「ふふふーん!トキちゃんと帰るのも久しぶりだね!」
綾聖がぴょんぴょんと歩きながら、横で一緒に歩いているトキに話しかける。時は申の刻、幼子は家に帰る時間帯。
「ええ、そうですね。私が最近家の方で忙しくなってきていて、なかなか綾聖さんとの時間を取ることが出来ませんでしたから」
「そうだよね!いや~あまり遊べなくなるなんて言われたから、あの時は悲しかったよ!もう二年前だっけ?」
「もうそのくらいになりますか。今でも覚えています、綾聖さんが言ってくれた言葉は」
「あはは……そう?なら良かった……」
綾聖はそう言っているが、何も覚えていない。その時は我が綾瀬の身体を動かしていたため、その言葉を言ったのは我である。このおなごは爆睡していた。
「綾聖さん。あともう少し待ってください。そうすればまた、前みたいに一緒にいられますので」
「本当!?分かった!楽しみにしてるね!」
「ふふ、はい」
談笑をしながら、
ん?人の気配がしない?妙であるな。時間が時間であるから、他の幼子の姿くらいは見えてもよいと思うが……
そう疑問に思った矢先に、前から車がやって来た。その車はこちらに近づいて来て、ドアを開け腕を突き出してきたかと思うと、トキをそのまま手で抱え車の中に連れ去っていった。
「きゃっ!?」
「!?トキちゃん」
突然の犯行。トキは成すすべなく車の中に引きずり込まれていく。
奴等……!トキを連れ去りよった!不味い、このままだと見失ってしまう!綾聖よ動け!そしたら、我が手伝ってやる!
「っ!ま、待って!止まって!」
誘拐されたと理解が追い付いた綾聖が、走って車を追い始めた。最高の選択をした綾聖を我は内心で褒めながら、綾聖の身体を"氣で強化する"。
身体は動かせぬが、氣は動かせる!
「え、ええ!?は、速!?」
ビュン!と、人がだせるとは思えない速さで、車の後ろを追随する。
「何でここまで速いのか知らないけど……トキを助けられるなら!」
自分の出す速さに恐怖しながら、見失わないように必死ひ車の方を見る綾聖。ある程度追いかけていると、とある廃墟で車が止まった。
「止まっ、た?中から人が出てきちゃう。かくれないと」
綾聖はすぐ後ろを追ってきていたので、今降りられると見つかってしまう。なので、当たりを見渡しちょうどいい草むらを見つけたのでそこに隠れる。すると車の中から4人の男達が、人が入りそうな麻袋を持ち出てくる。
「ははは!楽な仕事だったな!まだ、未熟なガキを一人捕まえるだけで遊んで暮らせるだけの大金がもらえるんだからな!」
「おい、大声を出すな。誰かが見ているかもしれん、中に入るまでは我慢しろ」
「へいへい。分かりましたよっと」
男達が、廃墟の中に入って行く。この時代、本当は警邏の者を呼ぶのが一番いいのだろうが、それじゃあ間に合わなくなるかもしれないだろう。綾聖も阿保ではあるが、馬鹿ではない。同じ結論に至り、助けに行くであろう。
「助けは……呼べない。私が行くしかないんだ」
綾聖は一度、覚悟を決めたかのように息を吐き切った。
「――待っててトキ。私が絶対助けてみせる!」
◇◇◇
「よーし、御開帳~」
廃墟の一室。男が人が入るくらいの麻袋を開ける。すると、中から黒い髪に朱のメッシュが入った少女、トキが出てきた。
「っ……!はぁ!」
トキは麻袋が開いた瞬間、一番近くに居た男目掛けて幼女とは思ない速さで蹴りを入れる。蹴りは男の腹に直撃し、男は少し吹き飛ばされ腹を抑えながらのたうち回る。
「がぁぁぁ……!こ、このガキ!」
「おいおい、やられてやんの」
「てめぇ!黙れ!」
このまま次はどうするか。そう思っていたら、吹き飛ばされた男とそれを見ていた男が喧嘩をし始めた。
!喧嘩をしている、こっちを警戒しているのは後2人。手は縛られていて、
「今のうちに……!」
男達が立っている隙間を見つけ、そこに走る。戦っていては時間が掛かってしまう。敵はこれだけではないかもしれない。時間を掛けると増援が来るかも。そう思い、戦いではなく逃げる選択肢を取る。
「おおっと、危ない危ない。結構速いな、腐っても不知火家のガキか」
だが走って逃げようとしたが、一人の男が瞬きの間に現れ止められる。それに、私はこの男が現れたのを認識できなかった。つまり、この男は私より格上!
