FOX小隊が百鬼夜行で用心棒をするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
シャーレの地下深く、当番で出入りする生徒ではまず見つけられない秘密の部屋に続く階段を、先生は駆け下りていた。部屋の前に到着した先生は軽く上がった息を整え、無機質な鉄の扉をノックする。シャーレの一室とはいえ、この部屋はもはや彼女達のプライベートスペース。許可なく入るのはタブーだ。
「入っていいよ~」
能天気なその声に従い、先生は扉を開ける。扉と同様に無機質な、打ちっ放しのコンクリートで囲まれたその部屋には、作戦会議の際に使うホワイトボードや地図が理路整然と並べられている。壁には彼女達が作戦に用いる多種多様な武器に加え、頑丈そうなワイヤーロープが張られており、そこに柔軟剤の香りが漂う替えのセーラー服が吊るされている。
「皆お疲れ様。オトギ、洗濯もうちょっとで終わるよ。当番の子が帰るのと同じタイミングになるだろうから、取りに行く時は気を付けてね」
部屋の中央に備え付けられたテーブルの前に座るオトギに、先生はそう告げた。オトギは手にしていたマンガの単行本から目を離すと、ニヤッと笑いながら先生を見た。
「了解~。何だったら先生が持って来ても良いんだよ?クルミの下着も入ってるからついでに…」
「オトギがしっかり管理してね?今日の洗濯当番はオトギでしょ?」
揶揄うようなオトギの言葉を遮りつつ、彼女の反対側に座るクルミからの鋭い視線に晒されながら、先生はテーブルに歩み寄る。
「あれ、それってかまぼこ突風伝?」
テーブルに近づいた先生はそこで初めて、オトギとクルミが読んでるマンガの正体に気付いた。
「お、先生知ってるの?矯正局の図書室に置いてあってね、自由時間に読んでたんだ。ただ全巻揃ってる訳じゃなかったから続きがずっと気になってて、こないだリサイクルショップで買って来たんだ」
「そうだったんだ。二人もこういうマンガ、読むんだね」
「勿論よ。特殊部隊みたいな生徒にこそ、こういう娯楽は必要なんだから」
先生を睨んでいた目元を緩め、クルミが答えた。
「ただこのマンガ、忍者がメインのマンガなのに隠密行動に粗が目立つのがやっぱり気になるわね…特に中盤の敵の城に侵入する時なんかかなり酷いわ」
「中盤って言うと、絡繰り城編かな?」
「あ、そこは私も気になった!口笛で敵を誘き寄せて暗殺とか、流石に無理あり過ぎるよね~。そんなことしても『私はここにいますよ』って教えるだけだって!」
「ふふっ、特殊部隊らしい感想だね」
二人とそんなやり取りをしていると、部屋からニコとユキノが現れた。二人共トレーニングをしていたのか、薄手のスポーツウェアを身に着け、全身にうっすらと汗を滲ませている。
「先生、いらしてたんですね」
「お疲れ様です、先生。どのようなご用件でしょうか?」
汗を拭いながら朗らかに挨拶をするニコとは対照的に、ユキノは表情を崩さず、淡々と口を動かす。
「先生は私にクルミの下着を貰ってもいいか聞きに来ただけだよ~」
「しつこいわよオトギ!それに先生!もしそんなことしたらどうなるか分かってるわよね!!??」
懲りずに下ネタで煽って来るオトギに、いつも通り分かりやすく噛みつくクルミ。すまし顔でスルーし続ければオトギも飽きて止めるだろうに、それはクルミのプライドが許さないみたいだ。
「まぁ、私が下着ドロボーになって済むのならそれはそれでいいんだろうけど…」
その言葉に「はぁ!?それってどういうことよ!?」とクルミが噛みつくことは、無かった。先生の声に混じる緊張を鋭敏に感じ取った4人は、和やかな雰囲気から一変、ひりつくような圧を、その身に纏う。
「残念ながらまた、皆の力が必要みたいなんだ。ニコ、ユキノ。とりあえず先にシャワー浴びてきちゃって。情報共有は、二人がさっぱりしてからだね」
二人がシャワーを終え、いつものセーラー服と装備を身に着けた後、FOX小隊の4人は先生が持って来た資料を囲んで、それぞれ難しい顔をしていた。
「対象の出現場所は百鬼夜行連合学園自治区内。紺色の和服を纏った、白い肌の少女の姿。銃器等を所持している様子は確認されておらず、まるで亡霊のように、白い靄と鈴の音と共に現れ、消えて行く。言語能力を有し、こちらに語り掛ける様も報告されている。被害件数は今のところ二件。いずれも魑魅一座を狙ったもので…」
そこまで一気で言い終えたユキノは、一度息を整える。
「被害の内容は…一言で言えば神隠し。対象の襲撃を受けた魑魅一座は例外なくその姿を消し、今現在身柄を保護された生徒は、一人としていない」
追跡対象の情報を要約した後、ユキノ達は再び資料に目を通し始める。
「神隠し、かぁ。こないだのくねくねとはまた違ったタイプだね」
資料を眺めながら、オトギは顎に手を当てる。
「魑魅一座って、百鬼でも有数のならず者集団でしょ?銃器の類も持たないでそれを制圧するって、ちょっとヤバくない…?」
情報の一つにある、対象の姿を再現したスケッチを手にして、クルミがそう溢す。
「この場合制圧っていうのはちょっと違う気がするけど…。でも、厄介なのは変わらないね。ユキノはどう思う?」
