金獅子のシキとの激戦を終えて疲労困憊となったマシロとコーラルは、これまで休みなく続けてきた海賊狩りを中断し、いったん寄り道して休息をとることにした。
「旅行するならどこ行きたい? 頑張ってくれたからコーラルが決めていいよ」
「んじゃ遠慮なく。ん〜、この辺だと……」
グランドラインにおける島の大雑把な位置関係が記された地図を眺めたコーラルは、やがてとある町に目をつけた。
「おっ! ここいーじゃん! 美食の町だってよ!」
美食の町プッチ。
その名の通り数多くの料理店が集まってできた町で、島外からも多くの食通が集まる一大観光地だ。
「島の外からも!? 食事のために命までかけるの!?」
そんな説明をコーラルから聞いたマシロは、この海賊が溢れる時代に危険な航海をしてまで食べに行くほど料理が美味しいのかと驚いた。
「ん? あ~……まあ普通の島なら一般人が行くのはめちゃくちゃ大変なんだろうけどよ、この町がある島は海列車が通ってっからな」
「ウミレッシャ?」
「この船よりちょっとおせぇくらいの速さで走る特殊な蒸気船だ。風を受けて走る海賊どもの帆船じゃまず追いつけねぇ」
「すごいじゃん! ……でもそんなに便利なら、なんでこれまで行った島にはなかったの?」
海賊に怯えることのない航海手段はか弱い民衆の悲願のはずだ。
それなのにこれまで一度も海列車の名前を耳にしなかったことをマシロは不思議に思った。
「知らねぇよ。コーラルは海列車博士じゃねぇんだぞ。乗ったこともねぇし。そういうことはチェスマーリモに聞けよ」
そういうわけでマシロは真っ二つ状態から復活したチェスマーリモを呼び出し、海列車に関する見解を求めた。
「「それはおそらく島同士の関係性が常に良好とは限らないためでしょう」」
ドラム島は海列車が使われている海域から遠くにあるためチェスマーリモもそれほど詳しいわけではないが、国の政治に深く関与していた彼は海列車が広まることで生じる問題に心当たりがあるようだ。
「「異なる島に生まれた人間が複数集まれば必ずトラブルが発生します。それはそれぞれの島の文化や信仰が異なり、相容れないためです」」
「あははは! 例えば雪国育ちが乾燥した砂漠の国で火を使ったら想定外に燃えたりとかな!」
「あれは……うん……悲しい事故だったね」
焼け焦げたチャカの姿を思い浮かべたマシロは異文化交流の難しさを良く理解できた。
「「マシロ様たちがこれからお行きあそばされるプッチを含め、海列車で繋がる島々はどれも小規模なようです。それゆえ単独では立ち行かず、リスクを承知の上で近隣の島と協力する必要があったのでしょう。ですが例えば我がドラム王国やアラバスタのような大国であれば他国の力など借りずとも必要な全てを自国内で賄えます。そうなると他の島との移動を容易にするのは利益よりも不利益の方が大きくなってしまうのです」」
「なるほど……政治って難しいね」
チェスマーリモの非常に説得力のある推測を聞いたマシロはそれが真実であると思い込んだ。
なお実際には海列車が世界に広まっていないのは発明されてからそれほど時間が経っていないからだ。
海列車発祥の地であるウォーターセブンという島は今も海列車の運行範囲を広げようとしていて、いずれは世界中の全ての島を自由に往来できるようにしたいと望んでいる。
その過程でチェスマーリモが言ったような問題も生じるかもしれないが、少なくともウォーターセブンの者たちはまだそこまで考えていない。
「つーか海列車のことはもうこんくらいでいいだろ。食いモンの話しようぜ。マシロは何食いてぇ?」
真面目な話にコーラルが飽きてしまったので、その後はずっと食べ物の話だけをして時間を潰した。
やがてラプラス号はプッチまで間もなくというところまで接近し、その頃には海列車を走らせるための道標である海に浮かぶ線路がぼんやりと見えるようになっていた。
「すっげぇ! 海に道が浮いてるぜ!」
「危ねぇから近づくんじゃねーぞ。ありゃ線路っつー海列車専用の道だ。あの上歩いてっと潰されちまうぞ」
「ひぇっ……」
ラプラス号の甲板上から身を乗り出すようにして線路を見ていたマシロは世界一速い船であるラプラス号よりも少し遅いくらいの巨大な船が自分に突撃してくる光景を想像して身を引いた。