「く……!退いてください!」
このまま逃げれないと判断し、身体に流れている"力"を足に集める。そして、走った勢いのまま、回し蹴り。先ほどよりも尚速く男に蹴りが迫る。だが男はそれを見ているだけで、避ける気配がない。そのまま、お腹に当たる、かのように思われたが当たる直前。男はお腹の前に手を被せ蹴りを止めた。
「な!?どんな馬鹿力ですか、
「はは!軽い軽い、それ。お返しだ」
蹴りを止めた腕でそのまま足を掴み、私を持ち上げる。そして、そのまま壁の方まで投げ飛ばされた。このままでは壁にぶつかる、と思い身体を空中でひねり体勢を整え何とか着地する。だが……
「出口が……」
飛ばされた先は部屋の最奥。窓などもなく、壁はコンクリート、逃げ場は無い。絶対絶命に陥ってしまった。
「さっさと諦めたらどうだ?残念だが、お前は俺に勝てないしあそこ以外に出口は無い。完全に詰みだ」
……一か八か、賭けてみるしかありませんね。これを知られていたら、私はもうこの男が言う通り"詰み"でしょう。
「あなた、忘れていませんか?我が不知火家には、"切り札"があると」
「切り札……切り札ねぇ?がははは!」
それを聞いた男は、顔を歪め愉快そうに嗤う。
「いいぜ、使ってみろよ!お前が使えんのならなぁ!」
駄目ですか……はったりもばれているとは。この男、笑みを隠しきれていませんよ。絶対に知っている表情をしていますね。ですが、ここで使えるようにならないと確かに私は終わりです。使えぬのなら、引き出して見せましょう。今!
「いいでしょう。どうなっても知りませんよ!来なさい!――【迦具楽】!」
迦具楽。そうトキが読んだ瞬間、目の前が輝きだした。光が収まり出てきたのは、一本の刀。刀身は辰砂のように美しく、柄の部分には使い込まれた朱糸が刀を彩っている。その刀をトキは手に取り、男に向ける。
「で?それが切り札かぁ?刀を出しただけで俺に勝てるとでも?」
「試して見ますか?」
言うや否や男目掛け駆けていく。そして、斬。男の胴を袈裟斬りにする勢いで刀を振る。流石に刀は受けれないのか男は横に飛び、刀を避ける。トキは避けた先に更に横薙ぎ一閃。追撃を入れる。だが、これも避けられる。しばらくこんな攻防が続くが、その全てを男は避けていく。男は余裕があるのに対し、トキはは段々と疲弊していく。
く!全然当たりません……これでは、体力が……
無理もない。相手は格上、それにトキはこの男とが初めての実戦となる。攻撃が全くと言っていいほど当たらず、相手がいつ反撃をしてくるかも分からない。神経を張り巡らせる、それが疲弊に繋がっていく。
そして、最大の原因が迦具楽が発動しないこと。この刀はただの刀ではない。切り札と呼べるほどに見合う能力があるのだが、トキはそれをまだ引き出せてはいなかった。そも、迦具楽という名前は"真名"ではない。だがトキはその真名を知らない。本当の名を知らぬものに刀も力を貸さないだろう。
お願いです……!迦具楽!私に力を下さい!
