「チャカさん……ゲットしちゃったぜ。どうしよう……」
困り顔でチャカが入ったボールを拾い上げたマシロが助けを求めるようにチェスマーリモの方を見た。
「「申し訳ございませんマシロ様! 全ては我がアフロの不徳! 責任をとって剃毛いたします!」」
「そんなことしなくていいよ……それより俺、誰に謝ればいい? というか謝って許されるかな……」
「「ご安心くださいませ。それに関してはコーラル様にお力添えいただければ丸く収まる見込みがございます」」
「ん〜?」
チェスマーリモの意図を探るように彼とマシロの手の中のボールを交互に見たコーラルは、やがて口角を上げていたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「しゃあねぇな。コーラルの名前貸してやんよ」
「「感謝いたします」」
戦闘以外で自分と同じ子供のコーラルが何の役に立つのだろうかとマシロは怪訝な顔になったが、どうにかなるなら任せてしまおうとチェスマーリモに丸投げすることにした。
それからマシロたちはラプラス号に戻り、平坦かつ木々のような障害物が存在しない場所でしか使えないためにこれまで日の目を見なかった電磁浮遊機能で地上を滑るように航行させ、港町ナノハナから北にあるアラバスタ王国首都アルバーナへと向かった。
「……なあ、あの犬っころわざと瀕死にしたろ?」
操縦の役に立たないから部屋で待ってろと言ってマシロをはずさせたコーラルが不意に尋ねた。
「「ふふふ……あれは事故ですとも」」
半身が悪参謀の異名を持つチェスで構成されているチェスマーリモは表情を変えずにコーラルの予想を否定した。
なぜなら最終的にやり過ぎてしまうつもりは実際にあったが、乾燥した炎天下でアフロの燃える勢いが強まったのは普通に想定外の事故だったためだ。
「「しかし不幸中の幸いとでも言うべきでしょうか、結果として戦力が不足しているこの国に不死身の戦士が誕生しましたな」」
「んで、文句があんならコーラルの名前で黙らせりゃいいって?」
チェスマーリモは何も言わずに笑顔を見せた。
それを見てコーラルも笑い出した。
「あはは! いいじゃん! そういう権力の使い方、コーラルは嫌いじゃねぇ!」
「「さすがはコーラル様。そのお若さでありながら権力者の正しい在り方をご理解しておられる」」
「あははははは! 当然のこと言われても嬉しくねぇぞこのやろぉ〜」
称賛に乗せられたコーラルはますます気分を良くした。
やがてラプラス号はアルバーナに到着し、そのまま王宮に続く大通りを進んだ。
世にも珍しい浮遊する金属の船は民衆の好奇の目に晒された。
「何だあれ……浮いてる……船か?」
「いやでも変な形だぞ?」
「おいあれこっち向かって来てるよな?」
「うるせぇな! じろじろ見てんじゃねーよ! バカがぁ! どっか行ってろ!」
感情の移り変わりが激しいコーラルは、逃げもせずに群がって騒ぐ危機感が欠如した野次馬たちに苛立ち、船頭に立って怒鳴り散らした。
子供らしからぬコーラルの迫力に怯えた民衆は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、ラプラス号は城壁の門前まで誰にも邪魔されることなく辿り着いた。
「うおっ……な、何だ貴様!」
「ここをどこと心得るか!」
「てめぇらこそコーラルを誰だと思ってんだ! あ゙あ゙!?」
王宮の門番たちがラプラス号の前に立ちはだかっても、コーラルは野次馬相手と変わらない態度で恫喝した。
「お前らの王に伝えろよ! 七武海の被害を受けたてめぇの国のためにリモシフ家のコーラルが慰問しに来てやったってな!」
「リモシフ家のコーラル……? それが何だと……ひぃっ!?」
「いいからさっさと一言一句違えずに伝えてこい!」