「あははは! 安心しろって! もし海列車が突っ込んできやがっても、コーラルがメガシンカして跡形もなく消し飛ばしてやっからよ!」
乗客が消し飛んでも困るので、くれぐれも線路上に立ち入らないよう気を付けなければとマシロは思った。
「あっ、でも海列車のことを知らない海賊を線路の上に誘い込むのはありかも」
「あはははははは! 海列車で海賊轢き殺すのかよ! 面白いじゃん!」
マシロがふと思いついた案を残酷な行為が大好きなコーラルは称賛した。
「どうやったら誘い出せるかな……線路の上に宝箱置くとか?」
「それ動物捕まえるやつじゃねーか。海賊もそこまでバカじゃねえだろ」
「だよね」
コーラルの厳しい指摘を受けたマシロが項垂れた。
「それで引っかかるのあんな感じの動物だけ……うぇ?」
「なんだありゃ?」
マシロが指で示した先には線路上にたたずむ二足歩行の奇妙な獣がいた。
そのつぶらな瞳の獣は間抜けにも鼻水を垂れ流しており、人間でもないくせにボロボロになったズボンを穿いている。
体毛は茶色とベージュ色の縞模様で、太く長い尻尾が目立ち、大きさは人間族の成人男性よりも少し大きい程度である。
「クマ?」
「いやクマの尻尾はあんなでかくねぇよ。タヌキだろ」
「タヌキならもっと小さいだろ。やっぱ尻尾が伸びたクマだって」
「いやタヌキだっての。普通よりでけぇ獣なんてこの前飽きるほど見たろ」
「いーやクマだね!」
「タヌキだ!」
「クマ!」
「タヌキ!」
「シャウ!」
大声で言い争うマシロとコーラルをよそに謎の獣が鳴き声を発した。
「シャウ! シャウ!」
謎の獣の注目はマシロたちに向けられておらず、警笛を鳴らして今まさに迫り来る海列車に向けられていた。
「……ん? おいなんかあっちうるさくね?」
お互いの顔だけを見ていたマシロとコーラルは警笛につられて再び謎の獣の方を向き、海列車の接近に気付いた。
「ちょっ……来てる! 海列車来てる!」
「おいあのタヌキ死ぬぞ!」
「クマー! 逃げてー!」
「シャウ!」
マシロの呼びかけに反応したのかは不明だが、謎の獣は海列車と衝突する寸前で高く跳躍し、そのまま海列車の上に着地した。
「すっげージャンプ力!」
「ん……? ありゃジャンプってより空中歩いてなかったか?」
マシロからは一度の跳躍であったようにしか見えなかったが、コーラルは謎の獣が空中で小刻みに複数回跳躍し直していたことを見抜いた。
「まぁ……別にどうでもいいか。それよかさっさとメシだメシ!」
いずれにせよ謎の獣の生態になど興味はなかったので、マシロとコーラルは気を取り直してラプラス号を発進させた。
「いよっしゃ到着!」
「わっ……! そんなに慌てなくても……」
「うるせぇ! 行くぞ!」
コーラルに手を引かれてマシロも走り、二人は飲食店が立ち並ぶ通りに突撃した。
美食の町の飲食店はどれも大盛況で、運悪く昼時だったために並ばずに入れる店はひとつもなかった。
コーラルは何かを問いかけるようにマシロの目を見た。
「ダメだぞ」
「ちぇ〜」
止められなければ順番を待つ他の客をなぎ倒して列の先頭に立つつもりだったコーラルが舌打ちした。
「しゃあねぇな。ならおとなしく順番待ちしてやっけどさ……列が短い店に並んで早く食うか、時間かかっても列が長くて人気っぽい店にするか、悩んじまうな!」
「うーん、俺は列の長さで選ぶよりも自分が食べたいものかどうかで選ぶべきだと思うけど」
これについてはマシロとコーラルの意見は一致しなかった。
だがそれで揉めて別々に食事するということはなく、最終的にコーラルが選出した順番待ちの列が長い人気店の中からマシロが食べたいと思う店を選ぶという折衷案に落ち着いた。
その結果としてマシロとコーラルが並んだ店は新鮮な卵をふんだんに使用して作るふわとろオムライスの店であった。
「卵料理かー。マシロはあんまり作ってくんねぇよな」
待ち時間の暇潰しにマシロとコーラルは雑談を始めた。
家庭料理レベルだがマシロはしっかり料理ができる女の子だ。
そのためラプラス号内で自炊する時はいつもマシロが調理を担当していた。
ちなみにコーラルが料理をすると暗黒物質ができあがる。
「卵は傷むの早いから。それになかなか売ってないし」
