クソ女大戦   作:石崎セキ

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01 『二人の聖女』の物語

 二人の聖女が大聖堂で握手を交わすと、来賓席の聖職者たちが歓声をあげた。

 普段は教区の悪ガキどもを叱責する彼らが、まるで当の悪ガキどものように、我を忘れて叫んだのだ。

 

 五百年前。

 アーヴィング・リーゼロッテが、サイラス・ベルフールの右腕を切って訣別を示して以来、幾度の血で血を洗う戦争が繰り返されてきたことだろう?

 

 聖教右派のベルフール派と、聖教左派のリーゼロッテ派。

 

 それがいま、それぞれの名を継ぐ聖女たちによって、統合された。

 なんたる快挙! 聖教創立以来の嘉事(かじ)ではないか!

 

 快哉の鳴り止まぬなか、二人の聖女のひとり――テレジア・リーゼロッテが、唇を動かさずに囁いた。

 

「お久しぶりです、フローラ・ベルフール(・・・)様。お名前のとおり(・・・・・・・)ご健勝そうで何よりです」

 

 このクソ女が。

 フローラはこめかみで青筋をひくつかせながら、笑顔を絶やさずに応答した。勿論、唇を動かさずに。

 

「お久しゅうございます、テレジア・ドブス(・・・)・リーゼロッテ様。孤児院では礼儀を教わりませんでしたの?」

 

 いかに上品に着飾ったところで、生まれの浅ましさは糊塗(こと)できない、と。万人の平等を説く聖教の理念に反した発言を平然として、フローラの笑みは涼しげである。

 

「奴隷に敬意を表する主人がどこにいるんですか? 礼節は猿でも身につきますが、美的感性ばかりはどうにもならないようですね」

 

 テレジアはお返しとばかりに、フローラの手を、自分の掌骨が浮かびあがるほど強く握りしめた。

 

雌犬(ビッチ)に相応しい陰険さですわね)

 

 テレジアの手は来賓席の死角にあるが、フローラの手はさらされているので、力を込めれば悟られてしまうことだろう。

 だが、フローラはやられっぱなしで黙っていられる性分ではない。聖職者は、爪を伸ばすことが許されている、数少ない職業だ。親指の赤く染めた自慢の爪を、テレジアの親指の付け根、その神経が密集している部分に突き刺してやる。

 

「相変わらずセンスのない爪化粧ですね。そのくらい濃く染めなくては、爪の汚さを誤魔化せないのですか?」

「わたくしの爪の垢が混じれば、その薄汚い血も多少は綺麗になるのではなくて?」

 

 手を離すなり、テレジアがフローラにハグをする。

 何のつもりかしら、とフローラはその無駄に明晰な頭脳で考える。あのテレジアがすることだ。間違いなくロクなことではない。

 

(テレジアは愚かではありますが、考えなしではありませんわ。愚者には愚者なりの知恵があるはず)

 

 フローラにとって考えるということは、合理的であることだ。合理的でないものは考えではない。

 そして合理的なものであれば、自分にわからないはずがない。

 

 もしわたくしなら、とフローラは考える。

 

(なるほど、爪跡ですわね)

 

 テレジアは腕を回すことで、フローラがつけた痕を、来賓席に見せようとしているのだ。

 

(同情を買おうだなんて、売女のような浅知恵ですわ)

 

 自分に同じ思考がよぎったことを棚にあげて、フローラは内心で罵倒する。

 そしてフローラは、すぐさま頭の位置を調整して、その長い金髪でテレジアの手を隠した。金と黒。二色の柳髪(りゅうはつ)が交じり合う様子は、天の川のように神秘的であった。

 

 その美しい抱擁に、会場の人々は涙を流しさえした。この会場の中には、歴史に名を残す大画家のフィンセント・ディックもいた。が、彼の話は後回しにしよう。

 ディックの感動を知る由もなく、二人の聖女は抱き合いながら密やかに言葉を交わしていた。

 

「キスはご遠慮くださいませね、テレジア様。淋病(りんびょう)(かか)りたくはありませんもの」

「心配は不要ですよ。フローラ様には想像できないかもしれませんが、わたしは(しゅ)に貞操を捧げていますので」

「ではそのご病気は、ご両親からの授かりものですのね」

 

