FOX小隊が百鬼夜行で用心棒をするお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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0話 真夜中の陽炎

「はぁ、このホワイトボードも随分汚れてきたわね…あ、青のマーカーペン、インク切れかけてたの忘れてた…はぁ、明日買って来ないと…」

 

「委員長!元気出してくだサ~イ!委員長の元気が無いと私の前口上も上手く決まりまセン!」

 

陽が落ち、虫達が奏でる優しい音色が蒸し暑い空気に溶ける、夏の百鬼夜行の夜。多くの家屋が灯りを消している中、百鬼夜行一の人気を誇る百夜堂の二階だけは、まるで深夜営業をしているかのように煌々と輝いている。そして、そんな明るさに負けない位元気なフィーナの声が部屋中に響き渡った。

 

「そうですよ社長!元気出して下さい!今度の夏祭りが成功するかは私達にかかっているんですから!」

 

フィーナに続き、ウミカもまた、ホワイトボードの前でぐったりとしているシズコに檄を飛ばす。後輩達の言葉で、シズコは俯いていた頭をのっそりと持ち上げた。

 

「ご、ごめんね二人共…でも、さっきまでの銃撃戦で私もうヘトヘトで…二人は疲れてないの?」

 

顔を上げるついでに、爆風のせいでチリチリになった前髪を掻き上げながら、シズコは自分と同じ位ボロボロになっている二人の後輩達を見つめた。

 

「勿論私も疲れていますケド、でもだからといって定例会議を中止する訳にはいきませんカラ!」

 

「私もフィーナちゃんと同じです!今回の夏祭りも以前のお祭りと同様にゲヘナからのお客さん達をお招きするものですから、失敗は許されません!それにお祭りに関わる色んなアレコレを想像するだけで、疲れなんてどこ吹く風です!」

 

「いやぁ、若いっていいねぇ…」

 

来たる祭りに向けて期待をこれでもかと膨らませる二人を見て、シズコはおじさんのような言葉と溜め息を吐いた。

 

「ただ、流石に今日の戦闘は堪えマシタ…魑魅一座があそこまでしつこく攻撃してくるのはフィーナも初めてデス…」

 

目をキラキラさせていたフィーナはそこで僅かに顔をしかめ、頬にできた大きな擦り傷を指先で擦った。

 

「そうだね…やっぱり、今回の新企画が気に入らなかったのかな…」

 

「気まぐれ流は伝統的なお祭り以外は認めない強硬派だからね…うぅ、腰痛い…」

 

撃ち込まれたロケット弾の爆風に吹き飛ばされた衝撃でこれでもかと打ち付けた腰を労るように擦りながら、シズコはホワイトボードの前、くっつけたテーブルの上に所狭しと並べられた書類の中から、一枚の紙を取り出した。彼女が手にしたそれに、フィーナとウミカも視線を移す。

 

 

 

『夏を彩る百鬼夜行夏祭り!それを彩るのは、君かもしれない!?』

 

『お祭りの催し物として、今回は募集式の演劇大会を開催します!事前にエントリーして頂いた方々の中から選考を行い、最終選考に選ばれた方は優勝賞品と共に、お祭り本番に特設ステージにて公演を行って頂きます!演技に自信がある方、皆の前で目立つのが大好きなスター気質の方、内気な自分を変えたい引っ込み思案な方、誰でも大歓迎です!』

 

 

 

シズコの持つ紙には、そんな大見出しと、募集に当たっての要綱が細かく書かれていた。今回の祭りの目玉として、シズコ達お祭り運営委員会は演劇という選択を取っていたのだ。しかしそのせいで魑魅一座に目を付けられ、3人はつい先程まで、お昼に始める予定だった定例会議が深夜までお預けになってしまう程の激闘を繰り広げていた。フィーナに関しては「組織同士の抗争みたいデスッ!」と、嬉しそうにマシンガンを撃ちまくっていたが。

 

「募集式の演劇大会…!お祭りは私達のような運営に当たる生徒や屋台で働く方々だけで作り出すものではなく、それに参加するお客さん全員で完成させるもの。それを体現するような素晴らしい企画です!一体どんな劇がエントリーして来てくれるのでしょうか…!?百鬼夜行らしい、わびさびを感じられるような恋愛ドラマ!?それとも夏の夜にふさわしい、ぞくぞくするような怪談!?それとも血と汗と泥と弾丸が飛び交う青春ドラマ…!?私、ワクワクが止まりません!!」

 

「フィーナはヤッパリ任侠劇が見たいデース!」

 

「二人共、もう夜遅いから静かにね…」

 

再びテンションが上がり始めた後輩達を嗜めるように、シズコは人差し指を口元に近づけた。その時である。

 