マシロたちが最後に食料を購入できたアラバスタ王国では、気温が高くてすぐに傷んでしまうため、食料品店に卵は置かれていなかった。
その前のドラム島やリトルガーデンは逃げるように去ったので食品を調達できておらず、最後に卵を買えたのはグランドライン最初のナナシマを巡っていた時だ。
「こんなお店があるくらいだし、この島は新鮮な卵を作れるんだね」
「ここで作ってるとは限んねぇだろ。海列車で運びゃいい」
「あっ、そっか。そういう使い道もあるんだ」
海賊のせいで船は人を運ぶものという印象が強かったマシロは船が物資の輸送にも使えることを失念していた。
「それが本来の使い道だろ。普通の奴らは物を運ぶためでもなきゃ船なんて使わねぇんだよ」
「俺たちみたいに旅する人は珍しいの?」
「そりゃな。ラプラスが特別頑丈なだけで、一般的な木造船じゃ隣の島に行くだけでも命がけだっての。まともな頭がありゃ船旅なんかしねえよ」
「そっかぁ……船旅ってそんなに危なかったんだ」
ラプラス号に乗っての船旅は快適そのもので、マシロは船での移動そのものに危険を感じたことは一度もなく、危険に思っているのは海賊の存在のみだった。
「だとするとやっぱり海列車って世界中に広めた方がいいよね。人を運ぶのが良くないなら物しか乗せちゃダメって決まりを作ればいいんじゃないかな?」
「言われてやらねぇなら世の中海賊だらけになってねぇし、気合の入った悪モンなら密航くらい余裕だろ。さっきのタヌキみてぇに跳び乗ったりしてよ」
「そうなっちゃうかぁ。そういえば……」
話題に出されたことがきっかけとなりマシロの中に先程の謎の獣に関する疑問が芽生えてきた。
「あのクマって海列車の上に乗っちゃったわけだし、途中で落ちてなければこの町に来ちゃってるよね」
「じゃあ途中で落ちたんだろ。騒ぎになってねえんだから」
謎の獣はかなり大きかったので一般人が遭遇したら海賊に襲われた時のような悲鳴をあげるはずだが、マシロたちはプッチに来てから一度も聞いていなかった。
「あとタヌキな」
「いやクマだってば」
「きゃ〜〜〜〜〜! おっきなイタチが走り回っていますわ〜〜〜〜〜!」
「マルミエータお嬢様! 危険ですから近付くのはヤメナハーレ!」
悲鳴が聞こえてきて、マシロとコーラルは顔を見合わせた。
「イタチ……?」
「イタチか……じゃあ海で見た奴とは別モンか」
イタチというからには自分たちが目撃した謎の獣とは別物だろうと判断したマシロたちは気にせず列に並び続けた。
「うわあああああ! イタチに食材を食い尽くされたあああああ!」
「うちの店もだ! 畜生! イタチめ!」
「暴れてやがんなー」
「そうだねー」
町は騒がしくなってきたが、暴れているのが海賊ではなく単なる野生動物だと思っているマシロたちはあまり気にしなかった。
「ぎゃー! でけぇイタチだー!」
「目的は食料みたいだ! みんな下手に刺激せず逃げろ!」
「うーん……なんとかしてあげたいけど、今離れたら並び直しになっちゃうもんなぁ」
「ほっとけよ。害獣の処理くらい一般人でも何とかできんだろ」
「だよね! 任せちゃっていいよね!」
マシロの善性は手を貸してやりたいと叫んでいるが、それ以上に腹の虫の鳴き声が大きかったので、マシロはコーラルに同調して困っている人たちを見捨てることにした。
それが良くなかったのだろう。
「うわあああああ! イタチに卵全部割られてしまった! これじゃ今日はもうオムライスを作れないじゃないか!」
「えっ」
「はぁ!?」
他人の不幸を放置してしまったマシロとコーラルにも不幸は平等に訪れた。
裏口からオムライスの店に侵入したイタチが食料庫を荒らし回り、卵をひとつ残らず粉砕してしまったのだ。
この時、マシロとコーラルは次に席が空いたら入店できるところまで来ていた。
「オムライス、作れないって……やっとここまで来たのにぃ……」
マシロは目の前が真っ暗になって崩れ落ちた。
「ふざっ……コーラルたちがどんだけ待ったと思ってんだ! 卵くらい他の店から貰えばいいだろ!?」
店内に怒鳴り込んだコーラルが店員に詰め寄った。
「ひっ……そっ、それが、うちで使っている卵は厳選された特別なものでして……他の卵で作るとなると同じ味には……それでもよろしいですか?」
