あの害虫に食われて、アタシは死んだ筈だった。
でも声が聞こえたから、アタシは目を開けた...あの、落ちぶれたアタシを嘲笑い、忌々しい家族の声が、聞こえたから。そしたら、ボニャテッリ家のヴァレンチーナに、戻ってた。ただの生娘で恐怖に震えてた、あの頃に。そして成長し、私はまたアンダーボスの立場になった。でも、前の時ほどは嬉しくなかった。一度だけ齧った果実の味は、二度目はアタシが思ったほど美味しくなかった。なにかが、足りなかった。前の時みたいに父上や母上、滅多なことじゃ褒めないお祖父様にも褒めてもらえた。あの時、害虫にあいつが殺されて以来、アタシは狂っちまった。
前の時、あの家では、アタシは道具だった。「ヴァレンチーナ」、そう呼んでくる父上や母上、そしてお祖父様の声が怖かった。いつも、私のことをボロ雑巾みたいにするまでパレルモ剣術を指南してくる父上やお祖父様、礼儀を指導してくる母上。それが、憎くて憎くて、憎もうとしても、恐怖で身体が強張って、結局は憎めなかった。でも、感情は燻ってたからいつか、絶対に見返してやるって。あいつらを顎で使える立場になってやろうって、そればっかりを考えてた。でも、たまに褒められる時があった。パレルモでも、礼儀だとしても。その度に、私は今までのことを忘れたみたいに、嬉しくなった。そんなので母上や父上、お祖父様への怨みは無くならないけど。でも今だから...一度死んで、なぜかは知らないが時間が戻った今なら、分かる。私は結局、ずっと子供だった。ボニャテッリ家に縋り、アンダーボスという立場に縋り...それで、実力だけはあの家でも上から数えた方が早かったから、結局蜘蛛の巣に左遷された。結局、私は足切りにされただけだった...私は、捨てられることに耐えきれなかった。だから酒に走り、自分を壊して、あいつに当たった...あいつにしたことは、母上や父上、お祖父様が私にしたこと、そのものだったのに。あの恐怖は、私も知っている筈なのにそれを振りかざした。あいつに捨てられることにも、耐えられなかったから、せめて憎しみだとしてもアタシのことを想っていれば欲しくて、だから家族と同じことをした。結局、あいつにも縋っていただけだった。あいつもアタシに縋ってたから、結局は似た者同士だった。親指親方と子方で、あいつの師匠ってだけの、それだけの関係だと思ってた。あの害虫に、あいつが殺されるまでは。最近じゃ、部下にまでもあいつのことを聞かれるようになった。心臓をバクバクさせながら理由を聞いたら、私が魘されてたからだと。それも凄い苦しそうで、寂しそうって。私の譫言は、どうやら私の部下内という範囲ではあるが、知られていることらしい。そして、私の心が、また...あいつが害虫に殺された時以来、壊れかけた。善意の、提案だったんだろう。それほどまでに、そいつの瞳越しに見える私の姿は、酷かった。
「ヴァレンチーナ様、ルチオというものを、殺害すれば良いのでは?」
そんな一言で、アタシは過呼吸になった。必死に息を吸って、肺がなんとか空気を身体に回して、なんとか言葉を吐き出す。いや、それは最早言葉とは言えないほど崩れた音だった。
「...出ていけ、早く。下顎を砕いて、舌を切り落とすように」
そんな、言葉になってない、言葉しか、言えなかった。あいつを探さない理由は、今まで沢山あった。あいつが、本来の家族と幸せだったら私は関わる理由なんてないから。私のことを恨んでいるだろうから。そんな、私の保身に走った理由だった。でも...やっぱり、あいつがいないと、寂しかった。蜘蛛の巣では、基本的に一緒だったから。きっと、あいつは、俗に言う良い息子だったんだろう。あいつがいたら、あのクソみたいな場所でも、楽だったから。でも、アタシは...私は、駄目な母親だった。あいつから、'母親'と呼ばれることが、怖かった。普通の母親に、幻想を抱いてたから。良秀がアラヤとかいうガキを育てて始めた時にアタシが感じたのは、アラヤへの嫉妬だった。
私が家族に優しくされたことがなかったから。母親から怒鳴られることもない環境が羨ましかった。
そして、あいつを拾った後は、良秀に嫉妬した。アラヤみたいにに、あいつは我儘を言う事が無かった。我儘を言って欲しくて何度か聞いても、「毎日寝れて、飯が食えて、死ぬことがない。それだけで十分です、師匠」と言われた。だから、アタシは時々色んなもんをやった。甘いガムとか、飴とか、そういう裏路地じゃ高そうな物を。その度にあいつは、凄い嬉しそうな顔をしてはいた。でも、ビクビクしてた。まるで誰かに取られるかもみたいな顔しながら。そんなあいつの可愛い顔を眺めることが、楽しかった。あの時だけは、私達は親子だったのかもしれない。でも、あいつは害虫に殺された。そしてアタシも、害虫に殺された。気が付いたら、また子供になってて家族に色々なことをまた教えられた。礼儀と、パレルモ。でも、前の時にあらかた覚えてたから、こっちじゃよく褒められた。そして、今でも煙戦争に巻き込まれず、アンダーボスをやれてる。でも、心はあいつにとらわれたままで、ふと気付くとあいつの心配をしてる。母親らしいことは出来てないのに。こんなことを思っても良いのかって、そんな自分がいた。その度に嫌になる。一つだけ頭に願うなら、ルチオが苦しい思いをしませんように。そんなことをいつも私は思ってた。でも、やっぱり都市は都市だった。人に、優しい訳が無かった。