力を引き出せれば勝てるのに、引き出せない焦り。それが、トキの精神を大きく削る。
「なんだ、やっぱりこの程度かよ。んじゃま、とっとと終わらせますか、な!」
「っ!きゃっ!」
男が消え、いつの間にか刀が吹き飛ばされていた。武器が無くなった、詰み。その言葉が頭に浮かぶ。
「なに、安心しろよ。気絶させるだけだ、一瞬で終わる。痛みも感じない」
此処までですか。そう、トキが思った瞬間。
「だめ!絶対させないんだから!」
え……噓、ですよね?何で、あなたがここに……
「あん?おまえ……あの時、このガキの隣に居たやつか。よくここが分かったな」
トキと男の間に割り込んできた黒髪を短く切り揃えた小柄な少女。その正体は綾聖だった。
「おじさん。何でこんなことするの!」
「何でって。そんなもん――金に決まってんだろ」
「お、金?そんなことの為にトキちゃんをさらったの?」
そんなこと、綾聖がそう言った瞬間。男が纏う気配が変わった。飄々としていた気配から、圧を感じるようになった。
「おい、ガキ。その減らず口を閉じろ。金がそんなことだと?寝言は寝て言いやがれ!」
「ひ!」
男が怒鳴る、殺気交じりの気配をぶつけながら。実際に受けていないトキですら恐怖を感じるほどの圧。綾聖には死を感じるほどだろう。実際、それを受けて綾聖は地面にへたり込んだ。
「邪魔だ」
「あう!」
バキ!っと、綾聖は顔を殴られた。その拍子に倒れこみ動かなくなる。
「綾聖さん!?くっ……!あなたは!」
トキは綾聖が殴られたことに激怒し、我を忘れ男に突撃する。だが、先程までもあしらわれていたのに考えすら、放棄したトキでは……
「うるせぇ」
「かっ……!」
お腹を殴られる。少し飛ばされ壁とぶつかり、背中とお腹に痛みが発する。
「お~い。サッサッと終わらせろよ~、時間かけすぎじゃねぇか~?」
遠くから、先ほどまで口論していた男の声が聞こえてきた。
「ちっ、分かってる!……ま、そう言うことだから。じゃあな」
腕が迫る。正真正銘、これで終わり。眼を閉じ、そう思っていた。それなのに……
?衝撃が来ませんね。一体どうなって……
何時までたっても気絶しない。不思議に思い閉じていた眼を開ける、すると目の前には先ほど気絶させられていた、綾聖の後ろ姿があった。
「おなご二人に容赦のない攻撃……小僧、外道が極まっているであるな」
「は!?てめぇさっき俺が気絶させたろ?どうなって――いや、それより……なんでてめぇは俺のパンチを
片手で止めた。その言葉が信じられなくて後ろから何とか見ようとする、少し横にずれると、確かに男の腕は綾聖の右手に止められていた。
「単純である。小僧の攻撃は我にはちと軽すぎるな、子供のお遊びでもしておるか?」
!綾聖さん、挑発しすぎじゃないですか!?そんなことしたらまた、あの男が本気を出しますよ!?
「お前!ぶっ殺されたいみたいだな!なら、お望み道理にしてやるよ!」
また、男の姿が消える。どこに……と、辺りを見渡し男を探すと、一人ポツンと綾聖が先程立っていた場所にいた。なら、綾聖はどこに行ったと探すとさっき男に飛ばされた加具楽がある場所に居た。
「これは……やはりそうか。懐かしい彩飾の刀があると思ったら……」
綾聖は刀を手に取り何やら喋っている。
「武器を取りに行ったか!だが!その鈍らは使い物にならねぇよ!」
悔しい、悔しいが確かにその通りだ。あの刀は今やもう、誰も本当の力を引き出せない。
「ふむ、鈍らとな?小僧、知っている口ぶりをしておいて、どうやらこれについて何も知らないのであるな」
「あ?何を言――「見ておれ」」
「さっさと起きるがいい【火之迦具土命】」
………不発?自身満々に言ったにしては何も起きはしない。
「ぷ、はははは!なんだよビビらせやがって。何も起きねぇじゃ――」
『俺様、復、活!!さあ、契約者よ我が世界を焼き尽くす炎を与えよう!』
轟!と、謎の声と共に刀から出てきた溢れんばかりの炎が、まるで意思を持っているように綾聖に纏わりついていく。その光景を見ていたトキは信じられないものを見たと、顔を驚愕に染める。
何故……!?不知火の家系でもない者が迦具楽の力を出せているのですか!?
