少女兵、人外お嬢様学校にぶち込まれる   作:軍事・思想教育総監

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文字数だけなら1話を上回る第2話、ようやく全体が完成しました。




02:少女兵、人外お嬢様学校にぶち込まれる【後】

 ジープは低い唸り声を上げながら、真新しいコンクリート塗装の道路をゆっくりと進んでいた。

 

 屋根のない車体へ風が流れ込み、乾ききった髪を揺らす。

 先ほど風呂へ入ったばかりのためか、吹き付ける風が、より一層心地良く感じられた。

 ふと横に目線を向けると、運転席にてハンドルとギアレバーを握るリフレンも、上機嫌そうに鼻歌を歌っている。

 

 教師寮から少し離れると、周囲の景色が大きく変わった。

 

 校舎や寮だけではない。

 悪魔帝国女学院は、一つの街そのものと言っても過言ではないと実感させられた。

 手入れの行き届いた並木道が続き、その左右には様々な建物が建ち並んでいる。

 中には四階建てほどある巨大な建築物もあり、その全てがレンガや石材をふんだんに使った重厚な造りだった。

 

 

「広いですね……」

 

 

 思わず呟く。

 するとリフレンが得意げに胸を張った。

 

 

「だろう?敷地面積だけなら、地方都市にも負けんぞ」

 

 

「……本当に学校ですよね?」

 

 

「うん、全部学校だよ」

 

 

 彼女は即答した。

 わざわざ全部という言葉を用いて強調するあたりが何らかの含みを感じたが、余計な詮索は身を亡ぼす気がしたので止めた。

 単純に考えすぎなのかもしれない。

 

 緩やかな坂道を登ると、大きな広場の隣に出る。

 中央には噴水があり、噴水の周辺には花壇が設置されていて、色とりどりの花が咲き誇っていた。

 

 その周囲では制服姿の少女たちが談笑しており、さらにその向こうでは、翼を広げた少女たちが空中で何か競争をしている。

 

 

「あれは何をしているのでしょうか?」

 

 

「んー、休み時間だし、遊んでるんじゃないかな」

 

 

 ジープはなおも走る。

 

 今度は大きな温室が見えてきた。

 全面がガラスで作られており、中には見たこともない植物が生い茂っている。

 

 

「あれは?」

 

 

「植物学研究棟。薬草や希少植物を栽培している」

 

 

「研究所みたいですね」

 

 

「実際、研究所でもあるな。あそこには、卒業後学者になった者も出入りしているぞ。一生の付き合いって者も、そう珍しくはない」

 

 

 なるほどと感心していると、突然奇妙な音が聞こえてきた。

 金属音の後、何かが爆発する音。

 

 

「っ!?」

 

 

 思わず身構える。

 だがリフレンは笑った。

 

 

「安心しろ、ここは戦場ではない」

 

 

 彼女が指差した先には、巨大な工房らしき建物があった。

 煙突が何本も突き出ている。

 

 

「あれは魔導工学棟。魔道具を研究したり製造したりしている」

 

 

「学校ですよね……?」

 

 

「学校だとも」

 

 

 二回目だった。

 もう何を見ても驚かないようにしようと決意する。

 しかし次の瞬間、その決意は砕け散る。

 

 

「見たまえ、あれが我が国が誇る大図書館である」

 

 

 白い石造り壁に、高くそびえる尖塔。

 そして、中央にはドームが設けられている。

 

 その規模感は、高等部校舎すら小さく見えるほどだった。

 

 

「あれが図書館……?」

 

 

「いかにも。旧魔王城が転移する際に元々あった書物を全てあそこに移管したからな。この帝国で最も本を持っている図書館が、あの悪魔帝国女学院学園大図書館だ。……よし、せっかくだし寄っていこう。あそこに知り合いがいるんだ」

 

 

 そう言うとリフレンはハンドルを切り、大図書館へ向かってジープを走らせた。

 

 巨大な階段の前で車を停める。

 見上げる先には、知識の宮殿と呼ぶに相応しい建物が静かに佇んでいた。

 

 ジープを降りる。

 

 階段の前に立った瞬間、その大きさを改めて実感した。

 

 高い。

 とにかく高い。

 校舎も大きかったが、こちらはまた別種の威圧感がある。

 

 一歩を踏み出すことを躊躇する俺を傍らに、リフレンは慣れた様子で階段を上っていく。

 俺も後を追った。

 