不勉強な門番の足元にコーラルは電撃を放った。
とりあえずコーラルが門を強引に突破する気配はないと理解した門番たちはひとりを伝言役として王宮に走らせた。
そしてコーラルと門番が睨み合ってしばらくが経つと、閉じられた門の裏側が急に騒がしくなった。
「え……こ、国王様!? なぜこちらに……」
「すまないが説明する時間はない! 来訪者は世界政府の要人だ! 急ぎ門を開いて迎え入れろ!」
門の裏から聞こえてきたやりとりに門番がざわめき、コーラルがしたり顔になった。
「まさか陛下が直々に出迎えを……!?」
「政府の……要人……!?」
「あはははは! 分かったらどきな! おいマシロ! こっからは歩きだ! 猫ども残してさっさと行くぞ!」
ラプラス号を門前に残し、マシロとコーラル、そしてチェスマーリモが開きつつある城門へと向かう。
「えっ……えっ? ここお城? 俺たち入っていいの?」
「いいから門が開いてんだろ」
「「ささ、マシロ様。どうぞ胸をお張りあそばされてください」」
王宮を前にしてもまったく気後れしない頼もしい二人を心の支えとして、マシロは堂々とアラバスタの王宮の庭に踏み入った。
「ようこそお越しくださいました」
マシロたちを出迎えたのは膝をつき頭を深く下げるたったひとりの男だけで、それ以外の兵たちはどこかに消えていた。
「おっさんが国王か?」
王様かもしれない人を突然おっさん呼びしたコーラルにマシロがぎょっとしたが、緊張していたおかげで声は出なかった。
「はい、アラバスタ王国第十二代国王、ネフェルタリ・コブラと申します。歓待の準備をさせておりますゆえ、準備が整うまで貴賓室でお待ちを……」
「ここでいい。コーラルたちは暇じゃねえんだよ」
「なっ……かしこまりました」
気遣いを蔑ろにされてもコブラはコーラルに対する不満を見せられなかった。
「ではせめて、椅子と天幕を運ばせますゆえ……」
「それもこっちで用意してやる。マシロ、パールの奴をダイマックスさせな!」
「えっ、ここで!?」
「いいから。必要なんだよ」
誰かと戦うわけでもないのにどうしてだろうと思っても、コブラとのやり取りは全てコーラルに任せると決めていたマシロは言われた通りにした。
「ハーッハッハッハッハッハーッ! 超てっぺき! よって超無敵ぃ!」
「な……ぁ……!?」
巨大化したパールを見上げたコブラ王が目を剥いた。
「おいパール! そこで四つん這いになって屋根になれ!」
「パール! コーラルに言われた通りにしてくれ!」
「お安いご用さマシロさん!」
「よし次だマシロ! 港で捕まえた海賊の船長を出して、四つん這いになってあのおっさんの椅子になるよう命令しろ!」
巨大化の力を日差しを遮るためだけに使わせたコーラルはさらにまたしても驚くような指示を出した。
「行け、あの人の足元で四つん這いになって動くな」
「なっ、だ、誰がそんなみっともねぇ真似を……ぎゃあっ!?」
コーラルが椅子役の海賊の顔面を蹴った。
「椅子が喋んなよ。マシロ、口封じ頼む」
「俺がいいって言うまで喋るな」
「……! ……!?」
マシロの命令に縛られた人間椅子がコブラの足元に這いつくばった。
「「マシロ様とコーラル様は、どうぞ我が背にお乗りください」」
チェスマーリモが四つん這いならぬ六つん這いになった。
「さすが、気が利くじゃねえか。マシロ、手ぇ出しな」
「あ……うん」
これ本当に大丈夫な流れなのだろうかとマシロは不安になったが、今さら中断できないため、コーラルに手を引かれるままチェスマーリモを椅子にした。
チェスマーリモは大きいため、その背中は小柄なマシロとコーラルが並んで座ってもまだ広々としていた。
「おい、お前もさっさと座れよな」
「あ……ああ……」
コブラも人間椅子に座り、いよいよ会談の準備は整えられた。
