FOX小隊が百鬼夜行で用心棒をするお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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3話 百夜堂とキツネ

「うわぁ…!綺麗な和室…!」

 

案内された部屋を一目見るなり、クルミは思わず感嘆の声を漏らした。

 

シズコ達が4人の為に用意してくれた部屋は百鬼夜行らしい、い草の良い香りに包まれた小綺麗な和室だった。部屋の窓は店の玄関と同じく南側に面しており、昼下がりの夏の陽が若草色の畳を眩しく照らしている。百夜堂の建物自体がそこまで大きくないこともあり、部屋もこぢんまりしたものだったが、それが返って静かで落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

 

「本当に、こんな綺麗な部屋をお借りしても良いんですか…?」

 

ニコの問いに、シズコは嬉しそうな顔で

 

「勿論です!」

 

と答える。

 

「例え仕事上の短い関係だったとしても、皆さんは私達にとって大切なお客さんです!百夜堂の生徒として、そんなお客さん達をおもてなししない訳にはいきませんからね!」

 

「我々には勿体なさすぎる厚遇です。本当に、ありがとうございます」

 

その言葉を聞いたユキノはその日初めて笑みを浮かべ、軽い会釈と共にシズコに礼を告げた。どんな環境でも活動できる体力とメンタルを兼ね備えた彼女達であろうと、長い間矯正局の牢で過ごし、仮釈放が許された現在においても陽の光が届かないシャーレの地下室で暮らしている中でこんな環境で寝泊まりが出来るとなれば、その喜びを隠せずにはいられなかった。

 

「ユキノさんも気に入って頂けたようで何よりです!それでは施設の説明を軽くさせて頂きますね!」

 

「良かった…ユキノさんも笑ってくれた…」という安堵の言葉を心の中で呟きつつ、シズコは各施設の説明を始める。

 

「お手洗いはシャワー室横のものに加えて、二階の階段の傍にもあるのでどちらもご自由にお使いください。勿論、シャワー室もお好きな時に使って頂いて大丈夫ですよ!お布団は人数分、押し入れの中に入っています。シーツと枕カバーは毎日洗濯するので、朝起きた時に他の洗濯物と一緒にランドリールームの籠に入れて貰えると助かります!それとお食事に関してですが、お店との兼ね合いで毎日同じ時間にご提供出来ない可能性がありますのでそこはどうかご容赦下さい!」

 

「その位なら全然大丈夫!えへへ、仕事で来たはずなのに、何だか旅館に泊まりに来たみたい…!」

 

「うふふ…!私も女将さんになったみたいです…!」

 

少しくすぐったそうな、くしゃっとしたオトギの笑顔を見て、シズコもまた無邪気な笑みを浮かべる。初対面でタメ口を使っていたこともあり、既にオトギは完全にシズコ達と打ち解けていた。

 

「えっと、あと他に説明することは…」

 

「社長!あれを忘れてますよ、アレ!夏の百鬼夜行に来て頂いたからには、あれも勧めないと!」

 

ウミカの言葉に、シズコは「そうだった!」と両手をポンッと合わせる。

 

「皆さんちょっと待ってて下さいね!用意するものがあるので!」

 

シズコはそう言い残すと、ウミカとフィーナを連れ、足早に部屋を後にした。

 

 

 

「…よしできた!みんなどう?ちょっと派手過ぎるかな?」

 

姿見の前で帯を締め終えたクルミはその場でくるりと向きを変え、その姿を皆に見せた。

 

「ワ~オ!クルミさん、とってもお似合いデス!」

 

「えへへ、フィーナさんありがとうございます!」

 

「馬子にも衣装とはこのことだね~」

 

「ちょっとそれどういうことよ!?」

 

フィーナの言葉にはにかんだのも束の間、いつもの如く小馬鹿にしてきたオトギに、空色の浴衣を着たクルミがいつものように牙を向く。

 

シズコ達が用意してくれたのは、それぞれの髪色に合った、これまた美しい浴衣だった。何かの潜入任務でも無い限りまず身に付けることの無いであろう、薄手で、動きづらく、機能性にも乏しいその装いを、クルミ達はとても嬉しそうに身に纏っていた。

 

「お気に召しましたか?皆さんのことですから、慣れていない服を着るのは抵抗があるかも?と思ったんですが...」

 

