「余興をしろ……!」
五老星にコーラルとの婚姻による天竜人の身分獲得を承認された翌朝、マシロは聖地の神殿シャンガラに呼び出された。
そこで待ち構えていた神の騎士団の団長を名乗る赤髪の男シャムロックは、マシロが来るなり唐突にそんなことを言い出した。
「……ねえコーラル、余興って何?」
なぜ余興を要求されるか以前に余興という言葉の意味を理解できなかったマシロはコーラルに小声で尋ねた。
「余興ってのは宴なんかを盛り上げるための芸のことな。客が楽しめるもんなら内容は何でも良くて、それこそ海賊の処刑でも構わねぇ」
声量を抑えずにマシロに答えたコーラルは続けてシャムロックに視線を送った。
「コーラルたちの結婚式で余興しろってことだよな?」
「ああ。これは神の騎士団の見習い、神の従刃となったお前たち二人に与えられた正式な任務だ」
「コーラルたちが従刃! マジか!? 昔はどんなに頼んでも入れてくれなかったのに!」
マシロは神の騎士団や神の従刃について知らないが、コーラルは知っているようなので後で教えてもらおうと予定に追加した。
「正直十歳での加入というのは今でも早すぎると思っているが、上がお認めになったのであれば私が異論を持てるはずもない。今後の手柄次第では歴代最年少騎士の名誉も手に入るだろう。そのためにも、まずは今回の任務に全力を尽くすことだ」
「オッケー団長! 頑張ろうなマシロ!」
「うん」
マシロがなりたいのは海賊マスターであって神の騎士というよくわからない立場ではない。
しかしコーラルは乗り気なようだったので、マシロも手を抜かずに任務を遂行すると決めたのであった。
そして数日という短い準備期間はあっという間に過ぎ去り、マシロとコーラルの結婚式当日。
「コーラルとマシロの結婚をお祝いしに来てくれたみ〜んな〜! お待ちかねの余興の時間だよ〜!」
マシロよりも人前で話すのが得意なコーラルの口から余興の開始が宣言された。
楽しいことを考えろと言われても海賊の捕獲しか思い浮かばなかったマシロと、天竜人の趣味嗜好を良く知るコーラルが知恵を出し合って用意した余興、それは……。
「今回マシロとコーラルが企画したのは〜……『人捕り大会』!」
伝統ある原住民一掃大会をオマージュしながらも、マシロの能力によって獲物の殺害ではなく捕獲に重点を置いた、この上なく悪辣な悪魔の娯楽であった。
◯
大型海王類の巣となっているために通常の船での侵入が困難なはずのカームベルトに孤立する、男性の島民がひとりも存在しない不思議な島、女ヶ島。
そこには九蛇海賊団の船長が代々皇帝として統治する海賊国家『アマゾン・リリー』があり、海王類すらも逃げ出す巨大な毒ウミヘビに牽引させた海賊船を用いて行う略奪によって島内では自給できない物資や子宝を国家成立以来ずっと補ってきた。
そんな国民全員が潜在的な海賊と言えるアマゾン・リリーがこれまで野放しにされていたのは、カームベルトという天然の防壁に加えて、現皇帝ボア・ハンコックが有していた王下七武海の称号があったためだ。
しかし技術の進歩によって海王類から身を隠す機能を搭載した海軍の船はカームベルトの航行が可能となった。
そうなると残す障壁は七武海であるハンコックの存在だけだったのだが、先日の白ひげ海賊団との戦争で召集命令を拒否したハンコックは既に七武海の称号を剥奪されており、今となっては一介の海賊でしかない。
その結果が、今まさに女ヶ島へと迫り来る海軍の大規模船団であった。
「だからわしは言ったにょです!」
皇帝の玉座でふんぞり返るハンコックに苦言を呈しているのはニョン婆と呼ばれる女ヶ島の長老だ。
「中枢の召集を蹴り、七武海の称号をみすみす捨てた結果がこにょ窮地! 蛇姫! どうなさるおつもりか!?」
「どうもせぬ。この程度の俗事になぜわらわが動かねばならぬのじゃ。そなたらで対処せよ」
「なぁ!? まさか皇帝ともあろう者が戦わぬおつもりか!? 億したにょか、蛇ひ……!」
ニョン婆の説教は最後まで続かなかった。
ハンコックによって蹴り飛ばされ、窓を突き破って屋外に落下してしまったからだ。
「にょ〜〜〜〜〜! ふんっ!」