ニコからの問いに、ユキノは彼女では無く、先生の方を向いた。
「具体的な作戦を立てる前に、先生に一つ伺っておきたいことが。この件、陰陽部にはどのように伝わっているのですか?SRT無き今、私達が百鬼夜行の自治区内で武力行使を含んだ活動をすることに、何か法的な裏付けがあるのでしょうか?」
「えっと、それh」
―――――――
「ソレニ関しては気にしなくて大丈夫だよ。私も気になって連邦生徒会に聞いてみたんだけど、既に生徒会長の方で話は付けてあるって。仮釈放のことも伝わってるから、思う存分暴れていいってさ」
「そう、ですか…」
ユキノの表情に影が差したのを見て、先生は優しく微笑んだ。
「だからユキノ、今は責任のことは気にしないで、目の前の任務に集中してね」
腑に落ちない様を残しながらも、ユキノは頷いた。防衛室長の一件のせいで、先生を前にすると今でもどうしても、責任だとか贖罪だとか、そういうことが頭に浮かんできてしまう。頭を軽く振って、そんなノイズを無理矢理脳から引き剥がすと、ユキノは再び仲間達に身体を向ける。
「だがニコの言う通り今回の件も厄介だ。対象の具体的な容姿こそ明らかになっているが、魑魅一座のみを狙うという特徴を含め、その行動の目的が分からない。武装集団が丸ごと失踪しているという点を見ても、戦闘能力も未知数だ。ひとまずは自治区内での十分な聞き込み及び情報収集を目的とし、再度『ロア追跡作戦』を…」
「あ、ちょっと待ってユキノ!」
作戦開始を告げようとした瞬間、先生が慌てて待ったをかけた。
「ちょっと先生!作戦開始の合図は皆の士気を高める目的もあるんだから、邪魔しないでよ!」
「ご、ごめんクルミ…」
ぷんすかするクルミに平謝りをする先生にニコが
「何か伝え忘れたことがあったんですか?」
と問いかける。
「うん。百鬼夜行で行動することについて何だけど、ロア追跡と並行して、これも一緒に遂行して欲しいんだ」
先生はそう言うと、手にしていたファイルから、一枚の紙を取り出してニコ達に見せた。
「住み込みの用心棒、ですか?」
ニコの言葉に、先生は頷いた。
「そう。ここにある百夜堂って飲食店、資料にもあったように2件目の被害が起きた場所なんだけど、これを経営している生徒達が今度開催される夏祭りの主催者なんだ。そのせいで幽霊以外にも色々面倒事を抱えていて…」
「そういえば、ここで幽霊が現れたのも魑魅一座の襲撃が起きた直後だって書いてあったね」
耳をパタパタさせながら、オトギが言った。
「お祭りの内容が気に入らないからって騒ぎを起こすとか、意味わかんない。細かい事なんて気にしないで楽しめばいいのに」
魑魅一座の行動原理が理解出来なかったクルミが仕方なさそうに腕を組んだ。
「それで私達に祭りが終わるまでの間、店を守って欲しい、ということですね?先生、もしかしてこれは百鬼夜行側からの依頼ではなく…」
「流石はユキノ、勘が良いね」と、先生は少し申し訳なさそうに言った。
「百夜堂が困ってるって聞いて、こっちから依頼を投げたんだ。皆程の実力者なら、両立出来ると思って。勝手なことしてゴメンね」
「…構いません。先生にそこまで買われているのなら、私達としても嬉しい限りです」
「ユキノの言う通りだよ先生!それにほら!ここに『用心棒をして頂いている間、衣食住はこちらで全て用意します。勿論お代は頂きません』ってある!仕事してるだけで美味しいごはんが無料で出て来るとか、最高じゃん!」
仏頂面のユキノを尻目に、オトギは嬉しそうにそれが書かれた欄を指さす。
「この拠点から離れるのはちょっと不安だけど、身の回りのお世話までしてくれるなら言う事無しだわ!これで当分の間、家事の担当を分担しなくて済みそう!」
「ここって飲食店なんですよね?私も作戦の合間にお店のお手伝いとか出来たら嬉しいです!」
オトギに続きクルミ、ニコまでも、これからの百鬼夜行での生活に胸を躍らせる。武装集団を神隠しする怪異に挑もうとする者達とは良い意味で思えない、心の余裕だ。こういうところも彼女達がキヴォトス一の特殊部隊たらしめる所以の一つなのだろう。
「それでは本依頼も受諾させて頂きます」
ユキノも変わらずのテンションで、先生から依頼内容が書かれた紙を受け取ると、それを丁寧に三つ折りにして、装備のポケットの一つにしまい込んだ。
「ではこれより『ロア追跡作戦』及び『百夜堂防衛作戦』を合同で発動する」
『ラジャー!!!』
ユキノの静かな宣言に、3人は威勢よく返事をする。だがその時
「あ、でもオトギ。シャーレ出る前に洗濯物だけ回収しといてね…」
と、先生がまた空気の読めない発言をしてしまう。
「せ・ん・せ・い!!さっきの私の言葉聞いてなかったのッ!!??」
ここぞとばかりにクルミの頭から角が生えた。
「ご、ごめんって…!だけど私も冤罪だけは避けたいんだ…!クルミだって私に下着触られたくないでしょ!?」
「うっさい!このKY下着ドロボー!」
「私は何も盗んで無いよ!?」
テーブルを囲んで追いかけっこをする先生とクルミを、残る3人は仕方なさそうに見守っていた。