について〜」
「あ!時間だ。トキちゃん、またね!」
「はい、また」
朝の柔らかな日差しから、白昼に移り昼餉の時間へとなる。
「うぅん……むにゃむにゃ」
ぬぅ、綾聖め。学校で寝おって、確かに綾聖か寝たら我は動けるようになるが、流石に寝ている者か動き出すのはおかしいと我でもわかるぞ。動かずにこの体勢を維持するのは中々骨が折れる。
「綾聖さん起きてください、お昼の時間ですよ」
トキか!?よし、綾聖を早く起こしてくれ。
「……駄目ですね。全然起きません」
くっ…!やはり駄目か。綾聖は一度寝ると自然に起きるまで、このままであるからな……仕方あるまいか。
「う、うむ。ごめん、今起きたであ、よ?」
く、口調が難しい……!50年はこの口調であったからなぁ。変えるのは至難であるな……!
「?え、ええ。おはよう御座います。ご飯を一緒に食べましょう」
「あ、う、うん。分かった!」
ああ、と言いそうになった。
こうして時々、口調が変になりながらも何とかトキと話しながら昼餉を共に取る。
「綾聖さん。一つ聞いてもいいですか?」
ご飯を食べ進めていると、何やらトキが真剣な表情を浮かべて、我に聞きたいことがあると問いかけてきた。
中身は我なのだが、致し方あるまい。
「うん。いいよ!」
「ありがとうございます。では──あなたはもし、私が人を殺せる力を持っていたとしても、傍に居てくれますか?私を助けてくれますか?」
その言葉は、とても5歳の少女から出てくる言葉ではなかっただろう。我はその言葉に少し考え込む。
……人を殺せる力か。それはおそらく、このおなごから発している氣のようなものであろう。力の詳細は分からぬが、このおなごは刀を使うと言うことは分かる。
実は、綾瀬がトキと会った時から氣とは違った
どうやら平和な世だと思っておったが、そうでもないらしいな。だが少なくともどの時代においても、6歳ほどで考える事ではあるまい。
黙っておる我を不安そうに見つめるトキ。そろそろ答えを出さないと、不安が爆発してしまいそうだ。
色々考えたが、うむ。よかったであるなトキよ、聞いた相手が我で。
「トキよ」
「は、はい。えっと、やっぱり怖いですよね……すみません、変な事をき──」
「我は一向に気にせんぞ」
「──え」
「人を殺せる力か、確かにそれは怖いであろうが。トキはそれを我に向けるか?」
「い、いえ!絶対にありません。私は何があっても綾聖さんだけは傷つけたくない!」
分かっておる。トキがそうであるから、我はその言葉を引き出したのだ。
「であるなら、問題はないであろう。我に向かぬ力など怖くは無いわ」
そう、我が言うとトキは放心した。
「それに助けてくれるか、とな?助けるに決まっているであろう?友であるのならな」
もし、困っている友が助けを求めていて、その助けを無視するならば。そいつは友などではないだろう。ただの他人だ。
「あな、たは……本当に、私が欲しい言葉を言ってくれますね」
嬉し涙に顔を濡らし、トキは笑いながら、我を見る。
「その言葉を聞けて安心です。それだけで私は……一歩を踏み出せます」
綾聖も同じかどうかは知らぬが、近しい解は出すであろう。此奴の明るさは底抜けであるからな、我より心に響く返しをするであろう。
「すみません、ご飯。食べましょうか」
「うん!」
ふむ、口調を指摘されなくてよかったである。変えるのを忘れてたであるからな。
◇◇◇
「あれ?もうこんな時間?私……お昼くらいからのきおくが無けど。どうして?」
やっと起きたであるな。逢魔が時が来る、随分な寝坊をしよって。
「綾聖さん、また明日。今日はありがとうございました。あなたの言葉で私は、一歩を踏み出せそうです」
「えっ、えっと?う、うん。また明日……」
「私、何かトキに言ったっけ?」なんて言っておるな。まあ、我が言った言葉であるから、身に覚えが無いのは仕方があるまいが。
「分からないけど……とりあえず家に帰ろう」