かつて有名な海賊だったニョン婆は老いてはいても衰えてはおらず、突然高所から落下させられても危なげなく着地してみせた。
「それだけ動けるのであれば十分じゃろう。聞け! 九蛇の戦士たちよ!」
その様子を窓から覗いていたハンコックは、電伝虫を使って国中に皇帝の命令を伝え始めた。
「不遜にも外海よりこのアマゾン・リリーに攻め入らんとする不届き者たちがいる! ニョン婆の指揮のもと、これを撃滅せよ!」
「にょっ!? わしは……」
「わらわに口うるさく説教をしておきながら自分は戦えぬとでも?」
「そうではない! こんな老いぼれの命など惜しむものか! しかし今のわしにはもはやこの国を守る力など……」
「ならば良いではないか。安心して死んでくるのじゃ」
ニョン婆が何を言ってもハンコックは取り合わず、冷たく突き放して窓から離れてしまった。
「姉様……良かったの?」
「さすがに今回ばかりは私たちも出た方が……」
横暴なハンコックに不安そうに声をかけたのは、ボア三姉妹の二女サンダーソニアと三女マリーゴールドだ。
「心配はいらぬ。海兵など大半は覇気を扱えぬ虚弱な雑兵。対して我が九蛇の戦士たちは全員が覇気使い。これでは戦いにもならぬ……一方的な獣狩りも同然じゃ」
ハンコックは先程までと一転して優しい声で妹たちに自分の考えを話した。
「でも……海軍だってこの前姉様に中将が率いる部隊を返り討ちにされて学習したはずよ」
「もしかしたら、大将が来てるかも……」
ガープのような一部例外を除くほとんどの海軍中将はハンコックの敵ではない。
実際、つい先日も中将の中では上位の実力者であるモモンガ中将をハンコックは圧倒している。
しかし大将が来るとなれば話は変わる。
大将の実力は階級としてはひとつしか違わないはずの中将から隔絶していて、ハンコックのような七武海級の強者であっても勝ち目は皆無に近い。
「それはあり得ぬ」
妹たちの懸念をハンコックははっきりと否定した。
「三人のうちひとりは愚かにもあの悍ましき地に住まう忌むべき者たちの護衛のため海軍本部から離れられず、残る二人はわらわよりも四皇勢力への対処を優先するはずじゃ。海軍にできることはせいぜい中将を複数人派遣する程度……それならば戦士たちだけでも問題なかろう」
天竜人の住むマリージョア防衛のために常に大将がひとり動けなくされているのは事実であり、白ひげの縄張りだった海域に進出しようと動き出した他の三人の四皇に対処するために大将の力が必要なことも間違いない。
ハンコックの見通しは決して楽観的な願望ではなく、十分に現実的な分析であった。
しかし国外の情勢に無関心なハンコックは非常に重要な情報を……新たな海軍大将白鼠の海軍加入を耳にしていなかった。
それゆえにハンコックは見誤った。
「どいつもこいつも覇気使い……怖いねぇ〜」
白鼠をマリージョアに常駐させることで代わりに自由を手にしたボルサリーノは元王下七武海ボア・ハンコックの捕縛を任務としてアマゾン・リリーに攻め入っており、今は光の速度で移動して九蛇の戦士たちの武器を破壊して回っていた。
「ぐっ……あの海兵、弓だけ壊して立ち去るなんて、いったいどういうつもり……きゃっ!?」
「女ヶ島の女奴隷が捕り放題だえ!」
「その女はわちしがいただくえ!」
武器を失った九蛇の戦士たちに襲いかかったのは、まるで天竜人のような口調で話す、背中に竜の蹄の紋章が描かれた囚人服姿の者たちであった。
「うっ、がぼっ、やめっ……!」
「うるさいえ!」
囚人たちは九蛇の戦士が動けなくなるまで棍棒で殴りつけ、倒れて無抵抗になった女を海岸まで連れ去った。
「次の方〜」
そこで大勢の海兵と共に待っていたのは有名な白ひげ海賊団六番隊隊長、前歯が抜け落ちた口を歪めて不気味な笑みを浮かべる大柄な海賊、ブラメンコであった。
ポケポケの実の能力者で、大きさを問わず無限に物を入れて自在に取り出せる魔法のポケットが首の付け根についているブラメンコは、ポケットに入れた手をごそごそと動かし、やがてそこから手に乗る大きさのボールを取り出した。
「カマエルだえ」
「カマエル聖ですね。じゃあこの女、聖地に戻ったら渡しますね」
ブラメンコはカマエルを名乗る囚人が引きずってきた女にボールをぶつけた。