「じゃ、手短に話すけどよ……見ての通りこっちのマシロは悪魔の実の能力者だ」
不老不死化や命令への絶対服従など、コーラルはコブラにマシロの能力についてほぼ全てを説明した。
「なんという……」
「あはははは! うちのマシロはすげぇだろ!?」
マシロの強力な能力に絶句するコブラを見たコーラルはまるで自分が褒められた時のように愉快そうに笑った。
「そんなマシロの能力で捕まえた海賊団ひとつ丸ごと、お前の国の戦力として譲渡してやる。港町の防衛に使いな」
「それは……ありがたいですが、なぜ……?」
「クロコダイルに七武海の称号をくれてやったのは世界政府だ。その詫びってだけだっての。黙って受け取っとけよ」
「……ありがたく、頂戴いたします」
海賊兵を与える代わりにとんでもない交換条件を突きつけるつもりではと警戒したコブラであったが、どんな意図が隠れていようともコーラルの申し出は断れないため、甘んじて受け入れるしかなかった。
「よし、じゃあ後で海賊に指示出す所有者を選出して連れてきな。で……コーラルたちの本題はこっからなんだけどよ」
愛娘を奴隷によこせとでも言うのではないかと最悪の予想をしたコブラに緊張が走った。
「不慮の事故でお前んとこの兵士をマシロが捕まえちまったんだ。いらねぇなら貰ってやるけど、そうじゃねえならそっちで引き取れよ」
「兵士……?」
意外にもコーラルの要求はアラバスタから何かを奪う類のものではなく、むしろアラバスタから思いがけず奪ってしまった人間を返却したいというものだった。
「もちろん、お返し……授けていただけるのであればありがたく頂戴いたしますが……それは誰でしょう?」
「マシロ」
「うん。出てきて、チャカさん」
「ァ゙……ゴ……ゴブラザマ……」
「チャカぁ!?」
ボールから出てきた焼け焦げたチャカを見たコブラは咄嗟に人間椅子から立ち上がり、チャカに駆け寄った。
「どうした!? 何があった!? まさか……」
「おい、言っとくけどコーラルたちはそいつを殺そうとしたわけじゃねえからな。互いに同意の上で模擬戦やって、試合中の事故で重傷負わせちまったから、死なせないために仕方なくマシロが捕まえたんだよ」
「チャカ! そうなのか!?」
「ゾ……ゾノ……ドオリデズ」
「ほんとごめんね、チャカさん……」
チャカが否定しなかったことに加えて、心の底から申し訳なく思っていることが伝わってくるマシロの謝罪の言葉を聞いたコブラは、コーラルの言い分が事実であると納得できた。
「つーわけでこいつ返す。おっさんが所有者でいいよな?」
「ああ……いや、待っていただきたい」
一度所有者を決めると変更するには再びマシロに来てもらわなければならないと説明を受けたコブラは、そう遠くない未来に王位を退くであろう自分よりも、次代の女王となる予定の自分の娘がチャカを従えるべきだと思い至った。
「チャカは娘に託したい。呼んできてもいいだろうか?」
「ん? おっさんの娘ってことは……」
「海賊に攫われてたっていうビビ王女!? 無事だったんだね! 良かった!」
「攫われてた……?」
コブラの娘ネフェルタリ・ビビは海賊に攫われていたのではない。
むしろアラバスタ王国をクロコダイルから守るために自分から善良な海賊の一味に同行し、この国まで連れてきてくれたのだ。
「身代金はどんだけふんだくられたんだよ? 天上金払えんだろうな?」
「あ、ああ……幸いにもクロコダイルと潰し合っている隙に娘は逃げ出せたのです。そしてクロコダイルを倒しはしたものの軽くない傷を負った誘拐犯は海軍に追われてこの国から逃げ出しました。ですので天上金のご心配は不要です」
正直に娘は海賊と手を組んでいたのだと教えるよりも話を合わせた方が良いと考えたコブラは即興の作り話をした。
