FOX小隊が百鬼夜行で用心棒をするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
「…ノ!…キノ!返事を…て!」
肩を強く叩かれている感触がする。目の前が真っ暗なのは、目を瞑っているからだろうか。
「う、うぅん…」
低い声を上げながら、ユキノは重たい瞼を持ち上げた。自分の身体が思うように動かせる。生きていれば当然に感じられるそれが、今はとても新鮮に思えた。
「良かった…!ユキノ、何処か身体に異常は無い!?吐き気や眩暈は!?」
ぼやけて視界には、古びた木造の天井と、その下で自分の顔を覗き込んでいるニコの焦った顔があった。
「私は…」
仰向けで寝た状態からのっそりと起き上がろうとするユキノの胸に、ニコがそっと手を当てる。
「起きちゃダメだよ、ユキノ。先ずは私の質問に答えて。体調は問題ない?」
ユキノは自分の薄い胸の上に置かれた、ニコの手を見つめながら答えた。
「あぁ、大丈夫だ。特に異常は無い。ニコ、私は一体…」
ユキノは寝そべった体勢のまま、体の下に敷かれた、体育の授業で使うようなボロボロのマットを軽く握る。このマットと言い、自分達がいる教室と思しき空間と言い、どうやら自分はまだ、あの旧い校舎の中にいるようだ。
「ユキノ目覚ましたの!?」
「良かった…」と呟きながらニコがホッと胸を撫で下ろした時、部屋の扉が勢いよく開き、こちらも焦った表情を浮かべたオトギが突撃して来た。
「良かったぁ…!まさか本当に定期報告に出ないとは思わないじゃん…!私達てっきり…」
そこまで喋って、オトギはキョトンとした顔でこちらを見つめるユキノの顔を見た。
「あ、そっか。今起きたばっかりだから、あれからどうなったか知らないのか。ニコ、私が説明しても良い?」
「うん、よろしくねオトギ」
ニコの許可を得たオトギは、ユキノに事の次第を伝え始めた。
「ユキノが最後の報告に出なかったから、私達何度も応答を求めたの。そしたらユキノの代わりに忍術研究部って人達が無線に出て、『この人のお知り合いですか!?意識を失って大変なんです!』って、この校舎の場所を教えてくれたんだ。で、私達は大急ぎで百夜堂まで戻って、救急キットを持って駆け付けたってワケ」
「そう、だったのか…それではクルミがいないのは…」
「うん。私に代わって、百夜堂を守ってくれてる。小隊の中で一番医療知識があるのは、私だからね」
隣に置いた救急キットを優しく撫でながら、ニコは微笑んだ。ユキノが無事に目覚めて安心したからだろう、先程までくっきりと顔に刻まれていた焦りはかなり薄まっていた。
「ニコ、オトギ…」
事情を全て理解したユキノは再び口を開こうとする。しかしそれをオトギが、顔を間近まで近づけることで遮った。
「おっと、話したいことが沢山あることは分かるけど、今はお預けだよ。先ずは、連絡を入れてくれた人達にお礼を言わなきゃだね」
ユキノの顔面から遠ざかったオトギは、自分が入って来た扉に向かって小さく手招きをした。すると、暗い廊下から、おっかなびっくりな様子で、あの三人が教室に入って来た。その姿を確かめた瞬間、ユキノの全身に緊張が走る。
「ユキノ。多分あの人達は、ユキノが思っているような人じゃないと思うよ。まだ確証は無いけど、それでもユキノのことを助けてくれたのは事実だからね。それとあの人達には私達のことを『今度の夏祭りの為に百鬼夜行に来た忍者オタク』って伝えてあるから、そこのところよろしくね」
上半身を勢いよく持ち上げたユキノに、ニコが早口で耳打ちをした。最後の方にあった妙な言葉に「ちょっと待て」と言いかけたユキノだったが、それを許す前に、三人が自分の前に腰を下ろしてしまった。
「ゆ、ユキノさん…!後ろから襲い掛かって大変申し訳ありませんでした…!まさかあなた達が、私達と同じような忍者好きだとは思わずに…!」
先程不意打ちをした大柄な生徒が開口一番、深々と頭を下げた。
(ど、どうすればいいんだニコ…?わ、私達が忍者おたく…?だとしたら、どのような返事をしたらいい…?そもそも忍者おたくとは一体何だ…?)