すると瀕死の女はボールに吸い込まれ、閉じ込められた。
「時間はまだまだありますから、満足するまで好みの奴隷を探してくださいね!」
「うむ! なかなか面白い余興だえ! 褒めて使わすえ、我らの新たな同胞……リモシフ家のマシロよ!」
マシロと呼ばれたブラメンコ……正確にはマシロが精神だけを一体化させて聖地から遠隔操作しているブラメンコは、カマエルが操作している奴隷海賊に恭しく頭を下げた。
捕獲した人間に所有者の精神を憑依させて意のままに操るこの技の名称はシンクロ。
この状態だとシンクロ先の肉体の能力は使えてもシンクロ元のマシロは能力を使えないため、本来であればボールを出すことはできないのだが、今回は物を劣化させずに保存できるブラメンコのポケット内に通常ならば出してから十秒ほどで消滅する空のボールを大量に収納して持ち込むことによってその問題を解決している。
さらに天竜人たちにも手持ち海賊とシンクロさせることで、通常ならば守られる立場の天竜人では絶対に体験できない、臨場感あふれる実戦形式の人捕り大会をマシロは実現してみせたのであった。
「さぁ、どうぞ皆様方! 奮って略奪国家の女たちを捕まえてください! 年齢制限なし! 間違って殺しても問題なし! 捕り放題です!」
「ぐひょひょひょひょ! お前もわちしが飼ってやるえ〜!」
「いや〜〜〜〜〜!」
「やだっ、やめっ!」
「助けて! お母さん!」
操作しているのが戦闘経験に乏しい天竜人であっても、使っているのはシャボンディ諸島までの航海で鍛え抜かれた海賊の肉体だ。
ボルサリーノの活躍により武器を奪われた女たちは屈強な男たちに力負けして一方的に狩られていった。
「九蛇の戦士を甘く見るなぁ!」
「いっだぁぁぁぁぁ……くないえ」
「えっ!?」
「お前は飼ってやらんえ! 死ね!」
ときには一矢報いる者も混ざっていたが、シンクロの仕様上痛みを感じず、肉体が死亡してボールに強制送還されない限り負傷に関係なく戦闘を継続できる天竜人たちに対しては無意味どころか怒りを買うだけだった。
「やった! ひとり倒した!」
「貴様! さっきはよくもやってくれたえ!」
仮に仕留められたとしてもシンクロは手元のボールから距離を無視して精神を肉体に送り込むため、海軍の船で待機させている別の手持ち海賊に乗り移って再出撃が可能だ。
そのため天竜人の狩人たちの数が減ることはなく、時間が経つほどに消耗する九蛇の戦士たちは次第に追い詰められていった。
「ニョン婆! このままじゃ全滅するの巻!」
「蛇姫様は!?」
「蛇姫は来ぬ! 来られるはずがない!」
「どうしてよ!?」
「どうしてもじゃ!」
囚人服の狩人たちの背に描かれた紋章を目撃したニョン婆はこの戦争においてハンコックは絶対に参戦しないことを確信した。
「こうなってはやむを得ぬ! 若い戦士たちは幼子を連れて九蛇海賊団の船に乗り、この島を脱出せよ!」
もはや敗北は避けられないと察したニョン婆はせめて少しだけでも同胞たちを逃がそうと命令を下した。
「ニョン婆!?」
「逃げるなんてありえない! 誇りある九蛇の戦士のすることじゃないわ!」
「やかましい! 蛇姫からこの戦の将に任じられたのはわしじゃ! 戦士ならば将の命に従え!」
その言葉とともにかつての美貌を失って背も子供のように縮んでしまったニョン婆から強力な威圧感が放たれた。
それはニョン婆……グロリオーサがアマゾン・リリーの先々々代皇帝であったことを若い戦士たちに鮮烈に思い起こさせ、一切の反論を封じた。
「他は非戦闘員も含めてわしと共に殿じゃ! 生きて虜囚の辱めを受けるな! 九蛇の戦士として、命尽きるまで敵を討てぇい!」
決死の覚悟を固めたニョン婆たちが敵に突撃し、その背後を九蛇の未来を託された若者たちが走り抜けた。
「マーガレット! 本当に逃げるの巻!?」
「将の命だ! 従うしかないだろう!」
脱出を目指す一団の先頭を走るのは、若い戦士たちの中でも特に実力のある十六歳の少女、マーガレットだ。
「でも蛇姫様に無断で船を出すなんて……後で石にされちゃうよ!」
「そうなったら喜んで石にされてやる! 本当に後があればな!」
