「コーラル! 電気ショック!」
「おらぁ!」
「ぎゃあああああ!」
小規模な海賊の一団と接敵した直後、マシロの指示を受けたコーラルが電撃を放ち、海賊たちを消し炭に変えた。
「あー! また殺したな! 捕まえるのが目的なのに!」
「うっせぇ! こいつらが脆すぎなんだよ!」
海賊を捕獲する旅に出てからそろそろ一週間が経過するというのに、マシロとコーラルは二人旅を続けていた。
その原因は明確で……ひとえにコーラルが強過ぎるのだ。
「みねうちってやつできないのかよ!」
「できるわけねぇだろ! 電気にみねなんかあってたまるか!」
マシロが加減するように指示しても、不明瞭な指示は指示を受けた本人の解釈を基準として実行されるため、今のところ失敗続きだ。
コーラルが能力の練度を高めていれば敵を麻痺させて動けなくさせるだけの電磁波を放てたのだろうが、残念ながら現在のコーラルは人が普通に死ぬ威力の電気ショックしか使えない。
「あーもう、次だ次! ラプラスに戻るぜ!」
「プリティエスト・コーラルちゃん号だって言ってんだろ! コーラルの船に勝手に変な名前付けんな!」
コーラルがとある天才科学者に大金を支払って作らせた、コーラルが出す電気を動力として動く特別な船こそが、プリティエスト・コーラルちゃん号改めラプラス号だ。
ひとりで動かせる小型船でありながら、内部には最高級ホテルのスイートルームに匹敵する居住設備を備えているため、船の操縦をコーラルに任せ切りにしたマシロの船内生活は快適だった。
「つかなんだよラプラスって!? どっから来た!?」
「昔マッサラ島の海岸によく来てたイルカに俺が付けた名前だよ。去年くらいから見かけなくなって……たぶん寿命で死んじゃったんだろうなぁ」
「それか海王類に食われたんじゃねえの? あははは!」
海王類というのは海に生息する超大型生物の総称だ。
通常の大きさのイルカだったラプラスでは丸呑みにされてしまうだろう。
「そんなにラプラスが嫌いって言うなら、ボールに戻るか?」
そんな不吉な光景を想像させられたマシロは報復としてコーラルが最も嫌がる指示をちらつかせた。
「やめろ! 絶対やだかんな!」
暗くて何もないマシロのボールの中に一週間近く閉じ込められていたコーラルはボールの中がトラウマになっていた。
そんなコーラルに気を遣ったわけではないが、船の操縦をさせる必要もあるので、基本的にマシロはコーラルをボールに戻していない。
「とにかく、あの船の名前はラプラス号だからな」
「わぁったよ……」
前を歩くマシロにコーラルが追従した。
二人が去った後には、物言わぬ黒焦げの死体だけが残された。
今はまだ、強い海賊が出現しにくい最弱の海と呼ばれる海域で、首に賞金がかかっていない小悪党しか倒していないマシロたち。
しかし、どんなに弱くても躊躇なく他人に危害を加えられる人間というだけで一般人にとって脅威であることは間違いなく。
マシロたちの行いは、たとえほんの僅かだったとしても、確かにこの世界を良くしたのであった。
◯
クロネコ海賊団は強力な海賊団だった。
船長にすら賞金がかかっていないことが珍しくない最弱の海において、クロネコ海賊団は船長と副船長のみならず幹部戦闘員にまで懸賞金がかけられていた。
そんなクロネコ海賊団であるが、先日とある海賊団との抗争の末に壊滅した。
船長不在時に船長代理を担っていた懸賞金900万ベリーの副船長は戦場となった島に置き去りとなり、懸賞金1600万ベリーの船長は敗戦の怒りをぶつけられることを恐れた部下たちによって小舟に乗せて海に放り出され……現在のクロネコ海賊団は幹部戦闘員の二人に率いられている。
「態度のでけぇキャプテン・クロも、間抜けなジャンゴも、もういねェ!」
「これからは俺たち、ニャーバン・ブラザーズの天下だ!」
ネコのような髑髏が描かれた海賊旗を掲げる海賊船の甲板上で、二人の男が下っ端海賊たちに演説をしていた。
猫背の男、シャム。
そして太めの男、ブチ。
彼らこそが二人合わせて700万ベリーの賞金首、その名もニャーバン・ブラザーズだ。
「俺たちは腑抜けたクロの野郎とは違う! 穏やかな余生なんざ求めちゃいねえ!」
「行くぜ野郎ども! グランドラインによォ!」
「ウオォ〜〜〜〜〜!」
グランドライン。
それはかつて海賊王と呼ばれた大海賊ゴールド・ロジャーだけが制覇できたとされる、この世界で最も過酷な航路である。
