少女兵、人外お嬢様学校にぶち込まれる   作:軍事・思想教育総監

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本来予定していた1話にしようとしたら、文章量がえげつないことになりそうだったので分けることにしました
続きは頑張って近いうちに出します


少女兵、人外お嬢様学校にぶち込まれる【前半】

「おはよう、イリアス君」

 

 

 雷に打たれたが如く体が跳ねた。

 どうやら、車の中で寝落ちしてしまったらしい。

 咄嗟に胸に手を当てると、心臓が激しく鼓動していた。

 十分に再起動しきれていない脳と目で周囲を見渡すと、隣の席に座るリフレンが面白おかしそうに笑っている。

 

 

「あ、すみません、おはようございます」

 

 

「ふっふっふ、おはよう。……いやー、耳元で囁いただけでそこまで大胆に反応するとは思わなくてねぇ」

 

 

 と、彼女は笑いをこらえきれない様子で言う。

 敵国の下っ端が高級将校に起こされたからか、無防備な寝ている姿をずっと晒していたからか、いずれにせよ肝が冷えた。

 

 彼女は深呼吸をして気を仕切り直すと、おもむろに指を差す。

 

 

「窓の外を見てごらん」

 

 

 そう言われて差された方向へ振り向くと、そこにはレンガ造りの重厚な建築物があった。

 

 

「これって……」

 

 

「うん、悪魔帝国女学院の校舎、その東第1棟。ここは主に、高等部1年生が使っている」

 

 

 と説明を受けたところで、申し訳ないことに、感動やら動揺やらと言った感情は特段思い浮かばない。

 「おー」と、さも感嘆している風を装い、場の空気が完全な静寂になってしまう事態を避ける。

 

 

「よし、もう時間だから行くぞ」

 

 

 と言うと、彼女は自分の手でドアを開けて車外に出た。

 俺も外に出ると、その瞬間に髪が少しなびく程度の風が吹く。

 潮の匂いが含まれない、純粋な草花の匂い――特に、花の軽やかな香りが、あの場所とは違う事を優しく教えてくれる。

 

 ハッと我に返り、開けたままだったドアを閉めようとすると、いつのまにか運転席から降りていた彼女の副官が、偶然にも俺と同じタイミングでドアを閉めた。

 副官は勢いそのまま足早に車体後部へ回ると、荷台を開けて中から赤みが勝った革製トランクケースを二個取り出す。

 

 

「フランシスとイリアス君、二人ともついてきておくれ」

 

 

「はっ!」

 

 

「はい」

 

 

 建物の玄関の前に立ち、手招きするリフレンの元に、フランシスと呼ばれた副官と共に駆け寄る。

 自分の右隣にリフレン、そのさらに右隣にフランシスという陣形で歩み始めた。

 

 

「いやー、長い旅だった……。座っていただけの私ですら疲れたというのに……フランシス、あれほどの長時間の運転、本当によく頑張った!ありがとう!」

 

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

 

 そう言いながら、リフレンは校舎の正面玄関へ向かって歩いていく。

 

 俺もそれに続こうとして――ふと、足が止まった。

 玄関の上部に掲げられた紋章が目に入ったからだ。

 

 巨大な翼を広げた黒い竜。

 その胸元には、見たこともない植物を模したらしい金色の意匠――悪魔帝国の国章である。

 

 あの紋章があるものは、全部俺の命を刈り取ろうとする敵だった。

 その敵の紋章を掲げた建物へ、自分の足で入ろうとしている。

 奇妙な気分だった。

 

 

「どうした?」

 

 

 リフレンが振り返る。

 

 

「いえ……」

 

 

 少し迷ってから答える。

 

 

「本当に入っていいのかな、と」

 

 

「なに言う、君は今日からここの生徒だぞ」

 

 

 即答だった。

 まるで、その事実に何の疑問も抱いていないような口調。

 俺は思わず言葉に詰まる。

 

 その言葉の意味を考えているうちに、彼女は再び歩き始めたため、結局、俺も後を追う。

 

 重厚な両開きの扉をくぐると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。

 

 広い、そして大きい。

 