マーガレットは他の同世代の戦士たちよりも現状の深刻さを正しく理解できていた。
「あの猿みたいな光る敵が強過ぎる! たとえ他の敵を全て倒せたとしても、あの猿が残っていれば私たちは全滅する! だからニョン婆は私たちに幼子を逃がせと命じたんだ! 九蛇の血を絶やさないために!」
「マーガレット……」
「そうね……私たち護国の戦士にとって戦いで散るのは栄誉だけど、子供たちまで巻き込む必要はないの巻ね」
若い戦士たちはマーガレットの考えに理解を示した。
「でも蛇姫様なら負けないよ!」
「私、戻って蛇姫を応援したい!」
「私も弓で援護するもん!」
一方で幼い子供たちは彼女たちの王であるハンコックが助けてくれると信じて足を止めた。
「蛇姫様は前線になど来ない!」
そんな子供たちをマーガレットは怒鳴りつけた。
「えっ……何で?」
「私たちアマゾン・リリーの民の役割は皇帝をお守りすることであり、皇帝に守られることではない! 蛇姫様が敵と戦われるのは私たちが皆殺しにされた後だ! そこを履き違えるな!」
騒いでいた子供たちが静まり返り、場の雰囲気が葬儀場のように暗いものに変わった。
「……すまない。幼いお前たちにはまだ分からないだろう。だが……」
自国への不信感が芽生えそうになっている様子の子供たちにマーガレットはハンコックを擁護する言葉をかけようとしたが、最後まで話を続けられなかった。
「「なるほど、ボア・ハンコックとやらは海賊でありながら王の何たるかを理解しているようだ」」
「なっ……!」
「マーガレット!」
それは突如現れた二面四手の異形が振るった木槌で叩き潰されてしまったためだ。
「「九蛇の子供たちよ。我らはマシロ様より君たちの保護を仰せつかっている」」
「抵抗はやめとけよ!」
「なんたって俺たちゃコマンダーが信頼する精鋭部隊だ!」
「ハーッハッハッハ! 古参! ゆえに優遇!」
「チュッ♡ あのでけぇウミヘビどもも既に始末済みだ。俺の水鉄砲で頭に風穴あけてやったのよ」
「シャウッ! シャウッ!」
囚人服ではなく以前から着ていた服の使用を許された昔からいるマシロの手持ち海賊たちは、指示がなくてもある程度マシロの意図を汲めるという理由から、結婚式のために女ヶ島まで来られないマシロとコーラルの代理として、チェスマーリモの指揮のもとで敵の脱出手段の排除やまだボールで捕獲しなくても更生の余地がある幼い子供の保護といった重要な任務を遂行していた。
「何なのよこの変な連中!」
「何なのよこの変な連中! と聞かれたら……」
「答えてやるのが世の……」
「「情けをかける必要はない。余計な問答をしていないで、早急にマシロ様のお望みをお叶えするのだ!」」
「来るよスイトピー!」
「来るなら来いの巻!」
せっかちなチェスマーリモの指示で言葉を交わす間もなく戦端が開かれた。
九蛇の若い戦士たちは逃走ではなく迎撃を選んだが、それは大失敗であった。
マシロとの旅で鍛えられた古参の手持ち海賊たちの実力はおおむね海軍本部の中佐から大佐に匹敵する。
さらに元々ドラム王国最強の戦士だったチェスマーリモは海軍本部准将の領域に……覚醒したゾオン系能力者であるオオタチに至っては少将の領域にまで足を踏み入れていた。
「嘘っ!? こいつら、強い!」
「そんな……覇気を使ってるようには見えないのに!」
九蛇の戦士は世界全体で見ても使える者が希少な覇気という特殊な技術を全員が使っている。
それによって非力な少女たちは放った木の矢で岩を貫けるほどの力を得ているが、覇気などなくても同程度の威力を出せる銃を持った敵と当たり前に戦ってきたチェスマーリモたちにとってはだからどうしたという感想しか出てこない。
「「さて……子供たちよ。おじさんたちと一緒に来てくれるね?」」
それから数分後、倒れた戦士たちと怯えて動けなくなった子供たちはチェスマーリモたちに運ばれて、戦士たちはマシロが憑依したブラメンコに、子供たちは海軍の輸送船にそれぞれ届けられたのであった。
◯
「あぁああぁぁあぁあ!」
「落ち着いてソニア姉様! 今はとにかく逃げるのよ!」