「さすが海軍!」
「へぇ、海軍もたまにはいい仕事すんじゃん」
「まったくですな。では、娘を呼ばせていただいても?」
「そのついでに他の海賊を使う奴も連れてこいよ。二度手間になんだろ」
コーラルが首を縦に振ったので、コブラは少しこの場を離れて、軍部の最高責任者である巻き髪の男イガラムと一緒に遠くからこちらを見守っていた愛娘のビビを呼びに行った。
「お父様、チャカは……」
遠くから見ていてもチャカが重傷であることは確認できたようだ。
「無事だ。今から簡潔に事情を説明する。二人とも落ち着いて聞いてくれ」
コーラルたちを待たせないようにとコブラは本当に重要なこと以外話せなかったが、天竜人への対応を誤れば国が滅ぶと理解している二人はそれ以上の説明を求めなかった。
チャカを受け取ることになったビビは緊張した面持ちでマシロたちの前へと歩み寄った。
「こんにちは! あなたがビビ王女ですか?」
「え、ええ……」
チェスマーリモの上から友好的に挨拶してきたマシロにビビは恐る恐る返事をした。
一見して普通の子供にしか見えないマシロだが、天竜人のコーラルがまるで対等な立場であるかのように同じ人間椅子に座らせている時点で普通なわけがないのである。
「それじゃ……俺、マシロからビビ王女にチャカさんを贈ります! バイバイ、チャカさん!」
マシロが自分の意思を口に出しながらチャカが入ったボールをビビに手渡し、譲渡は完了した。
「えっと……これで、もう?」
「はい! 命令権の付与は終わりました!」
「おら終わったなら次だ次! これ毎回時間かかって大変なんだよ!」
「ビビ、お前はもう部屋に戻っていなさい」
娘を天竜人の近くに長居させたくなかったコブラによりビビは遠ざけられ、イガラムに選出された海賊トレーナー候補たちがマシロの前に列を作った。
しばらくして海賊の譲渡は完了し、マシロとコーラルはチェスマーリモから降りた。
「それじゃ、俺たちもう行きます」
「不死身の兵なんて上等なもんくれてやったんだ、ちゃんと国を守れよな!」
「それは……はい、もちろんですとも」
再び膝をついて頭を下げたコブラに見送られてコーラルは王宮から立ち去った。
「あ、そうだ! ビビ王女を攫った悪い海賊は俺たちが捕まえるから、安心してね!」
浮遊する不思議な船を出航させる寸前、マシロは不吉なことを言い残していった。
やがてラプラス号を見て驚く民衆のざわめきが城下町から聞こえなくなった頃、ようやく身体の力を抜くことができたコブラは天を仰ぎながら恩人たちの無事を願った。
「ルフィ君たち……どうか捕まってくれるなよ」
◯
「ヌママママ! クロコダイルが消えた今、もはやこの国に恐れるものなし! 我々ヌマツメ海賊団の天下ヌマァッ!」
その日、アラバスタ王国の港町ナノハナに襲来したのは、億超え賞金首であるヌマツメという男に率いられた凶悪な海賊団であった。
「きゃああああ! 海賊よ!」
「アルバーナに連絡しろ! 早くあの方を呼ぶんだ!」
「ヌマッマッマッ! 国王軍を呼ぶか? それとも海軍か? 誰が来ても無敵の身体を持つ俺様には勝てヌマッ!」
ヌマツメは悪魔の実の……それも原則として物理攻撃が通用しないロギア系、身体を底なし沼に変化させるヌマヌマの実の能力者だ。
そのため他者の肉体から水分を奪う能力を持っていた相性の悪いクロコダイルが不在となったアラバスタにおいて、もはやこの男に対処できる者はいない。
少し前までならば、そうだった。
「そこまでだ!」
連絡を受けてからほんの数分で救援に駆けつけたその男の名はチャカ。
クロコダイルに代わる、アラバスタの新たな英雄だ。
「チャカ様!」
「さっき連絡したばかりだというのに、なんという俊足!」
「ヌマッ……? たったひとりでは何もできヌマ! 野郎ども! ぶち殺すヌマ!」