 小さく舌打ちをしたテレジアに、フローラは「舌使いがお上手ですのね。どの殿方に教わったのか、憶えていらして?」と追い打ちをかける。

 

「わたしはフローラ様の舌使いにこそ敬服していました。二枚の舌で、どのようにお話しをされているのか、教えていただけますか?」

「そうねぇ……テレジア様の場合、まずは舌を二枚に切り落とすところから始めなくてはなりませんわね」

「フローラ様は痛くなかったのですか?」

「ない舌は切れませんわよ」

 

 テレジアは身を離すとき、客席からは見えないほうの指で、フローラの肩をつねった。フローラは仕返しをしようとしたが、あいにく時間がなかった。

 

 進行役のカーディナル枢機卿が和解の儀の開始を告げ、二人はしばしの間、自身の聖女としての役割をまっとうするのであった。

 

 

 

 

 

 和解の儀を終えると二人は人払いをして、大聖堂の中庭で茶会を催した。茶会と言っても飲むのは水である。眼の前で、色や匂いを誤魔化せる飲料を飲める相手ではない。

 二人は互いに見つめ合った。グラスから一瞬たりとも意識を逸らさずに。

 

「茶番も終わりましたし、今回の勝負の勝者を決めましょうか、テレジア?」

「いまさら決めることがありますか? あなたのほうが三日ばかり遅かったこと、まさか忘れていませんよね」

 

 予想できていたことだが、テレジアはいきなり痛いところを突いてきた。だが痛いところは事前に検討してある。乗り切れないわけではない、とフローラは判断した。

 

「それは開票日の差ですわ。投票の締め切り日はわたくしのほうが早かったでしょう?」

「開票日なんて、最初からわかりきっていたことです。わたしはそれを見越してリーゼロッテ派にしたのですよ」

「あら、わたくしは投票の締め切り日がわかっていたからベルフール派にしましたの」

「そんな言い訳が通ると思いますか? 野盗でも、もう少し頭がめぐりますよ」

 

 野盗未満という扱いをされて腹が立ったが、こちらがカッとなって失言をしようものなら、テレジアは鬼の首を取ったように騒ぎ立てることだろう。

 

「優しく教えてあげたつもりなのですけれど。有効投票の総数の過半を以て教皇ないしは聖女を決定する。これはベルフール派でもリーゼロッテ派でも変わりませんわよね」

「はい」

「そして投票は神の名の下で不正なく行われる。でしたら投票日の時点で、わたくしの選出は神の下で決まっていたと考えるべきではありませんこと?」

「詭弁です。都合のいいときにだけ主を持ち出すだなんて」

「都合がよかろうと悪かろうと神は神ですわ」

「しかし聖典に投票のことは書かれていません。原理に反します」

「原理を取り立てるならベルフール派もリーゼロッテ派も共倒れですわよ。原典を解釈するのがお互いの仕事、そうでしょう?」

「わたしは負けを認めませんし、あなたも負けを認めない。これでは水掛け論ですね」

 

 テレジアが溜め息を吐いた。分の悪い勝負だったが、互角に持ち込むことができたようだ。テレジアが愚かで助かった、とフローラは思う。

 

「でしたら、つぎの勝負で決めましょうか。お互いを聖女の立場から引きずり下ろす――これでどう?」

「もちろん敗けたら相手の奴隷、ということですよね」

「普通の理解力があれば確認は不要だと思いますが? あなたが敗けたら靴を舐めさせてあげますわ。ちょうど新しいブラシがほしかったの」

「ブラシも買えないくらい貧しいのですね。同情します」

「あ?」

「あ?」

 

 

 

   * * *

 

 

 

 フィンセント・ディックが画家として大成する条件を整えたのは、彼の曽祖父である。

 彼の曽祖父に子爵位が授与され、爵位の継承が許されるに至るまでには一冊の本を書けるほどの物語があるが、残念ながら紙幅がそれを許さない。

 

 貴族としては異例なことに、当時のフィンセントの容姿を写した肖像画は残されていない。ただ、彼と交流のあった貴族が、彼を「病弱な美青年」と記しているのみである。

 

 フィンセントが自身を「野蛮人」と韜晦(とうかい)したことから、彼がまともに教育を受けてこなかったのだと解説する批評家もいるが、歴史的に見て野蛮人が自らを野蛮と称したことがないことを知らないのであろう。野蛮人を蔑むのは、文明人のふるまいである。彼が家を飛び出したあとでも彼の生まれ、すなわち彼に施された教育はまったく無駄にならなかった。