 巨大な両開きの扉は人一人分だけ開放されており、中へ入るとひんやりとした空気が頬を撫でる。

 

 そして――思わず足が止まった。

 

 高い天井に、吹き抜け構造。

 何層にも渡って設けられた回廊に、その全てを埋め尽くすように本棚が並んでいる。

 

 時折、生徒らしい少女が本を抱えて通り過ぎるし、小さな声も聞こえる。

 だが誰も大声では話さない。

 

 紙、革装丁、古いインクの匂い――それらが混ざり合い、単に音がないだけではない不思議な静寂を作り出していた。

 

 まさに神殿。

 知識を祀る神殿。

 そんな言葉が頭をよぎる。

 

 

「どうだ?」

 

 

 リフレンが横から尋ねてくる。

 

 

「……すごい」

 

 

「ふふ」

 

 

 彼女は少しだけ笑った。

 

 ふと視線を上げる。

 

 二階部分の回廊では、数人の生徒が机に向かって勉強していた。

 中には翼を畳んだまま居眠りしている者もいる。

 

 平和だ。

 それが率直な感想だった。

 

 

「こっちだ」

 

 

 リフレンは奥へ進む。

 本棚の森を抜けると、受付らしき場所へ到着した。

 

 そこには一人の魔族の女性がいた。

 

 顔つきを見るに、それほど歳は食っていないよう思えた。

 

 長いダークグリーン色の髪。

 片眼鏡。

 黒いローブ。

 尖った耳に角。

 机に山積みになった本。

 それを覆うように力なく横たわる翼。

 そして、その中央に埋もれるように座りながら、一冊の本を読んでいた。

 

 俺たちが近付いても顔を上げないどころか、視線すら動かさない。

 ただ、ページをめくる音だけが聞こえる。

 

 

「やあ」

 

 

 リフレンが遠慮がちに声を掛ける。

 

 

「……」

 

 

 反応なし。

 

 

「相変わらずだな」

 

 

 そう言いながら、リフレンは受付机を軽く撫でた。

 

 すると、ようやく女性が顔を上げる。

 紫色の瞳だった。

 だが、その目には歓迎も驚きもなかった。

 

 

「何の用?」

 

 

 抑揚のない声。

 

 

「新入生を連れてきた」

 

 

「そう」

 

 

 終わった。

 

 本当にそれだけだった。

 

 女性は再び本へ視線を戻す。

 

 

「いやいや、もう少し反応があるだろう?」

 

 リフレンが苦笑する。

 

 

「ない」

 

 

「人間だぞ?」

 

 

「だから?」

 

 

「捕虜だぞ?」

 

 

「そう」

 

 

 比喩でも何でもなく、本当に興味がゼロといった様子で、正直驚きを隠せない。

 間違いなく、あの教室の生徒たちの方が百倍は反応していただろう。

 ゼロに何かけてもゼロというツッコミは野暮か。

 

 

「彼女の名前はイリアス・チューリタ。イリアスの方が名前で、種族は人間。少女兵で捕虜となり、今朝まで賠償労働に従事していた。そんな彼女は、今日からこの学園の生徒になる」

 

 

「そう」

 

 

「彼女の紹介は以上である」

 

 

「なら帰って」

 

 

 女性は本をめくる。

 本当に終わったらしい。

 

 

「えーっと……」

 

 

 思わず声が出た。

 

 

「何?」

 

 

 女性が初めて俺を見る。

 

 

「その……驚かないんですか?」

 

 

「別に」

 

 

 即答だった。

 

 

「人間だから?捕虜だからって?そんなの、私からしたら正直どうでもいい」

 

 

「……」

 

 

「私、人間も魔族も区別しない。本のためなら」

 

 

 女性は淡々と言う。

 

 

「本を読むのなら利用者。読まないのなら利用者予備軍。それ以外の分類はしていない」

 

 

 その理屈は初めて聞いた。

 どうやら独特な感性を持っているらしい。

 自分のためにも、彼女のためにも、大人しく穏便に済ませるのが吉だろう。

 

 

「で、あなたは何をしに来たの?」

 

 

 

「えっと、リフレン名誉大佐殿に連れてこられたと言いますか……」

 

 

 

「そう、本は読む?」

 

 

「あ、まぁ、徴兵前は……自分、元々読書が好きでしたから」

 

 

「じゃあ利用者」

 

 