処刑された海賊王が隠した大秘宝と、新たなる海賊王の地位を夢見て、数多の海賊たちがグランドラインを突き進む。
そんなたったひとりの王を決める競争にニャーバン・ブラザーズも参入しようと目論んでいた。
「盛り上がってんな! コーラルも混ぜろよ!」
しかし彼らの挑戦は始まる前に終わりを迎えることになる。
「女のガキ!? どっから入り込みやがった!?」
「見ろ! いつの間にか妙な形の船に接舷されてるぞ!」
電気の力で動くラプラス号は風を受けて進む帆船をはるかに超える速度で海上を走ることができる。
「あははははは! お前ら……たまには生き残ってみせろよな!」
その速度によってクロネコ海賊団の誰にも気付かせることなく接近したラプラス号から、その勢いのままクロネコ海賊団の船に飛び移ったコーラルは、着地と同時に全方位へと放電した。
海賊狩りは今のコーラルに唯一許されている娯楽なので、マシロの指示に従わされているという不快感はあっても、それはそれとして楽しもうという気持ちをコーラルは持ち合わせていた。
「ぎにゃああああああ!」
逃げ場のない放電を浴びたクロネコ海賊団はひとりの例外もなく倒れた。
「ちっ……ざーこ。まーた一発で終わっちゃったじゃん。つまんねぇなぁ」
「うっ……」
「ぐ……う……」
「お? おー! なんだよお前ら! 生きてんじゃねーか!」
しかし倒れはしたが絶命まではしなかった者がこの場には二人もいた。
「か……勘弁してくださいよ……」
「僕らはしがない田舎海賊でして……夢破れて田舎に帰るとこだったんですよ……どうか見逃してください……」
「はぁ? なんだよお前ら、生き残ったのは偶然か?」
シャムとブチの弱気な態度を見て、コーラルは久しく忘れていた嗜虐心を思い出した。
即死級の電撃を撃ち込まずに、付近に転がっている死体が落とした刃物でいっぱい刺して遊ぼう。
そう考えてにやにやするコーラルは明らかに油断していて、ネコをかぶっていたシャムとブチはその隙を逃さずふいうちを仕掛けた。
「隙!」
「ありぃ!」
手袋についたネコのような鋭い爪でコーラルの身体は引き裂かれた。
「ぎゃっ!?」
そしてシャムとブチは感電した。
爪を振り抜く速度が速かったおかげで感電時間が一瞬で済み、絶命に至るダメージは受けなかったが、筋肉が麻痺して二人とも身動きが取れなくなってしまった。
「あははは! 勝ったと思った? ざ〜んね〜んで〜した!」
一方で電気に変化するコーラルの身体は引き裂かれても一瞬で元通りとなり、無傷だ。
「ぐあああああ!」
「ブチ!」
倒れたブチにコーラルが拾った剣を投げて突き刺した。
「やっぱダーツの的はデブに限るよな! おい細いの! こいつが何回目で死ぬか当ててみろよ! 正解したらお前は解放してやる!」
逃げたところで背後から電撃浴びせてやるけどな、とコーラルは心の中でほくそ笑んだ。
「ぎゃっ! がっ! あ゙あ゙っ゙!」
「チクショウ! このクソガキが!」
これ以上相棒を傷つけさせはしまいとシャムは痺れた身体を気力で強引に動かして、コーラルに襲いかかった。
「ぎゃあああああ!」
「シャ……ム……」
「あはははははははははは! だから無駄だっての!」
コーラルに接触したシャムは再び感電して倒れた。
威勢がいいだけの無様な姿を見たコーラルは腹を抱えて笑った。
「あ〜もうおもしれぇなあ! これじゃどっち先に殺すか悩んじゃうじゃねえか!」
シャムを先に殺してブチが嘆く姿を楽しむのがいいか、あるいはその逆がいいか、コーラルは悩み、加虐の手を緩めた。
その刹那、厚い脂肪でコーラルの投剣を凌いでいたブチが立ち上がり、天高く跳躍した。
「シャァァァァァム! 後は……任せたぞおおおおお!」
ブチが右足を大きく振り上げた姿でコーラル目掛けて落下する。
「猫! 殺!」
高らかに技名を叫んで迫ってくるブチを前にしてもコーラルは動かない……かと思いきや、今回はブチの落下予測地点から少し横にずれた。
たとえ無意味な攻撃であっても踏まれるのは不愉快だからだ。
「てめぇ……コーラルにきったねぇ足の裏見せやがって! 決めたぞ! てめぇから殺してやんよ!」
「ギャアアアアア!」
ブチの着地を待たずにコーラルが電撃を放ち、ブチは黒焦げになった。
「ブチイイイイイ!」
一瞬気絶して白目をむいていたブチだが、シャムの呼びかけで意識を取り戻し、コーラルではなくその横の床をふみつけた。