 

 家を出るにいたった理由を、フィンセントは語っていない。

 ディック家の家系図に彼の名が刻まれていないことから、平和な理由ではなかったことがうかがえるのみである。事実、フィンセントは自身をディック家の生まれであることを隠しており、それが明らかになったのは彼の死後から五年の月日が流れた頃である*1

 

 家を出てからの十七年間、フィンセントの名は記録に残っていない。

 再び歴史に彼の名が現れるのは、リーゼロッテ派の修道院の宿泊名簿の中である。修道士の日誌に(いわ)く、

 

 

《八月九日 宵課(よいか)の時刻に、毛深く、むくつけき旅の者が訪れた。兄弟は見た目で侮っていたが、私は彼の見事な唱歌に強い信仰を感じた。》

 

 

 この「毛深く、むくつけき旅の者」がフィンセントであった。

 若き日に「病弱な美青年」と記されたフィンセントは、十七年で「毛深く、むくつけき旅の者」に変貌していたのである。このことから別人説、偽書説、果てはフィンセント双子説などが(まこと)しやかに語られるが、当時は三十歳でも年増の扱いである。たとえば歯磨きなどの習慣も行き届いておらず、歯の劣化は今よりもずっと激しかった。十七年の月日が、現在よりも激しく人の姿を変えた時代と考えれば、この変貌は謎でも何でもなくなる。

 

 それより不思議なことがある。

 宵課とは、みなで詩を口誦(こうしょう)、聖書や聖人伝などの朗読、唱歌などをする日課のことである。この修道院の宵課は午前二時から三時までの一時間。

 

 なぜ修道士でもないフィンセントが宵課に参加したのか? 街灯のないこの時代のこの時間、フィンセントは野外で何をしていたのか? そしてなぜフィンセントは修道士も感嘆するほどの信仰を得たのか?

 これらのミステリーを追求した小説に『フィンセント・ディックの午前二時』があるが、その小説によれば、彼は追っ手から逃げていたことになる。ただし現実では真相は藪の中であり、この出来事から六百年以上を経た現在でも、いまだにこれといった回答は出ていない。

 

 その翌日の日誌が、フィンセントが絵画を描く場面を、歴史上初めて記した文章となる。

 

 

《八月十日 毛むくじゃらの彼はフィンセントと名乗った。挿絵画家が床に臥せっていることを話すと、彼は写本にペンを走らせ、たちまち美しい絵を仕上げてしまった。私は彼に五日間の滞在を頼み込み、一日に二十ヴェーヌと、たっぷり蜂蜜を塗ったパンと葡萄酒とを手当することにした。》

 

 

 一日に二十ヴェーヌとは当時としても破格で、平均的な都市労働者の日当の三分の一に満たない。だがフィンセントは気にもとめず、毎日、修道士と日課を共にしたという。日誌には彼の画才と信心深さを讃える記述が続いている。

 約束通りフィンセントは八月十五日まで滞在していたが、八月十九日には聖都の門をくぐり、翌二十日にはアルモンド男爵家がパトロンになった。おそらくは修道院で紹介状を得たのであろう。なお余談であるが、このアルモンド男爵は大陸にじゃがいもを持ち込んだ人物として知られている。

 

 フィンセントは使用人の部屋に住まわされた。

 フィンセントが子爵家の生まれであることが知れていたら、もっとマシな部屋が与えられていたはずなので、ここでもやはりフィンセントは出自を隠していたと考えるべきである。

 

 フィンセントはめきめきと頭角を現し、またたくまに画壇のトップに上り詰めた。

 アルモンド男爵が病死すると、フィンセントは独立した。(よわい)は四十二歳。依頼はひっきりなしに届き、四十六歳で画家にとって最大の名誉である宮廷の天井画を任された。

 

 この時期までのフィンセントの主要な画題は神であった。

 もちろんアルモンド男爵をはじめ、諸貴族や王族の肖像画も描いてはいるが、フィンセントはそれを糊口を凌ぐためと割り切っていたようだ。フィンセントは信心深く、食前には必ず家の前の教会へ行き、一日三度の祈りを欠かさなかった。

 