ヌマツメの命令に従う者は誰もいなかった。
なぜなら彼の部下は全員、既に首を落とされていたからだ。
「ヌ……マ……?」
「ほう、クロコダイルと同じロギア系か」
いつの間にかヌマツメの背後に立っていたチャカの姿は半人半犬の獣人に変化していた。
しかしチェスマーリモと戦った時と違って黒かったはずのその体毛は主であるビビ王女の髪と同じ水色に染まり、以前はなかった揺らめく白い羽衣を纏っている。
「ま、まさか、今、俺様の首も……」
「無論、斬ってやったとも」
アルバーナからナノハナまで数分で移動できるほどになったチャカのすばやさをもってすれば、敵はもはや首が落ちるまで斬られたことにすら気付けない。
ヌマツメも他の船員と同じように首を斬られたが、幸いにもチャカがロギア系能力者の実体を捉える手段を知らなかったために一命を取り留めた。
「ヌ……ヌママママ! 驚かされはしたが、この俺様の前には無意味ヌマ! 飲み込んで底なし沼に沈めてやるヌマァ!」
「うわああああ! 濁流だあああああ!」
「チャカ様ぁ! お逃げください!」
濁流となって迫りくる沼男を前にチャカは避けようともせず、ただ手に持った水筒に入った特別な液体を飲んだ。
「砂だろうと、沼だろうと……」
「ヌマアアアアア!」
「能力者ならば海に落としてしまえば良いのだ!」
そしてヌマツメに無効化されるはずの剣を構えて、一閃した。
「鳴牙!」
それは例えるならば大雨が降った後のぬかるんだ地面を全力で蹴り上げた時の光景そのものだった。
チャカの剛腕で振り抜かれた剣は凄まじい衝撃を放ってヌマツメの身体を爆散させ、一滴残らず海へと吹き飛ばした。
物理攻撃を無効化する、無敵にすら思えるロギア系の能力者であっても、海に沈めてしまえばその末路はひとつ……溺死だ。
泥の雨となって海に降り注いだヌマツメは膨大な水量によってさらに薄められ、そのまま絶命して人の形に戻ることすらできずにこの世から消えることになった。
「う……うおおおお! あの化け物みたいな海賊を瞬殺したあああああ!」
しばしの沈黙の後、もうヌマツメが海から戻ってこないと理解した民衆が歓声をあげ、チャカを称えた。
「アラバスタの守り神!」
「チャカ様!」
「豪水の力ってすげー!」
なぜチャカはこれほどの力を得たのか。
それにはチャカが愛飲するようになった豪水という特別な水が関与していた。
豪水は飲んだ者に一時の力を与える代わりにその命を削る猛毒のような水だ。
少し前まで存在を知る者はほとんどいなかったこの豪水、ツメゲリ部隊というクロコダイルとの戦いで命を散らしたアラバスタ国王軍のエリートたちが使用したことで一躍有名になったが、飲めば確実に死ぬため誰も使おうとはしなかった。
しかしマシロが生きている限り不老不死となったチャカであれば豪水のデメリットを踏み倒せる。
そこに思い至ったチャカはクロコダイルほどではないが相当な実力を持った海賊が襲来した際に豪水の使用に踏み切り、元からあったゾオン系能力との相乗効果で得られる絶大な力に溺れた。
以来、チャカは何度も豪水を飲み、何度も命を削り……ついには豪水の毒性を克服した。
いつの間にか能力発動時の体色が水色に変化し、謎の羽衣まで出現するようになったその時から、チャカは不思議と命を削ることなく豪水の恩恵のみを得られるようになったのだ。
「さすがはジャッカルのチャカ!」
「おい! お前知らないのかよ! それは古い異名だぞ!」
見た目も実力も大きく変化したチャカを民衆は新たな異名で呼ぶようになった。
その脚力は地面どころか空気すら蹴って空を駆け、剣を振るえば望遠鏡でも僅かしか見えないほど遠方にある海賊船を両断する、砂漠の王クロコダイルに代わるアラバスタ王国の新たな英雄。
その名も……豪水君主チャカ!
