少女兵、人外お嬢様学校にぶち込まれる 作:軍事・思想教育総監
たぶん次の話で2話の全体が終わると思います。
タイトルにもあるお嬢様たちと本格的に関わり始めるのは3話以降になりそうです。本当に申し訳ありません。
早く絡ますべきことは理解しているのですが、たった数行で終わらせてしまうには惜しい描写が多いのです。
あと、今回は少し踏み込んだ百合描写を入れてありますので、一応注意喚起しておきます。
「なんか、すごく早く授業が終わりましたね」
教室棟を出て、石畳の通路を歩きながら、横を歩くリフレンに俺は尋ねた。
質問会が終わるや否や授業そのものが終了してしまったため、恐らく10分も授業をしていないだろう。
流石に短すぎる。
そんな問いを聞いたリフレンは、腕を組んだまま小さく頷いた。
「……理由は2つある。まず一つ、単純に軍事・思想教育自体が少なくなったから。もう一つ、それは、君について考える時間を設けるためだ」
「私について、ですか?」
「ああ、いかにも」
彼女は前を向いたまま続ける。
「きっと今頃、生徒達は君について話しているだろう。例えば、君とどう接するか、人間に対する価値観をどうする……とか。彼女らにも、受け入れるための心の準備が必要なのだ」
その言葉を聞き、少しだけ肩の力が抜けた。
正直なところ、俺はもっと露骨に嫌われるものだと思っていた。
それこそ、物でも投げられるかと思った。
だが実際には違った。
驚かれはした。
困惑もされた。
だが少なくとも、教室にいた誰一人として石を投げてはこなかった。
「さてと、これからの行動について指示を行う。まずはイリアス君、君は私と共に行動すること。フランシス、君はイリアス君の教科書類と採寸道具を受領してくるように」
「はい!」
少尉は背筋を伸ばして敬礼すると、そのまま駆け足で別方向へ去っていった。
残された俺とリフレンは、学園の敷地内をゆっくり歩く。
陽光は心地よい暖かさで、芝生の匂いが風に混じっていた。
遠くでは掛け声とともに集団で走る音が聞こえ、どこかの窓から漏れた楽器の音色が耳に入ってくる。
久しぶりに聞く音だった。
「あの建物が教員向けの寮、私はあそこに住んでいる」
彼女が指差した先には、校舎に負けず劣らず立派な建物が建っていた。
白い石造りの外壁に、整えられた花壇。
全ての部屋には広々としたバルコニーが設けられており、花壇やガーデンテーブル・チェアがゆとりをもって置いてあった。
もはや高級ホテルだ。
「先生って、あんなにも良いところに住めるんですか」
「まあね、あそこは学園内居住希望者が住むところで、全員が全員あそこにいるわけでは無いな」
と、本人はさらりと言う。
建物に入り、階段を2階分登る。
「土足厳禁だから、靴を脱いで上がっておくれ」
玄関を潜った瞬間、思わず足を止めた。
天井の高さは、確かに寮のそれだった。
だが、床は磨き上げられ、壁には絵画が飾られている。
家具も充実しており、その一つ一つが職人の手のかかった高級感を醸し出してた。
所見の人に「別荘ですか?それとも寮ですか?」とクイズを出しても、事前知識が無ければほぼほぼ別荘と答えるだろう――そう思えるほどの、充実具合だった。
確かに、軍靴で踏んで良い場所には到底思えない。
こんなみずぼらしい少女兵が居ていい場所にも思えなかった。
恐る恐る靴を脱ぐ。
すると内側に入り込んでいた砂がさらさらと床へ落ちてしまう。
俺は急いで砂を集めようとした。
「気にしなくていい、後で掃除すれば済む話だ」
しかしリフレンは笑って制した。
「まずは風呂に入ってもらう。ついてきてくれ」
と言われたため、もちろんついていく。
脱衣所と浴室は分かれており、凝った造りの鏡枠に大理石を用いた流しの洗面台は、まさにホテルでありそうな豪華さをもの静かに主張していた。
人生で最も豊かな脱衣所に見惚れていると、おもむろにリフレンが上着を脱ぎ始め、それは下着に到達する。
「え?ちょっと待ってください!ま、まさか、一緒に風呂に入るんですか!?」
思わず声が裏返った。
……いや、リフレンが先に風呂に入って、後から俺が入るという事なのかもしれない……そうであれ!