「いえ、そんな事はありません。周囲の環境に溶け込んで行動する、というのもボディガードには必要なことですし、これだけ薄手の生地ならこの気温の中でも無理なく活動が出来ます。袖の中や帯の間にも武器を隠しやすいですし、そして何より、こんなに可愛い浴衣を着たのは初めてです!身の回りのお世話だけでなく、こんなに素敵なものまで用意して頂けるなんて思いもしませんでした。本当にありがとうございます!」

 

ピンクの髪色に良く映える、綺麗な白色の浴衣姿で、ニコはウミカにそれは嬉しそうに礼を言った。特殊部隊であったとしても心は女子高生。自分を着飾る機会が滅多に無いこともあって、ニコ達は浴衣姿の自分に胸を高鳴らせていた。

 

「喜んで頂けたなら何よりです!皆さん、とても良くお似合いですよ!」

 

「ウミカさんもありがとう。本当、私達には勿体なさ過ぎる衣装です」

 

「まぁでも、馬子にも衣装って言ったら失礼だけど、この中で1番似合ってるのはユキノね。ほらユキノ!折角貸して貰ったんだからもっと嬉しそうな顔しなさいよ!」

 

「はしゃぐなクルミ、みっともない…」

 

そう言いつつも、自分の容姿を褒められたのが照れくさかったのか、ユキノは少し恥ずかしそうに視線を落とした。

 

皆がキャッキャしている様子を1人離れたところで見守っていたユキノは、えんじ色の生地に白い花の模様が幾つも描かれた、落ち着いた雰囲気の浴衣を借りていた。ユキノ自身が常に静かな雰囲気を纏っていることもあり、シンプルで大人びたその浴衣はユキノにとても良く似合っていた。

 

「クルミさんの言う通りです!その浴衣、ちょっとシック過ぎて若い人にはあんまり人気が無いものなんですけど、ここまで見事に着こなしている人を見るのは私も初めてです!」

 

「シズコさんも大袈裟ですよ…」

 

ユキノは頬が僅かに熱くなるのを感じた。これ以上浴衣について言及されていては調子が完全に狂ってしまう。そう思ったユキノはまるで助け船を求めるかのようにニコに視線を送った。隊長の意図を素早く汲み取ったニコは仕方なさそうに笑うと、ユキノにキラキラした視線を送るシズコの肩を軽く叩いた。

 

「あの、シズコさん。和やかな場を崩してしまうようで大変申し訳ないのですが、我々の仕事はあくまで貴女達のボディーガード。それを確実にこなす為にも、そろそろ準備を始めたく…」

 

「あ、そ、そうですよね…!私達こそ緊張感を失くすようなことをしてしまって申し訳ありません…!」

 

シズコは慌てた様子でニコに頭を下げた。

 

「いいえ、謝る程のことではありませんよ。それでこの後のことについてなのですが…」

 

そう言いつつ、ニコは再度仲間達と小さくアイコンタクトを取る。

 

「私達4人の内、私以外の者は一度お店の外に出て、建物の影や死角のような、護衛の穴になるポイントの確認を行います。3人が留守の間お店の護りは私が行いますので、ご安心下さいね」

 

ニコがそう伝えた瞬間、ユキノ、クルミ、オトギの表情が変わる。3人は和やかな雰囲気から一変、一切の無駄が無いキビキビとした動きで各々の荷物を開け、銃器や無線等、これから必要になるものを身に付け始めた。皆浴衣を着た時点で何を何処に装備するか決めていたようで、初めて着物を身に付けたとは思えない手際の良さで準備を進めていく。

 

「あはは、ちょっと驚かせちゃいましたかね…」

 

若干の恐怖すら感じる程の切り替えと段取りの速さに目を丸くしている百夜堂の3人に、ニコは困ったように笑った。

 

「あ、そうだ。皆さんにお渡しするものがあったのを忘れていました」

 

ニコはユキノ達の間を縫って自分のバッグを手元に引き寄せると、その場にしゃがみ、バッグから白い紙袋と、2段重ねのお重箱を取り出した。

 

「こちらお近づきの印です。こっちの白い袋はD.U.自治区内で最近流行りの洋菓子屋さんの焼き菓子詰め合わせセットで、このお重箱は…」

 

ニコは箱の上蓋をそっと開ける。甘い油揚げの香りと共に、箱の中にみっちりと詰められた綺麗な俵型のいなり寿司が顔を出した。

 