「キャット・ザ・フンジャッタ!」
岩をも砕く怪力の持ち主であるブチが自由落下による加速で威力を増して全力で踏み抜いた木造船の床は、まるで腐っていたかのように粉々に粉砕された。
「あははは! は〜ずれ〜……あれ?」
足場を崩されたコーラルはブチと一緒に海へと転落した。
「お前悪魔の実の能力者だろ! 能力者ってのは泳げねえんだってな!」
シャムに後を託して捨て身の特攻をする雰囲気を作っておきながら、ブチは死ぬつもりなど欠片もなかったし、勝つことを諦めてもいなかった。
「俺は平気だけどな!」
「こんの……下々民があああああ!」
海に落下したコーラルは能力の能動的な使用ができなくなり、もがいても浮かぶことなく沈んだ。
自分を無敵と勘違いしてきたコーラルは若くして死んだ。
コーラル単独でニャーバン・ブラザーズと戦っていたのならそうなっていたが、この戦いは互いに二人ずつ、言うなればダブルバトルだ。
「戻れ! コーラル!」
ラプラス号から望遠鏡で戦況を眺めていたマシロは咄嗟の判断で海に落下したコーラルをボールに戻した。
「行け! コーラル!」
そして直後にボールからコーラルを出して甲板上に復帰させた。
「てめぇら……よくもやりやがったなあああああ!」
「あばばばばばばばばばば!」
怒りの大放電がシャムとブチに降り注いだ。
シャムとブチは他の死体と同じように黒焦げになって倒れ込んだものの、絶命一歩手前の瀕死状態で踏みとどまり、息はあった。
「こいつらしぶてぇな……おい! 捕まえんなら早くやれよ!」
もはや呆れてしまったコーラルはシャムとブチで遊ぶのをやめてマシロに声をかけた。
「よくやったコーラル! 行け! 監獄ボール!」
ラプラス号から梯子をかけてクロネコ海賊団の海賊船に乗り移ってきたマシロが甲板上で痙攣しているシャムとうつ伏せで海に浮いているブチにボールを投げた。
今のシャムとブチに抵抗力など残っているはずもなく、二人は当然のようにボールへと吸い込まれた。
「ネコみたいなおじさんたち! ゲットだぜ!」
階段で転んだだけでも死ぬ程度の生命力しかないマシロは流れ弾を警戒して会話を聞き取れない距離にいたため、ニャーバン・ブラザーズの名前を知らなかった。
なんとも格好がつかない勝利宣言になってしまったが、それはそれとしてマシロとコーラルの初めての賞金首戦は多少危うい場面こそあれども捕獲成功という大勝利に終わった。
「つうかよお、捕まえたのはいいとして、死にかけのおっさんなんて役に立つのかよ? 病院送りにしたってあれじゃ一年は出てこれねえだろ」
マシロを心配したわけではないが、ふと疑問に思ったことをコーラルが口にした。
「平気さ。俺が捕まえた海賊は、ボールの中に入っていると回復するんだ。こいつらもだいたい一日あれば戦えるようになると思うぜ」
「んな能力もあんのかよ……」
ボールの中に入りたくないコーラルは、自分の能力的にないと思いながらも、怪我には気を付けようと心に決めた。
「ちなみにそれだけじゃないぜ。俺が捕まえた海賊は不老不死になるんだ」
「不老不死!? マジか!?」
「ああ。試したことはないけど、なんとなく分かるんだ。普通なら死ぬようなことされても瀕死になるだけで、自動でボールに戻って回復するみたいだぜ」
実際に不老不死としか思えない人たちが知り合いにいるコーラルはマシロの言葉を嘘とは考えなかった。
悪魔の実の能力は、時に夢物語を現実とする。
自分は今が一番可愛い年頃だと常々思っているコーラルは、死ぬことも許されずにマシロに酷使されるという現実に考えが及ばず、夢だった不老不死を喜んだ。
「不老不死か〜……悪くねえじゃん!」
「ただし俺が死んだら俺が捕まえた海賊も全員死ぬけどな。俺は不老不死じゃないぜ」
「ざっけんな!」
世の中、そんなに甘くない。
能力者であるマシロは不老不死ではないため殺されれば普通に死ぬ。
そして殺されなくてもいつか寿命で死ぬため、結局はコーラルもいつか死ぬ。
「死にたくなかったら頑張って俺を守れよな」
「う〜〜〜〜〜! わーったよ!」
やりたくなくてもやらざるを得ないコーラルは長い唸り声を漏らすだけでマシロに反抗しなかった。
こうして新たな下僕を増やしたマシロはまだ見ぬ海賊を求めて次の島へと出発した。
マシロとコーラル、二人の旅はまだまだ続く!