「うむ、いかにも」
リフレンは首を傾げる。
まるで何がおかしいのか分からないという顔だったし、なによりもそう言いながら着々と服を脱ぎ進めている。
「体を洗うぐらい、自分一人でもできますよ」
「……一緒に体を清めるのに理由なんて必要か?」
真顔だった。
この悪魔、本気で言っている。
「まあ真面目な話、君の身体の状況を把握しておきたいからだ」
「……それなら、私だけが脱げばいいのでは?」
「いやいや、裸の付き合いとかいうじゃないか。これから長い時間共に過ごすのだから、お互いに身を清め合うことにより、心理的・物理的な障壁を無くすことは十分に合理的な行動である」
いや、そうなのか?そうなのかもしれない。
未来が見える軍人であり教師でもある人物が言うのだから、何か理屈があるのだろう。
……本当に?出会った初日に洗いっこするのが?
魔族ではそういうものなのだろうか。
文化の違いというやつかもしれない。
とにかく自分を納得させ、彼女と反対の方向を向いて服を脱ぎ始める。
布が剥がれるたびに、身体のあちこちがひりついた。
乾いた汗や泥だけではない。
傷跡も多い。
古い切り傷。
火傷の痕。
砕けた地雷片による裂傷。
どれも、戦争が無ければなかったものだ。
脱いだ衣服を一か所にまとめていると、その内の一枚を突然リフレンが取り上げ、それを凝視しつつ首を傾げる。
「このサラシ、ゲートルじゃないか?」
ゲートルとは、足首に巻く包帯のようなものだ。
足の疲労を和らげる効果があったり、負傷した際には包帯代わりに使うことがある。
「はい。捕虜になった時に取られてしまいまして……それ以来、ゲートルで代用してきました」
そう言うと、彼女は少しだけ黙った。
「なるほど、そうかー……」
先ほどまでの軽い調子ではなく、どこか沈んだ声だった。
察してくれたのだろうか。
「頑張ってたんだねぇ、それこそ死に物狂いで」
ゲートルから俺に目線を移すと、彼女はぽつりとそう呟く。
その言葉に返事はできなかった。
頑張ったというより、生き残るしかなかっただけだからだ。
「ん」
不意に頭へ手が伸びてくる。
大きくて温かい手だった。
「肌も髪もボロボロ……」
指先が髪を梳く。
優しい手つきだった。
胸の奥が妙に落ち着かない。
「でも大丈夫、私が使うシャンプーやリンスは体に良いものだからな」
そう言って彼女は少し得意げに笑った。
まるでお気に入りの品を自慢する子供のような顔だった。
浴室に二人して入ると、まずはリフレンがシャワーを用いて俺の身体を熱い湯で流した。
「はい、これがシャンプー」
後ろから容器を差しだされ、それを受け取った俺は1プッシュ分だけ受け取って、後ろに戻す。
もちろん自分の手で髪を洗うが、後ろにいるリフレンも俺の頭をゴシゴシと洗う。
髪の次は体だ。
ボディタオルに花系のいい匂いがするソープを沁み込ませ、前面は俺、背面はリフレンという体制で念入りに磨いていく。
「いいねえ、汚れがどんどん落ちていくよ」
と言いながら、彼女は俺の横腹や脇をゴシゴシと洗う。
一通り泡まみれになると、シャワーを掛けられ全て流された。
俺が終われば、今度はリフレンの番となる。
先程まで俺に行われたのと同様の工程を、リフレンに行うのだ。
そこで一つ問題が起きた。
それは、翼である。
俺のような人間には翼なんてついてないので、こういうデリケートな場でどのように扱えばいいのか分からなかったのである。
「あのっ、すみません。翼は一緒に洗っても大丈夫ですか」
「頼む」
と言うと、彼女は先別れする枝のような翼をM字に広げる。
俺は立ち上がり、ボディタオルを念入りに擦り付けた。
剣先のような先端から、腰元の付け根まで、洗い残しが無いように丁寧に汚れを落としていった。
「やっぱり風呂は良いねぇ。心も体も清める」
湯気の向こうで、リフレンが満足そうに呟く。
確かに、と思う自分がいた。
少なくとも今この瞬間だけは、地雷原も、捕虜収容所も、戦争も、少しだけ遠い場所の出来事に思えた。
――
―
――
「髪を乾かすから、そこの椅子に座ってくれ」
彼女の下着と運動着を譲り受けてそれらを着込んでいると、洗面台前に置いてある椅子に座るよう促される。
何をするのだろうかと訝しながら椅子に座る傍ら、上機嫌な様子のリフレンは、棚の上から奇妙な機械を取り出した。
片手で持てるほどの大きさで、先端には筒状の口が付いている。
間違いなく武器ではないのだが、見たこともない。
「これはドライヤーといってな、風を送る機械だ」
「風を?」
「うむ」