「私の得意料理、手作りおいなりさんです!皆さんも是非…」

 

そう言っていなり寿司から目を離した時、ニコは飛び込んで来た光景に言葉を詰まらせた。

 

「ふっふっふ!」

 

「ふっふっふ…!」

 

「フッフッフ!」

 

お重箱を持つニコを見下ろして、運営委員会の3人は不敵な笑みを浮かべた。

 

「ニコさん。お気遣いはとっても嬉しいのですが、私達はこのおいなりさんを、百夜堂に対する挑戦状として見なさせて頂きます!」

 

「その通りデス!おスシは由緒正しき百鬼夜行の伝統料理の中でも屈指の人気を持つ食べ物。ユエに百鬼夜行の生徒達は皆、それに極めて高い誇りとプライドを持ってイマス!」

 

「そしてそれは勿論私達お祭り運営委員会も同じ…!特においなりさんは百夜堂の軽食メニューで一番人気なこともあり、その作り方には徹底した拘りがあります!そんな私達を唸らせるだけの自信が無いのならば、申し訳ありませんが蓋をそのまま閉めることをオススメしますよ!」

 

突然突き付けられたその挑戦に、ニコは少しの間お重の中のいなり寿司を見つめていたが、やがて余裕の笑みを浮かべながら、お重を掲げるようにして差し出した。

 

「その心意気や良し!」

 

大層なことを言いながらも、シズコ達はニコのいなり寿司を直ぐに口に放り込んだ。そして

 

「え、なにこれ、とっても美味しい…!」

 

「油揚げの甘さと酢飯の酸味が絶妙デス!こんなパーフェクトなバランス、フィーナには出せまセン!」

 

「出来立てじゃ無いのにお米も全然固くない…!これは…」

 

いなり寿司を食べ終えた3人は互いに顔を見合わせ、大きく頷く。そして物凄い勢いでその場に座り込み、ニコに深々と頭を垂れた。

 

「参りました」

 

「参りました」

 

「マイリマシタ~!」

 

由緒正しき百鬼夜行の、それは美しい土下座を前にして、ニコは何も言わずに微笑み続けていた。そして、3人がニコのいなり寿司に感服している隙に、先程お土産達と共にバッグから取り出していた無線機を浴衣の中に忍ばせると、そこから伸びる半透明のチューブイヤホンを片耳に押し込んだ。

 

『マイクテスト~。本場の人も大満足させるなんて、ニコは流石だね~』

 

イヤホンを装着すると、早速オトギの声が流れて来た。

 

『何時まで浮かれているつもりだ、FOX4』

 

『はーいはい。FOX2、私の声が聞こえてるなら右の手で自分の髪の毛触って~』

 

言われた通り、ニコは右手で前髪にそっと触れた。

 

『通信、問題無し。FOX2、そのまま例の怪現象及び百花繚乱の関与についての聞き込みを開始』

 

「えっと、とにかく私のおいなりさんがお口に合ったようで何よりです。あ、そうだ!これから周辺の調査に赴く上で、皆さんに確認しておきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

顔を上げたシズコは「はい、なんでしょうか?」と首を傾げる。

 

「実はここに来るまでに立ち寄ったお茶屋さんで聞いたのですが、何でも最近この辺りで幽霊が出た、とか」

 

3人の間に緊張が走ったのを、ニコは見逃さなかった。ニコは続ける。

 

「勿論私達が幽霊とまで戦う訳ではありませんよ。ただ、些細な事でも仕事の支障になり得るものは取り除いておこう、と思いまして」

 

シズコが口を開いた。

 

「えぇ、その噂は本当です。この際なので包み隠さず申し上げますが、私達もちょうどお店の前でその幽霊を見た生徒達です。そして…」

 

やや間を置いた後、シズコは続ける。

 

「その幽霊は私達の目の前で、魑魅一座の一人を気絶させて、何処かに連れ去ってしまいました。百花繚乱調停委員会が詳しい調査を行っているとはいえ、またあの幽霊がお店の前に来たらと思うと、怖さと不安で眠れない夜もありました…。一刻も早い解決を、私達も望んでいます」

 

『……!!』

 

自分だけでなく仲間達も小さく息を飲んだのを、ニコはしっかりと聞き取った。

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