FOX小隊が百鬼夜行で用心棒をするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
「う~ん、協力したいのは山々なんだけど、私達もその噂についてはあんまり詳しく無くて…魑魅一座を狙って神隠しをすることくらいしか知らないの、ごめんなさい」
ユキノの前に立つ、ピンクの髪の小さな生徒はそう言って、申し訳なさそうに頭を下げた。
「そう、ですか。分かりました、ご協力ありがとうございます」
ユキノは聞き込みに協力してくれたその生徒に頭を下げ、その場を離れようとする。
「あ、そうだ!ねえお姉さん、クロレラに興味あったりしない?」
「……クロレラ?」
聞き慣れない言葉に、ユキノは硬い表情のまま首を傾げた。
「そう!私、クロレラ観察部っていう部活の部員なの!今度開催される全国大会に向けて部員募集中なんだ!良かったらお姉さんもこれどうぞ!」
彼女はユキノに1枚のパンフレットを渡すと、長い前髪を揺らしながら去っていった。ユキノはその場に立ち尽くし、貰ったパンフレットをじっと見つめる。
(部活動……)
部活動。所属する者同士で切磋琢磨し一つの目標に向かって努力したり、はたまたただ気の合う者同士で好きな事をする。クロレラを観察するという良く分からないものも含めて、その在り様は本当に多種多様だが、それらは少なくとも、自分が所属する組織とは正反対に位置する存在だ。
(私には関係のないものだ……)
貰ったパンフレットを三つ折りにしながら、ユキノは自分自身に語り掛けるかのように心の中でそう唱える。何故かこのパンフレットを見た途端、感じた事の無いざわめきが、胸の中を駆け巡ったからだ。クロレラ観察という意味不明な内容に動揺したからだろうか。それともこのパンフレットそのものから、自分には無い「何か」を感じ取ったからだろうか。その理由はユキノ自身にも分からなかった。
心に宿った妙なざわめきを、折り畳んだパンフレットと共にしまい込んだユキノは、再び聞き込みを開始する。
(ニコならもっと上手くやれるのだろうが……こういう仕事はどうにも慣れない……)
仲間達と別れてからかれこれ1時間。場所を転々としつつ、様々な者に幽霊のことを尋ねてみたが、今のところ「その幽霊は魑魅一座を狙う」「百花繚乱がその対処に当たっている」以上の情報を得られていない。
(アプローチを変えてみるか)
内容が内容だからだろうか、たった今話をしていた生徒を含め、協力してくれた人達からは「それ以上のことを知らない」というよりは、「そもそも幽霊の話自体をしたくない」という印象を受けた。これ以上同じことを続けても埒が明かない。そう考えたユキノは通りを少し歩いた後、先程クルミが立ち寄った茶屋によく似た喫茶店の前で立ち止まった。
(親しい者同士なら、不吉な噂であっても話しやすいかもしれない)
喫茶店に留まっていれば、他の客同士の会話を盗み聞けるかも。そう考えたユキノは財布を取り出すと、レトロモダンな喫茶店の暖簾をくぐった。
休日ということもあり、古風な装飾が施された店内は多くのお客さんで賑わっており、レジ前にも列ができていた。列に並んで数分後、ユキノはレジの前に立つ。
「冷たいほうじ茶を単品で」
メニューの中で最も安かったほうじ茶を選んだユキノは、無表情のまま先生からのお小遣いを取り出す。ところが
「あ、ごめんなさい!ほうじ茶単品での注文はできなくて…。甘いラテにするか、他のメニューも一緒に注文して頂く必要があるんです」
店員にそう言われ、ユキノは改めてメニューを眺める。
「ではこの、抹茶とあんこのかき氷を一つ」
ユキノが選んだのは、「当店ナンバーワン人気!」というポップが貼りつけられた山盛りのかき氷だった。見た目が美味しそうだからとか、暑い日にぴったりだからとか、そんな理由は無い。ただ、メニューを見下ろした時に一番最初に目に留まったから注文した。
「ありがとうございます!お茶と合わせて、1020円になります!商品の受け取りはレジ横の受け取りカウンターでお願いしますね!」
レシートとお釣りを受け取ったユキノは紙コップに入ったほうじ茶と、てっぺんに抹茶の生クリームとあんこがたっぷり乗った巨大なかき氷のトレーを受け取った。写真よりもずっと大きいそのかき氷にやや引きながらも、ユキノは辛うじて開いていたガラス張りのカウンター席に腰かける。
「…いただきます」
律儀に合掌をしたユキノはまず冷たいほうじ茶を啜る。
(冷たいな…)
コップを置いたユキノは次にトレーの上のスプーンを手に取ると、抹茶とあんこを雪のような氷に絡め、口に運んだ。
(これも冷たくて…甘いな…)
『ユキノの食レポは相変わらずだね…』
『こんな豪華なかき氷滅多に食べられないんだから、せめてもっと美味しそうに食べなさいよ…』
仲間達の呆れた声が、脳内で語り掛けて来た。仕方が無いだろう。冷たい氷に甘いクリームと小豆が乗っているのだから、これは冷たくて甘い食べ物なのだ。それ以上でもそれ以下でもないものを他にどう形容しろというのか…
『ねぇ、貴女』
再度かき氷を口に運ぼうとした時、ユキノは全身に痺れるような緊張が走るのを感じた。仲間達の声に混じり、聞いた事の無い女の声が聞こえたからだ。いや、聞こえたというのは不適切な表現かもしれない。その声はユキノの頭が作り出した仲間達の言葉とは異なり、まるで頭の中に直接話しかけられているかのような、いやにはっきりとした声だったからだ。
(なん、だ…?)
