私が「スキル」というものに違和感を抱き始めたのはあの時からだったと思う。
彼には「スキル」にこそ現れなかったが、言いようもなく何か秘めたものを感じた。
ひどく落ち着いた目をしたそのテオスカーは、旅立つ仲間の背を見つめて何を思っていたのだろうか。
ただ告白すれば、私には村長としても、一人の彼を知る大人としても、
もう少し彼の世話を焼けることがうれしかった。
だがもちろんそんなことは彼の知ったことではないだろう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ギャラガー暦123年、村には21人の子供が生まれた。
私が特に記憶しているのは7月に生まれたテオである。
本名はテオスカーだったが、私を含め皆が彼を親しみを込めてテオと呼んでいた。
当時はまだ先代の村長が存命で、私は役人の真似事こそしていたが領主や教会相手の折衝というよりは村全体の雑用みたいなものを頻繫に引き受けていた。
その夜、帰路に就く途中で、ある家から怒号が響いてくるのを聞いた。
どうしたことかと駆けつけてみると、産気づいた女と産婆、それからひどく狼狽する男がいる。
切羽詰まった状況らしく産婆は男に、「湯を持ってこい」だの「誰それを呼んで来い」だのしきりに怒鳴っていたが、
男はパニックになっていて右往左往するばかりで、しまいにはすでに置いてあった水差しを蹴って倒してしまう。
産婆は私に気づくと、これ幸いと男をあきらめて私に手伝わせた。
産婆は村の女衆の中でも立場があったから、私とは以前から顔見知りだったこともあるだろう。
そんなわけで私はテオの出産に立ち会うわけになったのである。
産婆が取り上げた瞬間、私は赤子の声があまりにもうるさいので思わず耳をふさぎそうになった。
誓って言うが、これは私の経験が薄いというよりもテオが非常に元気だったのである。
産婆の言うには、なかなか見ないほど大きく、重く、元気がいいという事だった。
引き換えにテオの母親は相当苦しんだそうだが、ひと月もすると回復し、丁寧にも夫とともに私のところに礼を言いに来た。
人間の生誕に立ち会うのははじめての経験だったため、それ以来一家とテオに愛着がわいてしまい、
その後も何度も折を見て会いに行くことになった。
これがダルトリー家の長男、テオスカー・ダルトリーの生誕の小話である。
幼年期のテオは両極端な赤子だった。
これは私だけが思っていたのではなく、後年彼の父親と話した時に随分似たことを言っていたから、
小さいころの彼を知る人間の共通認識であろう。
どういう事かというと、落差が激しいのである。
普段はスンとして落ち着いており、めったに泣かない。
これ幸いと放置していたら気が付かないうちに小水を漏らしており、下半身がひどくかぶれていた…なんてこともあった。
大きな蜂が額にとまっても、やらせておけとばかりに外を眺めていた。
笑う時も何か赤子らしくなく口角を軽く上げ、声を上げずに笑った。
とにかく泰然自若としていて、そこはかとなく大物の風格があったのを記憶している。
しかし、これが泣き出すともう手が付けられない。
この辺りは穀倉地帯で平地続き。遮るものがないから、彼のすさまじい声量の泣き声がどこまでも響いた。
しかもなかなか泣き止まない。
いつのことだったか、村の入り口で馬に乗った領主の役人と話している事だった。
最後に役人を送り出すときになって機嫌を損ねてしまい馬上から責められていた。
すると村の反対側から急に大きな大きな泣き声が響いてきたのである。
役人は初めは無視していたが、声があまりにもよく響き、それが長く続くのを聞いて次第に無視できなくなっているようだった。
しまいには、あれは本当に人間かと困った顔で問うてくるありさまだった。
そうしてるうちに何だか空気が弛緩してしまい、役人の方も何で怒っていたかを忘れたらしく、
暫くしてお開きになった。
こうして、彼のおかげでつまらない役人のお小言から早々に逃げおおせることができたのである。
乳離れすらしていない赤子に感謝することになったのは、私の人生でこれが初めてであった。
彼の幼年期は、そんな思い出が多い。
村の人間の多くが彼をやたらと声のでかい、愛すべき赤子として微笑ましく思っていた。
少年期の話をしよう。
彼の少年期を語る上で重要になるのは、彼と同じ年に生まれた何人かの子供たちであろう。
その年は何人かの印象に残る子供たちが生まれた年だった。
テオを特別気にしていたのは私だけだったにしても、エリーゼが記憶に残らなかった大人はいないだろう。
幼少期のころから、金髪碧眼で色のきれいな女の子だった。
吸い込まれるような目は、若い頃に行商について行った先の美しい海。
特に光を吸込み、攪拌するあのエメラルドブルーの浅瀬を思わせた。
その容姿一つとっても、他の子供たちからは何か違って見えた。
そして、後に明らかになるが彼女は実際に「勇者」だった。
他にも、赤い髪が印象的なレッドなど、後に勇者の旅に同行することになった何人かの子供たちがいた。
少年テオの話に戻ろう。
少年テオは相も変わらず落差の激しい子供だった。
聞き分けよく家の雑用もやるし、言葉の覚えも良かったが、なぜそんなことをするのかと理解に苦しむようなことを頻繫にした。
よせばいいのに年上の少年たちと取っ組み合いになり、鼻を折って擦り傷だらけになっていた。