 よく分からないが、確定したらしい。

 今後は図書館利用に際して特典が付いてくるとか、そういうのがあると有難いのだが……。

 

 

「ちなみに彼女は」

 

 

 リフレンがおもむろに話に割って入る。

 

 

「この図書館の司書長にして、帝国屈指の魔法使いだ。名をクトーソッキと言う」

 

 

「なるほど」

 

 

「あと、彼女の生活は全て図書館の中で完結している」

 

 

「余計なこと言わないで」

 

 

 クトーソッキと言われた女性が、初めて表情を変えた。

 

 

「面倒だから」

 

 

「何がです?」

 

 

「全部」

 

 

 その一言で説明が終わった。

 恐らく彼女は、自分の趣味以外人間全く興味が沸かないタイプなのだろう。

 

 不思議なことに、不快感は感じなかった。

 

 彼女は俺を特別扱いしない。

 

 捕虜だからでもなく、人間だからでもなく、哀れむ訳でもない。

 怖がる訳でもない。

 ただ興味がない、それだけだった。

 今まで出会った誰よりも、自然で純粋な反応に見て取れた。

 その一貫した姿勢が、一周回って誠実に思えたのかもしれない。

 

 

「さて」

 

 

 リフレンが踵を返す。

 

 

「顔見せも終わったことだし、次へ行こうか」

 

 

「どこへです?」

 

 

「君の今後について説明しながら行こう」

 

 

 そう言って彼女は出口へ向かって歩き出した。

 その背中を追いながら、俺は一度だけ振り返る。

 

 司書の魔法使いは既にこちらを見ておらず、再び本の世界へ戻っていた。

 まるで最初から俺など存在しなかったかのように。

 

 だが、不思議と嫌な気分はしなかった。

 

 むしろ、少しだけ安心している自分がいた。

 この学園には、リフレンのような人もいれば、ああいう人もいるらしい。

 そう思いながら、俺は静かな図書館を後にした。

 

 図書館を後にした俺たちは、再びジープへ乗り込んだ。

 今度は校舎群から少し離れた丘の上へ向かうらしい。

 

 眼下には学園の全景が広がっていた。

 

 赤い屋根。

 白い石造りの建物。

 緑豊かな庭園。

 遠くには飛行訓練を行う生徒たちの姿まで見える。

 まるで一つの王国だった。

 

 ジープを停めたリフレンは、エンジンを切る。

 

 静寂が訪れた。

 風が吹く。

 花の香りがする。

 しばらく彼女は景色を眺めていた。

 

 そして、不意に口を開く。

 

 

「さて、今後について話そうか」

 

 

 どこか教師らしい声だった。

 俺は自然と背筋を伸ばす。

 

 

「はい」

 

 

「まず結論から言う」

 

 

 彼女は指を一本立てた。

 

 

「明日から、授業へ参加してもらう」

 

 

 やはり、そうなるらしい。

 

 

「高等部一年一組だ」

 

 

「大丈夫なんでしょうか」

 

 

 思わず聞いてしまう。

 自分でも情けない質問だと思った。

 だが不安だった。

 

 戦争しか知らない自分が。

 文字通り昨日まで地雷原を歩いていた自分が。

 あの教室へ混ざって良いのだろうか。

 

 

「何がだ?」

 

 

「全部です」

 

 

 俺は正直に答えた。

 

 

「勉強もですし、人付き合いもですし」

 

 

 一度言葉を切る。

 

 

「そもそも、私は……」

 

 

 そこで言葉が詰まり、続きが出てこない。

 捕虜だから?人間だから?敵国出身だから?

 色々な言葉が頭に浮かぶが、口にはできなかった。

 

 そんな俺を見て、リフレンは少しだけ笑う。

 

 

「難しく考えすぎだな」

 

 

 そう言いながら空を見上げる。

 

 

「授業については心配いらない。足りない部分は後から補えばいい」

 

 

「ですが――」

 

 

「君は今まで戦ってきた。生きるためにな」

 

 

 その一言で言葉が止まる。

 

 

「今度は、生きるために学ぶのだ」

 

 

 風が吹いた。

 髪が揺れる。

 

 

「勉強というのはな、最初から完璧である必要はないんだ」

 

 

 彼女は肩を竦めた。

 

 

「私など士官候補学生時代、国語科目で何度も赤点を取りかけた」

 

 

「えっ」

 

 

「本当だ」

 