発狂しかけたボア三姉妹の次女サンダーソニアを三女のマリーゴールドが支えながら、ボア三姉妹は皇帝だけが使える秘密の抜け道で城を脱出して、九蛇海賊団の本船ではなく緊急用に隠された小舟を目指して走っていた。
「そうじゃ……今のわらわたちなら大丈夫じゃ……たとえ遭遇しても倒せばいい……大丈夫……大丈夫……」
妹たちを慰めるハンコックの言葉はまるで自分自身に言い聞かせているようだった。
歴代七武海でも上位の実力者であり、七武海となったことで撤回されていた懸賞金を今の実力に準じてつけるとすれば確実に十億ベリーを超えるハンコックがこのように戦いもせず逃げ出したのは、攻め込んできたのが天竜人で、その目的が奴隷狩りだと知ってしまったためだ。
「うぅ……声が……奴らの声が聞こえるの……あいつら、捕まえた子たちで……う〜〜〜〜〜!」
「聞くなソニア! 見聞色を切っておくのじゃ!」
覇気という力には攻撃力を高める武装色の覇気の他にも敵の動きを予見したり心の中で考えていることを読み取ったりできる見聞色の覇気が存在する。
ボア三姉妹は武装色と見聞色の両方を高いレベルで扱えるのだが、今はそれが裏目に出ていた。
見聞色で戦場の様子を探るたびに、九蛇の女奴隷を手に入れた天竜人たちの口に出すのも憚られる獣のような思考が流れ込み、それがボア姉妹を苦しめているのだ。
「で、でも姉様、警戒を怠るわけには……」
「それはわらわがやる! マリーも奴らの悍ましい声など聞かなくてよい!」
なぜ強者であるボア三姉妹がこれほどまでに天竜人を恐れ、怯えているのか。
それは彼女たちに天竜人の奴隷だった過去があるためだ。
十二歳の時に九蛇海賊団の見習いとして略奪に同行したボア三姉妹は人さらいに捕まり、ある天竜人に奴隷として売られた。
それから奴隷解放の英雄と呼ばれる魚人、フィッシャー・タイガーがマリージョアを襲撃した際に運良く逃げ出せるまでの数年間、三姉妹は守るべき姉妹の存在がなければ迷わず自死を選んでいたほどの地獄を味わい、その時の心の傷が今でも深く刻まれて消えていないのだ。
「あ、あ、姉様、このままじゃ捕まった子たちみんな、あの地獄に……」
「言うなソニア! 今は自分のことだけ考えよ!」
皇帝の妹としてアマゾン・リリーの民を気にかけるサンダーソニアと違い、皇帝であるハンコックは完全に民を切り捨てて二人の妹だけを守ると割り切っていた。
その冷淡で尊大な選択をまさに王の行いであると褒め称える者もこの世界にはいるのだろう。
しかし神はハンコックたちを慈悲ではなく罰で報いるべき愚者と見なしたらしい。
「だからよぉ、生き返るってんなら下から上まで俺のイバラで貫いて、生け花にして玄関に飾ってやろうかと……ギハハ、おい来たぜ」
「んじゃ、こっからは早い者勝ちか?」
「正直私は男のお前たちほどの興味は持てないが……神である私を差し置いて世界一の美女とは不遜の極み。身の程を教えてやるのも神の務めと言うもの……!」
「海賊女帝を甘く見るな。相手は仮にも元七武海で、こちらは本来の力が発揮できない粗末な肉体というハンデ付きだ。この余興を用意した新入りの顔に泥を塗らないためにも、まずは我々で協力して捕獲するぞ。飼い主を決めるのはその後だ」
「あ……な、なぜ……」
破壊された小舟の残骸と、その近くで待ち構えていた天竜人たちを目にして、ボア三姉妹の顔が絶望に染まった。
アマゾン・リリーを襲撃すると決めたマシロは時間の許す限り敵地の情報を収集した。
その過程で知り合いに過去のアマゾン・リリー皇帝が二人もいたシキから有用な情報を聞き出したのだ。
「九蛇か……そういや昔、グロリオーサがシャッキーと話してたな。あんた、トリトマに城の脱出通路とかの皇帝の口伝をちゃんと伝えてきたんでしょうね、ってな」
シキが裏声で再現した昔の九蛇皇帝の発言を知ったマシロはそれをボルサリーノに共有した。
そして襲撃開始後、光の速度で島全体を見て回ったボルサリーノは海岸から繋がる目立たない洞窟の先に隠された小舟を発見し、ハンコック捕獲に名乗りを上げた戦闘慣れした特殊な天竜人、神の騎士団の者たちにその場所を教えたのであった。
「神の騎士団、出るぞ!」
海賊国家アマゾン・リリーで繰り広げられる地獄の余興はまだまだ続く!