しかもテオ一人に対し、相手は複数である。
なぜそんな無謀なことをしたのかと問うと、
「彼らが良くないことをしたから。」
「彼らが自分より強いから。」
など、要領を得ているのか、得ていないのか分からない返答をした。
実際、彼と同い年の子が髪を引っ張られたというのは事実らしいが、その場で咎めるのではなく、
年上の少年たちが移動してから突っかけたらしい。
だから、彼の周りに助勢がおらず一対多で、なかばリンチのような扱いを受けたのである。
男前といえば男前だが、普通に危ないのでやめるよう促した。
しかし、こののちも彼は無謀に年上や大人相手に挑みかかっていくのである。
当然、ひどく殴られて高熱を出すこともあったが、数日するとケロッとして大人の手伝いをしていた。
とにかく体力のある子供だった。
少年たちの中で、テオとエリーゼは何か特別な印象を受けた。
エリーゼはどちらかと言えば色白で物静かな子だったが、テオはその薄皮一枚の下に、
隠しようのない膨大なエネルギーを秘めているようであった。
実際、泣くときも怒るときも、彼は真っ赤になって激高する。
声もでかいので非常に迫力があり、同年代の少年たちからは一目置かれていた。
その容姿から良くも悪くも周囲の関心を引きやすいエリーゼは、年上男の子達からよくちょっかいを出されていた。
純粋に悪意があってのことではないが、とかく意地悪の標的になりやすい。
周囲の子も守ろうとはするのだが、最後に頼るのはテオだった。
年上の子たちもテオが血の泡を吹くまで戦うことを知っているから、テオが来ると流石におじけづいた。
なにせ、集団でボコボコにしても数日家にこもると万全に戻って報復に来るのである。
彼は非常に有名であった。
ただ彼を嫌うものはいても、侮るものはそれほどいなかったように思う。
それは「スキル」が与えられるまで変わらなかった。
思い出深いのが彼が10か11のころの記憶である。
その年は行政の制度が変わり、納税などで新たな細かい業務が発生した年だった。
村から少し行ったところに、中程度の町がある。
そこに新しく「ユウビンキョク」なるものができた。
そこに納税等の手続きで、種々のことを教えてやるからと隣の村の連中と合わせて、
領主の役人に呼びつけられたのである。
私はその時はもう村長だったから行くことになり、気まぐれにテオを連れ出した。
5日ほどの短い旅である。
ここら辺の街道はその数年で一気に整備が進み、森が一部切り崩され、
何頭かの馬が繋がれた御上の警備詰め所ができ、所々に石造りの舗装すら施されていた。
そういうわけで戯れに子供を小旅行に誘うくらいはできたのである。
彼とは道すがらたくさん話をした。
彼は年を増すにつれ大人びてきて寡黙な印象があったが、話すと意外といろいろ考えていて、
饒舌に知りたいことを訪ねてくる。
「ユウビンキョク」について聞かれたときは、私も詳しく知らなかったが見栄を張って適当に話すと、
それを看破されてしまい小恥ずかしい思いをした。
だが不思議といやな印象はなかった。
言葉数こそ少なかったが非言語的なところに彼の親しみや穏やかさが現れているようで、
なにかメンツをつぶされた感じは少しもなかったのである。
そんな風に他愛もないことを話しながら歩いていると、
ふと彼に彼の非常に情熱的で暴力的な側面について話が及んだ。
「テオ。君は非常に聡明で大人びた風に見えるが、時折無茶なケンカをしたり、血の泡を吹いて暴れ回る事がある。」
「理知的な側面と情熱的な側面、これらはともすれば矛盾して見えるが、君はどう考えているんだい?」
すると驚くべきことに彼は作為的にそうしているということを示唆した。
「あまりよく考えているわけではないんだ。あんまり喧嘩は好きじゃないけど…」
「……ただ、声がデカくて、しぶとい奴が暴れると、大人は嫌がるから」
「それでエリーゼたちがいじめられることも少なくなったしね」
そう言うとうっすら微笑んだ。
正直に言うと少し感心した。
実際、子供たちが大人になったのもあったが、明らかに子供同士でのいさかいは減っていたのである。
10歳前後の子供たちは非常に乱暴な時期という先入観があったから、
意図したものでないにせよケンカが起きないように何か工夫があるということに私は驚いた。
ここでふと、私はいたずらごころを出して、彼に問うた。
「エリーゼのためにか?」
彼は答えなかったが、口の端がピクリと動いたのを見て合点がいった。
「さてはお前…エリーゼに気があるな?」
彼の耳は心なしか赤くなっているように見えた。
思いがけず彼の可愛らしい側面を見たことで、嗜虐的な感情が芽生えさらに続ける。
「おいテオよ。あれは人気が高いぞ。おちおちしてると他の男にとられちまうぜ」
「…わかってるよ」
テオは半ば認めるようなことを言った。
息子のようなこの少年が愛しくて、気合を入れてやろうと彼の背中を音が出るほど叩いた。
彼は迷惑そうな顔をしていたが、赤らんだ頬からはいつもの威勢のいい様子は感じられなかった。
そのころになると彼はほとんどケンカをしなくなっていた。
ただ年の近い子供たちと村中を走り回っていた。
言葉数の少ないテオだったが、頭一つ抜けて体力があり、食事もたくさんとった。
そうして12歳。
「スキル」を与える儀式でもって彼の少年期は一つの区切りを迎えるのである。