 正面には赤い絨毯が真っ直ぐ伸び、その先に大階段がある。

 天井は三階どころではない高さまで吹き抜けになっていて、巨大なシャンデリアが何基も吊り下げられていた。

 窓から差し込む朝日が磨き上げられた床へ反射し、妙に眩しい。

 

 学校という言葉から想像する建物ではない、もはや宮殿だ。

 

 そんなことを考えていると、廊下の向こうから数人、角と翼と尾を生やした悪魔族の少女たちが歩いてきた。

 全員、同じ制服を着ている。

 紺色を基調とした、ゴス風味なセーラー服。

 赤いネクタイ巻き、襟には校章が付けられている。

 

 年齢は俺とそう変わらないはずなのに、妙に神々しく見えた。

 

 少女たちは俺たちの存在に気付く。

 

 まずリフレン、次にフランシス少尉を見て、最後に俺を見る。

 

 そして――固まった。

 

 理由は分かっている。

 髪はぼさぼさ、服は汚れまみれ。

 片目には包帯で、しかも人間。

 

 場違いすぎて、俺が向こうの立場でも二度見する。

 

 少女たちは何か言いたげな顔をしたが、結局何も言わず、リフレンに向って一礼したあと脇へ避けた。

 

 この先を予感しながら、俺は高い天井を見上げた。

 どうやら、逃げ場はないらしい。

 

 

「よし、時間ピッタリついたな」

 

 

 腕時計に目線を落としつつ、彼女はそう言う。

 彼女の目の前にある木製の扉には金色のプレートが張り付けれており、そこには整った文字で『高等部一年一組』刻まれていた。

 

 

「あの、すみません」

 

 

「うん、どうした?」

 

 

 ドアノブに手を掛ける彼女へ、小声で尋ねる。

 

 

「自分、先に風呂とかに入った方が良くないですか?すごく汚れてますから、このまま入ったら、色々と不味い気がして……」

 

 泥と汗と火薬と油、それに人間そのものの臭い。

 半年以上も地雷原を這い回り、ろくに身体を洗えず、同じ服を着続けた結果がこれだ。

 

 廊下に等間隔で設置されている鏡へ目を向ければ、そこに映っているのは、ぼさぼさのブロンド髪に痩せた身体、擦り切れた軍服を着たみずぼらしい自分がいる。

 

 場違いな身なりであることは、火を見るよりも明らか――なはずだった。

 

 

「汚いですし」

 

 

 念を押して言う。

 すると、彼女は穏やかな口調で言った。

 

 

「それでいい」

 

 

 何が良いのか分からない。

 未来が見えるらしいが、どんな未来を見えれば良いと判断したのだろうか。

 

 

「君が綺麗になってから会わせても意味が薄い」

 

 

 リフレンは、教室の扉を見ながら続けた。

 

 

「彼女たちに見せたいのは、単なる人間ではない。我々が成してきた物事の集大成を知る必要があるのだ」

 

 

 なるほど、そういうことかと、その一言で俺は黙った。

 やはり、所詮は意思を持った教材に過ぎないのだろう。

 

 失望と恐怖、そして納得する自分が今ここにいる。

 

 

「それでは行ってくる。出番が来たら呼ぶから、それまでここで待機していてくれ。じゃ」

 

 

 帰り際に友達と別れるかのような仕草で、彼女は扉の向こうへと消えていった。

 

 壁一枚を隔てた向こうから、一斉に椅子を引きずる音が聞こえてくる。

 甲高い女の声も聞こえてきた。

 その聴覚的情報は、否応が無しに自分が教育現場にいる事を脳に叩きつけるのであった。

 

 ふと、周りを見渡す。

 両足の脇にトランクケースを置いた副官の少尉と自分以外、この廊下には誰もいない。

 どこかで空いている窓から吹き込んでくる風の音と、壁の向こうから聞こえてくる判別困難な声ぐらいしか音がない、ほぼ静寂と言っても差し支えない状況。

 それゆえか、すぐ隣にいる存在が、より一層際立つのだ。

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 彼女と目が合うが、直ぐに自分から目を逸らした。

 同様に、彼女もまた、自然な素振りで全く別の方向に顔を向ける。

 