そう言うなり、機械が低い唸り声を上げた。
次の瞬間。
暖かい風が後頭部に直撃する。
「うわっ」
思わず後ろを振り返った。
だが、リフレンは気にした様子もなく、髪へ手を入れながら風を当て続ける。
「便利だろう?魔法よりも」
「便利というか……文明を感じます」
「なんだその感想は」
彼女は笑った。
柔らかな風が濡れた髪を揺らす。
指先が時折頭皮に触れる。
妙に落ち着かない。
だが嫌ではなかった。
こんなふうに誰かに世話を焼かれること自体、何年ぶりなのか分からない。
その時だった。
ぐぅぅぅぅぅ……
ドライヤーの轟音を貫通する間抜けな音が脱衣所に響く。
「……まあ確かに、腹が空くよなぁ……。そうだ、バルコニーに行ってくれないか」
「はい、分かりました」
リフレンは苦笑しながら立ち上がると、俺よりも早く歩いて台所横の戸棚に向った。
物をかき分ける音が数刻聞こえてきた後、彼女は銀色の盆を持って向かってくる。
ガラスコップに泡立つ水色の液体。
そして、小さな茶色い塊が銀色の盆の上に乗っかっている。
「チョコレートとサイダーを召し上がれ」
目の前へ差し出される。
その瞬間、二つの異なる甘い香りが鼻腔をくすぐった。
ふと、目の前にいる彼女に目を向ける。
両手で頬杖をつていて、口元は笑っているのに、どこか様子がおかしい。
細められた瞳がじっとこちらを観察していた。
まるで実験結果を待つ研究者か、あるいは獲物の反応を窺う捕食者か。
「……」
「……」
嫌な予感しかしない。
「大丈夫だよ、遠慮せずお食べ」
その言葉に促されるように、皿の上に綺麗に砕かれた板型チョコレートを一つ摘まむ。
恐る恐る口へ入れる。
甘い。
脳が停止した。
甘い。
とにかく甘い。
舌の上で溶ける。
砂糖の味がする。
甘い。
「どうだね?」
期待に満ちた声。
「おいしいです」
それしか言葉が出なかった。
「そうだろう、そうだろう」
なぜか得意げだった。
そのままサイダーへ口を付ける。
雪のような冷たさと炭酸の弾ける感覚が口内で化学反応を起こし、ありのまま脳に伝わったそれは、ハンマーで叩いたような衝撃をもたらした。
いつ以来だろう。
こんなものを口にしたのは。
思い出そうとしても思い出せない。
「もうそろそろだな」
全部食べ終える頃、腕時計を見ながら、彼女は含みのある言い方でそう呟く。
その時、ノックの音が響いた。
「フランシッスキーニ少尉、入ります!」
「入れ!」
扉が開くそこには、紙束や箱を抱えた少尉がいた。
持ち物を傍らに置き、腰を下ろして靴を脱ぐと、もう一度荷物を持ってバルコニーにいる俺らの元へ歩いて来る。
そして風呂上がりの俺を見るなり、一瞬だけ目を丸くする。
「おお」
「どうしました?」
「いえ、だいぶ印象が変わったなと」
風呂に入っただけで、そんなに変わるものだろうか。
「よし、イリアス君。ただいまより君の寸法を測るから、立っておくれ」
リフレンに言われ、椅子から立ち上がると、少尉が手慣れた様子で採寸用の紐を取り出した。
肩。
腕。
胸囲。
腰。
脚。
次々と数字が記録されていく。
「いやー、細いですねー」
少尉が思わず呟いた。
少し恥ずかしい。
だが否定もできない。
「栄養が足りてないんだ。ここで過ごせば、じきに適正な体形を取り戻すだろう」
リフレンは当然のように言った。
まるで既にそうなる未来を知っているかのように。
やがて採寸が終わる。
「よし、完了。それではフランシス、私はイリアスと共に学園を巡るから、彼女の制服の受領を頼むぞ」
「はい、分かりました」
少尉は軽く頭を下げると、再び部屋を後にした。
「ではイリアス君、行こうか」
立ち上がるリフレンに続いて階段を下りる。
入ってきた時とは違う玄関を潜ると、そこには10数台分の駐車場があり、高級車から軍用ジープまで、様々な車が空きなく停まっていた。
「えーっと、これだ。これに乗るぞ」
そう言って彼女が指さした先にあるのは、オープン仕様の軍用ジープだ。
悪魔帝国軍で広く使われているタイプのもので、俺のとっては良くも悪くもなじみ深い車だった。
「さっきの車ではないのですね」
思わず尋ねる。
「こっちの方が小回りが利くからな。それに、花々の香りを感じながら風に当てられるのも悪くはないだろう?」
そう言って彼女は運転席へ腰を下ろした。
確かにそうだ。
火薬の臭いよりは、ずっと良い。
そう思いながら、俺も助手席へ乗り込んだ。
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