 

「未来が見えるのに?」

 

 

「未来が見えても、文章の意味は解いてくれん。未来は答えを教えてくれる訳ではないのだ」

 

 

 妙に説得力があった。

 俺は少しだけ笑う。

 すると彼女も満足そうに笑った。

 

 

「それに人付き合いも同じだ」

 

 

 リフレンは続ける。

 

 

「最初から友人を作れとは言わん」

 

 

「はい」

 

 

「まずは顔と名前を覚えることだ」

 

 

「顔と名前」

 

 

「うむ」

 

 

 彼女は頷く。

 

 

「一人でも二人でも良い、会話をしてみろ。いや、むしろあの子達側から話しかけて来るだろう。全員が全員、人間が嫌いという訳では無いからな」

 

 

「もし嫌われたら?」

 

 

 その問いは思ったよりも小さな声になった。

 リフレンは即答しなかった。

 

 少し考える。

 そして静かに言った。

 

 

「その時は、その時かな……」

 

 

 予想外の答えだった。

 

 

「まず大前提として、全員に好かれる者など存在しない」

 

 

 彼女は笑う。

 

 

「私だって、心当たりがあるだけでも何人かに嫌われているぞ」

 

 

「そうなんですか?」

 

 

「そりゃあもう……うん……だ、だがな」

 

 

 そこで彼女の表情が少しだけ真面目になる。

 

 

「嫌われることと、受け入れられないことは別だ」

 

 

 その言葉の意味を考える。

 だが答えは出なかった。

 

 リフレンは眼下の校舎群を見る。

 

 

「時間は掛かるだろう」

 

 

 そして続けた。

 

 

「だが少なくとも、今日の教室を見る限り、絶望する必要はない」

 

 

 俺も同じ方向を見る。

 確かにそうだった。

 驚かれたし、困惑もされた。

 だが、石は飛んでこなかった。

 罵声も無かった。

 

 それだけでも十分なのかもしれない。

 

 

「まあ」

 

 

 リフレンは立ち上がる。

 

 

「何にせよ、明日から忙しくなる」

 

 

「そうですね」

 

 

「授業に参加し」

 

 

「はい」

 

 

「制服を着て」

 

 

「はい」

 

 

「宿題に苦しむ」

 

 

「……はい」

 

 

「実に学生らしい」

 

 

 彼女は楽しそうに笑った。

 そしてジープへ向かって歩き出す。

 

 

「さあ戻ろう。そろそろ制服の受領が完了している頃だ」

 

 

「はい!」

 

 

 俺はその背中を追う。

 

 胸の奥には、少しだけ温かいものが残っていた。

 希望と呼ぶにはまだ小さい。

 けれど昨日までの自分には無かった感情だった。

 

 だからこそ余計に怖い。

 もし期待して。

 もし信じて。

 その先で全てを失ったらどうなるのだろう。

 

 そんな考えが頭をよぎる。

 

 それでも足は止まらなかった。

 ジープへ乗り込む。

 エンジンが唸りを上げる。

 悪魔帝国女学院の街並みが、再び動き始めた。

 

 

 

――

 

 

――

 

 

 

 寮へ戻った頃には、太陽は少しだけ傾き始めていた。

 

 人生の中でも特に激動の一日だった。

 

 朝は捕虜だった。

 昼には学園へ連れて来られた。

 そして今、自分は元帝国の士官の一室にいる。

 

 あまりにも色々なことが起きすぎて、正直頭が追いついていない。

 もしも昨日の自分に今日起きることを伝えたら、間違いなく頭がおかしくなったと思うだろう。

 そんなことを考えていると、玄関の方から聞き覚えのある声が響いた。

 

 

「フランシッスキーニ少尉、入ります!」

 

 

 フランシッスキーニ少尉だった。

 リフレンが「入れ」と返事をすると、少尉は靴を脱いで室内へ入り、両腕に抱えていた箱をテーブルの上へ置いた。

 

 

「制服一式、受領してきました」

 

 

「ご苦労。よくやった」

 

 

 リフレンは満足そうに頷く。

 

 

「ではイリアス君、開けてみるといい」

 

 

 言われるまま蓋を開ける。

 中には綺麗に畳まれた制服が入っていた。

 

 紺色の生地。

 赤いネクタイ。

 金色の装飾。

 教室で見たものと同じだ。

 