 その信心深さが認められてか、四十九歳のフィンセントはベルフール派とリーゼロッテ派との歴史的な和解に立ち会うことになる。

 

 大聖堂に招かれたことを皮切りに、フィンセントの絵には二つの変化が現れた。

 一つは画題の変更、もう一つはリアリズムへの傾倒である。

 二つの変化は連動していた。二人の聖女に会ってからのフィンセントは、神を描くことはなかった。代わりに、二人の聖女を描くようになったのである。それにともない、神や天使などの象徴的なモチーフを捨て去り、見たままの光景を描くようになった。

 フィンセントは以降、神への信仰心を失い、食前のミサにも行くことはなかったという。

 

 貴族からの依頼も、宮廷からの依頼も、そのほとんどを断った。金子(きんす)が尽きれば依頼を受けることもないではなかったが、それも一日で描き切ることのできる画材に限られた。

 

 その代わりに、彼は同じ構図の絵を描き続けた。

 

 抱擁を交わす二人の聖女。

 フローラ・ベルフールが微笑を(たた)えて、テレジア・リーゼロッテに何事かを囁いている。

 

「二人の聖女はいったい何を話していたのであろうか。ただの挨拶であったのかもしれない。しかし、それがたとえ『ごきげんよう』の一言であっても、それを知れたのなら、私は死んでもよい」

 

 フィンセントの晩年の言葉である。

 

 彼は生涯で四百枚以上の『二人の聖女』を描いた。

 自身の絵の出来栄えに納得していなかったのか、二十億ヴェーヌを優に越す代表作の『二人の聖女』七十八番でさえ、フィンセントは一月分の酒代のツケと引き換えに売り払ったという。

 

 七十八番をめぐっては、当時フィンセントと肩を並べていた画家のジェイムズ・リーバーマンの挿話がよく知られている。

 

「この絵には、神がいない」

 展覧会で七十八番を見たとき、リーバーマンはうめきながらそう言ったとされている。

「ええ」

 彼の弟子は言った。「それが驚くべきことですか? 確かにフィンセント氏は神ばかり描いてきましたが」

「神が()()()()()()()ことなど問題ではない。神が()()()ことが問題なのだ! 無は有を通してしか表現できない。逃げた虎を描くには虎の首輪を描く、これが絵画のしきたりだ。だがフィンセントは、大聖堂と二人の聖女、そして観衆しか描いていない。だのにフィンセントの世界には神がいない、いないのだ!」

 

 それは皮肉にも神の境地であった。

 以降リーバーマンが筆を取ることはなかった。

 

 こうしてフィンセントはこの時代を代表する唯一の画家となった。

 リーバーマンが筆を折ったことを聞いたフィンセントは、「あの式典に来てさえいれば、私の技法など、巨象の前の蟻のようなものだとわかっただろうに」と呟いたと伝えられている。

 

 近年、火災で焼失したとされてきた遺作の四〇四番が発見されたことで、フィンセントの評価はさらに高まっている。

 

 二人の聖女への執着は、フィンセントに、六百年後の技法を先取りさせていた。

 晩年の『二人の聖女』には、驚くほど前衛的な表現が見られた。

 

 フィンセントが流した涙によって屈折した光景が描かれているのである。

 

 この時代の絵画は、画家の内面を伝えるものとは考えられていなかった。

 ところがフィンセントは、涙を表現することによって、当時の彼の視界と心情を生々しく伝えようとしたのであった。

 画壇でこうした技法が確立するのは、フィンセントの作品からじつに六百年が経ってからである。

 

 それでもフィンセントは自身の表現に満足することがなかった。

 四〇五番に取り掛かろうとしたフィンセントは肺炎に罹り、譫言(うわごと)を繰り返した。

 その大半は意味のないものであったが、召使いは彼が「黒と(きん)が足りぬ」と言ったのを聞いている。

 

「黒と金なら、ここにあるではありませんか」

「この黒と金では足りぬのだ」

 

 その言葉を最後に、フィンセントは事切れた。

 大聖堂で奇跡の和解を見届けて五年後、五十四歳の冬であった。

 

 医師を呼びに向かおうとした召使いは、視界の端に四〇四番を捉えて、黒と金が二人の聖女の髪の色であったことを思いだした。

*1
五は聖教の神聖な数であり、五年経てばあらゆる罪や約束は時効になるとされている。

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