全くの未知の体験に、ユキノはかき氷から目を離し、ガラス越しにゆっくりと外を見る。そして飛び込んで来たその光景に、大きく息を飲んだ。
『えっと、こんにちは。あ、私の目に留まったんだから、ごきげんようって言ったほうがいいのかな』
店の外に、青い着物を身に着けた、肌が異様に白い女が佇んでいた。間違いない、たった今自分達が追い求めている、件の幽霊だ。道行く人々はその姿が見えていないのか、通りの真ん中でただ一人足を止めてこちらを見ている女に一切の関心も示さない。
『その赤い浴衣、貴女にとっても似合ってるね。今食べているかき氷も、とっても美味しそう。でもなんで、貴女は「冷たくて甘い」としか思わなかったの…?』
心の声を聞かれた。その事実に、ユキノは金縛りを受けたかのように、スプーンを握り、口を半開きにした不格好な体勢で硬直してしまった。
幽霊は少しの間、凍り付いたユキノの顔を不思議そうに眺めていた。そして
『うふふ…。貴女も私達のお祭りに相応しいお客さんになってくれそう。夜になったら、迎えに行くね…』
――
「大丈夫ですか!?イズナの声が聞こえますか!?」
その言葉と共に、幽霊が柔らかく微笑んだ瞬間、ユキノは誰かに肩を強く揺すられた。頭がグラグラと揺れ、それと共に霞んでいた意識がハッキリしてくる。
「わ、わたしは…」
蕩けた目で、ユキノは声のした方を向く。視界の先には、ひょこひょこと動く黄色い三角形の耳があった。
「気付かれたんですね…!良かったです…!」
自分の顔を見て、その生徒は深い安堵の息を吐いた。見回すと彼女以外にも、店内にいる者全員がこちらを心配そうに見つめている。
「スプーンを握ったまま外をジッと見つめていたので、不思議に思って話しかけたんです。でもどれだけ話しかけても全く反応が無くて…」
意識を取り戻してくれたその生徒は、ユキノに事の次第を話してくれた。
「そう、だったんですね…ご迷惑をおかけしました」
話を聞きながら、ユキノは横目で店の外を見る。しかしあの幽霊の姿は、もうどこにも見えなかった。
「いえいえお気になさらず!困った時はお互い様ですから!それよりも、体調の方は大丈夫ですか…?」
「はい、もう大丈夫です。最近寝不足気味だったので、そのせいでぼうっとしていたのでしょう。改めて、ご迷惑をおかけしました」
ユキノは深々と頭を下げた。彼女が助けてくれなかったら、今頃自分はどうなっていただろう。以前の任務で「くねくね」に”連れて行かれかけた”時のオトギが脳裏をよぎり、ユキノは人知れず小さく身震いをした。
「元気になられたなら良かったです!それではイズナはこれで失礼します!今日は良く寝て下さいね!」
イズナ、と名乗ったその生徒は屈託の無い笑みを見せると、今さっき買ったであろう喫茶店の紙袋を手に店を後にした。しかし彼女が自分に背を向けた途端、ユキノは再び全身に強い緊張を走らせることになった。
(あの歩き方は、足音と服の擦れる音を殺す為の特殊な歩行だ…!)
SRTの隠密行動訓練で徹底的に身体に叩き込んだ、己から発する音を限りなく減らして進む特殊な歩き方。イズナはそれを当然のように使いこなしていたのだ。仮に彼女がミリタリー好きかなにかで、何処かでその方法を学んでいたとしても、ただの一生徒が訓練無しに身に着けられる代物ではない。
(まさか、百花繚乱の隠密部隊か…?だとしたら私に接触したのも納得がいくが…)
その時、定期報告を伝える無線がユキノの耳に流れ込んで来た。
『こちらFOX3、FOX1に代わって定期報告を開始するわ。FOX1、聞こえていたら応答して』
ユキノはイズナを目で追いながら、席に戻った。
『こちらFOX1。報告遅れてすまない、私は無事だ』
『良かった…。FOX1が遅れるなんて初めてだから心配で…』
『こちらFOX4。FOX1、そっちで何かあったの?』
『あぁ。件の幽霊と接触した』
クルミとオトギに緊張が走ったのが、無線越しでも分かった。
『場所は!?応援は必要!?』
『落ち着け、FOX3。場所は拠点から約5キロ離れた西通りの飲食店だ。目標はこちらに一方的に話しかけた後、消えた。外見の特徴も事前の情報と一致していた。私達が追っているもので、間違いないだろう』
『まさか真っ昼間に出て来るとはね…追跡はできそう?』
『それは困難だ。ただ、もう一つ報告がある。目標と接触した直後、百花繚乱の隠密部隊と思しき生徒がアプローチをして来た』
思わぬ報告に、二人に再び緊張が走った。
『それってどういうこと…!?隠密部隊ってそんなに直ぐ分かったってこと…!?』
ユキノは一度呼吸を整えてから、言った。
『詳細は分からない。しかしあの身のこなしは只者では無かった。私はこれより、接触して来た生徒の尾行を開始する。応援は不要。目標の能力が未知数な以上、複数での行動は危険だ。FOX3、4は引き続き情報収集を継続。次の定期報告に私が出なかった場合は直ちに拠点に帰還せよ。以上だ』
『ちょっと待ってユキノ!本当に一人で行く気なの!?』
『案ずる必要は無い、FOX4。自分の力量は弁えている。深追いはしない』
一方的に無線を切ったユキノは、まだ大量に残っているかき氷をその場に残し、日が沈み始めた夏空の下に飛び出していった。