ドンドンッ!という音が一階から響いて来た。それに加え、「お願いだっ!開けてくれッ!助けてくれッ!!」という切羽詰まった叫び声が聞こえて来る。ただならぬ雰囲気を感じ取った3人は互いに顔を見合わせた後、急いで1階へと駆け降りて行った。

 

 

 

「あんた、魑魅一座じゃない!懲りずにまた襲撃しに来たの!?」

 

一階の照明を付け、店のガラス戸の向こう側にいる存在を確かめた瞬間、シズコは疲れがこれでもかと混じった怒声を上げた。店の外で必死でガラス戸を叩いているのは他でも無い、ついさっき撃退に成功した魑魅一座を率いていた者だった。

 

シズコは眉間に深い皺を作り、肩にかけた自分の銃を再び手に取った。これ以上この暴れん坊達に付き合っていては、定例会議の時間どころか、自分達の睡眠時間まで削られることになる。それだけは、何としても避けなければ。

 

「…ッ!ち、違う…ッ!私は戦いに戻って来たんじゃないッ!!お願いだ、開けてくれぇッ!!」

 

「絶対に騙されないわよ。今度こそきっちりやっつけるんだから…!」

 

銃口を向けてこちらににじり寄るシズコを見た途端、その生徒は店から離れるどころか、さらに激しく戸を叩き始める。

 

「い、委員長…流石に開けてあげたほうが良いんじゃないでショウカ…?」

 

「そ、そうですよ…。あの取り乱し方、少しおかしいです…。中に入れてあげたほうが…」

 

ウミカの言う通り、助けを乞うその生徒の様子は控えめに言って、異常だった。強化ガラスで出来た戸を叩き割らんとする狼狽えに加え、顔からズレたおたふくのお面から覗く両目は恐怖で歪んでいた。更に何かに追われているかのように、しきりに背後を振り返っては、その度に小さく悲鳴を上げ、顔を引き攣らせてもいる。

 

「いいえ二人共、それは出来ないわ!あれは絶対演技よ!油断させて戸を開けたところを攻撃してくるに決まってるわ!二人共銃を構えて…」

 

そう言いながらシズコが二人に振り返った途端、戸を叩く音が止んだ。シズコは急いで体を戻す。そんな彼女の視線の先には、虚ろな顔を浮かべながら背中から派手に倒れ込んだ生徒の姿があった。

 

『……』

 

不気味な静寂が、3人を包む。

 

「ど、どういうこと…?」

 

不可解な現象に、シズコは得も言われぬ恐怖が全身に昇ってくるのを感じ取った。こちらを油断させて店に突入する作戦だったとしても、あそこまでの演技をする必要があるだろうか。まさか本当に、彼女をあそこまで狼狽えさせた“何か”が迫っていたというのか…。

 

「これは、鈴の音…!?」

 

沈黙を破ったのはウミカのその声と、シャラン…シャラン…という、細い鈴の音だった。そして

 

『ひッ…!』

 

戸の向こう側に突如現れたその姿に、3人は思わず息を飲んだ。白い靄に包まれながら、まるで空気から湧いて出たかのように、紺色の着物を着た少女が、鈴の音を伴いながら倒れた生徒の前に佇んでいた。

 

『ごめんね、驚かせちゃって…。でも、今はどうしても貴女達が必要なの…。貴女達なら、私達のお祭りを思う存分楽しんでくれると思うから』

 

鈴の音に混じって、少女がそう溢すのを、3人は確かに聞いた。少女はその場にしゃがみ込むと、その華奢な体躯に似合わず、気を失った生徒をお姫様抱っこの要領で軽々しく担ぎ上げた。

 

『これで良し…。あとは…』

 

少女は呟くと、今度はガラス戸越しにシズコ達の方に視線を合わせて来た!少女と目が合った瞬間、3人は金縛りにあったかのように、銃を構えたままの体勢で動けなくなってしまった。

 

『お客さんは多ければ多い程良い…。でも、貴女達は違うかな…』

 

少女は端整な顔つきだったが、肌が異様に白かった。まるで雪が人の形を象って動いているような、そんな印象を受けた。

 

『貴女達は貴女達のお祭りを沢山楽しんで…。私達のお客さんになるのは、それからで良い。貴女達なら私の立場のほうが、楽しいかもしれないけど』

 

少女は優しく微笑む。しかし、敵意が全く感じられないその微笑が返って3人の恐怖を煽った。

 

『それじゃあ、おやすみなさい。夏祭り、頑張ってね』

 

最後にそう言い残すと、少女は生徒を抱き抱えたまま3人に背を向け、纏った靄の中に静かに消えて行った。

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