 しばらくして、教室の中からリフレンの声が聞こえてきた。

 内容までは聞き取れない。

 だが、時折生徒たちのざわめきが混じる。

 

 おそらく、俺の話をしているのだろう。

 そう思うと元々空腹で痛んでいた胃が、さらに痛くなった。

 

 壁にもたれたい衝動を堪えながら、視線を床へ落とす。

 磨き上げられたフローリング、その隣に、自分の汚れた軍靴がある。

 

 場違いだ。

 本当に場違いだ。

 なんで俺はここにいるのだろうと、自分でもそう思う。

 

 すると、不意に隣から声が掛かった。

 

 

「緊張していますか?」

 

 

 フランシッスキーニ少尉だった。

 

 彼女は前を向いたまま尋ねてくる。

 

 

「まあ……はい」

 

 

 否定する理由もない。

 率直に自分の心境を伝えた。

 

 

「当然です」

 

 

 意外な返答だった。

 

 

「当然、ですか」

 

 

「ええ。むしろ、緊張しない方がおかしいでしょう?」

 

 

 少尉は淡々と答える。

 

 

「捕虜収容所から連れてこられ、いきなり帝国最高峰の学園へ放り込まれたのです。環境のアップダウンが激しすぎて、緊張しない訳がない。私だったら吐きます」

 

 

 思わず横を見る。

 

 

「なんせ、私は士官学校の入学初日に吐きましたし……」

 

 

「えっ」

 

 

「その後も、三回ほど」

 

 

 想像できなかった。

 軍服を着こなし、何時間も車を運転し続けるような人物が、試験前に吐いていたなど。

 

 少尉は、僅かに肩を竦めた。

 

 

「……そ、それはそれとして、人間も悪魔も心は大差ありません。不安なものは、不安です」

 

 

 その言葉に少しだけ救われる。

 かつてお互いに殺し合った国の軍人であることに変わりはなく、それは彼女の視点からも言える。

 しかし少なくとも、目の前の彼女は、イリアス・チューリタを珍獣扱いも滅すべき存在扱いもしている訳ではなさそうだった。

 

 

「それに――」

 

 

 少尉は一拍置く。

 

 

「大佐殿がここまで執着するのも珍しいですし」

 

 

「執着?」

 

 

「ええ」

 

 

 今度は彼女がこちらを見る。

 

 

「あの方は長命種ですし、それに加えて未来が分かると。故に今の社交関係にも、過去のしがらみにも、あまり興味がないのです。ですが、あなたのことだけは違う」

 

 

 何とも言えない気分になった。

 それは評価なのだろうか。

 あるいは観察対象として面白いだけなのだろうか。

 

 その時だった。

 

 

「フランシス少尉!あの娘を入室させろ!」

 

 

 はっきりと聞き取れる声が耳に入る。

 

 

「意外と早かったですね!では、健闘を祈ります」

 

 

 と言うと、彼女は俺の側を通って扉を開け、リフレンと俺を車に乗せた時のような仕草で教室の中へ誘う。

 そして、俺を見るリフレンは、席にふんぞり返るように座っていた。

 

 もう選択肢は前進の一つしかない。

 覚悟を決め、一度深呼吸をして、前へ踏み出そうとする。

 

 しかし、そこで異変が起きた。

 

 進めない。

 

 ふと下を見ると、手と足が小刻みに震えている。

 それを認識すると、途端に立つだけでやっとな状況に陥った。

 

 

「大丈夫そう?厳しそうなら、肩を持とうか」

 

 

 教卓側から声が聞こえる。

 そして、言葉通りに肩を持たれるが、それは声が聞こえた教卓からではなかった。

 

 

「もうひと踏ん張りッ……」

 

 

 フランシッスキーニ少尉が俺の肩を持ち、小声で激励を送る。

 

 すると、途端に震えが収まり、自分でも驚くほど一切の抵抗なく教室まで歩いた。

 