「いいわけねぇだろふざけんな!」
普段よりも味が落ちると言われて受け入れられるほどコーラルは寛容ではない。
「クソッ、こんな屈辱初めてだ! おいマシロ! ちょっとイタチぶっ殺してくっから待ってろ! 食い損ねたオムライスの代わりに丸焼きにして食ってやらぁ!」
「オムライスぅ……」
銃があったら確実に店員を撃っていたほどの怒りをコーラルは事態の元凶であるイタチに向けた。
「おいてめぇ! クソイタチはどこにいやがる!?」
「こっ、こちらです!」
コーラルに血走った目で睨まれた店員は部外者であるはずの彼女を店の食料庫に通した。
「……! てめぇは……!」
「シャウ! シャウ!」
そこでコーラルが遭遇したのは、マシロがクマと言い、コーラルがタヌキだと思っていた、二足歩行の謎の獣であった。
「こいつタヌキだろ! どこがイタチなんだよ!?」
「それは……危ない! 伏せて!」
「は?」
「シャウ!」
食料を貪り食っていた謎の獣は近くで騒ぐコーラルたちを邪魔だと思ったらしく、どこかに行けと言わんばかりに足で虚空を蹴った。
「うおっ!? なんだ!?」
するとこの前シキが足の剣でやったように斬撃が飛び、伏せずに棒立ちしていたコーラルの身体を通過して後ろにあった壁に切れ目を作った。
「えっ、あ、あれ、今当たって……」
「見間違いだ! 今度眼科行け!」
能力の説明が面倒だったコーラルは店員の見間違いで押し通すことにした。
「つかなんだよ今の!?」
「イタチはイタチでもこいつはカマイタチなんですよ! 蹴りで鎌風を出すんです!」
「そうかよ! ならイタチだな!」
カマタヌキは聞いたことないがカマイタチは聞いたことがあったため、鎌風を出すならイタチなのだとコーラルは考えを改めた。
「シャウ!」
店員と違ってイタチは自分が放った鎌風がコーラルの身体に当たっていたにもかかわらずダメージを与えられなかったことを認識していたようだ。
コーラルの得体の知れない力を警戒したイタチは鎌風で壁をくり抜いて大穴を作り、そこから尋常ならざる速度で店外に逃げ出した。
「待てゴラァ!」
「シャウ!」
ただの追いかけっこであれば電気の速度で移動できるコーラルはすぐにイタチを捕まえられただろう。
しかしイタチは驚くべき方法でコーラルと距離を離した。
「飛んだ!?」
翼を持たない獣は地を駆け回るものだが、このイタチは翼ではなくその足で空を駆けた。
「シャウ! シャウ!」
「いやありゃ跳んでんのか……うおっ」
蹴りで鎌風を起こせる脚力を有しているイタチは空気を蹴った反動で浮かび上がることも可能なようで、それによって上空に逃げた後はその場で滞空しながら鎌風で攻撃をしかけてきた。
「あ〜鬱陶しい! 動物風情がいつまでもコーラルを見下ろしてんじゃねぇぞ!」
対空攻撃手段がない者であればなぶり殺しにされるしかないこの状況もコーラルであれば問題ない。
「行け! エレキボール!」
コーラルは手の中でマシロのボールに似た電気の球体を作り出し、イタチに向かって投げつけた。
「シャウ!」
イタチは紙のように身を翻してエレキボールを回避しようとした。
「甘ぇ!」
「シャウ!?」
エレキボールはイタチの手前で網の形に広がり、紙一重で回避しようとしていたイタチを包み込んだ。
「シャァァァァァウ!」
電気の網……エレキネットに絡め取られたイタチは軽く感電しながら墜落した。
「っしゃあ! クソイタチゲットだぜ! しっかり血抜きしてからいい感じに焼いてやらぁ!」
最近になって電気の出力調整が上手になってきたコーラルは今回あえてイタチを死なせない威力で攻撃した。
心臓を止めてしまうと血抜きができなくなるためだ。
「シャ……シャウッ……」
「程良く痺れ続けて動けねぇだろ? まあ待ってろよ。包丁取ってくっから」
筋肉が麻痺したイタチは網の中でもがくこともできず、か細い声で鳴くばかりだ。
「おーい! コーラル!」
「おうマシロ! いいとこ来たな!」
派手に光るコーラルの電気技を目印にして戦場を特定したマシロが追いついてきた。
「動物相手に随分派手に戦ってたな……って、あいつは!」
「イタチだってよ。クマでもタヌキでもねぇってさ」
「えっ……これイタチなんだ……」