唐突に意味不明なことを囁かれたせいで、数時間前シズコの前でそうなったように、ユキノは再び凍り付いてしまった。そこに、すかさずニコが助け舟を出す。
「いえいえ!先程お伝えしたように、謝罪をすべきなのは私達のほうです。ユキノったら喫茶店でイズナさんの姿を見るなり『私達と同じ忍ぶ者の波動を感じた。腕試しをしてくる』なんて言い出すんですから!忍者が好きなあまり、後先考えずに行動するのが本当に玉に瑕なんです!」
その言葉に、イズナの表情がパッと明るくなる。
「でもそのお陰で、イズナ達はとても素晴らしい出会いに巡り会うことが出来ました!普段から無線を使ってやり取りをする、特殊部隊の教本を独自に入手して戦闘訓練を行う、イズナを見て瞬時に忍者だと判断する、気配を完全に消してここまで尾行する…ユキノ殿はまさに、『現代を生きる忍者』そのものです!!」
「う、うん…!さっきのユキノさんの動き、滑らすぎて全然目で追えなかった…。びっくりしたけど、でも凄いカッコよかったです…!」
「そ、そうだね…。私達もユキノさん達に負けないように普段の活動頑張らないと…」
(なるほど、そういうことか…)
三人のやり取りを見て、ユキノはニコの言葉の意味を理解した。
どうやらこの三人は「忍者」という存在が好きで集まっている者達のようだ。忍者。世間一般の創作物にあまり明るくないユキノでも、それがフィクションの世界で擦りに擦られている概念であることは理解しているし、そこから生まれるコミュニティもあり得るだろう。
そんな彼女達と自分達が同じ集団であるとすれば、無線を始めとした装備に、自分がイズナを尾行したことの理由付けにもなる。どうやら自分の失態を、ニコ達は上手いこと埋めてくれたようだ。
「ニコの言う通りです。イズナさんのあの時の身のこなしは明らかに只者でなかった。故にどうしても我慢が効かず…大変申し訳ありませんでした」
ユキノはツクヨに深々と頭を下げ返した。
「忍者は戦うだけが仕事じゃないっていつも言ってるでしょ?全く、これだからうちのリーダーは…」
やれやれといった感じでオトギが肩を竦めた。
「あの時の…という事はユキノ殿は『コンコン歩き』をご存知なのですね!?」
ユキノはイズナに僅かに微笑みながら頷いた。
「はい。コンコン歩きは俗称で、正式名称は『
話しながら、ユキノは少し懐かしい気分になった。SRT時代に初めてこの歩き方を学んだ際、ユキノは俗称のンコン歩きという方をえらく気に入り、他の者が狐脚立ちという渋い正式名称を使う中、一人だけ頑なにコンコン歩きで貫き通していた。
「おぉ!そのようなカッコいい名前があったのですね!ですがコンコン歩きの方が可愛らしくてイズナは好きです!」
ユキノの表情が更に和らぐ。この呼び名を好きと言ってくれたのは、彼女が初めてだった。
「あ、あのユキノさん…!」
ユキノがイズナと話していると、彼女の横に座っていた丸顔の生徒が割って入って来た。心なしか、イズナ達に比べて顔色が悪い気がする。
「私達、ユキノさん達と同じ忍者が大好きな生徒同士で、『忍術研究部』っていう部活に所属してるんです。まぁ、学校から認められていない非公式の部活なんですけど…そ、それで、私はこの部活で部長をしてるミチルって言います。さっきはツクヨがごめんなさい…!」
ミチル、と名乗ったその生徒はふにゃふにゃした声で、改めてユキノに謝罪した。
「いえ。今回のことは全て、私のせいで起きたことです。ミチルさん達はあの幽霊に何かされませんでしたか?」
その問いに、ミチルはバツが悪そうに自分の頬を掻いた。
「え、えっと…イズナとツクヨは大丈夫だったんですけど、実はあの幽霊が出た時に、私だけユキノさんと一緒に気を失っちゃったんです…ユキノさんと違って私は直ぐに目を覚ましたんですけど…」
緩んでいたユキノの瞳が、細くなった。彼女だけ顔色が優れないのは、それが理由だろう。
「えっと…!でも今はそのことはどうでもよくて…!あ、別にどうでもいいって訳じゃ勿論無いけど…と、とにかく私達忍術研究部からユキノさん達にお願いがあるんです…!」
口下手なのか、ミチルはたどたどしい早口で言葉を紡いだ後、一枚のカラフルなポスターを取り出しユキノ達に見せた。ミチルが差し出したそれを、三人は覗き込む。
「夏の、演劇大会…?」
ポスターの内容を呟いたオトギに、ミチルは大きく頷いた。
「そう!この演劇大会は今度の夏祭りの一大イベントなんです!お祭りの前に事前選考があって、それを突破すればお祭り本番で披露することが出来る!私達、忍者の魅力をもっともっと色んな人達に知ってもらいたくて、色んな活動をしてきたんだけど、この大会に忍者を主役にした劇でエントリーすれば良いんじゃないかと思って!」
ミチルはそこで、一旦息を整える。
「えっと、それでお願いっていうのは、私達と一緒にこの大会にエントリーして欲しいんです…!私達と同じ忍者好きで、それであんな身のこなしが出来るユキノさん達が協力してくれるなら、きっと凄い良い劇が作れると思うし、選考も突破できると思うから!どうかお願いします!」
『お願いします!!』
ミチルに続き、イズナとツクヨも深々と頭を下げた。
『……』
暫しの沈黙の後、ユキノとオトギはニコの顔を見た。「話を合わせるから、上手い断り文句を考えてくれ」二人の目は、ニコにそう訴えかけていた。
(ちょっと心苦しいけど、仕方ないね)
ニコは小さく相槌を打つと、先程のお祭り運営委員会の面々のように、綺麗な土下座の姿勢で床に額を密着させている忍術研究部の3人に向き直る。
「お誘いありがとうございます、ミチルさん。ですが、ごめんなさい。私達のリーダーを助けて頂いた手前大変心苦しいのですが、今回はお力になれません」
顔を上げた3人の表情を見て、ニコは胸の内がツキンと痛んだのを、確かに感じた。