◯
「チャカさん……大丈夫かな」
将来的にリスクを無視して豪水を飲めるようになったチャカがアラバスタ王国における海賊殲滅に多大な貢献を果たすとはいえ、今はまだそのことを知らないマシロはどんよりとした曇り顔になっていた。
「向こうが文句言ってこなかったんだから大丈夫だろ! アラバスタ出てから結構経ってんのに、いつまでもうじうじしやがって……いいかげん元気出せっての!」
マシロの背中を叩いて活を入れようとしたコーラルだったが、危害判定されて手が動かなかったので、言葉で慰めることしかできなかった。
「世界中の海賊を捕まえんだろ!? アラバスタの王女を攫ったDの麦わら野郎をぶちのめすんだろ!? だったらこんなとこで立ち止まってんじゃねぇ!」
口は悪いがコーラルの言葉からは本気でマシロを元気づけようとしていることが伝わってきた。
「そうだね……よしっ!」
マシロは自分で自分の両頬を叩いて気合を入れ直した。
「コーラル、ありがとう」
「ふんっ、勘違いすんじゃねえぞ! マシロとコーラルは運命共同体だかんな……腑抜けっぱなしで死なれでもしたら困るってだけだ!」
照れ隠しをするようにそっぽを向いたコーラルを見たマシロは思わず笑ってしまった。
「うん……そうだね」
もはやマシロはコーラルが故郷を滅ぼした怨敵であったことを忘れつつあった。
オーキッドたちの死は悲しいし今でも思い出すと涙が出てしまうが、それを思い出す頻度が減ってしまうほどにコーラルと一緒に過ごす旅の毎日が楽しくて仕方がないせいで、コーラルに対して前ほどの怒りを抱けなくなってしまったのだ。
だから、ついにマシロはコーラルとの関係性を前へと進めることができた。
「いつか俺が死ぬ時まで、俺たち二人はずっと一緒だ。これからもよろしく頼むぜ! 相棒!」
「……! おう!」
チャカという尊い犠牲がもたらした悲しみを乗り越えてマシロとコーラルの仲は深まった。
深い絆で結ばれた二人の旅はまだまだ続く!
「…………………………ん?」
ふと、何かを感じ取ったコーラルが天井へと視線向けた。
「何か変な感じしねぇか?」
「え……? いや、特に何もないと思うけど……」
「そんなわけねぇ! 絶対何かやばいのが近くにいやがんぞ!」
コーラルが走り出し、それをマシロが追いかけて、二人は自動操縦中のラプラス号の甲板上に出た。
「……おい、何だよあれ」
そこでマシロたちは目を疑うような光景を目撃した。
「嘘……」
それは雨であった。
だが空から落ちてくるのは水滴などではない。
「大地が……いや、島が……雨みたいに降ってきやがる……!」
マシロたちの視線の先では前に戦った巨人など比較にならないほど巨大な島々が天から海へと絶え間なく降り注いでいた。
今まさに滅びを迎えたその諸島群につけられた名はメルヴィユ。
そしてメルヴィユを支配していた男こそ、今から二十年以上前、あの海賊王ゴールド・ロジャーを幾度も窮地に追いやった伝説の大海賊。
その名も……金獅子のシキ!