FOX小隊が百鬼夜行で用心棒をするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
ニコを百夜堂に残したまま、ユキノ達は表へと出る。薄手の浴衣を着ているお陰で、うだるような暑さも多少はマシになった。
「いや~、それにしても暑いわね…」
「あぁ、そうだな…」
「私、かき氷が食べたい気分…」
そんなたわいない会話をしながら、3人は百夜堂の裏側に面した、多くの人が行き交う大通りに紛れ込んだ。そして
「ねぇ、さっきのあれ、どういうこと…?百花繚乱は今回の件に関わらないんじゃなかったの…?」
「表向きにはそう公言している、と考えるのが妥当だろう。だとしたら何故自治区内の問題をシャーレに完全に任せているのかが疑問だが…」
「それか先生が私達に嘘を吐いたか…」
「いや~それは有り得ないでしょ」
「そうよね…」
3人は一度大通りから外れ、細い裏道に入った。建物の影に潜んだ3人は、浴衣の襟の内側に取り付けたマイクのボタンを指先でそっと押し込む。
「こちらFOX1。FOX2、通話が可能な状況にあるなら応答しろ」
『こちらFOX2。シズコさん達が部屋を出たから大丈夫だよ』
ニコは直ぐに応答に出た。
「あれから何か有用な情報はあったか?」
『うぅん。資料にあった以上の情報は得られなかった。百花繚乱が本当に関わっているかどうかも、分からずじまい』
「…了解した。こちらは予定通り、拠点周辺の死角になりそうなポイントを洗いつつ、事件に関する聞き込みを開始する。拠点への帰還は19:00を限度とする」
「シズコさん達のご飯を食べ損ねたら嫌だしね~」
無線のチャンネルを通して、オトギが能天気に呟いた。
『FOX2了解。…皆、くれぐれも気を付けて。今回の事件、前の時みたいに嫌な胸騒ぎがする。先生の指揮も無いし、無茶な行動は慎んでね』
「大丈夫よ、幽霊なんている訳ないじゃない!前回のくねくねだって銃弾で倒せたんだし、今回も私達の力で何とかなるわ!」
「ターゲットの出現時刻はいずれも夜。昼間のこの人混みの中で姿を現すとも思えない。当然各員の安全が第一優先だが、情報を得る為には多少の無茶も許容され得る」
『FOX1らしいね…あ、シズコさん達が上がって来た、一旦切るね』
通話はそこで終わった。
「それでは作戦、開始」
『ラジャー!』
3人もその会話を最後に、再び人でごった返す大通りに紛れて行った。
「とは言え~?折角お忍びで百鬼夜行まで来たんだし~?先生からお小遣いも貰ってるんだし~?仕事もしつつ楽しまないと勿体ないじゃ~ん♪」
先程ヨーヨー釣りで取った水風船を弄びつつ、もう片方の手に持ったりんご飴を口いっぱいに頬張りながら、オトギは通りのど真ん中を悠々と歩いていた。
皆と別れた後にオトギが訪れたのは、百夜堂から少し離れた商店街で開催されていた小規模なお祭りだった。ただ小規模とは言っても通りに並ぶ屋台には多くの人が詰めかけ、ここに来るまでに通って来た大通りに負けずとも劣らない賑わいを見せていた。
「いや~いいね~百鬼夜行って。厄災の狐みたいな例外は居れど基本的に治安も良いみたいだし、釈放されたらSRT再興に拘らずに百鬼夜行に転校しようかな~、なんて言ったらユキノどんな顔するかな?」
縁起でも無い独り言を呟きながら、オトギは可愛らしいオレンジ色の浴衣の裾をひらひらさせる。生真面目な隊長の目が無い事もあって、先程までのシリアスな空気感は何処へやら、オトギの意識は祭りの浮かれた雰囲気に完全に支配されていた。
「お、チョコバナナだ。あれも食べよ!」
早くもりんご飴を食べ終えたオトギは、今度はチョコバナナの屋台に駆け寄っていく。
「すみません!一つ下さい!」
「あいよ!嬢ちゃん、じゃんけんチャレンジやってくかい?」
屋台にずらりと並べられたチョコバナナの一つを手に取りながら、店の人が気前よく尋ねて来た。
「ん、じゃんけんチャレンジ?」
「おうよ!俺とじゃんけんして嬢ちゃんが勝ったら、チョコバナナにビスケットのトッピングをプレゼントだ!」
「お、ビスケット!やるやる!」
オトギは代金をトレイに置いた手で、そのまま店主とじゃんけんを始める。
『さいしょはグー!じゃんけんポン!あいこで、しょ!!』
あいこの後、オトギはパーを、店主はグーを出した。
「おめでとう!嬢ちゃんの勝ちだ!それじゃあ持ってけドロボウ!」
店主は「ガハハ」と笑いながら、オトギの掌くらい大きなビスケットをチョコが被ったバナナの先端に豪快にねじ込んだ。
「儲け!おじさんありがとね!」
チョコバナナを受け取ったオトギは、右手に持った水風船を手首に通すと、右手にビスケット、左手にチョコバナナを持って交互にかじりついた。
「う~ん、美味しい!でもこれ全部食べたら喉乾くな。食べ終わったらかき氷も買って、それから聞き込み始めよっと!」
やるべき仕事を先延ばしにして、オトギはチョコバナナを再度頬張った。その時
「…ん?」
自分の少し先に、身長のとても大きな生徒が歩いているのに、オトギは気付いた。
(おぉ。あんなに身長高い人、SRTでも見た事ない…)
ざっと見積もっても180cm以上はあるだろうか。少し、というかだいぶ猫背ではあるが、それでも周囲から文字通り頭一つ抜けた身長の高さは、オトギの視線を自然と引き寄せた。
その生徒は少しおぼつかない足取りで、「射的」と書かれた屋台へと真っ直ぐに向かっていった。人混みをかわしながら、ニコは彼女の動向を見守り続ける。
「もう一回だけ、やらせて下さい…!」
「あいよ。今度は特賞取れるといいね」
耳を澄ますと、そんなやり取りが聞こえて来た。直後、パァン!パァン!という鋭い銃声が連続して響く。
(え、嘘…?射的なのに火薬実包使ってるの…?)