 教室へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 

 つい先ほどまで誰かが話していた気配はある。

 椅子を引く音も、紙をめくる音も、咳払いも。

 だが、それら全てが俺の登場と共に止まり、今や教室全体が息を潜めている。

 

 数十人分の視線が、一斉に乱入者である自分へ突き刺さった。

 

 痛い。

 

 物理的・心理的にそう表現したくなるほどの圧力だった。

 呼吸が止まり、胸がギュッと締め付けられる。

 俺は反射的に背筋を伸ばした。

 

 教室の中には、今の俺と同年代と思われる人外の特徴を持った少女たちが並んで座っており、当然のことながら全員が同じ制服を着ている。

 

 紺色のセーラー服。

 赤いネクタイ。

 磨き上げられた革靴。

 

 そのどれもが綺麗で、自分とは別世界の住人に見えた。

 

 そして何より。

 

 誰も彼もが整っていた。

 

 艶のある髪。

 健康的な肌。

 栄養の行き届いた体。

 それに加え、角や翼にはデコレーションが施されている。

 

 俺の脳裏に、つい昨日まで一緒に働いていた捕虜たちの姿が浮かんだ。

 

 痩せ細った腕。

 傷まみれの顔。

 疲れ切った目。

 

 目の前の光景との差があまりにも大きく、思わず眩暈がした。

 

 そんな俺を見ている生徒たちもまた、困惑しているようだった。

 当然だろう。

 彼女たちの視界には今、みずぼらしい生き物が立っているのだから。

 

 最前列の少女が小さく息を呑む音が聞こえた。

 別の席では、誰かが学友の袖を引っ張っている。

 また別の少女は、こちらを凝視したまま瞬きすらしていなかった。

 

 

「――ッ?!」

 

 

 その時、肩を掴まれた。

 誰が何がしたのかを理解した時、既にリフレンの顔が真横にあって、俺の身体を彼女はその特異な翼で抱き締めていた。

 

 

「これから諸君は、彼女と共に学園生活を送ってもらうこととなる。もちろん、服装も諸君らと同じものにするし、体も清潔にしてもらう。そうする前に、しかと目に焼き付けてもらいたい。これは、かの国の少女兵捕虜が現在どのような状況にあるのか、ありのままの姿である」

 

 

 教室中の視線が俺へ集中する中、リフレンは翼を畳み、教卓の前へ歩み出た。

 そして、一度だけ教室全体を見回す。

 

 

「まず最初に、訂正しておこう」

 

 

 その一言で、生徒たちの背筋が伸びる。

 

 

「諸君の中には、彼女を見て『人間』だと思った者もいるだろう。それは半分正しく、半分間違いだ」

 

 

 教室がざわつく。

 半分間違ってるってどういう事だ?半分は人間じゃないってことか?相変わらず考えることが分からない。

 

 

「彼女の名はイリアス・チューリタ。年齢は十五歳。かの国の元少女兵であり、現在は我が国が保護している捕虜でもある。そして半年以上に渡り、地雷除去任務へ従事していた」

 

 

 今度は小さな悲鳴に近い声が上がる。

 十五歳の少女兵、捕虜、そして地雷除去。

 その単語の持つ重みは、教室の空気を変えるには十分らしい。

 

 

「じ、地雷除去……?」

 

 

「本当に……?」

 

 

「そんなの大人がやる仕事では……」

 

 

 リフレンはその反応を否定も肯定もせず続ける。

 

 

「彼女はプロパガンダに利用されるような英雄でもなければ、特別な魔法使いでもない」

 

 

 そこで一度言葉を切った。

 

 

「ただ、生き残った」

 

 

 静寂。

 誰も口を開かない。

 

 

「諸君は人間について学んできた。人間国家についても学んできた。だが、それらはあくまで歴史書や報告書の中の存在だ」

 

 

 リフレンは俺の肩へ軽く手を置く。

 

 

「彼女は違う。彼女は今も生きている。当事者だ」

 

 

 そう言うと、彼女は教卓へ腰を預けた。

 

 

「さて」

 

 

 楽しそうな笑みを浮かべる。

 

 

「せっかくの機会だ。何か質問がある者はいるか?」

 