 ただし、翼を持たない人間用に調整されているらしく、背中部分に切れ込みは無かった。

 

 

「これを着るんですね……」

 

 

 思わず呟く。

 なんというか、現実感が無かった。

 あの制服は教室の少女たちが着るものであって、自分には関係のない物だと思っていたからだ。

 

 

「当然だろう?」

 

 

 リフレンが首を傾げる。

 

 

「明日から授業へ参加するのだから」

 

 

 まるで当たり前の話だった。

 

 

「よし、じゃあ早速試着してみてくれ」

 

 

 促され、制服を持って別室へ向かう。

 

 着替えそのものは難しくなかった。

 サイズも驚くほど正確だった。

 どうやってこんなにもジャストフィットするものを持ってきたのか疑問に思ってしまうほどに。

 

 最後にネクタイを締めると、ふと鏡を見る。

 

 そして固まった。

 

 見慣れない少女が映っていた。

 金色の髪。

 眼帯。

 まだ少し痩せている身体。

 

 だが軍服ではない。

 汚れた作業着でもない。

 

 そこにいるのは、悪魔帝国女学院高等部の制服に身を包んだ自分だった。

 

 幾分かは場違い感が薄れたように我ながら思う。

 自分で言うのもだが、案外似合っているようにも見えた。

 

 恐る恐る居間へ戻る。

 

 

「おお」

 

 

 最初に声を上げたのはフランシス少尉だった。

 

 

「良いですね」

 

 

「そうでしょうか」

 

 

「ええ」

 

 

 少尉は素直に頷く。

 

 

「先程まではまだ少女兵という印象でしたが、今は学生に見えます」

 

 

 すると、ソファに座っていたリフレンも立ち上がった。

 

 

「うむ」

 

 

 一歩近付く。

 そして顎に手を当てながら観察する。

 

 

「似合っているな」

 

 

 との一言だった。

 

 俺は素直に嬉しかった。

 胸の奥が少しだけ温かくなる。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 小さく礼を言う。

 リフレンは満足そうに頷いた。

 

 

「これで最低限の準備は整った」

 

 

 窓の外へ目を向ける。

 夕日が差し込み始めていた。

 

 

「明日から君は授業へ参加する」

 

 

 静かな声だった。

 

 

「勉強もする」

 

 

「はい」

 

 

「友人も出来るかもしれない」

 

 

「はい」

 

 

 リフレンは笑い、夕日が彼女の横顔を照らす。

 手の届かない眩しさがそこにあるように思えた。

 

 

「君は今まで生き延びることだけを考えてきた」

 

 

 その通りだった。

 明日のことなど考えたことがない。

 次の食事、次の任務、次の地雷、それだけだった。

 

 

「だから今度は、その先を考えればいい」

 

 

 優しい声だった。

 

 

「明日でもいい、明後日でもいい。一年後、十年後もいいだろう」

 

「はい」

 

 

「何になりたいか、何をしたいか、ここではゆっくりと考えることができる」

 

 

 そう言って彼女は窓の外を見た。

 

 胸が少しだけ痛む。

 

 その言葉が嬉しかったからだ。

 ……いや、嬉しいと思ってしまったからか。

 

 そして同時に、怖かった。

 

 希望を持つことが。

 未来を考えることが。

 戦時では、尚の事それらは簡単に壊れるものだった。

 

 期待した者から死んでいった。

 夢を語った者から消えていった。

 だから信じない方が楽だった。

 最初から何も期待しなければ、傷付くものは少なくなる。

 

 けれど――。

 

 窓の外では、生徒たちが寮へ帰っていく姿が見える。

 

 ある者は笑いながら、まだある者は友人と話しながら。

 

 明日の予定を語りながら、当たり前のように未来を前提として生きている。

 

 その光景から目を逸らせなかった。

 

 もしかしたら。

 本当に、もしかしたら。

 自分もあちら側へ行けるのだろうか。

 

 そんな考えが頭をよぎる。

 だが、その答えはまだ分からない。

 

 夕焼けに染まる窓の向こうを見つめながら、俺はそっと制服の裾を握り締めた。

 明日から始まる新しい日々への期待と不安を、どちらも抱えたまま。




覚悟はしていましたが、やはり評価がジワジワ下がっていって心に来るものがありますね……。

ここまで読んでくれてありがとうございました!
モチベーションの回復に直結しますので、高評価、お気に入り、感想お願いします!すごく励みになります!
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