状況から町の人たちがイタチと呼んでいたのが目の前で電気の網に捕まっている獣だと察したマシロは、町の人がみんなイタチと呼んでいたのだからイタチなのだろうと納得した。
「オムライス食えなかった恨みだ! こいつ焼いて食うぞ!」
「シャウゥ……」
獣でありながらコーラルの言葉を理解できたのか、イタチは震えながらつぶらな瞳に涙を浮かべていた。
「うーん、イタチかぁ」
「んだよマシロ、害獣なんかに情けをかけんのか?」
マシロはイタチを食べようというコーラルの提案に乗り気ではなかった。
「そうじゃないけどさ……イタチの肉って臭いらしいんだよなぁ」
なぜなら過去にイタチを食べたことがあるオーキッドからイタチの肉は臭くて不味いと聞いていたからだ。
「せっかく美食の町に来たのに、わざわざ自分で調理までして不味いものを食べるなんて俺やだよ」
コーラルはマシロの意見に全面的に同意した。
「じゃ、こいつは普通にぶっ殺す」
「シャウッ!?」
逃がしてくれるんじゃないのかよ、とイタチは目で訴えていた。
「動物だと捕まえらんねぇしな。いいよなマシロ?」
「ああ」
「シャウ! シャウシャウ!」
何でもしますから助けてください、と麻痺から回復してきたイタチが身振り手振りで訴えた。
「時間経って電力弱まってんな。抜け出てきたら危ねぇし、さっさと殺っちま……」
「待ってコーラル」
「あん?」
しばらく見ていてイタチの仕草に人間味を感じてきたマシロは、ある可能性を思い浮かべた。
「こいつ、動物じゃなくて悪魔の実を食べた人間なんじゃないか?」
「シャウ! シャウ!」
必死に頷くイタチは明らかにこちらの会話を理解していた。
それを見たコーラルもマシロの疑念が正しいのかもしれないと思い始めた。
「試しに海に沈めてみっか」
「よし、頼んだチェスマーリモ!」
「「チェスマーリモ!」」
「いいか暫定動物! 不審な動きしたらソッコーでぶっ殺すかんな!」
「シャウ〜」
マシロが呼び出したチェスマーリモの手でイタチは海まで担がれ、そのまま投げ込まれた。
「シャウ! シャウ! シャヴヴヴヴヴ……」
もがいても一切水に浮かぶことなくイタチは海の底に沈んでいった。
「よしチュウ、救出」
「チュッ♡」
チュウによって海底から引き上げられたイタチは溺れたことで程良く瀕死になっていた。
そこにマシロが物は試しだからとボールを投げると、やはり予想は正しかったようで、イタチはボールにしっかり収まった。
「あっ、やっぱこいつ人間なんだ……」
拾い上げたボールを眺めながらマシロが首を捻る。
「動物の力が手に入る悪魔の実でも、ドラムのドルトンとかアラバスタのチャカさんとかはこんな感じじゃなかったんだけどなぁ」
「こっちの言葉は理解できてるくせに人語を喋れねぇし、海に落としても変身が解除されねぇんだもんな。わけわかんねぇ」
考えても分からないのでマシロたちはイタチに関する考察をほどほどで切り上げた。
ちなみにイタチの正体はネコネコの実モデル『イタチ』を食べたネロという名前の人間族の男だ。
ネロは悪魔の実を食べた直後に能力者のほとんどが経験することなく一生を終える覚醒という稀有な現象を起こした。
覚醒した能力者は通常よりも強大な力を得られるのだが、ゾオン系の悪魔の実の場合は精神的に未熟な者が覚醒すると悪魔の実に宿る動物の意思に自我を塗り潰される恐れがあり、まさにその末路をたどってしまったネロは肉体的にはマシロのボールで捕獲可能な人間と判定されながら、心は人ではなく悪魔の実に宿っていたイタチの意思にすり替わってしまった、何とも奇怪で哀れな存在に成り果てたのである。
「つーかさ、あのイタチは一応海賊じゃねぇけど、マシロ的には捕まえて良かったのかよ?」
「それは……まあ町で暴れてたし、準海賊ってことで今回はいいかなって」
そのような事情を知らないマシロたちが楽しみにしていたオムライスを食べられなくした害獣に同情してくれるはずもなく、かつてネロと呼ばれていたイタチは人間扱いされずにマシロたちのペットとして飼われることになった。
平穏を取り戻した美食の町で束の間の休息を取り、存分に英気を養ったマシロとコーラル。
海賊マスターを目指す二人の旅はまだまだ続く!
次回、初ライバル戦(予定)