 

 その言葉を合図に、再び教室がざわめき始めた。

 

 ざわめきは徐々に大きくなり、やがて一人の少女がおずおずと手を挙げた。

 腰まで届く銀髪に、小ぶりな角。

 いかにも優等生然とした雰囲気の少女だった。

 

 

「質問、よろしいでしょうか」

 

 

 リフレンが頷く。

 少女は一度だけ俺を見てから口を開いた。

 

 

「その……地雷除去というのは、具体的には何をするのでしょうか」

 

 

 予想外だった。

 もっと攻撃的な質問が来ると思っていた。

 

 しかし彼女の表情には嫌悪も敵意もない。

 純粋な疑問だった。

 

 

「地面に埋まってる爆弾を探して、取り除く仕事です」

 

 

「爆弾……」

 

 

 教室のあちこちで息を呑む音がした。

 

 

「どうやって探すのですか?」

 

 

「棒で地面を突く」

 

 

 今度は教室全体が静まり返った。

 質問した少女も固まっている。

 

 

「棒?」

 

 

「棒、鉄製の棒」

 

 

「それだけですか?」

 

 

「それだけ。強いて言うのなら、経験と運」

 

 

 沈黙。

 

 何か変なことを言っただろうか――いや、確かに変だ。

 まさか学校の自己紹介で地雷の処理方法について伝授するなんて、前代未聞だ。

 

 数秒後、教室の後方から別の声が上がる。

 

 

「そ、それは危険ではありませんの?」

 

 

 今度は栗色の髪をした少女だった。

 

 

「危険です」

 

 

 俺は思わず食い気味になって回答する。

 

 

「えぇ……」

 

 

 思わずといった様子で漏れた声に、教室の何人かが頷いた。

 

 少なくとも、現場の兵士からすれば当たり前の話だ。

 だが彼女たちはいまいち理解できていないらしい。

 

 ふとリフレンに目を向けると、彼女は面白そうに腕を組んでいるだけだった。

 

 

「爆発したらどうなるのです?」

 

 

 どこからか声が聞こえてくる。

 

 

「死にます」

 

 

「……」

 

 

「運が良ければ手足が吹き飛ぶ程度で済むことがあります。が、治療は受けられないので、より長く苦しんで死にます」

 

 

 今度こそ教室が完全に沈黙した。

 誰も何も言わない。

 いや、言えない。

 

 俺としては事実を述べただけだ。

 むしろ控えめな表現だった。

 

 実際には、体が真っ二つになって周囲に血肉のスプリンクラーを降らすことだってある。

 しかもさらに恐ろしいのが、それほどの重傷を負っても死にきれない場合があるのだ!

 

 

「それを、十五歳の者がやるのですか?」

 

 

「はい」

 

 

「えっ?」

 

 

 教室の空気がさらに重くなる。

 誰かが小さく、「そんな……」と呟いた。

 

 その時だった。

 

 教室中央付近の席から、凛とした声が響く。

 

 

「質問があります」

 

 

 それまで黙っていた少女だった。

 漆黒の髪に、金色の模様が入った角。

 姿勢は誰よりも真っ直ぐで、その凛々しい目つきは、いかにも名家の令嬢といった雰囲気を纏っている。

 

 

「どうぞ」

 

 

 リフレンが促す。

 少女は俺から目を逸らさない。

 

 

「あなたは戦場で、我が帝国軍の兵士を殺したことがありますか」

 

 

 先ほどまでとは違う種類の静寂が訪れた。

 

 今度は誰も驚かなかった。

 むしろ皆が聞きたかったことを代弁したような空気だった。

 

 俺は少しだけ考える。

 嘘をつく意味はない。

 

 

「あります」

 

 

 教室の何人かが息を呑んだ。

 

 

「そうですか」

 

 

 黒髪の少女は静かに頷く。

 

 

「では、その時どう思いましたか」

 

 

 その問いに、今度は即答できなかった。

 

 戦場。

 

 銃声。

 

 砲撃。

 

 悲鳴。

 

 泥。

 

 血。

 

 死体。

 

 様々な光景が頭を過る。

 