信じられない、理解ができない、納得できない。自分の今の状況は依然変わりなく窮地なのに、トキは思考の渦に飲まれていく。迦具楽は450年程前に、一族の者が悪事を犯しその真名の一切を闇に葬り去ったはず。だから、誰も使えない。なのに……
「はぁ、おい。迦具土、我は不知火ではないぞ。卜伝である、忘れたか?」
『卜伝!?おいおい、あの狂人爺さんかよ!?ぶ!はははは!随分と可愛らしくなりやがって!そっちの方がいいんじゃねぇか?』
「容姿のことは良いじゃろう……まったく。相変わらずの減らず口であるな、うぬは」
謎の声。恐らく私が迦具楽と思っていた刀、真名は火之迦具土と言うらしい。それと思わしき物と綾聖は親しげに会話をしている。会話の内容を聞くにどうやら、知り合いらしい、会話をしている少女は卜伝、そう名乗っている。じゃあ、アレは綾聖ではないようだ、一体何者なんだろうか?そう思ったが、ふと2年前のことを思い出した。
確か、あの時の綾聖さんは何故かこんな口調だったはず。まさか……
『それで、爺さん。俺を呼んだ理由は?』
「ああ、そうであったな。そこの輩がおるであろう、あの小僧がうぬを鈍らとほざきよってな。故に、うぬの力を見せてやろうと思ったのである」
『へえ、俺様を鈍ら呼ばわりとは……』
「ひぃ!」
先程まで散々こちらを見くびっていた男は、更に激しく燃え盛る炎に包まれた卜伝がこちらに目を向けた瞬間、死を悟り情けない悲鳴が上がる。男のその変わりようを見て、異常事態だと感じた傍観していた男達がこちらに駆け寄ってくる。
「おい!そのガキなんだ!なんで、周りから火が出てんだ!」
「し、"神刀"だ!このガキ。"神刀"を起動しやがった!」
「ま、マジかよ!」
集まって来た男達の顔が恐怖に染まっていく。何故と、楽な仕事のはずだったのに、と愚痴を言い放っていく。
"神刀"。それは、神を宿す刀。ただ、神と言っても残滓のみ、言うなれば思念体のようなもので本体ではない。だが、それでも神の名を冠するものその力は圧倒的。持った者には絶大な力を与える。発動条件は真名を知る者、そして、神に認められたもの。卜伝は前世、迦具土と会い名を知りその力を認められている。
「ふむ、手間が省けたな。一塊になってくれるとは、好都合である。おなごの身体は不便であるが、まあ致し方あるまい」
『いよーし!ひっさしぶりの戦いだぜ!』
燃え盛る炎が収まり、陽炎のように揺らいでいく。その刀を構え男達に向ける。
「小僧共、そこなおなごを捕まえたいのであるなら我が相手になろう。来い、死にたい者からな」
荒ぶる炎は収まったが、何故か今の方が先程よりも恐ろしい。気配も薄く、炎の燃える音もしないのに。
男達が固唾を飲む、動くことができない。
『はぁ、何だ腰抜けばかりか。拍子抜けだぜ』
「であるな、誰も来ぬとは。ならば、我から行こう」
フッと、陽炎のように姿を歪ませ相手に移動を悟らせず目の前に現れる。
「先ずは一人」
声を上げさせる間もなく袈裟斬りにする。切られた男の傷からは血が出てこず火傷の後だけが残る。
「っ……!?一人やられたぞ!」
『えー、なんだよ。
迦具土が残念そうに声を上げる。
「うむ、綾聖の体で人を殺すわけには行かぬからな」
卜伝がこの時代に来て知ったことは、殺人が犯罪で取り締まれると言う事。流石に綾聖の体でやるわけには行かない。
「くっそ、やられるくらいならこっちから行ってやる!」
声を荒げこちらに走りこんでくる。さっきの光景を見てか、錯乱し隙だらけになっている男を斬り捨てる。あと二人。
「ひ、ひぃ!こんなの、勝てるわけないだろ!」
『おー、逃げんのか?俺様、無理だと思うけどなぁこの爺さんから逃げるの』
迦具土の言う通り、逃がすわけがない。見せてやろう、貴様らが鈍らと罵った物の力を。
「縮地【不知火】」
両足に炎が灯り軌跡に不知火を残す。炎の加護を受け、圧倒的な速度で逃げ去る男の前に移動する。
「はっ――「遅い」」
少し遅れて逃げていた男を先ずは斬り、先頭を走っている男に近づく。
「く、来るなぁ!!」
喚いているがそんなものは無視。綾聖とトキの報いを受けるがいい。斬、これにて終了。
『あーあー言わんこっちゃねぇ。俺様しーらない』
男達が全員気絶しているのを確認してから、刀の炎を収める。そして今も尚、虚空を見つめているトキの方まで歩いて行き声を掛ける。
「無事であるか?トキよ」
「……は、はい」
見たところお腹を殴られ壁に背中から激突していたので、痣や擦り傷はできているかもしれないが重症ではないので多分大丈夫だろう。
「では、ここから離れるぞ」
「分、かりました」
此処を出たら質問攻めにあうだろうな、そう思い名がら静寂が訪れた廃墟を後にする。