オトギは屋台の正面に移動する。確かに射的の屋台ではあるが、景品が一切並べられておらず、更に使用している銃も、景品を倒す為に使われるおもちゃのコルク銃では無く、古めかしい実銃だった。
「残念、4等だ。ほい、妖怪MAX三色ダンゴ味ね」
「うぅ…お腹の中がもうエナジードリンクでいっぱいです…」
どうやら特賞は逃してしまったようだ。妖怪MAXの細長い缶を受け取ったその子は、とぼとぼとした足取りで屋台から離れると、近くにあったベンチに座り、貰った妖怪MAXをちびちびと飲み始めた。身体が大きいせいで、その様が余計にみすぼらしく見えてしまう。
オトギは再度屋台に視線を移し、景品の一覧が書かれている立て看板を眺めた。
(特賞はプライステーション5とソフトのセット…お、あの「隻羊」ってゲーム、こないだのゲームオブキヴォトスで大賞取った忍者のゲームじゃん。あの子、あれが欲しかったんだ)
オトギはその場に立ち止まり、屋台と小さくなったその生徒を交互に見ていた。そして
「ちょっと一肌、脱いじゃいますか」
ニヤっと笑ったオトギは残りのチョコバナナとビスケットを食べ終え、屋台の前に立った。
「こんにちは~。ここって射的の屋台なの?」
「お、君もやってくかい?うちの射的はちょっと特別でね、そこの棚から1から10の数字が書かれた板が飛び出てくるんだが、そいつらが引っ込む前に、この二連装のショットガンで板を撃ち抜くんだ。いわばもぐら叩きの射撃版って言った感じだね。当てた数字の合計に応じて、貰える景品も変わって来るよ」
「なるほどね~。面白そうだからやってみるよ」
オトギはお金を払うと、店主からショットシェルを2つ貰い、置かれていた上下二連装式のショットガンに素早く装填した。中折れ式の銃身を元に戻し、真っすぐに構える。
「それじゃあ嬢ちゃん、準備はいいかい?」
「いつでも良いよ~」
「良し!それじゃあ…スタート!」
瞬間、目にも止まらぬ速さで、10枚の丸い数字板が棚から顔を出したかと思うと、僅か1秒も待たずにまた姿を隠した。しかし
パァン!パァン!!
鋭い銃声が二回、鳴り響く。オトギが射撃を終えると、結果を確認する為に再度数字板が顔を出した。その結果は
「おお!嬢ちゃんお見事!今日の最高得点だよ!!」
店主が感嘆の声を上げた。鍛え抜かれたオトギの両目は、一瞬の内に「10」と「9」の数字を捉え、そしてその類まれな射撃の腕でもって、二枚の板に無数の風穴を開けていた。
「ま、こんなもんかな」
気持ち良い位のしたり顔で、オトギは白い煙を吐くショットガンを置いた。オトギの専門は狙撃ではあるが、この位の早撃ちなら朝飯前だったようだ。
「それじゃあお嬢ちゃんには特賞のゲーム機とソフトだ!おめでとう!間違っても転売なんかしてくれるなよ!?」
店主はにこやかな笑顔で、オトギにプライステーションの大きな箱を渡した。
「しないしないって!面白かったよ、ありがとね!」
箱を受け取ったオトギは、その場でくるりと振り返る。当然、転売などする訳が無い。これは、自分の後ろで羨ましそうに景品を見つめているであろう、あの身体の大きな生徒に譲るつもりなのだから。
「…って、あれ?」
しかし、オトギが振り返った時にはもう、彼女の姿はどこにも見えなかった。諦めが付いたのか、もうどこかに移動してしまったようだ。
「あちゃ、作戦失敗。このゲーム機ネタに使って話聞いてみようと思ったんだけど…」
その時、無線からユキノの声が響いた。
『定期報告の時間だ。FOX4、現在位置を伝達せよ』
「タイミング悪いなぁ…」
オトギはぼやきながら、マイクに指を伸ばした。
「こちらFOX4、現在拠点から南西に位置する商店街にて聞き込みを実施中。特にこれと言った情報は無いよ」
『了解した。引き続き任務に当たれ』
『なんかお囃子みたいなの聞こえない?ちょっとFOX4、先生からお小遣い貰ったからって遊んでる訳じゃないでしょうね!?』
「まっさか~!真面目に仕事してるよ!それじゃ、無線切るね~!」
通話を切ったオトギは、行き場を失ったプライステーションの箱を見下ろす。
「…ま、仕事しっかりやってれば持って帰っても怒られないよね…」
それからもオトギは時折情報収集を行いつつ、時間の許す限りお祭りを楽しんでいた。