 俺はしばらく黙ったあと、小さく答えた。

 

 

「何も」

 

 

 少女の眉が僅かに動く。

 

 

「何も?」

 

 

「分からない」

 

 

 自分でも驚くほど平坦な声だった。

 

 

「考える余裕なんてなかった。死にたくなかった」

 

 

 再び静寂が訪れた。

 今度は誰も質問を続けなかった。

 

 しばらくの間、誰も口を開かなかった。

 

 先ほどの少女も、それ以上追及するつもりはないらしい。

 

 教室全体が沈黙に包まれる。

 やがて、後方の席からおずおずと手が挙がった。

 

 

「あ、あの……」

 

 

 薄桃色の髪に、丸みを帯びた角。

 他のほとんどの学生とは違い、彼女に翼はなく、代わりに獣の耳が生えている。

 どこか小動物めいた雰囲気があった。

 

 

「人間って……何を食べるんですか?」

 

 

 教室中が一瞬固まった。

 

 そして何人かが、「あっ」という顔をする。

 

 どうやら、聞きたかった者は意外と少なくなかったらしい。

 俺は思わず瞬きをした。

 

 

「えっと、そうですね……」

 

 

 少女は慌てて両手を振る。

 

 

「変な意味じゃなくてですね!」

 

 

 もう十分変だと思う。

 

 

「授業で習った内容が色々ありまして……」

 

 

 嫌な予感がした。

 

 

「例えば?」

 

 

「家畜とか」

 

 

「食う」

 

 

「ですよね。なら魚も」

 

 

「はい」

 

 

「野菜も!」

 

 

「はい」

 

 

 少女は一生懸命頷いている。

 そして意を決したように尋ねた。

 

 

「その……魔族も食べますか?」

 

 

 教室が再び静まり返った。

 

 今までの常識をぶち壊そうとする質問を前に、俺は数秒考えた。

 

 

「ちょっと待ってください、逆に食べれると考えているのですか?」

 

 

「でも教科書には、そういう事が書かれているの――」

 

 

「それは……デマです!人間はそういうのを食べませんよ」

 

 

 妙な勘違いをされたままだとヤバい!ということで、思わずそう返してしまった。

 

 その直後、別の少女が勢いよく手を挙げた。

 

 

「はい!翼が無いのにどうやって木に登るのですか?」

 

 

「木?」

 

 

「はい!」

 

 

「手や足を駆使して気合で登ります」

 

 

「そうするんだ?!」

 

 

 なぜそんなに驚く。

 

 

「なら、山は?」

 

 

「自分の脚で登る」

 

 

「崖は?」

 

 

「よじ登る。ロッククライミングを駆使して」

 

 

「翼なしで?!」

 

 

「ほとんどの人間は飛べないので、そういう技術に頼る他ないんですよ!」

 

 

 少女は衝撃を受けたように椅子へ崩れ落ちた。

 

 

「人間、面白いね!」

 

 

 うーん、これはなんだ?好意的に解釈してくれたのかな……。

 ひとまず、いい方向に転がっていてくれてることを願うばかりである。

 

 窓際の席から小さな笑い声が聞こえた。

 気付けば、先ほどまでの張り詰めた空気はかなり和らいでいる。

 

 生徒たちの視線も、心なしか少し変わっているように思えた。

 観察するような目。

 理解しようとする目。

 少なくとも、最初のような化け物を見る目は少なくなっている。

 

 その時、リフレンが手を叩いた。

 

 

「よし」

 

 

 パン、と乾いた音が響く。

 

 

「より彼女の事を知りたければ、今後の学園生活を通して親睦を深めるように。さて、もうやることは終わったからな……本日の軍事・思想教育の授業は、これで終わる。次の教科担任が来るまで、各自で自習しておくように。日直、号令を」

 

 

 とリフレンが言うと、唐突に一番初めに俺に質問してきた生徒が立ち上がり、学友の方にキビキビとした動作で向くと「起立!」と号令を始める。

 とてもお嬢様学校とは思えない授業終了の作法が終わると、リフレンは俺の手を取って教室から連れ出した。




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